第5話 謁見の間

 フルートは、金の石の勇者を名乗る大人たちと一緒に、ずっと城の前で待ち続けました。

 列は少しずつ前に進んでいましたが、なにしろ人数が多いので、なかなか順番が回ってきません。

 ようやくフルートが城の中に呼ばれたときには、黒い太陽が西の荒野の彼方に沈んでいくところでした。


 城の中に入ってからも、フルートは長い時間待ち続けました。

 そうやってただ待っていると、だんだん不安が募ってきます。黒い霧を見て不安になるのとはまた別の気持ちです。

 列が短くなってくると胸がどきどきしてきて、どうしていいのかわからなくなってしまいます。


 フルートは、そっとあたりを見回しました。

 分厚い絨毯じゅうたんを敷き詰めた長い廊下には、美しい彫刻や絵画が並んでいました。

 雪のように白く塗られた壁がどこまでも続いていて、何千本ものろうそくに真昼のように照らされています。

 城は信じられないほど美しくて立派な場所です。


 とうとう廊下に待つのはフルートひとりだけになりました。

 輝く城の中で、ぽつんとたたずむ小さな自分を思って、フルートはなんだかいたたまれなくなりました。

 自分があまりにも場違いなことを痛感したのです。

 

「次の方」

 と正面の扉から声がしました。

 フルートは思わず飛び上がり、息が詰まりそうになりました。

 心臓が飛び出すかと思うほど、どきどきしながら進んでいくと、目の前で扉がさっと両側に開きます。


 とたんにフルートは目を見開きました。

 絨毯を敷き詰めた立派な部屋の奥に、大勢の男の人がずらりと並んでいたのです。

 皆、立派な服を着て、腰には剣を下げていました。

 さっきまでいた勇者志願の男たちと違って、とても高貴そうな顔つきをしています。

 国王に仕える貴族たちに違いありません。


 貴族たちが並ぶ向こうの、一段と高い場所には大きな椅子があって、銀の髪とひげの老人が座っていました。

 太っているわけではありませんが、見るからに風格がある人物で、頭の上には宝石をちりばめた金の王冠が輝いています。ロムド国王です。

 フルートはびっくりして立ちすくんでしまいました。

 まず家来の誰かに面接されて、それから国王に引き合わされるのだろうと思っていたのです。

 驚きのあまり声も出ません。


 すると、そんなフルートに国王が話しかけてきました。

「そなたが金の石の勇者だというのか? 少年よ」

 フルートは、はっとして、あわててうなずきました。返事をしようと思ったのですが、国王や居並ぶ貴族に圧倒されてことばが出ませんでした。


 そんなフルートを見て、国王は隣に立つ家臣と何かことばを交わしました。失望の表情が王の顔に浮かびます。

 貴族たちの間には冷ややかな笑いが広がっていました。みんなフルートのような子どもが金の石の勇者を名乗っているので、あきれているのです。

 フルートは急に恥ずかしくなって、耳まで赤くなってしまいました。


 すると、国王がまた口を開きました。王は歳をとっていますが、声は張りがあって部屋中によく響きました。

「少年よ、この国を謎の黒い霧がおおっているのは知っているな。邪悪な気配を含んだ霧だ。今は何事もなくとも、じわじわと国と人の心をむしばみ、やがては大きな惨事につながっていく、と占いに出ているのだ。この霧を打ち払えるのは魔法の金の石を持つ金の石の勇者だ、と一番占者は言った。そこで、わしは金の石の勇者を召喚したのだが……」


