第6話 占い

 国王がフルートたちを連れて行ったのは、城の中の一室でした。

 絨毯や調度品は立派ですが、さっきまでいた謁見の間よりずっと狭く、その分、こじんまりと落ち着いた雰囲気があります。


 部屋の片隅では背の高い人物が待っていました。

 灰色の長い衣を着て、部屋の中なのにフードをまぶかにかぶっています。

「ユギルか。今、そなたを呼びに行かせようと思っていたところだ」

 と国王が言うと、灰色の長衣の人物はうやうやしく頭を下げました。

「金の石の勇者がついにこの城に到着した、と占いに出ましたので、こちらから参上いたしておりました。その少年が金の石の勇者でございますね?」

 と男性の声で言います。

「いかにも。シルの町のフルート殿だ」

 と国王は答えてフルートを振り返りました。

「紹介しよう。我が城の一番占者のユギルだ」

「お初にお目にかかります」 


 占い師が灰色のフードを脱ぐと、意外なくらい若くて美しい男の顔が現れました。南方系の浅黒い肌に長い銀の髪、フルートを見つめる瞳は、右目が青、左目が金の色違いです。

 フルートはそんな目の人を見たのは初めてだったので、ちょっとびっくりしましたが、別に怖いとは思いませんでした。

「金の石の勇者が魔の森から現れて闇を追い払う、と予言したのも、このユギル殿だ」

 とゴーリスがフルートに教えます。


 すると、ユギルが今度はゴーリスに頭を下げました。

「さようでございます。ですが、わたくしには完全に未来を読み切ることができませんでした。金の石の勇者が現れるのが十年も先だということも、勇者が子どもだということも……。おかげで、ゴーラントス卿には大変なご苦労をおかけしてしまいました」

 ユギルは、ゴーリスがシルの町で十年間も金の石の勇者を待つはめになったことを謝っているのでした。

「それはもうすんだことだ」

 とゴーリスが言っても、まだ頭を下げています。

 フルートはこの若い占者に好感を覚えました。

 あまり表情を見せない人ですが、悪い人ではないようでした。

 

「さて、問題はこの黒い霧のことだ」

 と国王がテーブルの前の椅子に座りながら言いました。

 一緒についてきていた家臣が王の後ろに立ち、国王の正面にはフルートが、その左右にはユギルとゴーリスが座ります。

 ゴーリスは血だらけになったシャツを、召使いが運んできた新しい服に着替えていました。


 テーブルの上にはロムド国の大きな地図が広げられていました。

 王都ディーラは国の東に広がる平原の中心にあり、フルートが出発してきたシルの町は西の彼方の荒野にあります。

「黒い霧が発生しているのは、このあたりだ」

 と国王は国の南側を示してみせました。

「この付近は森と沼が点在する湿地帯で、人が住む町や村はほとんどない。この一帯のどこかから霧が湧き出しているのだ。霧は上空の風に乗り、国全体に広がって、次第に濃さを増している。この霧を放っておいてはまずい、とユギルは言うのだ」


 すると、国王の言葉を受けてユギルが話し始めました。

「黒い霧は、わずかですが邪悪な闇を含んでおります。国の南のどこかで邪悪なものが動き出しているので、霧がそれを運んでくるのです。けれども、いくら占っても、闇が濃すぎるために、何が起こっているのか見通すことがかないません」

 そして、ユギルはフルートを見ました。

「この状況を打開する方法を占盤に尋ねたところ、闇を破り霧をはらえるのは金の石の勇者と仲間たちしかいない、という結果が出ました。わたくしだけでなく、城中の占者たちの結果も同様です。そして、十年前の占い通り、あなたが現れたのでございます……」


 それを聞いて、フルートは首をちょっとかしげました。

「霧は邪悪な何かの仕業しわざなんですか? お城に集まっていた勇者志願の人たちが話していたんですが、隣のエスタ国からの魔法攻撃っていう可能性はないんでしょうか?」


 とたんにゴーリスは眉を上げ、国王は静かにうなずきました。

「そう噂する者があることは承知している。城の貴族の中にさえいる。だが、そうではないのだ」

 引き継ぐようにゴーリスも言いました。

「ロムドとエスタは四十年以上前から和平を結んでいる。国境では確かに小競り合いが続いていて、収まったように見えては、また再燃しているがな。だが、今エスタはお家騒動でごたごたしている最中だ。この時期に和平を破って我が国に攻撃をしかけても、エスタには何の利益もないんだよ」


 すると、ユギルが地図に目を向けました。占者には普通の人には見えないものが見えているのか、遠いまなざしで言います。

「闇の霧はロムドの国のほぼ全土をおおいつくしております。これほどの規模の魔法を使える人間は、これまでの歴史を振り返っても誰ひとりおりません。これは人間のしわざではございません。もっと大きな闇の仕業しわざに違いないのです」

「それはそれで、ぞっとしない話だがな。人間相手のほうがよほどやりやすいんだが」

 とゴーリスが渋い顔をします。

 

 フルートはさらに考えてから、また口を開きました。

「ぼくは確かに魔法の金の石を持っています。泉の長老からも、ぼくには金の石の勇者になる役目があるんだと言われました。でも、ぼくは、どうやったらこの霧をはらえるのかわからないんです」


