第18話 The Door into Summer 試される大地へ⑥
「…………絶句、だね」
「うん、すごいねぇ……」
目の前に広がるパノラマ。
それをわたし達は呆然と眺めるしかなかった。
配信のコメントの読み上げは切っている。
だってお姉ちゃんとわたし。
運が良かったのか、ここには2人しかいないんだ。
なら、静かに浸りたいって思うのは我儘じゃないと思う。
ここは
名前は
知床で結局2泊したわたし達は、知床横断道路を経由して羅臼側に出ると、その根元部分にある
野付半島は、知床の南側の付け根辺りにある標津町の海岸部、そこから平仮名の「つ」の様な形に飛び出たふしぎな場所だ。
イメージとしては京都の日本海側にある
それが北風吹きすさぶ鈍色の海に面している姿は、やはり北海道の東側特有の、幻想的な景色に見えた。
わたしも、お姉ちゃんも。
少しずつ会話が減ってきている。
すごいね、なんて感想は交わしても、軽いお喋りはあまりなくなってきた。
と言っても気まずい訳じゃない。
ここまでの旅で、色々あったけれど。
その中でわたし達は、わたし達なりの距離感というのが熟してきた気がするんだ。
これは持論だけれども、親友とか家族で、絆がきちんとあるならば、無理して会話はしなくてもいいって思うんだよね。
何か話さなきゃという強迫観念は、その空間に違和感があるからこそだと思う。
家族に対してその思いは……正直お姉ちゃんが初めてうちにやってきた頃にはあった。
自分が話していないと、オレというボロが出てしまう、そういう恐怖感があったんだ。
いまは、多分それが明け透けになったらどうするかな?
朧気にそう思う事はあっても、恐怖感はもうない。
なぜかってそれは、甘んじて受け入れると思っているから。
その上で、オレはわたしとなり、そして高科さくらとして、ゆりという母さんと、ひまわりというお姉ちゃんと家族でありたい。
旅をしながらそう考えるようになったのは、おそらくそれを越えないと、わたしは高科さくらに成れない、いや自分の人生としての今を実感できないと思ったからだ。
望遠鏡を覗き込む。
最初はピントがズレていて、景色が滲んでいる。
だからレンズを絞ったりして、ピントが合うと綺麗な景色を見ることが出来る。
わたしというピントが、この旅の中で少しずつ合ってきている、そういう確信がこの事を決意する大きなきっかけだ。
景色はどこを見渡しても地平線。
ゆっくりと湾曲したソレは、なるほど地球は確かに丸いのだと言っている。
全ての事は、丸く収まりつじつまが合う。
だからわたし達は無言のまま頷き合って、恋人達が幸せを願って鳴らすらしい鐘を揺らした。
カーン、カーン……乾いた鐘の音は、高台で吹き荒れる強風にかき消された。
お姉ちゃんはじっとわたしを見上げると、自分とわたしの手を絡めるように繋いできて、
「チェリーちゃん、幸せになろうね? 不束者ですが、末永くよろしくねぇ……」
「…………なんでやねん」
【あら^~】【いいですわゾ~】【エッッッッ】【ヒマDの上目遣いとか殺人レベルやろ……】【チェリーのFPS視点だから破壊力やべえ】【ヌッ……】【(50000円)】【久しぶりに5万ニキ来た!】
人がシリアスに浸っていたのにお姉ちゃんと来たら……。
それに急に読み上げ入れるし。
何その不思議そうに小首をかしげるあざとい仕草は。
でもまあ、これがお姉ちゃんだったね……。
「日程ロスもあるし、お腹もすいた。お姉ちゃん、さっさと次行くよ」
「うんっ、ごはんごっはん~」
【草】【お前いつも腹減ってんな】【それがヒマDくおりてぃ】【せやな】
【おっちゃんが小遣いやるさかい美味いもんでも食い(10000円)】
【大阪のおっちゃん!わいにも小遣いくれや!】【アンタはハロワ行きぃ!】【オカン……】【何この流れ草】【www】
そしてわたしたちは次の場所に向かったのである。
☆☆☆☆☆☆☆☆
知床を満喫したわたし達。
けれど、この道東と呼ばれる地域には、実はかなり広範囲に見るべきポイントがある。
ざっくりと言えば、知床の南側である羅臼は、花咲ガニとかホッケが有名で、有名なドラマのロケ地にも選ばれた場所だ。
阿寒湖、摩周湖、弟子屈、川湯と言った温泉地も多い。