 国王はそこまで話して、大きなため息をつきました。

「どうやら今日も勇者は現れなかったようだ。とうとう本物が現れたという知らせを聞いて、直々に出向いたのだが、何かの間違いであったらしい」


 フルートは焦りました。国王は、他の勇者志願者と同じように、フルートのことも偽物だと決めつけているのです。

「ま、待ってください!」

 フルートは必死で声を上げると、急いで自分の服の胸元から金の石のペンダントを引き出しました。

「これが魔法の金の石です……! 魔の森の泉の長老からもらいました!」


 とたんに貴族たちが笑い出しました。

 勇者を名乗る大人たちは、みんなそれぞれに金色の石を持っていました。魔法の金の石があると言っても、もう誰も本物とは信用しないのです。


 国王が席を立って部屋を出て行こうとしました。

 数人の家来が従っていきます。

 フルートはどうしていいのかわからなくなって、立ちつくしてしまいました。

 

 そのとき、居並ぶ貴族の間から突然声が上がりました。

「お待ちください、陛下。今しばらく」

 貴族たちの後ろから前に進み出てきたのは、白髪交じりの中年の男性でした。立派な刺繍ししゅうを施した黒い服を着て、腰に大剣を下げています。

 フルートは、ぽかんと口を開けてしまいました。見違えるような身なりをしていますが、それはまぎれもなく彼の剣の師匠ししょうでした。


「……ゴーリス?」

 どうしてここに? とフルートは尋ねようとして、不意に気がつきました。

 ゴーリスは自分を高貴な人物に仕える騎士だと言っていました。

 だからフルートはゴーリスを貴族の家来だとばかり思っていたのですが、実はゴーリス自身が貴族で、その主君は国王だったのです。


 すると、ゴーリスが、にやっと笑いました。

「どうした、フルート。いつもの元気がないじゃないか。金の石の勇者がそんなにびびっていたんじゃ、誰も信用してくれないぞ」

 身なりは立派でも口調は今までと変わりません。


 居並ぶ貴族が何人も顔をしかめました。

「差し出た真似をするな、ゴーラントス卿」

 とたしなめる声も上がりましたが、ゴーリスは知らん顔でフルートに歩み寄りました。

「よくここまで来たな、フルート。待っていたぞ」

 力強い声です。

 フルートは急にほっとして涙が出そうになりました。

 

 国王がゴーリスに言いました。

「その子どもが、そなたの見つけた金の石の勇者だと言うのか、ゴーラントス卿。本当に、何かの間違いではないのか?」

 ゴーラントス、というのが、ゴーリスの本当の名前のようでした。


 ゴーリスは国王に向かって片膝をついて、うやうやしく頭を下げました。それでフルートもようやく気がついて、あわてて国王にひざまずきました。部屋に入ったら、すぐにこうしなくてはいけなかったのです。


 ゴーリスが言いました。

「確かに、ここにいるフルートはまだ十一歳の子どもです。ですが、魔の森の主である泉の長老から魔法の金の石を授かり、金の石の勇者になる使命を担いました。どうか見た目の幼さに惑わされませぬよう、お願い申し上げます」


 たちまち貴族たちから疑いと非難の声が上がりました。

 無理もありません。こんな小さな子どもが国の一大事を救う勇者だとは、誰だってとても信じられないのです。


 国王がまた言いました。

「その子どもが本物である証明はできるのか? 証拠は?」

 証明、と言われてフルートは困りました。

 魔法の金の石は本物ですが、それを見せても信じてもらえないとしたら、どうやって証明すればいいのでしょう?


