第二章 元いた世界に召喚されるなんて聞いてない 2

 次に目を開けると、そこは先程見た映像の広間だった。

 体育館にいた生徒と教師たちは呆然とした表情で、広間の中を見回した。

 呆然とする生徒たちに、映像に映っていた威厳のある男性が近づき声を掛けた。

 

「突然のことで皆、驚いているだろう。しかし、落ち着いて聞いてほしい。結論から言うと、ここは君たちがいた世界とは別の世界だ。私はこの、アメジシスト王国の国王。レイスハイト・エレメントゥム・アメジシストだ」


 そう言って、レイスハイトは、召喚された生徒たちを見回した。その場にいた生徒の殆どが自分を見たことを確信してから、話を続けた。

 

「我が国は、魔道具を作ることに長けた特徴を持った国だ。魔道具を使うには、少しの魔力で道具を起動することで簡単に使用することが出来る。しかし、魔道具にはある程度の魔力を蓄積しておく必要がある。このエネルギーには、魔物から取れる魔石を使用している。しかし、近年魔物の凶暴化が進み、魔石の収集が思わしくない。そこで、魔石に変わるエネルギーの開発に取り組むことになった。開発自体は順調に進んだ。しかし、開発に関わっていた魔法使いの一人が姿を消してしまったのだ。その魔法使いは、とても優秀で、新たなエネルギー開発は、その魔法使いの力が大きかった。我々は、その魔法使いを失ったことで、研究は進まなくなっていった。年々、魔石の量が少なくなってきて、我々は決断した。知恵を借りられるような人物を呼び寄せようとな。そこで、姿を消した魔法使いの屋敷から、痕跡を探し、やっと術式を形にすることに成功した。しかし、召喚は失敗が続いて、そろそろ別の方法を考えようと、これが最後と術を起動したところ、いつもとは違う反応を現してな。そして、君たちの召喚が成功したというわけだ。勝手な言い分なことは分かっているが、国民の生活を豊かにするために、どうか力を貸してくれ。この通りだ」


 そう言って、長い説明の後にレイスハイトは頭を深々と下げた。それに続くように、横にいた見目麗しい男性とローブ姿の者たちも深々と頭を下げたのだった。

 

 最初は信じられない説明に唖然としていた生徒たちだったが、説明されたことを理解するに従って、様々な反応を表した。

 

「おい、異世界?ふざけるな!!元の世界に今すぐ戻せ!!」


「ちょっと、私達これからどうなるの?家には帰れるの?」


「異世界!魔法!!すげー、まるで漫画みたいだ!!俺も、魔法とか使えるのか!!」


 騒ぎ出した生徒たちに落ち着くように言ったレイスハイトは、説明を続けた。

 

「これからのことが心配なのは分かる。これからの生活は、我々が全面的にサポートさせてもらう。君たちには、それぞれ、我が国の貴族家に食客として滞在してもらうことになる。そのため、君たちには我が国の戸籍に登録する必要がある。登録時に、君たちの能力、つまり我が国が抱えるエネルギー問題の解決の助けになる能力があるかを調べさせてもらう。能力があるものは、王城でエネルギー開発の研究員として力を貸してもらうことになる。それ以外のものは、好きに過ごしてもらって構わない」


 そこまで、レイスハイトが話したところで、一人の女子生徒が手を上げた。

 レイスハイトは、その女子生徒に発言することを許した。

 

「私は、片桐愛芽かたぎりあめといいます。陛下のお話を聞く限り、私達は元の世界には戻れないということでいいのでしょうか?」


 発言をしたのは、生徒会長の片桐愛芽だった。彼女は、艷やかな黒髪を肩で切りそろえて、少しきつめのつり上がった目をしていた。学校内では美人生徒会長として有名人だった。

 愛芽の発言を受けて、レイスハイトは申し訳なさそうにしながら言った。

 

「君の言う通り、呼び出すことには成功したが元の場所に戻すことは難しい」


「そうです、わかりました。陛下のお話の通りであれば、私達はこちらでの生活は保障されていると考えていいのですね?」


「そうだ」


「自由は保障されるのですか?」


「と、いうと?」


「調査の結果、陛下たちの望む能力を持っていたものは研究員となるということでしたが、自由を束縛して無理やり働かせるということは?」


「そのようなことは決してないと約束しよう。こちらは協力を仰ぐ身だ。協力者の自由と生活は保障する」


「わかりました。ですが、これだけの人数を本当に養っていただけるのですか?」


 召喚された人数は、ざっと数えて200人はいるだろう。その人数の生活をいつまで保障することが出来るのかと。

 レイスハイトは、各貴族家に数人ずつ受け入れを依頼し、そのものが望むなら生涯その家で過ごしても構わないと言った。さらに、希望するなら、資金を用意するので自分で商売をしたり、他国に旅に出ることも構わないと言った。