太平洋側には厚岸のカキが有名だし、そのお隣の釧路市では、和商市場という観光市場があるし、なによりこの一帯はかなりの広範囲で釧路湿原に囲まれている。
その際に鶴居村に足を延ばせば、丹頂鶴の餌付け風景が見られるとか。
ね、これだけ羅列してもまだ漏れがあるほどに、ここら辺は観光資源が豊富なの。
なら何故、わたしがダイジェスト風にモノローグをしているか。
それは、うん、単純に言えば全スルーしたからだ。
これには道東に住まう地元リスナー達も大激怒だった。
いや、まあ、ノリで怒ってる体の愛のある炎上だったんだけどね。
けどこれは苦渋の決断というかさ。
開陽台で360度のパノラマを楽しんだわたし達は、お腹が空いたので料理屋を探したんだよね。
けどね、最初は釧路方面に向かっていたんだけど、選んだルートが悪かったのか、こう、なんだろ、入りたくなるようなお店が無いんだよねえ……。
結果、腹ペコでどんどん機嫌の悪くなるお姉ちゃん。
いや別にわたしに当たる訳じゃないけど、無言でさ。
それを面白がったリスナーが、丁度昼時だけどみんな何食べてんの? と【煽りの呼吸 壱の型】でリスナー達のランチメニューの暴露大会に移行し、これで完全にお姉ちゃんはキレた。
「チェリーちゃん……わかるよね?」
まるで墓の下から響く亡者の声だったよ……。
プレッシャーが酷い。
でもね、ようやく見つけたドライブインっぽい店は、大概休業中か明らかに潰れている。
その結果、わたしは一つの決断を下した。
それはコンビニ。仕方ないでしょ空気が悪いんだから。
北海道を走っていて感じたのは、田舎を走っていてもロー●ンかセ●コーマートのどっちかは結構な頻度で見かける。
そしてわたしは知っていた。
事前に北海道の情報をネットで調べていて見つけたんだけど。
セイコー●ートにはホッ●シェフなる弁当やお惣菜を熱々で提供するコーナーがあると。
さらに言うと、そこのカツ丼系は観光客すら魅了する美味さだとか。
わたしは正直自分の胃袋事情的にカツ丼とかの重たいメニューに心惹かれる事は無いのだけど、お姉ちゃんはどストライクだと思うんだ。
そしてわたしは手早くモバイルナビを検索。
ふむ、なるほど。
10キロ先に湿原を見下ろす展望台アリ。
写真で見るに、路肩から続く広いエスケープゾーンみたいなところに、屋根のついた東屋がいくつかあって、そこから湿原を見下ろせるらしい。
セ●コーマートはその手前に二軒あった。二軒……しゅごい。
実際に立ち寄ってみたわたしは、この世の終わりって表情のお姉ちゃんをサイドカーに放置し、いざ店内へ。
ある、あるじゃない。
凄いよ。一杯積んであるけど、商品を吟味するためにじっと見ていたわたしに「旅行かーい?」と気さくに尋ねてきたおばさんが、少し待ってくれるなら、作り立てをあげるよと言ってくれた。
さすがはホットシェ●と言うだけあるね。その場で作ってくれるらしい。
なのでわたしはご厚意に甘え、お姉ちゃん用のカツ丼を3つと、わたし様に大きなおにぎりチーズおかか味をひとつオーダーし、待ってる間に北海道限定とかいう炭酸飲料のガラナと、乳製品のカツゲンを購入したのである。
10分ほど後、ずっしりとした袋を下げて帰還すると、匂いに反応したお姉ちゃんが満面の笑みで抱き着いてきた。
もうやだこの姉……。
当然リスナー達も呆れていた。
いいの。これもお姉ちゃんのチャームポイントだよ……だよ…だよ…だ(セルフエコー)
そうして機嫌ゲージが回復したお姉ちゃんと展望台に向かった。
まあこの茶番は置いといて、景色はすばらしい。
低木が鬱蒼と茂る湿原は、開けている所には蛇行する清流が見える。
名前はわからないけど、かなり大きな猛禽類が空を滑空しているし、野生のシカも見えた。
わたしたちは東屋に陣取り、カメラを据え置きにして湿原全景と、わたしたちとを映し、のんびりと雑談しながらのランチタイムとなった。
ああ、カツ丼はとても美味しかったよ。
お姉ちゃんから一切れ貰ったけど、ま●泉のヒレかつサンド並みにやらかーいトンかつが、甘辛く煮てあって、控えめに言って500円じゃお値打ち価格だと思った。
わたしのチーズおかかおにぎりも、きちんと手で握った様な米のほぐれ具合でとっても美味しい。
というか、カツ丼みっつを何の疑問も無く食べる姉に改めて驚愕。
え? 3つ? 2つじゃないの?
