第36話 音

 神殿の奥に続く通路から、こんな音が聞こえてきました。

 シュウシュウシュウ……ザラザラザラ……

 フルートは思わず炎の剣を握りしめました。

 真実を映す水盤で耳にした、あの音です。間違いなくメデューサが近づいてきています。


 ゼンが身をかがめながら矢筒から光の矢を抜いていました。

 こんな状況でも猟師らしい落ち着いた動きです。

 それを見てフルートは鏡の盾の存在を思い出しました。

 音を立てないように気をつけながら、左腕の盾のベルトをゆるめると、鏡のような面を腕の内側に持ってきます。

 シュウシュウ、ザラザラという音はもう広間の入り口まで近づいていました。

 フルートは、そっと左腕を伸ばすと、崩れた柱の陰から盾を差し出しました。


「……!」

 子どもたちは思わずまた息を呑みました。

 磨き上げられた丸い盾の中に、神殿の天井に届きそうなほど巨大な怪物が映っていました。

 上半身は人間の女の姿ですが、腰から下は大きな蛇で、胸のあたりから尾の先まで青いうろこにびっしりとおおわれています。

 頭は白い女の顔で、口が耳の近くまで裂けていて、無表情な蛇の目であたりを見回しています。

 髪の毛は無数の細い毒蛇です。うねうね動き回りながら、周囲に黄色い毒の息を吐いています。


 メデューサが蛇の体を引きずって広間に入ってくると、ウロコが石の床とこすれてザラザラと音を立てました。

 シュウシュウ吐き出される毒の息が、黄色い霧になって子どもたちの近くまで漂ってきます。

 子どもたちは身を引き、息を止めて毒の霧を吸い込まないようにしました。

 すると、フルートの胸でいきなり金の石が輝きをました。

 澄んだ光が毒の霧を一瞬で消し去ります。金の石には毒を打ち消す力もあったのです。


 ところが、その光がメデューサの目にとまりました。

 大きな目が、ぎろりと子どもたちの隠れている場所を見ます。

「見つかった! 行くぞ、フルート!」

 とゼンが崩れた柱の陰から飛び出しました。

 まともにメデューサを見れば石になってしまうので、怪物に背中を向けた格好で弓に矢をつがえます。

 フルートもすぐに飛び出すと、ゼンの目の前に鏡の盾を差し出しました。

 盾の中にまたメデューサが映し出されます。

 メデューサは目をむき口をかっと開けて、彼らに迫っていました。

 額の真ん中に黒くて丸い石が見えます。それがメデューサの急所の闇の石でした。


 ゼンは盾をのぞきながらメデューサに狙いをつけました。

「ちっ、後ろを向きながら撃つってのは難しいぞ」

 と文句を言いながら、弓を引き絞っていきます。

 フルートは手に汗握りながら、盾の中のゼンとメデューサを見つめ続けました。

 メデューサはもうすぐそばまで迫ってきています。

 その額の石と光の矢の先端が、ぴたりと合いました。

 バシュッ!

 空を切る音が響いて矢が放たれました。

 まっすぐ飛んで、メデューサの額の真ん中を直撃します。

 パリンと音を立てて闇の石が割れ、矢が額を貫きました。


 ギャアアァァーー……!!!

 メデューサはものすごい声を上げてのけぞりました。

 巨大な蛇の体が狂ったようにのたうち、床や壁をめちゃくちゃにたたきます。

「危ない!」

 フルートとゼンは、あわててまた柱の陰に飛び込むと、ポチを抱えて体を小さくしました。


 メデューサの尻尾が神殿の柱をたたき壊したので、柱が支えていた天井が崩れて落ちてきました。

 メデューサは天井に押しつぶされてまた悲鳴を上げました。体が大小の石に埋もれてしまいます。

 髪の毛の蛇がシュウシュウいう音だけは石の下から聞こえていましたが、それもじきに小さくなると、静かになってしまいました。

 

 フルートとゼンとポチは、そっと隠れていた場所から顔を出しました。

 彼らの上の天井はとっくに崩れていたので、巻き込まれなかったのです。

「やったか……?」

 とゼンが伸び上がってつぶやきます。

 押しつぶされたメデューサは、瓦礫がれきの中から尻尾の先と片腕が見えているだけでした。それも、もうぴくりとも動きません。

「ワン。メデューサや蛇の息づかいが聞こえません。死んだみたいですよ」

 とポチが言いました。


 フルートとゼンは柱の陰から出ていきました。

「本当に、闇の石を壊すと倒せたんだね」

 とフルートが言うと、ゼンがうなずきました。

「エルフから戦い方を聞いてなかったら、とてもじゃないけど倒せなかったよな。……おい、何をするんだ?」

 フルートが炎の剣をメデューサの尻尾につきさそうとしたので、ゼンは目を丸くしました。

「念のために焼き払っておこうと思ってさ。死んだ後でも、メデューサの目は危険かもしれないだろう? 何かの拍子で目を見てしまったら、石にされるかもしれないんだから」

 ところが、剣の切っ先はガキンと音をたてて跳ね返されました。

 メデューサの尾はまるでダイヤモンドのように堅かったのです。


「炎の剣が刺さらない」

 とフルートは驚き眉をひそめました。

 闇の力がメデューサを守っているので、額の石以外の場所は攻撃を受けつけないのだ、と白い石の丘のエルフは言っていました。

 メデューサは額の石から闇の力を取り込んでいるのだ、とも。

 今、額の石は光の矢で壊されました。闇の力はもうメデューサを離れたはずです。

 それなのに闇の力がまだメデューサを守っているということは……?

 嫌な予感がフルートの胸をよぎりました。

 何か変だ、と頭の中で警鐘が鳴り響きます。


 ところが、フルートが仲間たちに呼びかけようとしたとき、ワンワンワン……! とポチが激しく吠え始めました。

「また音がします! あっちから近づいてきますよ!」

 フルートとゼンは、はっと神殿の奥を見ました。

 折れ曲がった通路の向こうから、また音が聞こえ始めていました。

 シュウシュウシュウ……ザラザラザラ……


 フルートとゼンは青ざめて顔を見合わせました。

「メデューサだ」

「まだいやがったのか!」

 二人と一匹はあわててまた崩れた柱の後ろに飛び込みました。

 すると、神殿の奥からメデューサが姿を現しました。

 さっきのメデューサと同じように、蛇の髪と尾をうねらせ、シュウシュウと毒の息をまき散らして進んできます。

 続いて、もう一匹――。

 メデューサは、全部で三匹いたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る