1章 第12話 お姫様と護衛
放課後、愛梨のボディブローによりまだ気分が優れない俺は、とっとと帰る気だった。クラスメートの女子が凛を校内案内するとかで、俺もお役御免のはずだ。ところが、連れて行かれる間際、彼女が「もし用事が無かったら待ってて欲しいな」と耳打ちしてきた。
非常に残念な事に用事が全く皆無だった俺は、仕方なく教室で待つ事になったのだ。
「よう、一日ごくろーさん。帰ろうぜ」
純哉が屈託の無い笑顔で話しかけてきた。
愛梨は……少し後ろにいる。殴られてから口を効いていないどころか、目を合わせてすらいない。避けられてる感がある。が、一人で先に帰ってしまわないあたり、絶縁とまではいかなさそうなので、その点は安心する。
愛梨は整えてきた髪を無理矢理ゴムで括り、強引にポニーテールにしたようだ。俺が言った事やっぱ気にしてんのかな。でも、彼女はポニーテールが似合っていた。
「帰りたいのは山々なんだけど、凛が待ってろって」
言うと、カーッ! と純哉が意味のわからない奇声をあげて頭を抱えた。
「なんでお前だけっ……本当に何もなかったのかよ!」
「ねーよ」
俺の所為で凛がRINを辞めたのかも、と言うのはやめた。なんだか日本語も変だし、これ以上誰かの反感を買いたくなかった。
「じゃあなんでお前はそんなに気に入られてんだよ! ズリィ!」
それがわかれば苦労などない。
俺にとって凛は最初から凛だった。純哉みたいに芸能人と一緒に居るという特別意識が無い。文句のつけようのない美人なのは認めるが、それ以上でも以下でもないのだ。
「じゃあさ、俺等も凛ちゃん戻ってくるまで待とうぜ」
別に良いんじゃね、と答えようとしたら、愛梨は溜息を吐いて首を横に振った。
「バカ。凛は相沢をご指名なんだろ。あたし等は邪魔。特にストーカーの純哉」
「俺はストーカーじゃねえ! ファンだ!」
純哉が凄い勢いで反論した。
似たようなもんだろ、と愛梨は吐き捨てながら続ける。
「まあ、あたしは帰るから。アンタ等は好きにすれば」
言って、鞄を持って背を向ける愛梨。
「愛梨、ちょっと待てよ」
その言い草に苛立ちを覚えて、思わず呼び止めてしまった。
「あ?」
いつもの低い声で、こちらを振り返る。
ただ、いつもみたいにあからさまに睨みつけてくるわけでも不機嫌そうでもないのが、逆に気になった。やっぱりちゃんと謝っておいた方がいいのだろうか。
「凛はそういう事気にする奴じゃないと思うけど。友達出来て嬉しそうだったし……俺に対してまだムカついてんなら、そう言えばいいだろ」
若干、怯えながら言う。もしかしたらこういう言い方は、愛梨とガチ喧嘩になってしまう可能性もある為、やや勇気が要った。
「はあ……」
愛梨は呆れた様に溜息をもう一度吐いて、ガシガシと頭を掻いた。ポニーテールが少し歪む。
「何言い出すかと思えば……昼休みの件はもうさっきの一発でチャラ。もう気にしてないからムカつくも糞もねーよ。単純にあたしの意見」
「え、そうなの?」
意外すぎる返答。てっきりぐじぐじ引きずって嫌みを言われるのかと思っていた。
「そうだっつの」
「だってあれから目合わせなかったし」
「元々あたしはアンタに視線を送る趣味なんかねーんだよ。だから目合わなくて当然」
「おお、なるほど!」
その通りだった。俺が愛梨の気を害してしまったのかと気になって普段より多く愛梨をちらちら見ていただけだったようだ。そういえば普段から愛梨とはあまり目を合わせない。
彼女は俺の納得した顔を見て更に呆れたのか、また頭を掻いている。
「まあ、そういう事。凛なりに理由があるんだろうし、あたし等が邪魔する事でもないだろ」
正直それがよくわからないのだけど。どうして凛は俺と無駄に関わりたがるのだろうか。
「ほら、帰るよ純哉」
愛梨は純哉にそう言い、純哉は渋々といった様子で愛梨の言葉に従う。
「じゃあ俺等マスターんとこ寄るから帰りに来いよ。凛ちゃんも連れて!」
後段だけやたらと力強く言われた。凛だけ連れて来い、と言われた様な気がする。
「あ、そういや愛梨」
ふと言い忘れていた事を思い出して、愛梨を呼び止める。
「あ?」
「お前、ポニーテール似合ってるな」
「…………ッ⁉ うっせー! 殺すぞ!」
物騒な言葉を吐きながら、愛梨は髪を括っていたゴムを取ってポニーテールを崩し、ノシノシと教室から出ていった。
何で誉めて殺されなきゃいけないのだ。意味がわからん。
そんな不満を抱きながら、俺は机に突っ伏して今日の疲れを癒す事にした。
◇◇◇
それからどれほど経ったのかわからないが、とんとん、と肩をつつかれて、浅い睡眠から現実へと引き戻される。
