キョーシーちゃん

「えっと……横浜のネットカフェ?」


「そう。だいたい、そこにいるわ。ネカフェ好きの陰キャなの。見ればわかるわ」


 見れば分かると言われても、キョーシーちゃんで連想なんかできそうにないし、陰キャでも連想は……あまり期待できない。


 手当たり次第に声を掛けてれば、わかるかもしれないが……それは同時に宗教団体にも知られるだろう。


 すっかり夜になった。

 辿り着いたネットカフェで探してみるが、わからない。

 ふと、ある男の胸元に視線がいった。


「いい? 宗教団体――――クナミハリィは、目印があるの。胸元にぶら下げた馬鹿でかいサングラス。よーく覚えておきなさい。アンタはまだ顔バレしていないんだから。逃げるが勝ちよ」


 馬鹿でかいサングラスが、その男の胸元にあった。


「……本当に陽キャみたいだ」


 さぞかしキョーシーちゃんとは相性が悪いに違いない。


 わたしはそっと、何事もなかったかのように退出した。




 

 今日はもう遅いし、家に帰ろうと帰路についた。

 どうせわたしなどいてもいなくても変わらない。そんな家に帰ったところで、疲れが取れるとも思えないが。


 家には毎日帰ること。これも、クリヤマが親のように言うことの一つ。


 わたしの家は父子家庭だ。

 父は悪くない人だが、年頃の娘とどう接して良いかわからないらしく、放置。昼は仕事をしていて帰らないし、夜も基本的に帰って来ない。

 スナックかどこかへ入って行くのを何度も目撃した。寝泊りでもしているのだろう。


 食費や生活品は気まぐれで置いてあるお年玉程度のお金と、クリヤマがくれる遥かに高いお金。父の中でわたしはきっと――――小学生くらいで止まっているのだろう。

 それでも、わたしにとっては家だ。



 さあ、後少しだぞ、というところで、電信柱からぬっと影が滑った。


「よお、お前だろう、水谷葵」


 わたしとほとんど変わらない背丈の男。髪の裾だけ七色に染まっているが、生え際からは真っ黒。じっとりとこちらを見、前髪が異様に長い。

 黒いパンツに、黒いロングTシャツ。電信柱の街灯がなければ、気付かないような外見。


「……まさか、キョーシーちゃん?」


「誰が、キョーシーちゃんだ! ちゃん付けすんの止めろ!! ……一体、誰が……いや、知っているぞ、オレをそう呼ぶ、ババアを! あの頭のおかしい色使いの、あの店のババアだろう!」


「み、ミツコだよ」


「そいつだ! あんの、ババアめ~」


 キョーシーちゃんは陰キャと言うよりはテンションが高い、陽キャな印象を受ける。見た目はがっつり陰キャだけど。


「まあいい。おい、単刀直入に言う。オレを助けろ」


「……助ける?」


 助けるのはクリヤマでは? 不思議に思い、首を傾げた。


「オレは狙われているんだよ、助けてくれよ! 何でもするからさ。靴だって舐めれるし、家事も上手いんだぜ! ちょっとでいいからさ、泊めてくれよ! な、お前も殺し屋だろう? 金ならいくらでも払うからさ。だから、オレの護衛を――――」


 ゴマをするかのように、眉を下げて寄ってくるキョーシーに、わたしは後退りする。この人、怖い。やっぱりおかしい人ばかりだ。

 動悸が速まり、緊張する。突然、刺してきたりしそうな雰囲気だったからだ。


「ち、違うよ、わたしはまだ一人も殺したことない」


「……は? あんだとぉ? はっ、まさかオレ、また騙された?」


 さあーとキョーシーの顔色が悪くなる。いや、もともと悪いが。

 興奮したり恐怖したり、差が激しい。ドラッグでもやっているのだろうか。また少し、バレないように距離を取る。


「……また?」


「う、うるさい! 殺し屋でもないお前には関係ないだろう! ん? というか、そもそも、オレはお前が殺し屋だとなぜ……いや、まてよ。じゃあ、これは、どこの水谷葵宛?」


 キョーシーの手には、真っ白な封筒がしっかりと握られており、その宛名は達筆でわたしの名前。


「……わたし、だね」


「ああ? どういうことだ? だって、これは、あのヘイケとゲンジからっ」


「ヘイケ? ゲンジ?」


「だー! お前、何にも知らねーのかよ! くそっ、とにかく、オレが探しているのは、クリヤマさんと行動していたっていう、水谷葵なんだよ! お前か?」


 キョーシーはわーわーと子供のように身体を使いながら、必死になる。

 その様子に、わたしは反対にどんどん落ち着きを取り戻し、冷静になる。


「それは、わたしだ」


「そうかそうか。よし、嘘ついてねえな、行くぞ」


 空港の金属探知機みたいなのでわたしの身体を一周したキョーシーは、満足げに頷いてから、歩き出した。

 初対面だが、キョーシーはきっと狩るより狩られる側だと判断したわたしは、ゆっくりと一応警戒しながらついて行った。


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