第二章 元いた世界に召喚されるなんて聞いてない 3

「久しぶりだな。レン」


 その言葉に、錆びついた機械人形のようなぎこちなさで、声を掛けた男性に視線を向けた。

 成長しているが、面影があった。

 

 レインの瞳に映ったのは、5年前よりも大人びた姿の元婚約者。スイーティオ・エレメントゥム・アメジシストだった。

 青銀の髪は、短く切られていて、精悍な顔がよく見えた。王家特有の金眼は強い光を帯びていた。身長は、あの時よりも大きくなっていて、隣に並んで顔を見上げたらきっと首が痛くなるほどだと考えた。そして、細身ながらも、剣術で鍛えられた体は靭やかさがあった。

 

 5年ぶりのスイーティオに見惚れるレインだったが、見つめる金眼に映った自分の姿を見て状況を思い出した。

 レインは、何も言わずにその場を逃げ出した。

 しかし、そのことを予測していたスイーティオに細い手首を強く掴まれて、逃げ出すことが出来なかった。

 

「そうやって、また俺から逃げ出すのか?そんな事俺が許すとでも思ったのか?今度は絶対に逃さない。たとえ君が嫌がっても、どんな手を使ってもだ。逃げられないように、閉じ込めたっていいんぞ」


 5年ぶりの再会に心臓を高鳴らせていたレインだったが、スイーティオの本気の声音に、無言で首を横に振った。

 

(無理だよ。だって、呪い……。前よりも酷くなっているのが分かるもん。こんな姿、ティオ様に見せることなんて出来ないよ。好きな人に、こんな醜い姿を晒すなんて出来ないよ!!どうして……、どうして私はこんな呪いに掛かってしまったの?魔力が人よりもあるから?そんなの、私のせいじゃない!!ティオ様は優しいから、こんな哀れな私を婚約者だって言ってくれる。でも、ティオ様に私は相応しくない。美しいティオ様の横に立てる訳ないよ!!)


 激しく首を振り続けるレインを見て、スイーティオは握っていた手に力が入ってしまった。

 また、自分を拒むのかと。しかし、あまりにも強く手首を掴まれたレインは思わず声を出してしまった。

 

「痛っ!」


 5年ぶりに聞いた愛しい人の声は、まるで鈴を転がしたような可憐な声だった。

 スイーティオはその愛らしい声に甘美な喜び感じた。

 それと同時に、大切なレインに痛い思いをさせてしまったことに慌てて、決して離すことはなかったが、掴む手の力を緩めた。

 

「すまん。お前が変わらないことが分かって、つい力が入った」


 そう言って、強く掴んだことで赤くなってしまった手首に優しく口付けた。


(君はやはり俺を拒むんだな……。優しく、大切にしたいのに……。ままならない)


 レインは自分の手首に口付けるスイーティオに驚きつつも、言われた言葉の意味にショックを受けて気持ちが沈んだ。

 

(いいえ、私は前とは違うよ。前よりも醜い姿になったことが……。この不快感だけで、鏡を見なくてもわかるもん)


 クラスメイト達は、レインが何故仮面を着けているのかわからなかったが、クラス、いや学校一の美少女と目の前のイケメンの謎のやり取りに困惑していた。それは、その場にいた役人も同じで自体が把握できずにひたすら困惑していた。

 

 スイーティオは、そんな周囲に気が付いていたが、レインに懸想する人間がいた場合を考えて牽制するように周囲に見せつけるように、更に口付けを深くして、自分がつけてしまった跡の残る細い手首を舐めたのだ。

 

 周囲は、それを見て黄色い悲鳴を上げた。

 

 しかし、舐められたレインは固まって動かなくなった。それに暗い喜びを感じたスイーティオは、レインの耳に唇寄せて、他には聞こえないような小さなしかし、色気のある艷やかな声で言った。

 

