第3話 癒やしの帰り道


「いやぁ~、今日も疲れた~」

「ホントだねぇ」


 練習が終わり、俺は下駄箱から靴を取り出す。

 今から俺は寄り道することなく帰路を歩くのだが──


「志勢(ゆきなり)くん、帰ろ?」


 そこではなんと、姫坂先輩も一緒にいるのだ。


「ユキナリくん、まだぁ~?」

「あっ、はい。ただいま向かいます!」


 一応、途中までは杉原先輩も一緒だが、杉原先輩はおしゃべりな人だから、姫坂先輩と二人きりになるよりは会話がスムーズになって心地良い。


「でさ~、昨日ねぇ~」


 でもたまに、二人の内輪ネタについてこれなくて孤立することはあるが、そのあたりは姫坂先輩が俺の様子をうかがって、俺でも参加できる話題にシフトしてくれる。まぁ基本は練習のことばかりだけど、そういう気配りをしてくれる優しさがあるから、どんどん好きの気持ちが溢れてくるのだ。


「いやぁ、ユキナリくんがいてくれてホント助かるよ~」


 杉原先輩との別れ際、彼女は立ち止まって俺に言った。


「なんでですか?」

「だってさぁ、桃子が帰り道で一人になるとさ……知らないおじさんに声かけられてホイホイついていかないか心配で心配で……」

「もう! 子供扱いしないでよ!!」

「はははっ、ごめんごめん。ついからかいたくなっちゃった~」


 幼げな見た目で「子供扱いしないで」と、頬を真っ赤にして言い返す姫坂先輩。もう、可愛すぎて悶えそうだ。


「それじゃあ、可愛いけど頼りない先輩ですが、よろしくお願いします」

「もう、またそういうこと言う~」

「こちらこそ、責任を持って先輩をお家に帰します」

「志勢くんまで!!」


 姫坂先輩があまりにも可愛いものだから、ついつい杉原先輩の悪ノリに乗っかってしまった。


「それじゃ、また明日ね〜」


 杉原先輩が交差点を真っ直ぐ歩いて駅へ向かうと、俺たち二人は交差点を左に進んだ。


 入部してすぐわかったことだが、俺と姫坂先輩は同じマンションに住んでいて、もちろん帰り道も同じ。

 だからこうやって二人きりになれるときが、俺が姫坂先輩とじっくり関わることのできる大事な時間なのだ。


 それはいいのだが──。


(やばいやばいやばい……何を話そう……)


 元々、誰かと話す機会の少ない俺だから話題なんて全く無いけれど、それなりに話題を探してみるが見つからない。

 今日の部活のことは、杉原先輩と三人で帰ってるときに全部話してしまったから、ストックはゼロ。これは完全にミスった!


 もうこれは、先輩に委ねるしかない。

 先輩、どうか後輩の俺に話題を与えて導いてください。


「……………………」

「……………………」


 ダメだぁ。わかってたけど、ダメだったかぁ。

 姫坂先輩は恋愛はおろか、異性との関わりがかなり不慣れで、同じパートの後輩の俺が相手でも、二人きりになると口を開かないどころか、目すら合わせないとのこと。

 ちなみにこれは杉原先輩からいただいた情報であり、今、情報通りのことが現在進行形で起こっている。


(くそぉ……、こんなんで何が『姫坂先輩と付き合いたい!』だよ……)


 悔しい。自分のコミュ力の無さが情けない。

 この調子じゃ、付き合っても長続きしないじゃないか……。

 そう思い、行動を起こさねばと焦りを感じた俺は何も考えずに声を出す。


「あっ、あの!」


 すると、先輩はゆっくり振り向いて「なに?」と聞いてきた。

 さて、この後はどうしようか。


 ………………そうだ。


「そ、そろそろ夏休みですね!」

「そ、そうだね」

「先輩は夏休み、何するんですか?」


 よし、ぎこちないけれど会話が続けられそうだ。


「夏休みは……ここの商店街主催の花火大会に行くかな」

「……杉原先輩とですか?」

「う、うん。志勢くんは?」

「お、俺は……暇ですね。はい」


 よしよし。あとは「志勢くんも一緒に行く?」って誘ってくれたら……って、何を都合のいいことを考えてるんだ、俺は。


「じゃあ、志勢くんも一緒に行く?」

「ほぇ!?」


 まさか本当に聞いてくるとは……。

 驚きのあまり、変な声出ちゃったよ。


「じゃ、じゃあ……」


 いや、待て。ここで誘いに乗ってしまっていいのか?

 俺は決意した。夏休みに入る前に先輩に告白する、と。

 もし告白に成功したら、杉原先輩には悪いがそこは二人きりで行くべきだと思うし、もし失敗したら気まずくなって──いや、フラれたらこうやって二人きりで帰るのも気まずくなってしまうじゃないか!!


 そう思うと、先輩に告白するのが怖くなってきた。

 けれど──。


(いや、このパターンもありなのでは?)


 パニックになりながらも頭を回転させた俺は、我ながら最良の策を思いついた。


「あの、先輩……」

「ん?」


 そして俺は戸惑うことなく、その策の実行に移った。


「先輩と、二人で行きたい……って言ったら、どうしますか?」

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