第10話  悪い夢と良き親友

『もっと速く走れよ! さっきのパスに追いつけたはずだろ!』

『パスを受け取ったらすぐにシュートを打ってくださいよ、先輩!』

『格下だからとか、敵わないからとか知るか! 本気出せよ。勝ちに貪欲になれよ!!』


『勝ちたいなら、俺の指示に従ってください!!』


 ………………………………

 …………………………

 ……………………


「はっ!!」


 デート当日の朝4時。最悪な目覚めだ。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸は荒く、背中は汗で濡れて少し冷たい気がした。おまけに頭も痛い。


「……夢か」


 荒れた呼吸が整うと、俺は冷静さを取り戻した。血の気が引くほど恐ろしい過去。それをデート前に夢見るなんて、つくづくついてないんだな。


「寝るか」


 気持ちが落ち着くと、また眠気が戻ってきた。

 俺は目覚まし時計がセットされているのを確認して、また深い眠りについた。



 〇



 朝8時。目覚まし時計の大きな音で俺は目覚めた。

 二度寝だからだろうか、どうも身体が重い。


「ん? LINE?」


 目覚まし時計の近くに置いてある携帯電話の画面が光っているのが見えた。

 LINEの相手は、ヒロだ。


『いよいよ今日だな、志勢』

『あぁ、そうだな』

『緊張してるか?』

『そりゃな。でも、かなり楽しみ』

『だよな‪(笑)』


 と、まぁそこまで重要性のない会話をしていると、ヒロが『そういえば』と言って、俺に大事なことを聞いてきた。


『俺が教えた「デートの極意」。ちゃんと頭に入ってるよな?』


 正しくは、杉原先輩が教えてくれた「デートの極意」なんだけどな──心の中でそうツッコミながら、『大丈夫』と送信した。


『なら、大丈夫だ。頑張れよ』


 初めてのデートに向かう俺に背中を押してくれたヒロ。俺は『ウサジロー』が親指を立てたスタンプを送信した。

 ちなみにウサジローとは、姫坂先輩が好きなキャラで……俺もつい、そのキャラが気に入ってしまったのだ。


『あっ、最後に一つ!』


 LINEを閉じるとすぐ、そんなメッセージが送られてきたので、俺はまたLINEを開く。


『お前、もっと自信持ちなよ?』

『は? なんで?』

『だって、前から憎くて言えなかったんだけどさ』

『「憎くて」って、なんだよ(笑)』


『お前、結構かっこいいからな』


 ヒロはこれでもか、と言うほど俺の背中を押してくれた。

 そうか、俺ってそんなに???

 その気持ちで鏡を見てみると、自然と自信がついてきた。

 俺はそのまま鏡の前で服を着替え、髪を整える。ついでに姉貴から貰ったワックスをつけてみようかな……、と思ったが、失敗したら大変なことになりそうだな。ということで、ワックスはつけず、いつも通り飾り気のない髪型にセットした。


「行ってきます」


 俺は誰もいない家にそう言い残して、待ち合わせ場所の駅まで向かった。

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