これが普通のリアクションだと思うの……。
まあいい。
長くなったけど、道東エリアの有力な観光地をスルーした理由はこの時の雑談に関係あるの。
わたしが常々思っていた疑問でもあるけど「このままゴールしても相当に予算があまるんだけど……」って問題さ。
。
多分100万円近くまるっと残るよ。
これでも散財してるつもりだったのに。
それでも現在の状態でも思ったより減っていない。
リスナー達は「知ってた」「ツーリングやししゃあない」と先刻ご承知って感じのリアクション。
それでわたしは言ったんだ。
リスナーに還元と言いつつこの体たらく。
なので企画を立ち上げると。
それはそれは強く宣言したよ。
提案したのは2つ。
一つ目は、わたしたちがコレだ! と思ったお土産を購入し、リスナーに応募をして貰って、当選者にプレゼントをする。
その際に、旅のあちこちで撮っていたわたし達の写真をセットにして送る。
お土産は北海道らしいグッズか有名なお菓子の詰め合わせとかにしてさ。
写真はデジカメだからデータからプリントアウトすればいいし。
身バレ対策は、郵便局の私書箱を利用するか、ビジネスベースでLINE@を契約すればどうにかなる。
そして二つ目は、お金のかかるアクティビティに挑戦する。
これは割とここから近い場所でいける。
帯広を中心とした十勝。
ここでは熱気球が盛んで、予約をすれば貸し切りで遊覧ができるそうだ。
雑談放送をしながら検索をかけてみたけど、今時期でもやっているのが確認できた。
わたしは放送を続けたまま、その会社に電話を入れ、見積もりを聞いて予約を入れた。
半日ほどチャーターして15万円ほどだった。
ね? いい感じでしょう。
どちらもリスナー達は喜んでくれた。
写真の下りでは、北海道に巨大な温水プールとか無いのか!? と大騒ぎ。
誰が水着を晒すか。
女としての生き方とか生活になじんでいても、それはわたしの肉体が女である事に馴染んだだけで、精神が男であることをやめた訳じゃないんだよ……。
まあ、リスナーには言えないけどね。
そんな訳で、お腹を満たされご満悦なお姉ちゃんと、一路帯広に向けて出発したのだ。
道東をスルーしたのは、それなりに移動距離がある事と、ゴール地点を札幌と定め、その間にある遊べる場所を色々巡ると決めたからだ。
ニセコ、ルスツ、名前だけでも心躍るじゃないか。
そう、チェリー達の北海道旅行はこれからだ!
☆☆☆☆☆☆☆☆
「あのね、お姉ちゃん。この温厚なチェリーでも、流石にこれは怒るよ」
「………………ごめんなさいチェリーちゃん」
【下剋上が成立した瞬間であります】【www】【ポンコツと化した姉】
【割と初期からポンコツでは(小声)】【草】【これはしゃーない】【残当】
しゅんとしているお姉ちゃん。
周囲はすっかりと暗い。
スマホを見れば21時過ぎだ。
そりゃ暗くもなるよ。
今いる場所は国道沿いと言いつつも、何もない原野の横だ。
わたしはため息をしつつ、路肩に駐車したハーレーのライトの中で、お姉ちゃんに説教をしていた。
いやでも、もう決断しないといけないよね。
だからもう一度ため息をつき、わたしは無慈悲に宣言した。
「お姉ちゃん」
「……はい」
「ここをキャンプ地とする」
「む、無理だよぉ……寒いよここ……」
「そうだよ? 初夏と言ってもここは北海道。夜は寒いのはとっくに理解しているよね? でもそうなったのは誰のせいなのかな? あれだけわたしが宿を先に決めようって言ったのに、帯広の豚丼の店をはしごするって言い張ったのはお姉ちゃんだよぉ?」
「ぐう…………」
【リアルでぐうの音出す人初めて見たは】【草】【チェリーどSモード】
【いやー北海道舐めすぎたな】【まさかこんなオチとはなぁ】【これは反省すべき】
【詫び石案件】【ヒマDはソシャゲキャラだった……?】【ワイの財布ぶっこわれるからやめーや】
そう、すべてはお姉ちゃんの我儘のせいなのだ。