 それを聞いた生徒たちはの大半は、不安はあるが異世界という未知の世界に希望を見出したような顔をしていた。少数ではあるが、幾人かの生徒や教師たちは不安な表情をして話を聞いていた。

 

 こうして、召喚された生徒と教師たちはこのアメジシスト王国で暮らすことになった。

 

 生活するに当たり、戸籍の登録が必要だということで、一年生はクラスごとに。他は生徒会とオカン部と担当クラスを持っていない教師の6組に別れて戸籍の登録と能力の調査をすることとなった。

 

 レインは、元の世界に戻ったことで感じる不快感から、呪いの影響が出ていることを感じていた。しかも、5年前よりも強力になった不快感に冷汗が止まらなかった。

 もし今、誰かに顔を見られたらどうなるのか考えて体中が恐怖で動かなかった。今現在も、とっさに着けた仮面はしており、フードも目深に被ったままだった。

 クラスメイト達は、突然の異世界に戸惑いや好奇心で頭がいっぱいなようで、レインの状態には気が付いていなかった。

 レインは、7歳の時に周囲から受けた冷笑や嘲りといった負の記憶が頭の中を駆け巡っていた。

 もしまた、あのときのようなことが起こったらと考えると恐怖で心臓が痛くなるほどだった。

 あのときは、家族がいたが今はいない。そして、婚約者であの時唯一庇ってくれたあの人も……。

 そんなことを考えていると、通された部屋に役人と思われる人物と、映像に映っていた見目麗しい男性が入ってくるのが見えた。

 

 戸籍の登録をする時に、仮面を外すように言われることを考えて、どうにかしてこの場を逃げることを考える。

 意識を集中させると、久しぶりにマナの溢れる環境での魔術は力加減が難しそうだったが、落ち着いた状態であれは問題なく使えそうだということを確認したレインは、いざという時は、強行突破も辞さないと覚悟を決めた。

 とりあえず、仮面のままでも戸籍の登録ができるように交渉し、無理だということであれば魔術を使って逃げ出そうと腹をくくった。

 

 戸籍の登録は、名前と年齢の申告。血を一滴魔道具に垂らすことだけの簡単なものだった。 


 レインは、その様子を身を固くして見ていたが、魔道具について思い出したことがあった。

 昔、グレイスから戸籍の登録に使う魔道具について話を聞いたことを思い出したのだ。

 その時グレイスはこう言っていたのだ。

 

「昔の研究で分かったことなのだけどね。血にはその人の情報が沢山詰まっているそうよ。昔の魔道具技師は、それを利用して戸籍を管理することを考えたそうよ。だから、今は生まれたばかりの子供の血を魔道具に吸わせて、血の情報を整理してから管理用の魔道具に保管するのよ。だから、管理用の魔道具を使えば、今のアメジシスト王国の人口とかが簡単にわかるのよ。本当に、この国の魔道具は凄いわよね」


 つまり、レインの戸籍登録が抹消されていなければ、レインが、あのレインだと分かってしまうということに気が付いたのだ。

 その事に気がついたのは、自分の順番が回ってきたときだった。

 

 絶望に、仮面の下の顔を恐怖に歪めて、パニックになりかけている自分を落ち着けようと必死になる。魔術をパニック状態で使用すれば、術が失敗してしまう可能性がある。最悪、力が暴走し周りのクラスメイトを傷つけてしまう恐れもあった。

 しかし、焦れば焦るほど心は荒れていった。

 

 眼の前に、役人が来てパニック状態のレインに声を掛けた。

 

「それでは、戸籍の登録をします。君、名前は?あっ、それと魔道具に血を吸わせる時に顔を魔道具に向けて貰う必要があるから、顔を出してくださいね」


 役人の言葉に絶望していると、反応のないレインを心配した役人が心配そうに声を掛けた。

 

「君?大丈夫ですか?もし、具合がわるいのでしたら、戸籍の登録は後にしますか?」


 その言葉に、ホッとしたのもつかの間役人の横にいた見目麗しい男性がいきなり、レインのフードを剥ぎ取って仮面をじっと見つめた。そして、小さな、本当に小さな声で言った。

 

「見つけた……。今度は何があっても逃さない」


 男性は、直ぐにフードをもとに戻してからレインにだけ聞こえる声で言った。

 

「久しぶりだな。レン」

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