第26話 男たち
突然のどなり声に、店主は真っ青になりました。
客たちは手にしていた商品を放り出して店の奥に逃げ込んでいきます。
「開けろ!! 開けないとぶち破って入っていくぞ!!」
「で、出て行ってくれ! 奴らはあんたたちに用があるんだ! うちには関係ない!」
店主は叫びながら子どもたちをぐいぐい店の外に押し出すと、ばたん、と戸を閉めてしまいました。
ガタガタと内側からかんぬきを下ろす音が聞こえます。
通りに追い出されたフルートとゼンの目の前に、二十人あまりの男たちがずらりと並んでいました。
馬に乗っている者も、立っている者もいますが、一様に、にやにやといやらしい笑いを浮かべながら子どもたちを眺めています。
そのなかのひとりが言いました。
「おやおや、かわいそうになぁ、ドワーフくんたち。店から追い出されたのかい。なんて薄情な店だ」
すると、別の男が店の扉を激しく蹴り始めました。
「おい、開けろ!! けしからん店に俺たちが制裁を加えてやるぞ!!」
なんとも危険な声です。
中から店主が答えました。
「う、うちは昔っからドワーフはお断りの店なんですよ!」
悲鳴のような声でした。
すると、他の男たちも笑いながらいっせいに戸を蹴り始めました。
扉がたわんで今にも壊れそうになります。
「はぁん」
ゼンはうなずいてフルートに言いました。
「どうやらこいつらが元凶らしいな。洞窟にもいたぜ、こういうチンピラども。親父たちが目一杯こらしめて、地下深い坑道で三十年労働の刑にしたけどな」
すると、男たちがじろりとゼンを見ました。
「ほぉぉ。ドワーフが我々を懲らしめるというのか? 面白いな、やってもらおうじゃないか」
「我々は、天下のシャーキッド様の一族だぜ。チビが2人で何をするって言うんだ?」
笑い声が湧き起こります。
ゼンはあきれた顔になりました。
「ホント、こういう奴らが言うセリフって、みんな同じなのな。人間もドワーフも変わんないぜ」
フルートは肩をすくめてしまいました。
北の街道で出会った盗賊たちも、似たようなことを言っていた気がします。
「生意気な小人どもだ」
とひとりが突然ナイフを抜いて、近くにいた走り鳥に切りつけました。
キーーッ!!
走り鳥が悲鳴を上げて倒れます。
「何をするんだ!?」
ゼンとフルートはびっくりして叫びました。
「おおっと、こいつは君たちの友だちだったのか? てっきり焼き鳥の材料かと思ったんでな」
とナイフの男がわざとらしく言い、他の男たちは、どっと笑いました。
フルートが鳥に駆け寄ろうとすると、そばにいた男に蹴飛ばされました。
小柄な体が石畳にたたききつけられます。
「フルート!」
叫ぶゼンに、男たちがまた笑いました。
「おや、悪かったな。こいつも鳥なのかと思ったのさ」
ゼンの目がぎらりと光りました。低い声になって言います。
「よっぽど俺たちとケンカしたいらしいな。人間はずるいうえに馬鹿ときてる」
「なんだと? おい、生意気な小人! 人間様への口の利き方を教えてやるぞ!」
と男のひとりがゼンに殴りかかってきました。
ゼンは男の腕を捕まえると、そのまま引き寄せて後ろへ放り投げました。
「ぐえっ」
ゼンよりはるかに大きな男が、石畳の上にぶざまに転がって、カエルをつぶしたような声を上げます。
男たちは、ぎょっとしましたが、すぐに怒りで顔を真っ赤にしてゼンにつかみかかりました。
「こいつ!」
「ドワーフのくせに!」
「思い知らせてやる!!」
ところが、ゼンに触れるか触れないかのうちに、彼らはゼンの
あっという間に十数人が宙を飛んで通りに転がります。ものすごい強さです。
「このぉ!!」
ひときわ大きな男が襲いかかってきました。
身長が二メートル近くもある大男です。太い腕でゼンを捕まえようとします。
ゼンはすばやく男の腕をかいくぐると、背後に回って巨体をがっしとつかみました。
雄牛のような大男を持ち上げてしまいます。
「うわ、わわわ……!」
目を白黒させた男を、ゼンはまるで羽根枕のように放り投げました。