「レンは、俺の婚約者だ。すぐにでも結婚式を上げて、君を俺のものにしたい」


 そう言ってから、レインの小さな耳たぶを一瞬甘噛してから離れていった。

 

 仮面の下の顔は赤く染まり、口をパクパクとさせたレインはその場にへたり込んだ。

 スイーティオは、そんなレインを横抱き、つまりお姫様抱っこをしてこの場から連れ去ったのだった。

 

 スイーティオは、レインを自室の隣の部屋に案内した。

 レインを部屋に案内した後にスイーティオは、すぐに部屋を出ていってしまった。

 その部屋は、結婚した後にレインが住めるようにと、スイーティオが整えていたレインの部屋だった。

 そのことを知らないレインは、通された部屋が女性向けの内装だったため、スイーティオの今の婚約者のための部屋だと考えて落ち込んだ気分になった。

 通された部屋で、落ち着かず座ることも出来ずにいたレインはノックの音で扉の方を振り返った。

 

 そこには、出ていったばかりのスイーティオとレイスハイトの姿があった。

 レインは、慌てて家臣の礼をとった。

 それを見た、レイスハイトとスイーティオはお互いに顔を見合わせてから可笑しそうに笑った。

 

「レイン・イグニシスだな?久しぶりだな。元気にしていたか?まぁ、楽にしてくれ」


 そう言って、レイスハイトは部屋にある一人がけのソファー座ってから、レインにも向かいの二人がけのソファーに座るように促した。

 二人がけのソファーには、先にスイーティオが座っていたため、迷っていると引っ張られて、強引にスイーティオの横に座らされた。

 少しでも離れようと距離を空けようとするも、その分スイーティオが詰めてきてしまったため、ソファーの端にたどり着き、更にはピッタリと横に詰められたため逃げ場を失った。

 スイーティオの体の熱を感じつつ、固まっていると目の前に座っていたレイスハイトは笑い声を上げた。

 

「くっ、あははは!!こんな、スイーティオは久しぶりだ!!あー面白い。どうしてお前たちがそうなのか不思議でならない」


 突然笑われたレインは、仮面の下の瞳をパチクリとし、心当たりのあるスイーティオは機嫌が悪そうな表情になった。

 

 二人の反応を見て、更にレイスハイトは爆笑した。


(二人共、お互いに好きなのが周囲にバレバレなのになんで上手くいかないんだ?本当に、我が国の七不思議だな)


 別に、七不思議など存在しないがレイスハイトは、微笑ましい二人の様子をニヤニヤとした表情で眺めていた。

 

「レイン、親の私が言うのも何だが、スイーティオは執念深くて恐ろしいやつだ。観念して、息子の嫁になってくれると有り難いんだがな。どうだろうか?」


 レイスハイトの言葉に恐縮した様子でレインは小さな声で言った。

 

「それは無理です。陛下はご存知でしょう?私が、とても醜く、殿下の側に居るのは相応しくないことを」


「別に、古の魔女の呪いだからどうしようもないしなぁ……」


 頬を掻きながら、困ったように言ったレイスハイトの台詞に、レインは驚いて俯けていた顔を上げた。

 この呪いを知っているはずがないと。

 レインの考えていたことがわかったレイスハイトは、苦笑いの表情を半眼にし、レインを愛おし気に見つめるスイーティオに視線をやりつつ言った。

 

「あぁ、それは、そこにいる恐ろしい息子が調べた。レインがいなくなった後に、手がつけられないほど暴れてな。その時に、レインの行方を調べると言ってイグニシス公爵家に単身乗り込んでいったんだ。でだ、屋敷の中を隅から隅まで、それはもうくまなく探し回っていたよ。執念深い息子は、散々探し回った結果、偶然にもレインとグレイスの呪いについて知ったそうだ」


 その言葉を聞いた、レインは驚きに目を見開いた。

 屋敷には、魔女に関する資料は置いていなかったと記憶していたからだ。

 驚くレインに、更に驚くべきことをレイスハイトは告げた。

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