第7話 剣と防具

 城の一角にあるゴーリスの部屋で、フルートは久しぶりにまともな食事をして、温かい風呂に入ることができました。

 ゴーリスたち王に仕える貴族は、城の中にそれぞれ自分の部屋を割り当てられているのです。


 旅の埃を洗い流し、乾いた服に着替えたフルートは、すっかり生き返ったような気持ちになって、暖炉の前の椅子に座りました。

 満腹も手伝って、なんだか眠くなってきます。

 暖炉ではパチパチと音を立てて薪が燃えていました。

 

 すると、奥の部屋からゴーリスが出てきました。手に一振りの剣を持っています。

「ほら、これを持ってみろ」

 と手渡されたので、フルートがさやから抜いてみると、よく手入れが行き届いたロングソードが現れました。

 通常のロングソードより少し細身で、柄にも刀身にも目立った飾りはありませんが、切れ味はとても良さそうです。

「俺の家に代々伝わる家宝だ。特別な力はないが、軽くて使いやすい、いい剣だぞ」

 とゴーリスが言いました。


 フルートは立ち上がって剣を振り回してみました。

 ぶん、ぶん、と音を立てて刀身が空を切ります。

 確かに、子どものフルートでも使いこなせるくらい軽い剣でした。


「それをおまえにやろう。俺からの餞別せんべつだ」

 とゴーリスが言ったので、フルートは驚きました。

 家宝と聞かなくても、その剣が名刀なのは見ただけでわかります。簡単に人にやったりもらったりできるような代物ではありません。


 すると、ゴーリスはフルートの肩に手を置いて言いました。

「本当は、俺自身がおまえについていきたかったんだ。勇者の仲間が俺だったらいいのに、と本気で思っていたぞ。だが、ユギル殿の占いにああ出たからには、俺がついていくわけにはいかない。俺の代わりに、その剣を持って行け。きっとおまえを助けてくれるはずだ」


「ゴーリス……」

 フルートは思わず胸がいっぱいになりました。陰に日向に自分を助け続けてくれる剣の師匠に抱きつき、たくましい胸にしがみつきます。

「ありがとう、ゴーリス。どうもありがとう……」

 

 やがて、国王からは防具が届きました。

 よろいは金属の板を曲げたパーツを体のあちこちに革のベルトで留めて、身を守るようになっていました。

 小柄なフルートには大きすぎるように見えたのですが、身につけてみると、しゅるしゅると縮んで、フルートの体にぴったりの大きさになりました。しかも、普通、鎧は何十キロもの重さがあるに、この鎧は普段着を着ているのと同じくらいの重さしか感じません。


 フルートが驚いていると、ゴーリスが説明してくれました。

「これは魔法の鎧だからな。普通は鎧の隙間に攻撃を受けないように、下に鎖かたびらというものも着るんだが、こいつは魔法で守られているから、それも必要がない。暑さ寒さからもおまえを守ってくれるぞ。皇太子殿下を数々の戦いから守ってきた、すばらしい防具だ」


 そこにかぶとをかぶると、フルートは全身銀色に輝く戦士になりました。

 兜も鎧と同じように、ほとんど重さを感じません。

 すると、ゴーリスがちょっと苦笑しました。

「これだと金の石の勇者と言うより銀の勇者と呼びたくなるが……まあ、いいか。ロングソードは剣帯を伸ばして背中につけろ。おまえはまだ背が低いから、腰に剣を下げたのではつかえてしまうからな。背中から剣を抜いて戦う練習をしておくんだぞ」

 そこで、フルートは剣を背中につけて、何度か引き抜いてみました。

 腰から剣を抜くのとは勝手が違いましたが、じきにそのやり方にも慣れてきました。


 盾は直径五十センチほどの円形で、後ろに太い革のバンドがついていました。

 それで腕に留めつけて戦ったり、必要のない時には、荷物にくくりつけて持ち歩けるようになっているのです。

 鏡の盾という名前の通り、表面はぴかぴかに磨き上げられていて、のぞき込むと顔がはっきりと映りました。

 

