おこさま

「……知らない」


 言葉と同時に、隠し持ったバタフライナイフを見えない角度で広げる。不自由にさせている縄を切ろうとした瞬間。


「た、大変だああ! 教祖様!!」


 ドタドタと足音を立てて、神聖な教会の扉を力の限り開けて男が入ってきた。息切れに、大声。誰もが視線を奪われた。わたしも、その尋常ではない様子にフリーズした。


「何ですか、騒々しい! ここは教会ですよ。お静かに!」


「で、でも、教祖様! 表にゲンジと名乗る少年が!」


「なんですって! すぐに案内を」


 少年? 疑問が浮かぶが、牧師――――いや、教祖が血相を変えて慌てふためき、速足で出て行くむり。


 取り残された手下たちは、唖然と教祖の出て行った扉を眺めるのみ。キョーシーは安堵したのか力なく項垂れている。


 この機会を逃さず、ナイフでキョーシーを助けに向かうか、それとも、この異常事態らしい今の行く末を見てからにするか。

 正直、決めかねていた。


「……ゲンジ」


 彼らがこのクナミハリィの味方になったとしたら、大問題だ。どう足掻こうが、殺されるのは時間の問題。


 ……どうする。

 踏ん切りがつかないでいると、勘に触るような高そうな靴の音が響き近づいてきた。


「皆さん! 今日はこの辺にしておきましょう。頭の悪い奴等のことです。我々の敵ではなかったのですよ」


 高々に余裕ぶっての発言だが、教祖の顔色が明らかに悪かった。

 厚い顔には脂汗が浮かび、声も震えている。何があった?


「し、しかし、教祖様」


「宜しいですか、皆さん! わたくし達の敵はあくまでクリヤマ。弱い者いじめをしている場合ではないのです。それに、汚い子羊共なんて殺しても、神が悲しむだけ。それに、見つかりましたよ! さあ、クリヤマのところへ行きましょう」


 教祖はにこやかに、手下を連れて出て行った。

 クリヤマが見つかった? それならばすぐにわたしも行かなければ!


「……」


 取り残されたわたしは、教祖団体が見えなくなったあと素早くナイフで縄を切り、次いでキョーシーの口に詰めてあるハンカチを取り出す。


「がああ! いてえよ、助けてくれ!」


「ちょっと待って」


 手の平の杭は深く刺さっており、顔が歪む。


「これ……抜いて大丈夫なのかな?」


「このままでいろっていうのかよ!」


「それはそうだけど……抜けるかな」


「ひ、一思いにやってくれ! もう痛いのは嫌だあ!!」


 うわーん、とキョーシーが鳴く。

 杭抜きが近くにあるわけでもないし、放置をしても可哀想。病院には行けないから救急車も呼べないし……困った。


「あらららら? ボクがやってあげよーか?」


 突如明るい、子供の様な声が響いて、身体が跳ねる。

 足音はしない、気配もなかった……クリヤマと同じ歩き方をする――――少年。


「……ゲンジ?」


 警戒態勢をとる。

 幼い顔に、栗色の髪。カラフルでど派手な原宿系の服にウサギのリュック。ポケットが左右共に大きく膨らんでいる、猫耳のついたパーカー。

 装飾がいくつもありそうな服なのに、歩いても音がしない。


「ピンポーン! ボク有名になるのだーいすき! だから、ガンガン顔出していくスタイルなんだけど……キミたちとは、初めましてだね!」


「ひいっ、げ、ゲンジ。ほ、ほんもの?」


 キョーシーが悲痛な声を漏らす。


「ホンモノだよ! ボクなら、その杭外せるけど~~どうする?」


 ゲンジはニコニコと楽しそうに笑っている。本当にこんな子供が強いの? でも、この世界は可笑しい奴等ばっかり。


「……何が狙い?」


「イヤだなあ、ボクみたいな天使が、交換条件とか出すわけないじゃーん! 善意だよ、ボーイスカウト活動だよ!」


 警戒を緩められないわたしに、ゲンジがさらに笑みを深める。


「それにしても、キミがウワサの葵ちゃんか~~」


 わたしを舐めまわすように上下に視線を動かしたが、やがて「ムリ!」と飛び跳ねた。


「な、なに」


「ぜーんぜん、ボクの好みじゃなーい! あー、安心した!」


「は?」


「さ、ちゃっちゃと杭外しちゃおっか! ボクこれから女の子とオアソビの約束しているから」


 ふんふーん、と鼻歌交じりに近づいてきたかと思い身構えるが、手をぶらぶらさせながらキョーシーの側へ。


「ひい! た、助けてください! あ、あの、殺さないで……」


「はーい!」


 陽気に返事を返したゲンジが、一瞬の速さで深々と刺さっていた杭を抜いた。同時にキョーシーの悲鳴が上がる。


「い、痛い……助け、て」


「はーい!」


 いつの間に握られていたのか、釘抜きの二回りあるような物で、やはり躊躇なく引き抜く。

 キョーシーの悲鳴が上がる。


 手からは血が溢れ、痛さゆえかキョーシーの身体が痙攣している。


「キョーシー、大丈夫――――」


 わたしが駆け寄ろうとすると、ゲンジが制す。


「はいはい、素人はそこで待ってる! 薬塗って、包帯巻くよ~~」


 やけに手際が良いゲンジに圧巻する。


「……あの、ゲンジ。クリヤマの情報を知っているの? さっき、教祖が嬉しそうに出て行ったけれど」


「ああ、あれね、ウソ情報! ボク、ウソつくのだーいすき! だって、あんな気持ち悪いオッサンもコロッと騙されてくれるでしょう?」


 当然のように、あんなヤバイ団体に嘘を吐き、騙して翻弄して楽しんでいるゲンジは頭がおかしいと感じた。


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