第13話 The Door into Summer 試される大地へ①




※注意

北海道ツーリング編は、実在の店舗や施設に名称が登場します。

しかしあくまでもフィクションであり、関連性はございません。

その為、本来とは違う描写(営業時間や営業形態等)が出る可能性がございますが、それらは仕様であることを事前にお含みいただけたなら幸いです。


――――――――――――――――――――――――――――――


「じゃあ、せーのっ!」

「「北海道上陸~っ!!」」


 お姉ちゃんと顔を見合わせて叫ぶ。

 飛び込んできたのは薄曇りの空と肌を刺すような風。

 それでも一気にテンションが上がる。

 チャット欄も同様におおさわぎ。


【やったぜ】【すげーーー】【チェリー初海外】【←は?(威圧)】【道民キレてて草】

【うちに充電しにきてクレメンス】【電動バイクちゃうから】【草】【道民としてうれしい(¥30000)】


 いまは初夏、リスナーからの要望企画としてオレ達は北海道にやってきた。

 もちろん生配信をしながらの車載ツーリング企画。

 約2週間の日程で、大まかな目的地は決めているけど、基本的にはノリで北海道を堪能する行き当たりばったりの旅企画だ。


 これはリスナーがしてくれる投げ銭の還元方法として考えたんだ。

 広告収入とかは抜いて、純粋な投げ銭の額が500万を突破したんだ。

 チャンネル開設から2年近く。

 いまはヒマDことお姉ちゃんと一緒に、個人事業主のようなスタンスでやっている。

 きちんと税金も払っているよ。


 お姉ちゃんがもともと大学で専攻していたのは、放送関連のあれこれ。

 ゆくゆくはマスコミ関連か放送関連の企業に就職っていうのが基本的な進路になる筈だった。

 それか大手広告代理店とかが定番とか。

 けど従来企業でやるべき仕事を、ムーチューバーでやるっていうのがお姉ちゃんが選んだ進路。


 それは当然、オレこと高科さくらが家族に心配をかけ、そこにオレがインストールされて自殺で他界することを、これはまあさくらの肉体のみが無事だけれども……まあ回避し、オレ自身がこの身体で生きる事を決めた結果、家族との交流を図ったのがきっかけだ。


 それで彼女の進路を捻じ曲げた気がして罪悪感を持ったが、お姉ちゃんは「確かにさくらちゃんが心配で傍にいたかったって気持ちはあるよ。でもそれ以上に、さくらちゃんという素材を、どこまで自分の力で輝かせるか試してみたいの」と真剣に告白された。

 身内だけれども、それ以上に素材として面白いという評価。

 お姉ちゃん、そのあくどい顔は似合わないって……。やめなよ。


 そして実際に彼女の主導で動き出した訳だけど、お姉ちゃんにチャンネルに関わる全ての事を任せた途端、彼女は真剣にマーケティング戦略を練り、収益率の具体的な向上プランを考え出した。

 およそ取れる宣伝方法。ネットのまとめサイトや掲示板を使ったステルスマーケティング。

 それを個人でやれる限界まで突き詰めていったんだ。


 ステマは褒められた方法じゃないけれど、マーケティングって観点から言えば常套手段だそうな。

 大人の世界にはシロとクロの二極じゃなくてグレーがある。

 営利企業としてグレーゾーンを攻めないのは怠慢にもほどがある。

 それは前世で元大手にいた自分であるからして理解はしているけどね。


 横でそれを見ているオレは、なるほど、これはオレが無知だったってだけで、正しく職業だよコレはと納得した。

 ムーチューバーは何も能天気にカメラに向かって無鉄砲な事をしたり、私生活を垂れ流しにしているだけじゃない。

 むしろ10分程度の動画でも、とにかく計算された編集が必要な事。


 これが地上波の番組なら、合間に何度かコマーシャルを挟み、その前後で視聴者がイラっとしても、結局はチャンネルを変えない様ないやらしい引きとかを作るでしょう?