 一通りの準備が整ったところで、フルートはまた椅子に座りました。なんとなく、ほっとした思いに充たされます。


 ゴーリスが言いました。

「おまえの他の荷物はこっちで確認して、明日までに補充しておいてやる。馬も城の下男が特に念入りに世話してくれているから心配ない。他に何か気になることはあるか?」

 フルートは首を横に振りました。ここまで準備してもらえば、もう十分という気がしました。あとはいよいよ旅立つだけです。


 すると、ゴーリスはそんなフルートをつくづくと見て、言いました。

「怖いとは思わんのか、フルート?」

 フルートはちょっと目を丸くしました。意外なことを聞かれたように感じたのです。


 ゴーリスは言い続けました。

「確かにおまえは金の石の勇者になると言われている。だが、ユギル殿も言っていたように、相手は人間じゃない。ロムド全土を闇の魔法でおおえるような、とんでもない敵だ。おまえはまだ子どもだ。ここで逃げても、誰もおまえを責めはしないんだぞ」

 探るような黒い瞳が、フルートの青い目をのぞき込みます。


 フルートはとまどいながら答えました。

「だって、ぼくたちはこのときのためにずっと稽古をしてきたんでしょう? ぼくだって、少しは強くなれたつもりだけど……」


「だが、闇の中の敵に剣が効くかどうかもわからないんだぞ」

 とゴーリスは言い続けます。


 それを聞いて、フルートはほほえみました。ゴーリスが自分を試しているのだと気がついたのです。

「ぼくには金の石もあるもの」

 とフルートは答えました。

「それに、ぼくは嬉しいんだ。やっと、ぼくにもできそうなことが見つかったから」

「嬉しい?」

「うん……。黒い霧が出てから、お父さんはため息ばかりついていたんだ。牛たちが霧におびえて乳を出さなくなったって言って。町のおじさんやおばさんたちも、畑の作物が枯れてしまうってすごく心配していた。ここに来る途中、たくさんの町や村を通ってきたけど、みんな、すごく暗い顔をしていたよ。どこでも、誰も笑ってなかった。みんな、この霧が怖くてしかたないんだ。だけど、ぼくにはどうすることもできなかった……」


 そして、フルートは自分の膝の上のロングソードに目を向けました。

「ただゴーリスが戻るのを家で待っている間が、ぼくは一番つらかった。なんとかしたいのに、何もできない自分が情けなくてさ。だけど、お城の占い師たちは、金の石の勇者ならこの霧を打ち払えるって言った。だったら、ぼくはやりたいんだ。何かぼくにできることがあるんなら、それをやってみたいんだよ」

 フルートの声に迷いはありませんでした。


 ゴーリスはうなずきました。

「確かにおまえは金の石の勇者だな。おまえ自身は小さな子どもでも、きっと天がおまえに味方するんだろう」


 それから、ゴーリスは声の調子を変えました。陽気にフルートに話しかけます。

「出発は明日の朝だ。北の峰までは遠いから、日が昇って明るくなったらすぐに立つといい。それまでは、ゆっくり休んで体力を――」


 そこまで言って、ゴーリスはことばを切りました。

 フルートは鎧兜を身につけたまま、椅子の中で眠り込んでいたのです。本当に、あっという間のことでした。

 無理もありません。フルートは王の城につくまで何日も旅を続けてきた上に、今日は一日中、緊張の連続だったのですから。


 銀の兜からのぞいているのは、天使のようにあどけない寝顔です。

 それを見ながら、ゴーリスはしみじみとつぶやきました。

「また明日からつらい旅が始まるんだな……。できることなら変わってやりたいが、金の石の勇者はおまえだからな。がんばれよ」

 ゴーリスはフルートの鎧兜を脱がせると、奥の部屋のベッドにフルートを運びました。

 フルートは一度も目を覚ますことなく、夢さえ見ずに、朝までぐっすりと眠り続けました。

 

 

 そして、翌朝。

 フルートは、ゴーリス、国王、占者のユギルと数人の家臣に見送られて、城を旅立ちました。


「それじゃ、行ってまいります」

 フルートは見送る人たちに向かって、馬の上から頭を下げました。

 柔らかなベッドで十分に眠り、朝食もたっぷり食べたので、また元気いっぱいになっていました。

「よろしく頼む」

 と国王が言いました。

「勇者殿に神のご加護がありますように」

 とユギルも道中の無事を祈ってくれました。


 ゴーリスだけは何も言いませんでした。

 ただ自分の剣を引き抜くと、目の前に高くかざします。

 それを見て、フルートも背中からロングソードを引き抜き、高くかざして見せました。

 暗い霧の立ちこめる中、二本の剣のまわりだけは、ほのかに輝く光に包まれているようでした。


 フルートは黙って頭を下げると、剣を鞘に収め、馬の頭を巡らして進み始めました。

 はるか北西の彼方にある、北の峰を目ざして――

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