 すると、ユギルは今度はフルートに遠いまなざしを向けて言いました。

「仲間を見つけなさい。そして、南を目ざすのです。あなたたちが進む道は、必ず闇の中心に至るでしょう……」

 どこか遠い場所から響いてくるような、厳かな声でした。


「その仲間は、どうやったら見つかるんだ?」

 とゴーリスが聞き返しました。

「占いには、北の峰、と出ております。北の山脈の中で一番高い山のことです」

「北の峰? ドワーフの住みかじゃないか!」

 とゴーリスはあきれた顔になりました。

「奴らは地下に自分たちの町を作っていて、人間の世界の出来事には関心を示さないぞ。地面の下で石を掘って、それを加工して暮らしているんだ。地上が黒い霧でおおわれていたって、何も困っていないだろう。そいつらがフルートの仲間になると言うのか?」

「わたくしにはなんとも申し上げることができません。ただ、占いには、北の峰へ行けば勇者は仲間に出会える、と出たのでございます。それがドワーフかどうかまでは、占いは告げておりません」


 うぅむ、とゴーリスはうなりました。

「ユギル殿の占いは、いつも突拍子もなく聞こえるな。おい、フルート、どうする? 北の峰へ行ってみるか?」

 フルートは黙って占い師とゴーリスのやりとりを聞いていましたが、そう言われてすぐに答えました。

「もちろん行くよ。黒い霧をはらうためには、そうしなくちゃいけないんでしょう?」


「ただし、勇者殿は他の道連れと一緒に旅立ってはなりません。ひとりで北の峰を目ざさなくてはならないのです」

 とユギルが言ったので、ゴーリスはまたあきれ顔になりました。

「おいおい、このフルートに北の峰までひとりきりで旅をしろというのか? 北の峰までの街道は途中で途切れるから、大人でも馬で十日はかかる。しかも、この季節になれば北の峰にはもう雪が降っているし、街道の先には猛獣や怪物が出没する森もあるんだぞ」

「それが占いの結果です。信じるも信じないも、皆様方の自由でございますが」

 とユギルは答えました。相変わらず厳かな声です。

 

 国王がフルートに言いました。

「わしの願いは、そなたにユギルの言うとおり北の峰へ向かってもらい、仲間を見つけて南へ下り、この黒い霧の原因を探って国に光を取り戻してもらうことだ。長い旅になるかもしれん。東西の街道には城の魔法使いが護りの魔法をかけたが、他の街道には手が回っていないから、危険に遭遇することもあるだろう。それでも、やってもらえるだろうか?」

 国王の目は深い色をたたえていました。

 真剣なまなざしは子どもを見る目ではありません。


「それがぼくの役目なら、喜んで」

 とフルートはすぐにうなずくと、ゴーリスに言いました。

「大丈夫だよ。ぼくはここまでずっとひとりで旅してきたんだし、魔の森で怪物と戦ったこともあるんだもの。それに、きっと金の石がぼくを守ってくれるよ」


「しかし……」

 ゴーリスが心配し続けていると、国王が言いました。

「では、フルート殿には強力な装備を与えるとしよう。皇太子が子どもの頃に愛用した魔法の鎧兜よろいかぶとだ。勇者の強力な守りになるだろう」

「盾は鏡の盾になさいませ。そう占いに出ております」

 とユギルが口をはさみます。


 フルートは頭を下げて感謝すると言いました。

「ぼくはただの子どもです。ぼくを呼ぶのも、ただのフルートでいいです。でも、この霧を消して、国から闇を追い払うためなら、ぼくはなんでもします。そうしたいんです」

 フルートの脳裏には、都に来る途中の町や村で見た、不安そうな人々が思い浮かんでいました。

 みんな家の中にじっと隠れて、窓の隙間から霧に閉ざされた空と景色を眺めていたのです。闇のように暗い瞳で明るい日の光を待ち望みながら……。


「あとで防具を届けよう」

 と国王が言いました。

「フルートはゴーラントス卿と一緒にこの城に泊まるが良い。食事をして、今夜はゆっくり休まれよ」

 さっそくフルートが言ったとおりの呼び方をしてくれています。

 

 すると、フルートが大きなため息をつきました。

「どうした、フルート」

 怖くなってきたのか? と言うようにゴーリスが尋ねると、フルートは首を振りました。

「急にお腹が空いてきちゃったんだよ……今日は朝から何も食べてなかったから」


 国王もゴーリスもユギルも目を丸くすると、すぐに笑い出しました。

「これは大変でございます。一刻も早く食事を差し上げなければ、勇者殿は目を回して倒れられてしまうことでしょう」

 とユギルが言ったので、国王は面白そうに聞き返しました。

「そう占いに出ておるのか?」

「占うまでもないことでございます。勇者殿の顔を拝見すれば、誰にでもわかります」

 とユギルがすまして答えます。


 ゴーリスは笑いながら立ち上がりました。

「陛下、これにて失礼つかまつります。……来い、フルート。俺の部屋で何か食わせてやろう」

 フルートは喜んで立ち上がると、ゴーリスと一緒に部屋を出て行きました。


 それを見送って、国王はユギルに言いました。

「幼いが、まことに一本気な子どもだな。しかも賢い。迷うことなく正しい方向に進もうとする」

「だからこそ、金の石の勇者に選ばれたのでございましょう。闇の力に対抗できる者として」

 とユギルが静かに答えました。

 国王はうなずくと、フルートに与える装備を準備させるために召使いを呼びました。


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