とりのこしてい

桜雪

第1話

「しっかしくっだらねえよな、こんな世界。みんな仮面被って生きててさ。

誰かこんな結界壊してくれねえかな、お前とかさ?」突然彼はセブンスターの煙を吐き出しながらわたしにそう問いかけた。「何でそんなことあたしに求めんの?」買ったばかりのラッキーストライクの包装紙を外しながら訊ねる。「いやあ特に意味はないんだけどさ、前お前が言ってた言葉が妙に頭に残ってて」「あたしなんか言ったっけ?」

唇を舐め、咥え、火をつけ、吐く。それと同時にひゅっと音が漏れる。

頭上には無数の蛾が飛び回っていた。

「人間って所詮モラトリアム集団だしそんな結界に入ってる俺たちってくだんねえよなとかそんなこと言ってなかったっけ?」「…ああ、あの時のか。まだ覚えてたんだね」わたしと彼以外誰もいない24時間営業のコンビニエンスストアの前の喫煙所。わたしの微かな笑い声だけが無駄に響き渡り、別の次元に送り込まれたような錯覚を覚えた。「つーかさ、今日なんか星近くね?」セブンスターの吸い殻を潰しながら彼は新しいタバコに手をやる。

「あー、たしかに。なんでだろう。煙で視界やられてんじゃない?」彼は笑う。

笑い声がまた響く。「結局神なんていないんだよ、いるっていう根拠すらないしどうせぜーんぶモラトリアム集団が生み出した妄想でしかないんじゃねえの?」「だからみんな仮面被ってるんだよ、我こそはモラトリアム集団の一員ではないって強調するためにね」煙で目が痛くなってきた。わたしは目をこする。彼にタバコを一本付き出す。「え、お前泣いてんの?誰かの涙なんて久しぶりに見たわ、俺」ゆっくりと彼は煙を吐き出す。「なんか心が楽になってきた」わたしは微かに笑う。「そうだろうね、銘柄ラッキーストライクだしね。さーて、壊しちゃいましょうか!あたし『たち』は『モラトリアム集団』ではないってことを主張するためにね」


気がつけば頭上の蛾はいなくなっていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とりのこしてい 桜雪 @REi-Ca

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る