キリスト

 ついて行くこと数分。


「あれ? おっかしーなー」


 何やら首を傾げて立ち止まるキョーシーの、わたしは嫌な予感を覚えた。


「どうしたの?」


「いや、どう考えても、手紙に書いてあった住所がここなんだ。でも、流石に、ここはあり得ねーだろー」


 封筒を雑に開けた後。そして、勝手に読み、目印のついた地図片手に唸っているキョーシーに、わたしは若干の苛立ち。


「わたし宛なのに、勝手に開けたの? 見たの?」


「だって、お前、偽物かもしれねーだろ?」


「本物かもしれないじゃん」


「だー! うるさい! オレに任せとけばいいんだよ、ヘイケとゲンジも知らないど素人は」


 ふん、と鼻息を出すと、再び地図に向き合い、やはり唸った。


「目印がここなら、ここじゃないの?」


「いや、違うだろ。だってここ……クナミハリィの本拠地だぞ?」


「はっ?」


 さーと一瞬で背筋が凍る。

 ここが? この、教会が? 目の前には定番の「日曜日は教会へ」と張り紙された、普通の、どこにでもある教会だ。


「な? あり得ないだろう? 今、こんな状況で敵陣である場所、ヘイケとゲンジが――――」


 キョーシーが言い終えるよりも早く、わたしは彼の腕を掴み、強引に歩き出す。


「ちょ、おい!」


 何か騒いでいるが、構っている場合ではない。一刻も早くこの場を去らなければと、焦りが、徐々に速足になる。


 現前に見えるのは、大通り。幸い近くに人通りがあるようだった。

 早く早く早く。あの通りに出れば!


 一歩、大通りに踏み出した、はずだった。


 ぶおん、と勢いよくわたし達ギリギリに停車した真っ黒なベンツ。あ、やばい……。


「な、なんだ? おい、なんだ、これ!」


 キョーシーの言葉には答えず、来た道を戻ろうと振り返るが、見えるのは黒いスーツと、胸元に馬鹿でかいサングラスの人ばかり。ウロウロと、わたし達に近づいてくる。


 詰んだ。


 案の定、次の瞬間には後頭部には痛み、目の前が真っ暗に。貧血みたいに力が身体から消えた。





 目が覚めたのは、痛みが走った気がしたからだ。

 無理やり意識を起こす。意識を失う前の出来事を、どこかで理解できていたからだ。起きなければ。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


 あれ、神父かな? というくらい、笑顔の似合う善人そうなおじさんが、わたしの顔を覗き込んでいた。


「う……気分は、最悪です」


「そうですか、そうですか。いや、そうでしょうとも。ですが、お陰様で、わたくしたちは大変に気分が良いですよ! 見てください、絶好の十字架日和ですとも」


 まだ陽は上がっていない。が、神父は促すように、視線を動かした。

 わたしはそれに従い、見張る。


「はっ、き、キョーシー!」


 キョーシーまるでイエスのように、木の十字架に両手を杭で打たれていた。激痛だろうが、ハンカチか何か噛まされていて、ひゅーひゅーとか細い息遣いだけが聞こえる。


 身体を反射的に動かすが、後ろ手に椅子と縛られているらしく、動けない。縄が身体に食い込むだけ。


「安心なさい。彼もイエスのように必要であれば、三日後に蘇るでしょうとも……それに、次は貴女ですよ。水谷奏」


「何で、こんなことを!」


「嫌ですねえ。決まっているでしょう? クリヤマですよ、憎きクリヤマ」


 ぐるん、と首が落ちたかのように、わたしに向けられた。

「ひいっ」思わず出た声にも気に留めない様子で、神父は見開いた真顔で言う。


「クリヤマはどこだ」


「し、知らない。わたしが聞きたいくらいだ。あんた、だれ?」


「……わたくしですか?」再びにっこりと微笑むと、手紙を懐から出した。綺麗な、真っ白な封筒。宛名は、わたし。キョーシーが持っていたものだ。


「……その封筒」


「これね、わたくしたちの傑作品なのです! 見てください、ヘイケの筆記そっくりでしょう? まさか、本当に騙されてくれるとは。頭の弱い方たちで助かりました! さぞかしクリヤマも苦労していることでしょうとも!」


 気分が良いのか、キョーシーを張り付ける作業も中断させて演説でもするかのようにぺらぺら話す。

 そして、ニヤニヤとわたしを馬鹿にしては、周囲も合わせたように笑う。


「……キョーシーにも言ったけど、知らない。ヘイケって誰?」


「おやまあ。貴女にいたっては、頭の緩さに加えて無知ですか! これはまた、さぞご苦労していらっしゃるでしょうとも、ええ、学生ですから。発展途上といったところですかね?」


「有名な人なの?」


「そうですよ。なにせ、彼らはこの世界最強の殺し屋と謳われていますから。彼らに敵う者は、まだ出ていませんし、存在も神出鬼没で、これだけ有名にも関わらず姿もあまり晒されてはいません」


「ふーん。彼ら? ってことは、二人組か何か?」


「それもご存じありませんでしたか! 無知は困りますねえ? ヘイケとゲンジ。そのすべてを担っている天才はヘイケと聞いていますよ。もちろん、その相棒であるゲンジも素晴らしい方です。ゲンジの方はよく目撃されますし、わたくしもお会いしたことがあるくらいです!」


 この世界の一流芸能人、みたいなことなのかな、と思う。


「そんなに凄いんだ」


「とんでもない! お前みたいな小娘、すぐに殺されてしまいますよ。なにしろ、ヘイケは噂ではとんんでもなく冷酷だとか。この世界は無慈悲が多いですが、それよりも酷い! 目が合っただけで殺された者もいるくらいです」


「……暴君」


「さてさて。お話に付き合って差し上げました、が! もう一度聞きますよ?」


 神父が合図をすると、クロスしたキョーシーの足首にひと際長い杭が固定される。わたしの返答次第、ということか。


 ちらりと、キョーシーを見れば、その瞳は濡れ切っている。そして、手の平から血が流れ、落ちる赤。

 股間も濡れている辺り、漏らしている。


「クリヤマは、どこだ?」


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