第5話   付き合ってからブルー?

「おっす、ヒロ」

「おっす、志勢ゆきなり


 勇気の告白を行った翌日、俺は放課後にいつも通りの教室でヒロと顔を合わせた。


「あのさ、ヒロ」

「ん? どした??」


 俺は躊躇いを一つも見せずに、こう続けた。


「……俺、先輩に告った」


「…………えっ!?」


 俺の言葉に、ヒロは椅子をガタン!と言わせて驚いてくれた。


「で!? 結果は!?」


 そして椅子から立ち上がって、俺に言い寄ってきた。もう興味津々と言わんばかりに。

 だから俺は恥ずかしくなりながら、ボソッと「オッケー、だった」と答えた。


「ま、マジか……」


 ヒロは大変ショックを受けた表情を見せる。もしかして、フラれることを期待されてたのか?俺は。


「マジか。マジかぁ……。いいなぁ、お前が彼女持ちかぁ、いいなぁぁぁ……」


 そしてヒロは頭を抱えた。そんなヒロが敗北感を味わっているように見えるのは気のせいだろうか。


「とりあえずおめでとう、志勢」


 頭を上げて、ヒロは俺の肩に手を置いて言った。

 確かに祝われるほど喜ばしいことなんだろうな。ヒロの姿を見て、改めて思う。


「でもさ……」


 俺の口から弱々しい声が漏れた。


「なんだよ? 早速、不満でもあるのか?」

「いや、そうじゃなくて……」


 昨日から俺は、ひどく悩んでいた。


「付き合うことになったけど、どうすればいいのかな……って」


 付き合うことになったとはいえ、実感が湧かないのだ。

 ただ勢いで告って、オッケーをもらった。ただその事実だけが存在していて、そこから「付き合っている」という形が生成されていない感じだ。

 それに……


「ヒロ、どうしよう……」

「どうしようって聞かれても……」

「だって俺、さっき先輩と目が合ったとき、逃げられたもん」

「あぁ、そりゃ大変だな……」

「なぁヒロ、これって何? 『付き合ってからブルー』?」

「マタニティーブルーみたいに言うなよ」

「だってよぉ……」


 付き合うことになったのに、先輩に嫌われたように感じていた俺は憂鬱を抱き、どうすればいいか分からず嘆いてばかり。


 それでヒロに相談するため、先輩に会ってすぐにここに駆けつけたのに……


「そう言われても、俺にはわからねぇよ」


 と言われる始末だ。

 マジで、どうしたらいいんだろう……。


「けど……、もしかしたらさ……」


 そう思っていると、ヒロは俺にこんなことを言った。


「先輩もどうすればいいか分からないんじゃないのか?」

「えっ?」

「いつも通り接するのは違うかなーって考えたり、かと言っていつもと違う接し方をするのは恥ずかしいと思ったりして、咄嗟に逃げちゃったんじゃないのか?」

「なるほど……。てか、やけに詳しげな回答だな」


 そう聞くと、ヒロは目を他所に向けながら──。


「い、いや、俺の幼馴染もそんな感じだったから、もしかしてー、と思って」


 目線は右斜め上に向いていない。おそらく嘘ではないらしい。

 そんなとき、ガラリと教室の扉が開いた。


「『俺の幼馴染』って、誰のことかなぁ??」

「うわっ、出た!」


 俺たちの部屋に、杉原先輩が入ってきたのだ。

 ヒロと杉原先輩、幼馴染だったのか。てことはヒロの話したことって、あっ……なるほど。


「私がいないと思って、よくも私の黒歴史を……」

「ごめん、ごめん!!」


 顔を真っ赤にしながら、先輩は腕を巻き付けてヒロの首を締め付ける。

 ヒロは先輩の腕をぺしぺし叩くが、それでも先輩は容赦しない。


「はぁ……はぁ……、鬼だ……」

「それで? ユキナリくん、桃子と何かあったの?」

「えっ、どうしてそれを?」

「いいから、答えて。何かあったんでしょ?」

「えーっと……、告りました。先輩に」

「ふーん」


 先輩はやけに驚きもショックも見せず、あっさりとしていた。


「なるほど。道理であの子の様子がおかしかったわけか」

「と、言いますと?」

「なんか、ずーっと考え事しててね。『悪いことしちゃったかなぁ』って、ボソボソ言ってる」

「あー、それでか」

「はぁ……、桃子に告っちゃったんだね。わかるよ。あの子可愛いし、あんなのと二人きりで帰ってたら、そりゃ好きになるのも無理ないね」

「まぁ、先輩と一緒に帰る前から好きでしたけど」

「そうかそうか。でもさぁ、桃子って異性と接するのに不慣れだし、たとえいつも一緒に帰ってるユキナリくんが相手でもねぇ……」


 あれ?なんか、フラれたと思われてる?

 それを確かめるために俺は言った。


「あの、俺……オッケーもらえたんですが」

「……えっ?」

「だから、その……俺、姫坂先輩と付き合うことになりました」

「……………………うそ」


 告白に上手くいったことを伝えた途端、杉原先輩は勢いよく腰を落とした。


「あの桃子が……」

「先輩?」

「そうかそうか、ついに桃子も……うぅっ……」

「先輩!?」


 杉原先輩の目から涙が零れた。

 見ると、まるで娘の結婚式前夜のお父さんのような顔つきだ。相当な愛を注いだんだな、この人。


「ちょっ、何やってるんですか!? 先輩!!」

「ウチの桃子をよろしくお願いします」

「いや、何を土下座までしなくても……」


 てか、なにこれ?

 俺は一体、何を見せられてるんだ……。


「…………」


 とりあえず話が進まないみたいなので、俺も膝を折って、両手を床につき──


「も、桃子さんを……幸せにします」


 と、頭を下げてみた。なにこれ?


「何を見せられてるんだ、俺は……」


 ヒロから呆れた様子の声が聞こえた。

 ホント、間違いないよ。


「それで、先輩。俺はどうしたらいいんでしょう?」


 頭を上げて、俺が先輩に聞くと、先輩も頭を上げて俺の問いに答えた。


「そりゃもちろん、二人で直接話し合うことだね」

「でも、何を話せば……」

「『これからどうする?』とか、『デートでも行かない?』とか……いろいろあるでしょ」


 その『いろいろ』が出るあたり、俺と杉原先輩の経験値に差があると実感できる。

 さすがっす。これからどんどん頼りにしていこう。


「とにかく今日は二人で帰ったら?」

「いや、それは悪いですよ」

「いいのいいの。その代わり、は後ろから見守ってあげるから」

「えっ、俺も??」

「そりゃね。桃子にバレるようなマネしたら、どつき回すから」

「なんだよ、それ……」


 ヒロと杉原先輩の、幼馴染特有(?)の仲良さげな会話を見て、俺は真顔で見つめていた。

 それに気づいた先輩は、一つ咳払いをして話を戻した。


「そういうことだから、頑張ってね? ユキナリくん」

「はっ、はい」

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