第17話 The Door into Summer 試される大地へ⑤
「結構迫力あったねぇ」
「うん、もう一周したいなぁ~」
「いや流石にそれは……えっと網走監獄を見てきました。流石に入館料払う施設は自分の足で行くべきなので配信は自粛したんだけど、思ったより良かった」
【ワイはコメ欄のお前らがここの厄介にならないことを祈る】【それな】【ねーよ。オレたちは健全にチェリーを愛でるのみ】【それが犯罪臭するんだよなぁ】【草】
結局わたしたちは紋別市のホテルで二泊した後、のんびりとサロマ湖を見物しながら網走市に入った。
ちなみに紋別での二泊目は、漁港近くにあった市場で買って来た魚介類を使って、ホテルの部屋で料理をした。
というか前日のカニが美味しかったから、またもや巨大なタラバガニを購入し、パスタやら焼きガニやらを作ってリスナーを阿鼻叫喚の状態に落としてやったのさ!
流石にこの身体で大型バイクを運転し続けるダメージは割と無視できなかったね。
なので二泊したのは正解だった。
おかげさまですっかりとリフレッシュできた。
話を戻して網走では、網走監獄という旧網走刑務所の建物をそのまま使った歴史博物館に入ってみた。
北海道観光では割とメジャーらしいけれど、地元リスナーに”一度見ておくべき”と強いプッシュがあったからね。
ここは明治時代から使われていて、今は新しくなった網走刑務所に役割は移っている。
映画の舞台になった事もあり、知名度はあるが、単純に刑務所を見学できる以上に、北海道の歴史に直結する歴史的に意味のある場所なのだ。
パンフレットによると、東京ドーム3.5個分の敷地面積があるらしい。
中では受刑者たちがどんな生活をしていたかを見学できる。
驚いたのは、味噌や醤油といった調味料を中で自作していたり、レンガを焼く施設があったりと、かなり自給自足が行われていたという事かなあ?
まあ当たり前なんだろうけどさ。
当時は現代の様な流通事情よりも劣っていたし、毎日仕入れるなんて出来ないんだろう。だから自分たちで作るのが当然なんだろうし、何よりオホーツクの厳しい気候の中での作業が、そのまま刑罰の一環という。
何より、この手の施設を見ていると、北海道って観光イメージが強いけれど、実際に人が住む土地としての歴史がびっくりするほど浅いって事に驚く。
元々はアイヌ民族が暮らしていた土地だし、人が多く入植してきたのは幕末以降だからね。
なので文化が根付いたって意味では、まだ200年にも達していない。
そう考えると面白い場所だよね。
面積は大きくても離島であること。
気候が厳しすぎて過酷な事。
それは本州での常識が通じない事。
結果、北海道はガラパゴス諸島の生物が独自の進化をしたように、本土とは違った文化や生活習慣が根付いたのかなって。
「んー、寒い寒いって騒いでたけど、段々慣れてきたねお姉ちゃん」
「そうだねぇ~。そろそろ一週間になるから」
「もうすぐ日程の半分が終わるのかぁ……あっという間だぁ」
網走を出たわたしたちは今日の目的地であり、旅の目玉でもある、世界遺産、知床国立公園に向かっている。
それもあって旅の6日目でもある今日は、午前中の早いうちに網走観光を終わらせたのだ。
ひとくちに世界遺産の知床と言っても、とにかく大きい。
ニョキっと生えた知床半島は、根元から先まで70kmもあり、幅は一番長いところで25kmにもなるそうな。
そして北側が斜里町、南側に羅臼町があるんだけど、わたしたちは北側から来ているので、今夜泊まるのは斜里になる。
と言っても、半島の根元から30kmほど中に入った場所の海側なので、網走からはかなりのロングツーリングになる。
なので今日の配信は、わたしの肩口についているアクションカメラのみの単純な車載映像だけに絞り、コメント読み上げも切っている。
網走の手前にあったサロマ湖、能取湖という巨大な汽水湖。
汽水湖ってのは湖なのに海水が入り込んでいる所。
そして網走湖、その周囲を埋め尽くす湿原に原野。
そんな本州ではなかなか見かけない絶景を眺めてきたわたしたちだったけど、JRの
実際それはリスナー達も同じだったようで、北海道に来たことが無い人らはただただスゲーとかヤベーという小学生並みの反応だし、地元民たちはどや? 凄いやろ? と自慢げ。
どっちにしろ車載映像に釘付けになっている。
彼らがその調子なんだから、実際に現地にいるわたしたちの感動はさらに上だ。
と、思えば、何か視線を感じて横を見ると、お姉ちゃんがじっとわたしの横顔を見ている。
それにハッとしたわたしは、思わずごまかすように月並みな感想を言って苦笑い。
そうだよねえ。今日で6日って事は、明日で丁度半分が終わったことになる。
二週間で北海道観光。最初は結構なボリュームだって思っていた。
もしかすると持て余すかな? 途中で飽きないかな? ってさ。
そうは言っても、実際のわたしたちは日程の半分を使って外周をぐるりと回っているだけだから、北海道で見るべき場所のほとんどをスルーしているとも言える。
ま、それだけ北海道はでっかいどーなんだね。
できれば函館まで行きたいけれど、知床以降の展開によっては断念もありえる。
無理すればいけなくはないよ?
