第二章 元いた世界に召喚されるなんて聞いてない 1
五年前のある夜、その一家はその街に越してきた。
その一家はイギリス系二世の旦那と妻の見目麗しい夫婦と、三人の子供たちの五人家族だった。
近所の者たちは、ある日突然、前日までははなかったはずの大きな家に驚くこともなく、もともとその家が建っていたかのように疑問にも思わなかった。
大きな庭のついた三階建ての広々とした立派な豪邸と言って差し支えないような家だった。
更に、その豪邸は一階が店舗になっていた。
周辺の住民たちは、その一家が引越しの挨拶に来た時に、見目麗しい夫婦から「一階が店舗になっていて、そこで雑貨屋を開くので、是非寄ってくださいね。サービスしますよ」と、店で扱う商品のサンプルだと言っていい匂いのするポプリを渡された時に、ぽーっとした表情で夫婦に見とれながらもれなく「是非、開店されたときはよさせてもらいます」と頬を染めて頷いたのだった。
その家に引っ越してきた家族は、
一家の大黒柱は、北乃アールスと言って、サラサラの金髪に神秘的な紫色の瞳の美青年で、三人の子供がいるようには見えない男だった。
その妻は、北乃グレイスと言って緩く波打った柔らかそうな髪はピンクブロンドをしていた。瞳は、深い森のような碧色の美女だった。
長男は、北乃セレンと言って、父親に似た美青年だったが、瞳の色は母親譲りの碧色をしていた。
長女は、北乃レイナと言って、母親に瓜二つの美女だった。知らない人間が見たら、少し年の離れた姉妹と見間違うほどだった。
次女は、北乃レインと言って、母親譲りのピンクブロンドの髪は、長くサラサラとしたストレートで、瞳は父親譲りの神秘的な紫色をしていた。身長は低めだが、その分の栄養が胸に行ったようで、身長の割に豊満な胸の美少女だった。ただし、着痩せするタイプのため家族以外にそのスタイルの良さを知るものはいなかった。
そんな、美男美女美少女揃いの北乃家がこの街に引っ越してきて5年がたった。
北乃家は、必ず全員揃って食事を取っていた。
その日の朝食の席で、長男のセレンは、隣に座るレインに蕩けるような笑顔を向けて、クロワッサンを頬張る姿を見つめていた。
レインを挟むようにして座っていた長女のレイナも、蕩けるような表情で小動物のようにせっせと小さな口でクロワッサンを食べる姿をうっとりと眺めていた。
それは、いつもの北乃家の風景だった。
父のアールスと母のグレイスは仲のいい子供たちの様子をニコニコと眺めていた。
レインが食後の紅茶を飲んでいる時に、レインが何時もよりもワクワクとしていることに気が付いたセレンは、愛する妹のサラサラする髪をツインテールに結いながら尋ねた。
「レンちゃん?今日は何かあるのかい?」
セレンに尋ねられたレインは、小首を傾げた後に今日学校である行事を思い浮かべて笑顔で答えた。
「セレン兄様、今日は楽しみにしている部活紹介があるんです。これが終わった後に、やっと部活に入ることが出来ます」
レインの言葉を聞いて、小学校に転入した当初や中学入学当時のことを思い出し、優しい表情になった。レインは、家族の中でも一番容姿が整っていて、まるで絵本の中から飛び出した妖精さながらの美少女だった。
その美しすぎる容姿のため初対面の人間には中々仲良くなるのを躊躇わせる雰囲気があったのだ。
なので、仲良くなる前にクラス内のグループが確立されて、友人を作ることが中々出来なかった。
しかし、小学校はクラブ活動、中学校は部活を通して部員たちと仲良くなっていくことで、次第にクラスにも馴染んでいった経緯があった。
それを思い出して、高校でも中々友達作りが上手くいっていないことを想像した。そして、優しく、レインの頭を撫でてから言った。
「そっか、部活に入って早く友だちができるといいな」
「うん!」
仲良くそんなやり取りをしていると、大学に行く準備を終えたレイナが間に割って入って、レインをギュッと抱きしめながらセレンを睨んでいった。
「もー、私がレンちゃんの髪の毛を結いたかったのに。セレンはまた、私の楽しみを奪って!!今日は私の番だったでしょう」
「レイナの支度が遅いからいけないんだよ。レイナの支度が整うのを待っていたら、可愛いレンちゃんが遅刻をしてしまうじゃないか」
「う~~。確かに、今日はちょっとお化粧ののりが悪くて時間がかかってしまったけれど……。明日は、私がレンちゃんの髪を結うからね!!」
「はいはい」
いつの間にか、セレンも抱きついてきてレインは二人の間であっぷあっぷしていた。それを、微笑まし気に見たアールスは、時計に視線を移しながら言った。
「仲がいいのは父さんはすごく嬉しいが、そろそろ出たほうがいいんじゃないかな?」
そう言われて三人は壁にある時計を見て、慌てて鞄を持って玄関に向かった。
「行ってくる!」
「行ってきます!」
「行ってきま~す」
三人が出かけるのを見送ってから、アールスとグレイスはリビングで紅茶を飲みながら微笑みあった。
「本当に、こっちに来てよかったよ。レインもあっちにいたときより生き生きとして、楽しそうだ」
「そうね。セレンとレイナには悪いことをしたとは思うけど……」
「いや、あの子達も私達と同じで、レインのことをとても大事に思っているから、そんな心配はしなくていいと思うぞ?」
「そうね。それに、レイナったらこっちに気になる人がいるようだし。あっちにいるよりも良かったかもね」
「なっ!!グレイス、それは本当なのか!!相手は?相手はどんな男なんだ!!」
