パンツ〜交渉人は諦めない〜

みつきみつか

これはあくまで交渉である

「つまりだ! 俺はなんら下心無しで真剣に言っている。キレられる筋合いは無いはずだ」

俺は椅子に踏ん反り返って言い放った。俺の堂々たる啖呵を受けた相手は机を挟んで向かい側に座る大原女史だ。

みんなが帰った後の放課後の教室、ありきたりなシチュエーションで女子生徒と二人っきりだが、フワフワラブロマンスが無いことはハッキリと言える。

彼女は古くからの友人で幼馴染だからだ。そしてクラスメイトで同じ部活のメンバーでもある。

俗に言う腐れ縁で、大体の事は知っていた。

大原女史は、古くからの付き合いだから贔屓目に見ていうのではなく心底から言って美少女だ。

もうそれは学園のアイドルになるくらいに。

そんな美少女が俺の発言でブンブン首を振っている。そして艶やかな黒髪を振り乱し、甘い香りを振りまいてた俺の鼻腔をくすぐった。端正な顔は俺の発言で赤らめ、頬をリンゴみたい膨らませ怒りの意を表現している。

彼女は少し怒りっぽい。

「無理に決まってるでしょ! 何を言ってるの貴方、ちょっとは考えて発言しなさいよね」

「考えた結果、今の発言に至った。我が交渉部の中でも限りなく難易度の高い交渉は間違いなくそれだと」

「呆れた、この思春期馬鹿野郎」

高二の立派な男子に向かって思春期馬鹿野郎とは、失敬な。俺はあくまで歴史ある交渉部の期待のエースとして難題に立ち向かおうと行動したまでだ。

我が交渉部は、巧みな交渉術で物事をスマートに解決する力養う為に二十年前に設立された部活動である。

我が部活ではその長い歴史の中で行われた沢山の交渉秘話が連綿と語り継がれていた。その中には校長先生と交渉して夏休みを一週間伸ばした逸話や、交渉術によって五又なるハレンチプレイボーイを成功させた伝説もある。

俺はその逸話や伝説の数々に、自分の交渉術を仲間入りさせたいという野心があった。

俺は、野心家なんだ! 男なら上を目指そう、そう高みへ!伝説の幕開けだ!

俺は大原女史をキッと見つめた。それはもう穴でも開くくらいに。大原女史は何故か半笑いである。彼女はジェスチャーで口元を指差した。

あ、ああなんだ、俺は口元のジャムをティッシュで拭った。

ゴホン、とワザとらしく間を作り改めて大原女史を見つめ、大声で言い放った。

「もう一度言う、パンツを見せてくれ!」

ペシンッ!

二度目の伝説の幕開けは平手打ちから始まった。


乾いた音が教室に響き渡る。綺麗なフォームの平手打ちだった。その仕草はアントニオ猪木を彷彿とさせた。

「いってえよ、いきなり何すだよ」

「あ、ごめんごめん。なんだか体が勝手に、防衛本能っていうのかなこれ」

「何に対しての防衛だ」

「もちろんスケベに対して、かな」

な、伝説になるかもしれない交渉をスケベというのかこの子は!

「よおく聞きなさい、ただの好奇心でパンツが見たいわけでは無い。ただパンツを見るだけなら他の生徒に頼めばいい。だがな君のパンツは違う、君のパンツだから伝説的な交渉としてだな」

ペシンッ。またか。

「痛い」

「反省をしない、その痛みは一日に言っていいパンツの上限を超えたからよ」

「上限なんて初めて聞いたぞ、クソ」

うむ、これは難敵だ。俺が一年間みっちり鍛え抜いた交渉テクニックを使う隙も与えないとは。

「ま、取り敢えず聞け大原」

「いや」

「分かった分かった、パンツという単語を出さずに意図を説明する。それならいいだろう」

むう、と唸る大原女史。これは肯定と捉えていいんだよな。

俺は手短に且つ、テクニカルにそしてクラシカルに説明した。

要点をまとめるとこうだ、学園のアイドルである大原女史、幾多の求愛を切り捨て御免にしてきた彼女の誰も知らない絶対領域のその先、一体何色なんだ、フリフリか、そんな欲望渦巻く探究心を満たすことは誰も叶わない。しかし、そんな秘境への扉を開けゴマの如く巧みな話術で開けたとなると、どうだ。伝説的な、いや英雄として後世に語り継がれること請け合いだ。