けど今いる道東の端っこから、札幌に向かうにはおおよそ8時間かそれ以上は余裕でかかる距離だ。
そして札幌から函館まではだいたい5時間ほど。
どっちにしても一応は有料道路のルートがつながっている。
けどね、かなりの勾配が続く場所も多いし、ラクって訳でもなさそうなんだよね。
景色を楽しみたいとは思っても、一般道での峠越えはしたくないしさ。
それに泊まったり食事をしたり、観光をしたり。
そういうタイムロスを考えると、残り1週間では結構アレだと思うの。
それに、わたしはこのオホーツク海側の景色をすっかりと気に入ってしまった。
できればもっとゆっくりと見たい、そう思っている。
帰りる際のルートは、来た時の苫小牧のフェリーもあるけど、釧路、室蘭からも東京方面に船が出ている。
一応往復で予約はしてるんだけど、最悪キャンセルして別の所から帰るってのも考えなきゃいけないかなぁ?
まあこれも旅の醍醐味というか、そもそも行き当たりばったりでやるって言ってたし、そう考えると延長もアリと言えばアリか。
現在のわたしやお姉ちゃんは、コレが仕事と言えば仕事だしねえ。
どこまでできるかわかんないけど、どこまでやれるか頑張ろうっていうのが姉妹で話し合った結果だし。
それにだ。本来の目的である、リスナーからの投げ銭を使って~って奴だけどさ、実際はそんなに派手に使えてないんだよ……。
カニを買ったりとかで散財っぽいのはしたけどさ、逆に言うとツーリング中はほとんど減らない。なので毎日使っているお金は、10万にはるか届かない。
いやー別に切り詰めるつもりも、そんな気も無いんだよ。
けどね、金をガンガン使う目的だと、移動が多くを占めるツーリング旅と相性悪いって今更に気が付いたね……。
バイクの運転はかなり疲れる。
事故らない様に周囲に気を配り続けるから気疲れもするし、微振動の多いハーレーだから物理的にも消耗するし。
そんな時に食欲はあまりわかないからなおさら。
それにしてもお姉ちゃんは、なんでわたしを見ていたんだろう?
旅のおわりが見えてきてセンチメンタルになった?
それとも――
どっちにしても、わたしは旅のおわりにある事をしようと決断をした。
それに対して恐怖心は無い。
もう完全に覚悟が決まっているんだ。
ならその瞬間まで、わたしはただ十全に、そして純粋にこの旅を楽しむ。
わたしと、お姉ちゃん。
2人旅を。
わたし達のロードムービーはどんなエンディングを迎えるのかな?
キングのスタンドバイミーの様に、人生の旅はそれぞれの道に進んでいって、子供の頃のふしぎな体験を忘れてしまう。
それが大人になる事なんだろう。
オレだったわたしの人生の旅は、とても歪な始まりだった。
けれどいつか、ずっと将来。
この旅の事を思い出した未来のわたしは、いったいどう感じているのかな?
懐かしむ? それとも苦しむ?