 その反面、ネットの動画コンテンツっていうのは、地上波の煩わしい部分はかなりオミットできる。


 もちろん継続的な活動をするには、広告収入は必ずいるから、そこは固定で見てくれる登録者との信頼関係の有無が左右するだろう。

 それにしたって長くて数十秒だし、一定時間流れるとスキップも可能だからね。


 そうなるととにかく印象に残りやすいインパクト重視になる。

 テロップの使い方や、無駄な間をばっさり切って繋いでテンポを上げたり。

 それこそ地上波の番組の30分モノは10分に収められるレベルだ。


 だから内容は濃いし、リスナーも満足できる。

 ただ問題は、それをどうやって見てもらうかって部分だ。

 作品自体に自信があっても、まずは見るという入り口に立ってもらわないと始まらない。

 ムーツベの動画に多い、内容を強めに示唆するテキストが、強調フォントでサムネイルにしているのはそういう意味がある。


 まあ極端な話、探偵物の作品で、最初に犯人を見せて、その後どうやって犯人が犯行に至って、探偵はそれを暴くかって見せるスタイルに似ているね。

 犯人特定というクライマックスでまずは満足し、その後の部分は緻密なドラマを描く事で二度おいしい的な。 


 だからこれらの努力で再生数が万単位で変わる。

 再生数が増えるという事は、そのまま収入の増加に直結する。

 結果、新規の登録者も副産物的に増加し、全体の分母が増えていく。

 その為のあれやこれを、お姉ちゃんがやっているわけだ。


 なので彼女は自宅の空き部屋に、収益から設備投資したプロが使うような機材を購入し、もはやリフォームレベルで改造した。これはもう編集室だね。

 そこに日々のほとんど籠っている。


 動画は3日と開けずに何かしら投稿し、ついたコメントのほとんどに目を通し、これだというコメントには管理者としてハートマークを付ける。

 それだけでリスナーは特別な親近感を覚えてくれるそうな。

 それこそ出かけた先で思いがけずにタレントに出くわし、サインをもらった時のような感覚に似ていて。


 お姉ちゃんはとにかく、ムーチューバーが所属する事務所なんかと関わらず、オレとの二人三脚でどこまでやれるか挑戦したい様だ。

 実際お姉ちゃんの試行錯誤は徐々に結果となり、今ではチャンネル登録者数が30万を突破した。

 週に2度というサイクルでの生配信では、おおむね1万前後のリスナーが常駐している。


 当然配信のアーカイブだけじゃなく、動画用として投稿している方も平均視聴回数が20~50万再生ほどになっている。

 なので広告系収入の伸びが凄い。

 なるほど、これはきちんと仕事だ。


 だからお姉ちゃんも給料を取る。

 オレも。で余剰は全部プールしてある。

 不必要な金はいらないしね。


 で、話を戻すと、オレのチャンネルの収益化が許可されてからの投げ銭の累計が500万を超えた事で、前々から言っていたリスナーを交えた企画、それを実行しようという事にしたんだ。

 元々はどこかでこっち出資のオフ会でもとか言ってたけど、オレというかチェリーの熱心なファンたちが口をそろえて言うのだ。


 ――チェリーは2.5次元で居てほしいって。


 そしてそれは古参ファン以外の多くのファンも同意らしい。

 どういうことかといえば、顔の半分を隠したオレとお姉ちゃん。

 とは言っても見えてる部分でおおよそどんな姿かたちかは容易に想像できる。

 肌へのダメージがひどいから、序盤にやっていた見えている部分の白塗りもやめたしね……。


 そんなチェリーがツーリングしたりキャンプしたり。

 でもやはりタレントとは違って、ムーチューバーはどこかネットの中の存在と彼らはとらえている。

 まるでアニメや漫画の中のヒロインに懸想するように。

 

 だから生チェリーに会いたいとは思っているけれど、それによって神秘性のような物が失われるのは嫌だみたいに感じる様だ。

 とか、大きくなりすぎて身近じゃなくなるのも嫌だ。

 それが彼らの共通認識の様だ。


 なのでヒマD経由で宣言した、チェリーは今後も大手事務所とかには所属せず、個人チャンネルで行きますってのには大歓喜だったもんね。

 コメントで見たけれど、推しだったムーチューバーが大手に所属した途端、明らかに本人が興味なさそうなゲーム実況なんかをしつつ、拝金主義に傾倒していくのを見たくないそうな。


 そして匿名だけど、元大手に所属していたVチューバーの中の人曰く、事務所が持っていくマネージメント料は、守秘義務的に詳しくは言わないけれど、かなり持っていかれて、だから稼ごうとすると拝金主義にならざるを得ないと、なんとも生々しいコメントを吐露していたっけ。


 ついでに言うと、その配信者へのお布施って意味でリスナーが投げ銭するのに、それのほとんどを事務所が持っていくのがとてもストレスだったそうな。

 まるでリスナーをだましているみたいな気がして。

 それもあって鬱っぽくなり、彼女はVチューバーをやめたという。

 生々しいなぁ……。


 そんな雑談回に、あるリスナーが言ったんだ。


 ――チェリーが自分たちのお布施を俺たちと共有したいっていうのなら、その金で大型旅行企画でもやったらどう?

 行先とか、現地でどこへ行くとか、そういうのをSNSや配信を使って俺たちと協議しながらさ。

 チェリーのファンは全国にいるんだから、地元の人間のコメントを活かせば、穴場のスポットとか見つかるだろうし。

 そんないわゆる視聴者参加型企画ってどうよ――ってさ。


 そしたらコメント欄がお祭り状態になった。

 なのでトイッターのアンケ機能を使って視聴者の希望を募ると、99%という圧倒的な肯定で埋まった。

 ちなみ1%の人らは、直で飲み会をするオフ会希望だったそうな。


 そしてヒマDことお姉ちゃんを見るとゴーサイン。

 ならいっちょやりますかって事になったんだ。


 なので放送の中でまずは行先を決めようとなった。

 これはコメント全拾いすると収集が付かなくなるからって、お姉ちゃんからカンペが出て、オレが仕切って決めてと指令が飛んできた。

 

