オムライスと情報

「嗚呼、今日のお代ならいらないわ。貴女の汗で、アタシの寿命も十年延びたもの。オムライスもジュースも無料にしちゃう! ただし、またここに来るときには、汗ちょうだいね」


 何に使うのかわからないが、大金の無いわたしにはちょうど良かった。


「ありがとうございます。それで、クリヤマのことだけど、情報はどこまで?」


「そうね……だいぶヤバいってところかしら」


「……ヤバイ?」


 思わずオムライスに伸ばしていた手を止めた。

 ミツコはため息を吐き、首を振る。


「正直、葵ちゃんじゃ、どうしようもないわ」


「……なにをしたんですか?」


「最近、女子高生だけが狙われて、殺されている事件は知っている?」


「女子高生が? しらない、です」


「ま、クリヤマはその犯人に、私情で喧嘩を売ったのよ。それも、一般人にね!」


 裏社会では裏社会の人間を狙うのがルール。特別な依頼でなければ、皆、この暗黙のルールを守っている。と聞いた。


「それじゃあ、クリヤマは一般人を仕事でもなんでもなく殺しちゃった、と?」


 それは大問題だ。本当なら、表のルール。いわば刑務所に入らなければいけなくなる。当たり前だ!


「そこじゃないのよ。問題は、一般人が、こっちに落ちて来たのよ。それも、イキの良いのを雇ってね」


「え? っていうことは……?」


「追われているわ。今は、そのイキの良い殺し屋にね」


 あーあ、とミツコは嘆く。突かなければ良かったのに、と。


「つまり、一般人に喧嘩を売ったら、そいつが闇落ちして雇った殺し屋に追われる羽目になった?」


「そうね」


 これは……いや。


「これはこれでチャンスなのでは?」


「はあ? アンタ馬鹿なの? イキの良い殺し屋は、宗教団体みたいな数いるチームなのよ。単独で勝てるわけないじゃない!」


「でもでも、落ちて来たのなら、警察にも刑務所にも入らなくて良いんですよね?」


 それはそうだけど、とミツコは苦笑する。


「とんだお馬鹿さんね……表では罰せられないけど、命が掛かっているのよ」


「でも、まだクリヤマは生きている!!」


 わたしの嬉しそうな笑みに、ミツコは再びため息を吐く。

 そして、眉間に皺を寄せ、わたしに迫った。


「いい? ちゃんと聞いてちょうだい。クリヤマは生きているわ。でも、行方がわからないの! 宗教団体だって、血眼で探しているわ……狙われているのはクリヤマだけじゃないのよ! 葵ちゃん、貴女も、狙われているの!」


「クリヤマと、親しくしていたから?」


「嗚呼、わかっているじゃない。そうよ。下手すれば、クリヤマより先に葵ちゃんが死ぬことになるかもしれないわ」


 死ぬ。その言葉を、久しぶりに聞いた気がする。大丈夫、覚悟ならとっくに出来ている。



「……わたしなら大丈夫。今、人生二回目だから」


「はあ? 何アンタ、死んでいるの?」


「心が、ずっと前に鎌倉で死にました。だから、次に死ぬときは、クリヤマのために死ぬって決めていたから」


「……とんだ物好きね。ほんっと、この界隈は変な人ばっかり。ま、良いわ。貴重な若さだし、危なそうなら教えてあげる」


 アタシ、汗には優しいの、とミツコはウインクして見せた。


「ありがとう」


 わたしは残りのオムライスと、宗教団体の情報、そして。


「あ、そうそう。葵ちゃんは彼、知っている? ほら、クリヤマの側近の、何だっけ、キョーシーちゃん」


「キョーシーちゃん?」


「あら、やっぱり知らないのね。殺し屋と言うよりは、クリヤマへの依頼窓口――――事務みたいなことをしていた子よ。キョーシーちゃんも狙われているだろうから、会えるかどうかわからないけど」


 そう渡されたのは、住所。


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