できれば笑っていたいなぁ。
そう思いつつ、わたしははるか先に見えてきた、知床半島に目を奪われたのである。
☆☆☆☆☆☆☆☆
【やべえよやべえよ……】【これマ?】【チェリー持ってるなぁ(震え声)】
【洒落になってねえんだよ】【道民どうにかせーや】【むりむりむりかたつむり。ちな札幌民やけどこんなん出たらニュースで大騒ぎやで】【うちのお姫さん達、目キラッキラなんやが……】【それな】
「…………」
「…………っ」
わたしたちは今、二種類の気持ちを強く感じている。
ひとつは歓喜、または興奮。
ひとつはがっかり感。
読み上げは切っているけど、リスナーが騒いでいる原因がその元凶。
答えはヒグマである。
事前に調べたんだけど、ヒグマは北海道のイメージが強いけど、実はそんなことは無く、北海道と同緯度から北極圏の間に含まれる地域に生息しているそうな。
大昔はもっと下の方にもいたらしいけど、乱獲されたりして生息数が減り、その結果、人口密度の低い北方に多くいるってだけらしいよ。
そしてヒグマは、ホッキョクグマに並んでクマ科では最大の大きさ。
ちなみに日本と限定すると、陸上に住む哺乳類で最大だって。
つまりとってもヤバイ相手なんだね。
それでね、斜里町エリアに入ったわたしたちは、地元の観光地に寄りたいのを我慢し、国道334号線をひたすら北上していった。
ゴールはウトロという地域で、観光ホテルや温泉が集まる観光拠点。
まずはここにチェックインしないとね。暗くなる前に……と言うか既に少し暗い。
そんな訳で割と急いでいたわたし達なんだけど、湾に囲まれたように見える、夕日で黄金色になっているオホーツク海や、途中で見つけた滝や、海に飛び出る謎の岩に見惚れたせいで、かなりのタイムロスをしてしまった。
そして慌てて移動しようとアクセルを開こうとしたわたしの目に、何か黒い玉が写ったんだ。
それは海に面した道の山側。多分地滑り対策に法面工事がされてるだろう芝生張りの斜面から、まるでボウリングの玉の様に転がり落ちてきた。
で、アスファルトの道に着地をすると、ンンンーーっと伸びをするように背中を反らしたそいつは、四つ足で起き上がった。
そう、ヒグマである。結構デカい。
話を戻すと、前者の興奮の理由は、観光船に乗って海から見たかったヒグマがはからずも苦労せずに見れた事。ついでに言えば、こんな至近距離で。
そして後者の失望の理由は、よーしヒグマ見るぞ! と意気込んでたのにここで見ちゃった事で、明日に予約していた観光船に乗るモチベがかなりダウンしたことだよ……。
まあそれはそれとして。
ヒグマ可愛くない?
なんかつぶらな瞳でじーっとわたしたちを見ている。
斜里の観光協会でもらったパンフレットには、絶対にクマにエサをやるなと警告されていたから、その辺はきちんとするけどね。
けど襲ってくる気配もないし、なんかこう寝起き感? ゆるい感じだよ。
もちろんギアも入っているしクラッチもすぐ繋げるように半開き。
こっちに来そうなら、すぐに発進できるようにはしている。
「……行っちゃったね」
「すごかったねぇ~登っていくときもはやい!」
結局ヒグマは帰って行った。
しばらく周囲を見回すと、地面をフンフン匂って、そのままくるっと山に。
その時に斜面を凄い速さで駆け上がって行った。
見た目以上に素早いんだなぁ。
【映画化決定】【www】【やだこの姉妹一切動じてないんだけど】【俺なら騒いで喰われてたは】【ワイも】【(50000円)】【久しぶりに来た!無言投げ銭ニキ】【草】
そんな感じで、ヒグマとの邂逅を果たしたわたし達は、なんとも微妙な感じでホテルへと入ったのである。
いや、うん……のるさ……予約はしてるし。うん。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「うぇ~い……好きに言えばいいさぁ……まさか酔い止めを破るとはね、波の奴め……ライバルとして認めてやるよ……」
【まただよ(笑)】【まるで成長していない……】【もう許してやれよ】
【ワイも画面見てて酔ったゾ……】【スプラッシュ・チェリー】【リングネームかよ】【草】【(30000円)】【無言ニキ……ははーん、さてはお前リョナラーだな?】【申し訳ないがリョナはNG】【(10000円)】【倍プッシュだ……!】
【www】【ワロタ】
「あ゛あ゛ぁ~朝ごはん全部出たぁ~~……」