そこには凛とクラスメートの女子二人居て、彼女達は疲れ切った顔をしていた。
(あれ? おかしいな)
そこでふとその数に疑問を持った。凛を案内すると皆が教室から出ていった時は、クラスの女子大半が一緒だったのだ。
「だめ……めっちゃ疲れる。あたし等には無理だ」
クラス委員の川原悦子が諸手を上げて、愚痴った。
「あはは……ごめん」
凛は頬を掻きながら、申し訳なさそうに苦笑いしていた。
クラスメートの二人は「いいって」とか何とか言っているが、表情と言ってる事が矛盾していた。もはや倒れそうだった。
「というわけで後は相沢君に任せる!」
言いながら、クラスの女子は、「バイバイ!」「また明日!」と足早に教室から立ち去って行った。
全く以て意味がわからないまま凛を任されるのは、何度目だろうか。
「……で、俺は何を頼まれたわけ?」
あはは、と凛は苦笑いのまま、先程起こった事を話してくれた。
校舎案内をしているうちに、野次馬は増えに増え、途中からただ凛を中心に人だかりができてしまっただけらしい。クラスの女子は凛を守ろうとして肉壁となり、一人、また一人と倒れ、最後に残った先程の二人が凛を俺に渡してきた、というわけだ。
「お前はアレか? 某指輪物語の指輪か?」
もうエルフなりドワーフなり騎士なり用意してもらえ。高校生で守れるレベルを越えている。俺はいつからこのお姫様の護衛になったというのだ。
凛は苦笑いしたまま、「帰ろっか」と自分の荷物を持った。俺もそれに続く様に、机横にかけてあった鞄を取り、教室を後にした。
もう校内は下校時間間近であまり人が少ない事から、野次馬から突撃される様な事は無かった。数人の生徒が遠巻きに凛を見ていたり、サインくださいと何人かが近寄ってきたりする程度だった。凛は「もう価値は無いと思うけど」と苦笑しながらもサインには応えていた。それと、このサインの件を言いふらさないで欲しい、とも付け加えていた。これが広まれば更に人が集まってくるだろうし、当然の対応だ。聞いたところ、凛は元々現役時代からこうしてサインを求められれば出来るだけ応えていたらしい。断り辛い、というのが主な理由みたいだが、案外流されやすいみたいだ。
凛が何人かにサインをしている最中、手持ちぶさたになった俺はスマートフォンを取り出してLIMEをチェック。二件ほど連絡がきていた。
一通目は純哉だ。
『絶対に凛ちゃん連れてこいよ! 連れてこなかったらユダと認定する』
なんだよユダって。裏切り者ってか。
二通目は愛梨からだったが、俺の手がぴたりと止まる。
『校門周辺に不審人物有り。芸能記者かも』
まだサイン中の凛に、そこで待ってろ、とだけ言って、先に生徒玄関に向かった。
生徒玄関口から目を凝らして校門の方を見ると、確かに何人かカメラを持った男がいる。まともな服装をしている事から、なるほど、確かにオタクというよりは記者っぽい。
「翔くん、急にどうしたの?」
凛が慌てて追いかけてきた。黙って校門を指さすと、凛は「あっちゃ〜……」と手の平を額にあてた。
「情報早いなぁ」
「まあ、こんな狭い町じゃな」
ここでは、少し変わった情報があったら、それだけで目立ってしまう。おそらく転入の情報を掴んだ記者が慌てて駆けつけてきた、という事だろう。この町では元々RINの目撃情報があったし、祖父の家もあることからマークされていたのかもしれない。
もう一通新着でメッセージがきて、ついでにチェックしてみると、これまた純哉だった。
『さっきの撤回。喫茶店にくるまでに怪しい奴に同じ学校のRINについて教えてくれとか言われたし、喫茶店にも見慣れない大人が何人かいる。今日はいいから無事に凛ちゃんを家に送り届けろ。手を出すのは許さん』
頭が痛くなる様なメールだった。
こちとら学校から逃げるのも大変なのに、家までとは。大人ってやつは何でこうも暇なのだろうか。取材ならもっとほかの事をやればいいだろう。政治家の汚職とか怪しい株取引だとか、調べる事ならいろいろあるのに。引退表明した学生モデルを追っかけ回してどうしたいのだろうか。
「どうしよっか……」
凛は困った様な笑みをこちらに向けてきた。
こう見ると、芸能人というのは可哀想な生き物だ。辞めても普通に学校生活もできない。俺なら絶対にやらない職種だ。
とりあえずこのお姫様を逃すのが今日の俺に課せられた最後のミッションらしい。
どうやって逃げようか、脱出ルートを考えてみることにした。
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