ズシーン! と地響きをたてて、大男が地面に叩きつけられます。
思わず後ずさった男たちに、ゼンは笑いました。
「だから人間は馬鹿だって言うんだよ。でかいだけで力もないくせに、ドワーフとケンカしようってんだからな」
それを聞いて、男たちはいっせいに剣やナイフを抜きました。
薄暗がりの中、遠いかがり火を受けて、刃がぎらぎらと光ります。
そのとき、フルートの声が響きました。
「ゼン、走り鳥はもう大丈夫だよ!」
金の石で怪我を治してもらった走り鳥が、元気になって立ち上がり、もう一羽と逃げていくところでした。
男たちはまたぎょっとしました。
「なんだ、こいつ?」
「魔法使いなのか──?」
「はずれだ。そいつは金の石の勇者なのさ」
とゼンが言いました。
すでに下がって、剣と間合いを取っています。
代わりにフルートが背中からロングソードを抜きました。優しく穏やかだった瞳が急に鋭く光り出します。
「おじさんたち、今すぐこの町から立ち去ってよ。でないと、本当に痛い目に遭うよ」
フルートの声には鋼のような強さがありましたが、男たちはいきり立ちました。
「なんだと!?」
「金の石の勇者だとか、勇者ごっこか!? くそ生意気なチビめ!」
「痛い目に遭うのはてめぇらの方だ!」
剣やナイフがいっせいにフルートへ振り下ろされました。
フルートは素早くかわすと、男たちの間を走りながら剣をふるっていきました。
「ぎゃっ!」
「ぐおっ!」
「うわぁぁ……!」
腕や脚を刺され脇腹を切られて、男たちは悲鳴を上げました。
フルートが突然間合いに飛び込んで切りつけてくるので、防ぎようがないのです。
まるで剣を持ったつむじ風のようでした。
「このガキ!」
ひとりのフルートの顔を狙って剣を突き出しました。
フルートがとっさに腕で防ぐと、堅い音がして男の剣がぽっきり折れます。
驚く男の脇腹にフルートが剣を突き立てました。
男も悲鳴を上げて逃げ出します。
「おーお、やるやる」
ゼンは少し離れたところからフルートの戦いっぷりを眺めていました。
「普段優しいヤツほど怒ると怖いもんだ、って親父が言っていたけど、ホントだよなぁ」
フルートのほうが圧倒的に強いので、のんびり観戦していましたが、そのうちに急に目を細めました。
フルートに背後から忍び寄る男がいたのです。後ろからフルートを押さえ込もうとしています。
ゼンは素早く背中から弓を取って矢を放ちました。
忍び寄っていた男が肩に矢を食らって悲鳴を上げます。
フルートは背後に剣を突き出して敵を追い払うと、ゼンを振り向きました。
「ありがとう、ゼン」
「おやすいご用だ」
ゼンは軽く答えると、さらに矢を射かけていきました。
男たちが次々に矢に当たって倒れていきます。
フルートも剣をふるい続けましたが、致命傷を受けた者はいませんでした。
ゼンもフルートも、ぎりぎりのところで敵の急所を外しながら戦っていたのです。
やがて、通りに無傷な男はひとりもいなくなりました。
二十人近い男たちは、皆どこかしら怪我をしていて、中には通りの端にうずくまったまま動けなくなっている者もいました。
それでも、男たちは怒りを目に燃やしてフルートとゼンをにらみつけました。
「このままですむと思うなよ!」
「シャーキッド様が来てくださったら、てめぇらなんて――」
とたんに、通りに声が響きました。
「おう、来てやったぞ! おまえら、なんてざまだ!」
ちょっと甲高い若い男の声です。男たちはいっせいに振り向き、
「シャーキッド様!!」
男たちの後ろから、痩せて背の高い男が現れました。
ひょろひょろと細い体をしていて全然強そうに見えません。
けれども、男の目を見たとたん、フルートたちは思わずぞくりとしました。
その銀の目は他の誰よりも危険で陰湿な光を浮かべていたのです。
そして、男のすぐ後ろには、太い鎖につながれた巨大な生き物が立っていました――。
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