「誰なんですかね~。ふふふ。もしかして、貴方も知っている人かもしれないわね?」
「私の?誰なんだ?まっ、まさか……。いや、しかし……」
「さぁさぁ、開店準備を始めましょうか」
「グレイス!!教えてくれ、誰なんだ!!」
「うふふ~」
夫婦のイチャイチャもいつもの北乃家の風景だった。
◆◇◆◇
レインは、入学したばかりの高校の体育館で部活紹介を楽しげに眺めていた。
セレンが想像した通り、この浮世離れした容姿のせいなのか、クラスの中で浮いた存在となっていたため、未だに友だちがいなかった。中学校の頃もなかなか友だちができなかったが、部活に入ることでだんだんと周囲に馴染んで友達が出来たことから、高校でも焦らずに友達を作ろうと考えて、先ずは部活だ!と意気込んでいたのだ。
現在体育館には、一年生とその担任。他に部活紹介をしている生徒と、次の紹介のため舞台の袖に待機している生徒と、ステージ上で進行している生徒会の生徒、その他にも数人の教師たちがいた。
ステージでは、現在【オカルト科学軽音部】通称オカン部が部活紹介をしていた。
なんでも、それぞれの部員が二名ずつになり廃部になりそうなところを統合することで部として存続が許されたと、部員が説明をしていた。
そして、分かりやすい活動として元軽音部が主導で作ったというオリジナル曲を披露し始めた。
その曲は、不思議と馴染みやすい旋律の曲だった。乗ってきた部員が、一年生にも一緒に歌おうと、サビを繰り返して演奏し、一年生たちにマイクを向けてパフォーマンスをしていた。
一年生たちは、最初は戸惑いながらも、その馴染みやすいメロディーと単純な歌詞を直ぐに口ずさみ始めた。
「おまえらー!!いい感じだ!!乗っていこう!!」
そう言って、体育館にいる生徒が一体となった感覚となった時に事件は起こった。
最初は、そういう演出なのかとだれも気に留めなかった。
しかし、ステージ上にいるオカン部の部員たちがざわめき出したことで、これは演出ではないと気が付いたのだ。
体育館に謎の光が満ちていたのだ、そしてその光はなにかの模様をしていると気が付いた時にステージにいた部員が叫んだのだ。
「間違いない。異世界と繋がったんだ!!実験は成功したんだ!!」
部員の一人がそう言った後に、体育館にある映像が浮かんだ。
それは、西洋のお城の広間のように見えた。そして、その広間には、黒いローブを着た数人の人物と、それを見つめる見目麗しい男性と威厳のある男性が映し出されていた。
生徒たちは、その現実離れした映像に騒ぎ出した。
「すげー、映画か何かか?」
「オカン部すげー!!これ、どうなってんだ?」
「きゃー、あの人すごいイケメン!!見たことない俳優だけど、ファンになっちゃう!!」
「格好良い!!王子様って感じね!!」
体育館中は、謎の映像に盛り上がっていた。しかし、一人の生徒が興味本位でその映像がどうなっているのかと、手を伸ばした時にその生徒が忽然と消えたのだ。
それを見た生徒たちは、面白がって我も我もと次々とその映像に触れていった。
数人の一年生が消えたところで、それを見ていた生徒たちは、仕掛け人だと思っていたオカン部の部員たちの様子が可怪しいことに気が付いたのだ。
ステージにいた生徒会の生徒が、オカン部の部員の一人に詰め寄った。
「おい、どうなってるんだ!!」
「ちっ、違う。こんなはずじゃ……」
そう言って、オカン部の部員たちは一斉に体育館の外に繋がる扉に駆け出した。
それを見て、この現象はなにかの仕掛けではないと気が付いた生徒たちは騒ぎ出した。
しかし、扉にたどり着いたオカン部の部員たちは、扉が開かないと叫びだした。
「どうなっているんだ!!開かない!!誰か!!ここを開けろ!!」
そう言って、必死に扉を叩き始めた。
それを見た、体育館にいた他の生徒たちは表情を変えて騒ぎ出した。体育館中はパニックとなっていた。
「誰か!!開けて!!」
「助けて!!このままじゃ私も消えちゃう!!」
「死にたくない!!誰か、誰でもいいから助けて!!」
そんなハニック状態の中、映し出された映像の中に見覚えのあるものがあったレインは、映し出されていた威厳のある男性をじっと見つめた。
そして、その人物が5年前に自分たち一家が捨てたはずの世界の国王だと気が付いたのだ。
(陛下……。そんな、だって、そんなのありえない。世界を渡る魔術は、お母様と私の魔力でもギリギリだった。それに、あの難しい術式をお母様以外が考えられるとは思えない……。どうして……)
そんなことを考えていたレインは、ふと違和感を覚えた。いや、懐かしい感覚を思い出したと言ったほうが正しい。
体中を這い回るような悍ましい感覚を。
そう、これは【魔女の嫉妬】の呪いにかかっていた時にいつも感じていた不快感だった。
そこで、世界はもう繋がってしまっていることに気が付いたのだ。
とっさに、不味いと考えたレインは捨てることも出来ずに持ち続けていた、仮面を着けた。
この仮面は、世界を渡る前にとても大切だと思っていた人から贈られた物だった。世界を捨てる時に、この仮面も捨てるつもりだった。
でも、レインは捨てることが出来ずこちらの世界に持ってきてしまったのだ。
レインは、とっさに仮面を着けてブレザーの下に来ていたシャツのフードを目深に被って、これから起こることを想像して身を震わせたのだった。
そして、体育館の中は目も開けられないような強い光に包まれた。
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