と、そんな感じで説明したら本日三度目の平手打ちを頂いた。


「かーいって、君はアントニオ猪木か」

「大原ですけど何か」

大原女史は硬く拳を握り始めた。ヤバ、本気で怒ってる。

うーん、無理っぽいなこりゃ。このまま続けて大原女史との関係がこじれるたら目も当てられん。ここは、力不足だったと引き下がるか。

いいや、待て待て。よく考えろ、平手打ちは三度食らったが、パンツを見せてくれとはまだ三度も言っていない。

世の中には三度目の正直なる有難い金言がある。よおし、テクニカル且つスピリチュアル作戦で行こう。

「分かったよ大原、俺が悪かった。もう言わない、だから機嫌を直してくれ」

「ふん、何よ。ま、まあ分かればいいけど。その、私も強く叩いてごめんね」

「平気だよ、ははは。そうだ、帰りにあそこのたい焼き屋寄って帰るか。お詫びに一個奢るよ」

大原女史はたい焼きと聞くとニコッと満面の笑みになった。なんだかもう口をモグモグさせている。

「やった、私カスタード入りだからね」

「へいへい、カスタードね。んじゃ帰りましょうか」

「うん」

お互い荷物持って立ち上がる。そして並んで教室から出た。教室を出て直ぐに俺は歩を緩めて大原女史を先に行かせた。大原女史は不意の俺の行動に振り向いて、忘れ物? と尋ねた。 俺は彼女のそのキョトンした表情を見つめた。

そして。

「ところでさ、大原。パンツ見せてくれない」

ドンッ!

メイウェザーもおかっなびっくりのステップワークで俺に近くと大原女史は渾身のアッパーを俺に放った。

その一撃は痛みより先に死を感じた。

その時だ、フワッとスカートが翻り秘境への扉を開けた。

「白ッ」

ドサッ、と廊下に倒れこんだ俺は天井を見つめていた。瞬殺、これ程までに的確なシチュエーションはない。顎が砕けていないのが不思議なくらいだ。

倒れこんだ俺を見下ろす大原女史、その眼差しは鬼だった。

「カスタード二個だからね」

「はい、ごめんなさい」


俺の類いまれなる交渉術によって、大原女史のパンツを見ることに成功した。交渉人に諦めの文字はないのだ。これで俺も伝説の一員・・・って訳にはいかないか。

ただのラッキースケベだもんな、アレ。ああ、顎が痛い。

 たい焼き屋の前のベンチに俺と大原女史は並んで座って、俺はパンツに想いを馳せ、大原女史はたい焼きに舌鼓を打っている。

「やっぱりたい焼きはカスタードね。うんうん」

カスタード入りのたい焼きを食べてやっと機嫌を直した大原女史は、さっきのことなんて忘れて食べることに夢中になっている。

お前の純白のパンツを見たぞ、なんて今カミングアウトしたら笑顔が一変、今度こそ殺されるだろうから、そのことは墓場まで持って行こうとモグモグタイムを横目に俺は密かに誓いを立てた。

 「うまいか?」

 「うんまい」

 なるほど、可愛い。いやいや違う、なるほどうまいか。良かった良かった。

 だけど、白か、もっと派手めかと思ったけど案外可愛いとこあんじゃん大原女史。

やばい、なんかドキドキしてた。湧き上がる不思議な感情に戸惑った。

俺はそれを誤魔化すかのようにたい焼きにかぶりついた。

たい焼きを頬張るごとに幸運の代償がズキズキと主張してくる。

顎じゃなくて、胸の辺りが痛かった。いや痛いというか、ギュッと鷲掴みされ熱くなる感覚がある。

 「どうしたの?」

 動悸かな?

 「い、いやなんでも」

 大原女史が俺の顔を覗き込む。なんだかいつもと大原女史の顔が違うように思えた。

 「顔赤いよ」

 「大原女史の防衛本能せいだな、イテテ」

 俺は大袈裟に顔をさすり痛がった。

 「何よー!」

 プイッとふてくされた様な態度を取る大原女史。やっぱり胸がキュッと熱くなった。

 「なるほど、そうか」

 俺は1人納得した。新しい交渉の始まりだ。

 急に立ち上がって腕を組みウンウンと頷く俺を不思議そうに見上げる大原女史、口にはカスタードを付けていた。

 「どうしたの?」

 「次の交渉相手が決まった」

 「パンツは見せないわよ」 

 大原女史は俺を睨んだ、口にはカスタードを付けて。

 俺は真剣な眼差しで大原女史を見つめた。多分、顔は真っ赤だろう。

 「なあ大原、今度ーーー」

 俺の新たな伝説が幕を開けた。

 

【完】






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