 なので東京在住なのはみんなの知るところなので、東京を起点として東西南北どっちとアンケ。

 47%の支持で北。

 あとは東北か北海道か。

 87%で北海道。


 最後に交通機関で現地入りしてレンタカーか電車を使うか、いつも通りのツーリングか。

 これも9割近くがバイクを希望。

 まあそうか。バイクのイメージは強いもんね。

 これで北海道でのツーリング旅が確定した。


 予算は最初に提示。

 200万を用意し、余すところなく使う。

 ちなみにこの後日、銀行に200万をおろしに行って、自宅でお姉ちゃんともし200万円を今すぐ全部使えと言われたら何に使うかという妄想を延々と垂れ流す動画を出したら妙にウケてた。

 まあ、コメントは「しってた」で埋め尽くされたけど、お姉ちゃんの妄想は全部外食全振りだったね。


 話を戻して旅の日程は2週間。 

 ただ大洗から苫小牧西までのフェリーで、大型バイクが2万近く。

 そしてせっかくだし豪華な船室ってことでスイートをおさえると一人5万弱かかる。

 これの往復だから、輸送費関連と雑費で、そういう経費モロモロ合わせると、30万近くの総額になる。

 だから14日といっても、1日に使える金額は2人で10万ちょいになっちゃう。


 まあそれでも十分豪勢だし、普通の家族単位じゃ2週間毎日10万円以上垂れ流すのは出来ないからねえ。

 そう考えると、十分に豪快な企画だろうと思うんだ。

 そして旅の間に使ったお金は全部細かく記録をつけて、後に動画化した時に詳細を載せると。

 さらにはこれまで投げ銭をしてくれた人の名前もまた記録してあるから、各動画のエンドロールで感謝の気持ちを込めて名前を載せるというところで落ち着いたのである。


 そうしてやってきた北海道初上陸。

 これには私もテンションが上がった。

 思わず無邪気に叫んじゃう程度には。

 サイドカーが定位置のお姉ちゃんも奇声を発しているよ。


 まあでも昨晩は船室から放送したから、上陸した今がこの旅で初の配信開始って訳じゃないけど。

 商船会社と携帯キャリアが協力して、有料だけど船の中でもWIーFIが使えるからね。

 昨日の場合はスイートの大きいベッドの上で、オレとお姉ちゃんがいつもの変態パピヨンマスクを装備して、白いワンピの寝巻姿で並んで寝転がり、真ん中にバイノーラルマイクを置いて、オレ達の声が左右から聞こえる状態での雑談配信をしたんだ。


 まあうん、いろんな意味で皆さん大歓喜だったさ。

 ただまあ、この企画自体、視聴者への感謝として何かしらを還元するってのがテーマだから。

 その上でお姉ちゃんのゴーが出ている。


 その結果、「保存余裕でした^^」とかみんな大興奮だったね。

 耳元でチェリーとヒマDが囁いてくれるとか嬉しすぎる! とかで、アホみたいな額の投げ銭が飛び交ったのは笑った。

 でもそれは、「投げ銭した人にはチェリーちゃんがお好みのセリフを言ってくれます!」とかお姉ちゃんが煽ったのが悪いんだ……。

 

 もちろんエッチなのは絶対読まないよとは言ったんだけど、そうなるとコメント欄では、エッチなのはダメだけど、考えようによってはそう思えるワードを皆で考えようぜ! とかやってて面白かった。

 まれにみるコメントの濁流で、まともに拾えなかったもの。


 結局はバブ味? とかいうオカン的なセリフとか、目覚まし用に「○○くん、起きて。チェリーお腹が空いた」とかみたいな、彼ら的に汎用性? が高いセリフを言ったな。

 そういえばシンプルに「10からカウントダウンするのをお願いします」ってのがあったね。

 サンダー○ードが好きとか? よくわからないから読み上げたんだけど、コメント欄は「よくやった。音源化頼むっ!」「言い値で買おう」とか大騒ぎで、お姉ちゃんが複雑な顔をしてたけどなんだろうね?


 まあそうして北海道入りしたんだ。

 けど生憎の曇り空。

 実は船内で知り合った女性ライダーの人から聞いたんだけど、苫小牧って土地は割と年中曇りがちなんだってさ。

 彼女、25歳で都内でOLをしているらしいんだけど、バイク歴は長くて、毎年北海道に来るんだってさ。


 先輩ライダーのお話はためになるわー。

 北海道での給油にいいSSとか、美味しい地元料理とか。

 そういう走ったことが無いとわからない情報とか色々教えてくれたんだよね。


 そのお姉さんは来年結婚が決まっているそうで、旦那さんが長野の農家を継ぐらしく、結婚後は気軽にツーリングもできなくなるだろうからって、最後の想い出作りの為に、彼女も長期で北海道を回るって。

 なので帰りがだいたい同じころになりそうなので、ラインを交換して終わり際に札幌で食事をしましょうって約束してから別れた。

 こういう出会いも旅の醍醐味だよねえ。


 そうしてオレ達の旅は始まったのだ。


 オレはもう高科さくらとして当たり前に生きている。

 そろそろ、モノローグの一人称も変えようか? なんて葛藤しつつ。


 

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