第37話 決戦
二匹のメデューサは、ザラザラと体を引きずりながら広間に入ってきました。
崩れた天井の下敷きになった仲間を見つけると、シャアアーーッと声を上げ、太い尻尾で床を打ち鳴らして怒り出します。
「二匹か」
とゼンが難しい顔でつぶやきました。
矢筒に残っている光の矢は、あと二本しかありません。
フルートは炎の剣を握り直しました。
メデューサの額の闇の石は、光の矢か炎の剣でしか壊せないのです。
すると、ポチが突然フルートの腕から飛び降りて言いました。
「ぼくがメデューサの気を引きます。その隙に攻撃してください」
「あぁ!?」
「だめだよ、ポチ!」
フルートたちは引き止めようとしましたが、ポチはその手をすり抜けて飛び出しました。
広間の中を走り抜け、別の隅の壊れた石像の後ろに飛び込むと、ワンワンワン! と激しく吠え始めます。
メデューサたちはいっせいに振り向くと、声のほうへ突進していきました。
ポチは石像の陰から飛び出すと、また別の石像の陰に飛び込んで吠えたてます。
「ポチ──」
フルートたちは呆然として、すぐに我に返りました。
せっかくポチが作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいきません。
「行こう、ゼン!」
フルートは柱の陰から飛び出すと、また鏡の盾を構えました。
ゼンが後ろ向きに弓矢を構えて一匹の頭に狙いを定め、大声で言います。
「こっちを向け、ヘビ野郎! おまえらの相手はこっちだぞ!」
たちまちメデューサが振り向きます。
ゼンは額の石を狙って矢を放ちました。
バシュッ……カーン!
矢は一匹の額に当たり、音をたててはね返されました。
ほんの数ミリというところで狙いがはずれたのです。
光の矢は床の上に落ちて、霧のように消えていきました。光の矢は一度きりしか攻撃できなかったのです。
フルートは思わず立ちすくみました。
攻撃されたメデューサが怒り狂って突進してきます。
「ええい、後ろ向きじゃ当たるものも当たらねえや!」
ゼンは吐き捨てるように言うと、最後の光の矢を抜いてメデューサに向き直りました。
「ゼン!?」
驚くフルートを無視して、ゼンは光の矢をつがえ、メデューサを真っ正面に見ながら弓を引き絞りました。
怪物が、くわっと目をむいてゼンをにらみます。
とたんにゼンの体が灰色に固まりました。
弓を構えた姿のまま、冷たい石像に変わってしまいます。
「ゼン!!」
フルートは思わず振り返りました。
けれどもその瞬間、ゼンが放った最後の矢がメデューサの額の石を打ち砕きました。
ギャアアァァーー……!!!
メデューサは、すさまじい声を上げてのたうち、神殿の壁に頭や体を打ちつけました。
もう一匹のメデューサが巻き込まれて床に引き倒され、怒って尻尾を仲間にたたきつけます。
闇の石を壊され、仲間の尻尾でたたきのめされて、二匹目のメデューサも動かなくなりました。
シュウシュウ毒の息を吐き続けていた髪の毛の蛇が、ぐったり頭をたれて動かなくなります。
「ゼン! ゼン!!」
フルートは石になったゼンにしがみついて必死で呼びました。
けれども、ゼンは堅い石になったまま、ぴくりとも動きません。
「ゼン――!!」
フルートが呼び続けていると、ポチの声が響きました。
「ワン、気をつけて! 敵はまだいますよ!!」
三匹目のメデューサがフルートめがけて突進してきたのです。
その頭に白いものが飛びかかりました。ポチです。
「ワン! ぼくがこいつの目をつぶします。その間に闇の石を――!」
とメデューサの目にかみつきますが、まったく歯が立ちませんでした。闇の石の力です。
それでもポチが何度もかみついていると、メデューサの髪の毛の蛇が襲いかかってきました。
たくさんの牙がポチの体にかみつきます。
「キャウゥーン……」
ポチは悲鳴を上げて下に落ちました。白い体から点々と赤い血がにじみ出ます。
「ポチ!」
フルートが駆け寄ろうとすると、ポチがまた叫びました。
「来ちゃいけません! フルートにはやらなくちゃならないことがあるんですよ! 敵を倒すのが先です……!」
ポチはよろめきながら立ち上がりました。蛇の毒が全身に回ってきたのです。
それでも、子犬は足を踏ん張ると、メデューサへまた吠え始めました。
「ワンワンワンワンワン……!!」
メデューサが、かっと目を見開きました。
ポチは吠えている格好で石に変わってしまいます。
「ポチ――!」
フルートは悲鳴を上げ、メデューサがこちらを振り向こうとしたので、あわてて崩れた柱の陰に飛び込みました。
怒りと悲しみと衝撃で、頭の中も胸の中もぐるぐる渦巻く嵐のようでした。
ゼンもポチも石にされてしまいました。残るはフルートただひとりです。
光の矢ももうありません。メデューサを倒せるものは炎の剣だけです。
ザラザラザラ……
メデューサが近づいてきました。
フルートは身をかがめ、必死で炎の剣を握りしめました。
涙があふれてきて止まりません。
それが怒りの涙なのか恐怖の涙なのかは、フルート自身にもわかりませんでした。
そのとき。
フルートの頭の中に、ひとつの作戦が浮かびました。
とても危険な方法です。失敗すれば間違いなくフルートは死にます。
でも、ひとりきりになってしまった今は、もうこれしか方法がありませんでした。迷っている暇はないのです。
メデューサの気配が近づいてきます──。
フルートは拳で涙をぬぐうと、炎の剣を握り直し、鏡の盾を前にかざして立ち上がりました。
そうすると、フルートの体は柱の陰から出て、メデューサから見えるようになりました。恐怖で全身が震え出すのを必死でこらえます。
フルートの背後にメデューサがやってきました。
鋭い爪の手でフルートを捕まえてかみつきます。
ところが、魔法の鎧はメデューサの歯でも食い破ることができませんでした。衝撃だけがフルートの体に伝わってきます。
メデューサは何度も何度もかみついてきましたが、フルートはされるがまま耐えました。
シャアアアーーーー!!
メデューサは怒りの声を上げると、ズルズルと体を伸ばして、前に回り込んできました。
フルートは大急ぎで目を閉じて、メデューサの目を見てしまわないようにしました。
メデューサが太い蛇の体をフルートに絡ませてきます。とぐろの真ん中にフルートを巻き込んで、絞め殺してしまおうというのです。
猛烈な力がフルートの体を絞め上げてきました。普通の鎧ならば、卵の殻のように簡単に押しつぶされてしまうところです。
けれども、魔法の鎧はぎしぎしと音を立てるだけで、頑強にフルートを守り続けました。
どんなにメデューサが絞めつけても壊れません。
シャーーッ!!
メデューサはまた怒りの声を上げました。それはフルートのすぐ後ろから聞こえました。
フルートは、ぱっと目を開けると、目の前にかざしていた盾をのぞき込みました。メデューサの顔はフルートの真後ろにありました。
両手でフルートの
フルートはとっさに頭を下げて自分から兜を脱ぎ捨てると、かみついてきたメデューサへ後ろ向きに炎の剣を突き出しました。
パリン……
小さな音を立てて、メデューサの額の石が砕けました。
炎の剣が闇の石の真ん中を突き通したのです。
とたんに、ぼっとメデューサが火を噴きました。
メデューサは叫び声を上げて、抱き込んでいたフルートを振り飛ばしました。
兜をなくしていたフルートは、頭を思い切り床に打ちつけて、目の前が真っ暗になってしまいました――。
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