 ところがゴーリスは落ち着きはらっていました。

「簡単なことです。陛下、お目汚しのほど失礼つかまつります」

 と言うなり黒い上着を脱ぎ捨て、自分の腰から大剣を引き抜きます。幅広い刃が部屋の灯りにぎらりと光ります。


 人々が思わず身構えた瞬間、ゴーリスはいきなりそれを自分の腹に突き立てました。ばっと血しぶきが飛び散ります。

「ゴーリス!!」

 フルートは悲鳴を上げました。

 ゴーリスの腹に刺さった剣のまわりから血が噴き出し、白いシャツを深紅に染めて床にしたたり落ちます。


 部屋の中は騒然となりました。

 何人もがあわてふためいて駆け寄ろうとします。

 ひときわ大きな国王の声が響きました。

「なんということを、ゴーラントス卿! 誰か、魔法医を呼べ!」


 ところが、ゴーリスは駆け寄ってくる人たちを手を上げて押しとどめました。

 苦痛に顔をしかめながら国王へ言います。

「心配ございません、陛下……大丈夫です……」

 それからゴーリスは振り返り、真っ青になっているフルートに言いました。

「おい、何をぼんやりしてる。このままだと、俺は出血多量で死んでしまうぞ……」

 顔中に脂汗を浮かべていますが、それでも、にやりとフルートに笑いかけてきます。

 フルートは、はっとすると、首からペンダントを外しました。

 大急ぎで金の石をゴーリスの体に押し当てます。

 

 すると。

 したたり落ちる血が、ぴたりと止まりました。

 ゴーリスの腹に突き刺さった大剣が、じりじりと押し戻され始めます。

 全員が息を呑んで見守っていると、剣は刃に血を付けたままひとりでに抜けていって、ぽろりと床に落ちました。

 おおっ、と人々から驚きの声がもれます。


 ゴーリスの顔から苦痛の表情が消えて、頬に血の気が戻ってきました。

「ほう」

 ゴーリスは感心したように声を上げると、自分の腹をなでながら立ち上がりました。

「話には聞いていたが、本当にものすごい威力だな。もう治ったぞ」


「まことか? 本当にもう何でもないというのか?」

 国王が驚いて壇上から駆け下りてきました。

「これ、この通りでございます」

 とゴーリスは血で染まったシャツの前を開けて見せました。鍛え上げられた体には、どこにも傷ひとつ残っていませんでした。

 部屋の中がどよめきでいっぱいになります。


 人々のフルートを見る目が変わりました。国王も真剣なまなざしを向けます。

「そなた、フルート、と言ったか」

 と呼びかけてきます。

 ところが、フルートは膝をついてうつむいたまま返事をしませんでした。

 ゴーリスがあわててフルートをつつきました。

「おい、陛下がお呼びだぞ」

 すると、フルートは顔を上げてゴーリスを見ました。

 その瞳には怒りが燃えていました──。


「なんてことをするんだ、ゴーリス!!」

 とフルートはどなり出しました。

「本当に死んだらどうするつもりだったのさ! いくら魔法の金の石でも、死んじゃった人は生き返らせることができないんだよ! 金の石の力を証明したかったら、ぼくが自分で手でも足でも切って、治して見せたのに……!!」


 国王の面前でゴーリスを叱りつけるフルートを、人々はぽかんと眺めました。

 ゴーリスも目を丸くして驚いていましたが、やがて優しい笑顔に変わると、フルートの髪の毛をくしゃっと撫でました。

「悪かった、フルート。ああするのが一番手っ取り早いと思ったんだよ。もうやらないからな。そんなに怒るな」


 フルートは目に浮かんだ涙をぬぐうと、唇をきっと結んで立ち上がりました。

 金の石のペンダントをまた首にかけると、国王を見上げます。

 先ほどまでの気後れなど、きれいさっぱり消え失せていました。

「陛下、ぼくは本物の金の石の勇者です! まだお疑いになるなら、ぼくを切るなり刺すなり、好きになさってください。何度だって金の石で治して見せますから!」


 まっすぐなまなざしと声で言い切るフルートを、国王は興味深げに眺め、やがて静かにうなずきました。

「なるほどな……金の石の勇者とは、こういう人物だったわけか」


 そして、国王は部屋の出口へ歩き出しながら言いました。

「ついてきなさい、フルート殿、ゴーラントス卿。折り入って話したいことがある」

 国王と共に部屋を出て行くフルートとゴーリスを、他の貴族たちはうやうやしく頭を下げて見送りました。

 疑いの声をあげる人間は、もう誰もいませんでした。


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