第38話 割れた星
炎の剣に闇の石を砕かれたメデューサは、頭から火を噴いて燃え出しました。
神殿を揺るがすような悲鳴が何度も響き渡り、髪の毛の蛇たちが火の中でシュウシュウともだえます。
やがて炎はメデューサの全身を包み、大きな火柱になって激しく燃え上がりました。
フルートがようやく正気に返って体を起こしたとき、メデューサは黒い炭になって、最後の炎の中で崩れていくところでした。
すると、先に倒した二匹のメデューサの死体も、いきなり火を噴いて燃え出しました。
あっというまに燃えつきて、こちらは灰さえ残りません。
実は先の二匹は最後のメデューサの分身だったのです。本体が倒されたので、分身も消えてしまったのでした。
神殿の中をさぁっと風が吹き抜け、メデューサを黒い灰に変えて、どこかへ運び去りました。
後に残ったのは、フルートと、床に転がった魔法の兜、そして、石になってしまったゼンとポチ……。
フルートは仲間たちに駆け寄りました。
ゼンは弓から矢を放った瞬間の姿で、ポチは足を踏ん張って精一杯に吠えている姿で、それぞれ堅い石になっていました。
触れてもぬくもりはなく、耳を当てても心臓の音も聞こえてきません。
フルートは大急ぎで首から金の石を外して、ゼンとポチに押し当てました。
メデューサに石にされて死んだものは金の石でも元に戻せない、とエルフは言っていましたが、それでも確かめずにはいられなかったのです。
けれども、エルフのことば通り、いくら金の石を押し当ててもゼンとポチは生き返ってきませんでした。
「ゼン……ポチ……」
フルートは震える声で呼びかけ、暖めるように何度も石の体をなでました。
泣き出しそうな顔でほほえんで、話しかけます。
「ねえ、メデューサはいなくなったよ……。燃えて、消えていっちゃったんだ。ぼくたちは勝ったんだよ……」
けれども、やはり石像は冷たく立ちつくしているだけです。
フルートの顔からほほえみが消えました。
そのまま床の上に座りこむと、ぽろぽろと涙をこぼし始めます。
涙は後から後からわき出してきて、いつまでも止まることがありませんでした。
そのとき、かすかな音が響きました。
パキッ……
石が砕ける音です。
フルートは、ぎょっと顔を上げました。
最初に襲ってきた角のガーゴイルは、メデューサに石にされると、あっという間に粉々になってしまいました。
それと同じようにゼンとポチも砕けてしまうのではないかと思ったのです。
すると、ゼンの石像から何かが床の上に滑り落ちていきました。
エルフがゼンに与えた水晶のお守りでした。
メデューサの眼力に巻き込まれたのか、星の形の水晶は灰色の石に変わり、真ん中から二つに割れています。
フルートはそれを拾い上げました。
いくらお守りをつけていても怪我をする時にはするし死ぬ時には死ぬのだ、とエルフが言っていたのを思い出して、また涙があふれてきます。
ところが、フルートはふと妙なことに気がつきました。
水晶の星は石に変わっているのに、星に通した細い紐は、しなやかな革のままだったのです。紐も石に変わって良いはずなのに。
フルートは涙がたまった目で壊れたお守りを見つめました。何だかとても不思議な気がします。
すると、今度はポチの石像から砕ける音がして、ポチの首に巻いてあったお守りが落ちました。
やはり水晶の星は石に変わって二つに割れていますが、革紐は元のままです。
とたんに、すぐ近くで声が上がりました。
「おっ、何だ!? メデューサはどこだ!?」
ゼンの声でした。
ゼンが石像から元の姿に戻って、あたりをきょろきょろしていました。
「ワンワンワンワン……あれっ!?」
ポチが急に吠えだして、びっくりしたように鳴きやみました。
ポチも冷たい石から白い子犬に戻っていました。
フルートは呆然とふたりを見つめました。
「おい、フルート。メデューサはどこに行ったんだ?」
「あっ、ゼン、元に戻れたんですね! ワンワン、良かった!」
ゼンとポチが口々に言いました。ふたりとも、石にされていた間のことは覚えていないようです。
「はぁ? 誰が元に戻ったって? いったい何の――」
とゼンは言いかけて、はっとした顔になりました。自分の体にあちこち触れてから、ポチに尋ねます。
「もしかして、俺はメデューサに石にされてたのか?」
「ワン、そうですよ! それで、ぼくが――あっ、それじゃ、ぼくも……?」
とポチも目を丸くしました。
ポチは元の姿に戻っただけでなく、メデューサの毒蛇にかまれた傷も治っていました。
「ゼン! ポチ!」
フルートはふたりに抱きつくと、泣き笑いしながら言いました。
「良かった、ふたりとも! 本当に良かった……!」
ゼンとポチは、まだ信じられないような顔で目をぱちくりさせていました──。
「結局、これが俺たちを助けてくれたのか」
エルフからもらった星のお守りを床に並べて、ゼンがしみじみ言いました。
「これが石になって割れたら、二人が元に戻ったんだよ」
とフルートが言うと、ポチは感激して尻尾を振りました。
「ワン、これは身代わりのお守りだったんですね。ぼくたちの代わりに石になって、ぼくたちを元に戻してくれたんだ」
すると、子どもたちの目の前でお守りが急に砕け始めました。
石になった星が粉々になって、あっという間に二つの小さな砂の山に変わってしまいます。
神殿の広間で砕けた角のガーゴイルとまったく同じでした。
子どもたちは思わず息を呑みました。
ゼンが冷や汗をぬぐって言います。
「どうりで神殿に石にされた奴らがいなかったはずだぜ。メデューサに石に変えられると、こんなふうに粉々になって砂になっちまうんだ……」
身代わりのお守りを与えてくれたエルフには、いくら感謝しても足りないくらいでした。
フルートはもう一度ゼンとポチを抱きしめると、立ち上がって兜をかぶり直しました。
「さあ、もうひと仕事だ。闇の卵を壊して、黒い霧を追い払わなくちゃ」
と神殿の奥を見ます。
「おう、そのために来たんだもんな。闇の卵はどこだ?」
「ワン、もうすぐそこですよ。ものすごく大きなものの気配が奥から伝わってきます。ついてきてください」
「よし、行こう」
フルートは炎の剣を、ゼンは弓を握ると、ポチの後について神殿の奥へと進み始めました。
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