簡単に説明すると目的地である帯広市には、午後16時過ぎに到着した。
市街地を抜けて、まずはホテルが集まっているエリアに向かうつもりだったわたし。
それに待ったをかけたのがお姉ちゃんである。
曰く、帯広駅一帯に、豚丼の店がいっぱいあると。
営業時間的に、まずは豚丼を所望すると。
わたしは難色を示したが、まあ一軒くらいならいいか。
せっかく名物らしいしね、そう思った。
そしたらさ、17時ちょうどくらいの時間帯なのに、あちこちに点在する店には凄い行列があるんだね。
普通18時近くに込みだすでしょう? 夕食のラッシュで。
変だな~とは思ったけどさ、駅でもらったパンフレットには、周辺の簡易マップが載っていて、豚丼の店が色々載っている。
お姉ちゃんが最初に行こうと言ったのは、元祖豚丼を出す店だった。
凄い行列だった。
するとお姉ちゃんのお腹がグーとなった。
悲しそうな目でわたしを見ているお姉ちゃん。
行列はまだまだ長く、おそらく豚丼とやらは調理に時間がかかりそうだし、店の回転もラーメン屋の様にはいかないだろう。
だからマップにある別の店に行こうと提案。
渋々だが、お姉ちゃんは了承し、マップの一番遠い店でわたしたちは席につけた。
この間に40分はロスしている。
最初の店に並んでたら座れていたかもね? 今更だけど。
で、食べたよ。
豚丼のロースかバラかを選べるセット。
お姉ちゃんバラ。
わたしはロース。
脂身が少ない方がいいからね……。
それにどうせ全部は食べられないから、半分お姉ちゃんに任せることで、彼女はどっちも楽しめるって訳だ。
甘辛い醤油タレで照り焼き風に調理された豚丼と、ショウガの効いた豚汁がセットでやってきた。
丼も美味しかったけど、結構な大きさのどんぶりに入った豚汁をわたしは気に入った。
控えめに言って満足したよ。
ホテルについたら晩酌だけでいいかな?
その程度には。
するとお姉ちゃん、やっぱり元祖の店に入りたいと駄々をこねだした。
明日は気球の予約をしてるからね。
そう考えると、店巡りは今日しかできない。
気持ちはわかるけどさ……。
まあ結局最初の店に行ったんだけど、運よくすぐ座れた。
でも中は混み混みで、実際食べられたのは30分後。
そうして満足したお姉ちゃんを連れて、バイクに戻った時点で時間は20時ちょうど。
それから慌ててわたしはバイク走らせ、よさげなホテルに飛び込んだ。
満室でした。
その隣も。そのまた隣も。
ナビで調べて向かったビジネスホテルも全部全滅。
聞けば何かスポーツの十勝大会的な事をやっているらしく、全道から選手やその応援団とかが大挙して来ているんだってさ……。
途中からフロントの人に「多分どこも空いていないかと思いますよ……」と同情されてたもの。
そして冒頭に戻る。
わたしは激怒していた。
だから先に探していたなら、例えばこの辺ではなくても、どこか別の町に行く選択も取れたのだ。
けどこんな時間じゃ移動も危ないしさ……。
だからわたしはバイクの後ろに積んである荷物を見る。
そう、ここには万が一の時にキャンプができるようにと、ギアを入れてあるんだ。
なのでもうこうなったら、謎の原野で一泊も辞さないぞと。
そういう決意なのである。
まあ、うん……しょんぼりするお姉ちゃんのあざとい上目遣いに負けた結果、結局はあちこち走って、郊外で見つけた割と小奇麗なモーテルに一泊できたよ。
でもね、何が悲しくて姉妹でラブホに泊まらにゃいけないのさ……。
部屋での雑談放送では、リスナーのコメントの後ろに高確率で(意味深)とつけられたけど、憤慨したわたしは、バーカバーカ! と言ってこの日はあっさりと配信を閉じたのである。
ちなみにタイムシフトのコメントに、チェリー許してクレメンス……と謝罪の群れが凄い事になってました。
ま、たまにはいいか、こんなイレギュラーも。
いや、よくない(反語)
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