「………………」
【ちらっと見えたヒマDの顔がヤバイ】【いつになく真顔だね……】【微妙に肩が震えてる……】【やめろーヒマDは堪えろ】【ゲロインはチェリーだけでオナシャス!】【あっ】【あああああああああああっ】【(50000円)】【(50000円)】【うん、嫌な事件だったね……】【ダメでしたぁ……】【ゲロイン姉妹爆誕】【リョナラーの皆さん大歓喜草】【やっちまったなぁ……】
静かだったお姉ちゃんも大リバースした。
貰いゲロってやつだね……。
ホテルのビュッフェスタイルの朝ごはん。
一応船に乗るからあんまり食べ過ぎないでね? と言ったんだよ。
結果がコレ。
わたしはある意味もう慣れたけど、お姉ちゃん……やっちゃったねえ。
ご飯3回お替りしたあげく、焼き立てにつられてクロワッサンを5個。
おかずプレートも4回持ってきてたもんなぁ……。
「うえええ……気持ちわるいよぉ……もう帰りたいよぉ……」
「…………うふっ、くふふっ」
ダメだ、意外過ぎるお姉ちゃんの姿に吹き出してしまった。
いけない、人の不幸なのに。
ぷーくすくす。
【酷い逆襲を見た】【ドSチェリー誕生】【今までヒマDにマウント取られ続けたからね残当】【しかも背中さすりながらすっげえ映してる】【姉より優れた妹はいた!】【草草の草ァ!】
こんな感じで、朝いちばんで飛び乗った知床観光船の遊覧旅は、ほぼ8割がリバース騒ぎで終了した。
いやホント船はきっつい。
フェリーは揺れても、実はそんなんでも無かったけど、小さい船はダメだなぁ……。
あ、一応ね、船からしか見えない滝とか、ヒグマとか、珍しいフクロウとかは見た。
でもね、やっぱり昨日、あんな近くでヒグマを見てるからさ。
リスナーも含めて、感激は薄かった。
だって船のガイドさんが「あそこにヒグマがいますよ!」と教えてくれるんだけど、結局は双眼鏡を使わないと小さくしか見えないし、迫力はないよねえ……。
くそう……ヒグマよ……どうして昨日出てきたんだ。
まるで映画を見ようとする横でネタバレされた気分だよ。
まあヒグマに罪はない。
ごめんね名も知らぬクマさん。
これは八つ当たりなのです。
そうして丘に戻ったわたしたち。
「ああ、まだ視界がゆらゆらしてるねえ……」
「チェリーちゃん、お姉ちゃん帰って寝たいよぉ……」
「そだね……いっそもう一泊しようか?」
「うん……そうしよう……」
ゾンビの様なお姉ちゃんとそう言い合うと、わたし達はホテルに帰ったのである。
良かった。一泊予定だったのに、延長出来て。
時期によっては予約が埋まってると急に連泊はNGだったりするし。
ちなみにのんびりと歩いて帰ったよ。
おかげでムカムカしていた胸が少しは落ち着いたね。
ホテルからウトロの港まですぐだからバイクは置いてきた。
しかし知床は凄いね。
雄大な自然とか言うけどさ。
本州だと田舎に行ってもあちこち電線があったりするしね。
田園風景ものどかではあるけれど、都会の様に栄えていないだけで、人の手がたくさん入っている緑の景色だもんねえ。
けどここは違う。
観光拠点となる町は仕方ないけど、一歩そのエリアを外れた瞬間、文字通り一切人の手の入っていない、そのままの自然で溢れている。
これってすごいよねえ。
それにここに来るまでの間に見た海沿いの長い湿原とかさ。
タイミング的にサンゴ草は見れなかったけど、過酷な気候が作った自然の景色には圧倒されてばっかりだ。
本当に来てよかったな。
お姉ちゃんは部屋でダウンしているけれど。
わたしだけカメラを付けたまま散歩に出ている。
海沿いの道をのんびりと歩きながら、改めてそんな感想を持ったわたしだ。
よく若者がインドに旅行に行くと人生観が変わったとか聞くじゃない。
あんな気分だねえ。
前世のオレだったわたし。
キャンプは趣味だったけど、ここまでの自然には出会っていない。
その時に知床に来てたら、オレは変わったのかな?
それは一生わかんないし確かめもできない。
けれど、ここを目的地の一つに選んだことは満足していた。
お姉ちゃんと、そして帰ったらお母さんといっぱい話してみよう。
もっともっと歩み寄って。
自然に抱きしめてみたい、そう思うんだ……。
今日で本当に日程の半分が終わった。
確実に、旅の終わりは近づいている。
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