第25話 ビスクの町

 フルートとゼンは、走り鳥の背にまたがって、三日間駆け通しに駆け、四日目の朝早くに西の街道に出くわしました。

 そのあたりにはもう雪はなくて、代わりに黒々とした霧が広がっていました。

 本当なら終わりつつある秋に彩られた森や荒野が見えるはずなのですが、霧が邪魔をして、見通しはほとんどききません。

 霧はフルートがシルの町を旅立ったときより確実に濃くなっていました。


「ホントに、気にいらない霧だな」

 とゼンがぶつぶつ言いました。

「さすがの走り鳥も、こいつのせいであまりスピードが出ないんだぞ。それに、なんかこう、ぴりぴりと肌を刺すような嫌な感じがする。確かにこの霧を放っておくのはまずいと、俺も思うぜ」

 と首筋の後ろを撫でます。


 フルートはうなずきました。

「ずっと森や荒野を走ってきたけど、動物たちが前よりおかしくなってるよ。死んだように静かで姿が見えないかと思うと、むちゃくちゃに獲物を追い回していたり……」

「森では猪に突然襲われたしな。ま、ありがたく俺たちの食料になってもらったが」

 と言って、ゼンはにやっと笑いました。

 猪の肉で得意の煮込み料理を作って、フルートを感心させたことを思い出したのです。


 フルートは、気がかりそうに南のほうを眺めました。

「急がなくちゃいけないね……。でも、水は確保しなくちゃ。水筒がもうじき空になりそうだよ」

 フルートたちは、黒い霧の影響を用心して、途中の川の水は飲まないようにしていました。

 飲むのは水筒の水だけ。水筒には必ず地面から湧きだしたばかりの清水を汲むようにしていたので、どこでも水が手にはいるというわけではなかったのです。

「食料もだんだん減ってきたぞ。この後どのくらいかかるかわからないし、ここらで補充しておいたほうがいいかもな」

 とゼンも言いました。


 フルートは街道の左を指さしました。

「ここから東に向かうと、ビスクっていう大きな町に出るんだ。そこでなら、たいていのものを買うことができるし、水を汲める泉もあるよ。ちょっとだけ回り道になるけど、ビスクに立ち寄ることにしよう」

 ゼンは目を輝かせました。

「人間の町か。面白そうだな。よし、行ってみようぜ」

 というわけで、フルートとゼンはちょっとだけ道筋からそれて、街道を東へたどりました。

 

 宿場町のビスクは、黒い霧の中で暗く沈んでいました。

 フルートが国王の城に向かう途中で通りかかったときには、霧に対抗するようにたくさんのかがり火が燃え、店が開き、旅人も大勢行き来していました。

 ところが、今回来てみると、かがり火は町のあちこちにぽつりぽつりとあるだけで、店も家も窓や扉をぴったり閉めていて、通りには人の姿がほとんどありませんでした。


 フルートとゼンは走り鳥から下りると、手綱を引きながら街道を歩いていきました。

「えらく活気のない町だな」

 とゼンが言ったので、フルートは首を横に振りました。

「いつもはすごくにぎやかで大きな町なんだよ。何があったんだろう……?」


 通りに人気ひとけはなくても、水汲み場では地下からわき出した水がちょろちょろと流れ続けていました。

 フルートたちは2つの水筒にいっぱい水を詰めると、それを走り鳥の背につけました。

「さてと。これで水は当分安心だが、食料は手に入りそうか?」

 とゼンが尋ねました。

「食料品店を探してみよう」

 とフルートは言って、店の看板を眺めながら歩き始めました。

 ゼンも歩きながら看板を眺めましたが、すぐにやめてしまいました。

 ゼンには看板の文字が読めなかったのです。

 おとなしくフルートのあとについて行きます。


 ところが、そのうちに二人はあちこちからたくさんの視線を感じるようになりました。

 閉めきった家の窓や扉がほんの少しだけ開いて、隙間から目だけのぞかせてこちらを見ているのです。

 フルートたちがそちらを振り向くと、たちまち扉や窓が閉まります。

「なんだ? 俺たちが怖いのかよ?」

 とゼンが不愉快そうに言いました。


 フルートは眉をひそめると、改めて通りを見回しました。

 薄暗い通りは荒れ果てた感じで、よく見ればあちこちに壊れた家具や箱などが転がっています。

 それは決まって扉の壊れた家の前にあって、家の中には人の気配がないのでした。


「町が何かに襲われてるのかもしれない」

 とフルートが言うと、突然近くの家から声がしました。

「早くここから出て行け。見つかるぞ!」

 フルートたちが、はっと振り向くと、ばたん! と音を立てて窓が閉まり、あとはもう何も聞こえなくなりました。

「見つかるって何にだよ! ここにもグラージゾみたいな怪物が出るってぇのか!?」

 とゼンが聞きましたが、答えてくれる声はありません。

「用心しよう」

 とフルートは言って、町の通りを歩き続けました。

 

 やがて、フルートは食料品店の看板を見つけました。

 店は入り口が閉まっていましたが、フルートが扉をたたいて声をかけると、中から気配がして扉がそっと開きました。

「早く……早く入ってください」

 と男の人の声がします。フルートとゼンはあわてて店の中に入りました。


 店の中にはロウソクを立てた燭台しょくだいがいくつかあって、ぼんやりとあたりを照らしていました。

 棚に並ぶ商品は、数は少ないものの、そこそこの種類があります。

 店内には先客も二人ほどいて、袋を片手に品物を選んでいました。


「なんだ、ちゃんとやってたんじゃないか」

 とゼンが言うと、二人を引き入れた店主が、ぎょっとしたような顔になりました。

「お客さん方……もしかして、ドワーフですか?」

「おっと。ここだと俺も、ちゃんとドワーフに見てもらえるんだな」

 ゼンは嬉しそうに笑うと、フルートを指さしながら答えました。

「こいつは人間だぜ。ドワーフは俺だけだ」


「なにかあったんですか?」

 とフルートは店主に尋ねました。どうも、ただならない雰囲気です。

 気がつくと、他の客たちも緊張した顔でこちらを見ていました。

「す、すいませんが、うちの店はドワーフはお断りでして……。申し訳ありませんが、外で待っていていただけませんか……?」

 店主が口ごもりながら言ったので、フルートはびっくりしました。

「どうして!? ドワーフだって同じ客じゃないですか!」

 ビスクは街道筋の町です。街道は人間だけでなく、エルフやノームのような様々な種族の旅人が通るので、店屋や宿屋は種族を越えて商売をすることになります。

 種族で客を差別するというのはめったにないことだったのです。


 すると、店主は今度はフルートを振り向きました。

「こちらのお客さんは、まだ子どもだったんだね……。どこから来たのか知らないが、最近のビスクの噂を聞いていないんだろう。悪いことは言わない。一刻も早く、この町を立ち去りなさい。あんたたちみたいな目立つ人たちは、あっというまに奴らに因縁いんねんをつけられるよ」


「奴ら?」

 とフルートたちが聞き返したときです。

 店の入り口がいきなりドンドン! と外からたたかれました。

 続いて怒声が響きます。

「おいおい、開けろ!! シャーキッド様たちのお出ましだぞ――!!」


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