殺伐感情戦線集

シガ

 砂、砂、砂、砂。

 草木生い茂るこの場所には似つかわしくない物が小さな山を四つ作っている。

 さっきまで友が、姉が、妹が、そして恋人が立っていた場所で。

 

「久しぶりだねスーちゃん」

「死んでくれ」

 

 四発、殺意と悲哀を込めた弾丸はいとも容易く相手の体を貫通する。だが、たいして意味はないだろう、魔法改造の手術を受けた者に通常の銃火器は通用しない。ダメージを与えるには同じ魔法攻撃を使用するしかないのだが、残念ながら私には改造手術を受けられる適性がなかった。

 

「いきなり撃つなんて酷いなぁ、昔みたく仲良くしようよ」

「断る」


 どうする、残りの弾丸はそれなりにあるが、こんな物じゃたいして効果がないのはたった今目にしたところだ。

 他の武器と言えば頼りないナイフ一本と少しは効果が期待できそうなグレネードが一つ。戦車の大砲を食らっても無傷でだったと噂を聞いたが、それは万全の状態で防がれたからだろう。もしかすれば核に直接ぶち込めば殺せるかもしれない。

 いや、最悪殺せなくてもいい、皆がいない世界なんて寂しくて悲しいだけだから。言わば、この無謀な戦いは一種の自殺だ。無抵抗で殺されるのは格好悪い、けれど自分で死ぬのはとても怖い。だから殺してもらう。一緒に笑って、競って、泣いた大好きな親友に。


「そんなの撃っても私は死なないよ」 

「だとしてもだ」

「そっか」

 

 ああ、そんな顔はしないでくれ。お前は笑顔を浮かべているのが一番似合っているんだ。きっとあの時違う道を選んでいたらこうはならなかったんだろう。例え違う道を選んでいたとしても別の苦しみが砂漠のように無限に広がっているだけで然程変わらないだろうが。

 どう転がっても行き着く先は全部同じだ、それならせめて皆一緒に終わりたかったな。 


「私の核に直接攻撃すれば何とかなるって考えてるだろうけど、それも意味ないよ」

「やってみなければ分からないだろう?」

「ううん、分かるよ。もうやられたから」

「……そうか」


 私程度が思いつくんだ、他の人間が既に実行していたのは至極当然で。私なんかが思いもしない方法でこの子を殺そうとする人間がたくさんいたんだろう。きっと色んな人間が殺そうと躍起になったに違いない。


「スーちゃん。私ね、あとちょっとで死んじゃうんだ」

「何の冗談だ?」

「冗談なんかじゃない、魔法を酷使しすぎると死ぬの」


 シゼルが死ぬ、私のせいで。

 手術を受ければ軍に優遇され、不自由なく生きていけると思っていたのは間違いだったのか。軍にとって貴重な戦力だから大事にされると思っていたのに。

 奴等は最初から使い潰す気でいたんだ。


「私を恨んでいないのか?私のせいで死ぬ羽目になっているんだぞ。嫌なことだってさせられたんだろ?」

「正直、最初は何で私を置いてったんだーって思った。でもスーちゃんは友達に酷いことする人じゃないから、これはスーちゃんなりの優しさなのかなって」

「だが、私はシゼルを傷つけた」

「うん、私はたくさん傷ついた。人殺しなんてしたくなかったし、銃で撃たれるの想像以上に痛くて、皆が私のことを殺そうとして襲ってくるのが怖かった。けどスーちゃんのことは恨んだりしないよ、悪いのはいつも大人達。この無意味な戦争だってあいつらのせいで起きたんだから」


 砂色に変色した髪を風に靡かせながら、私が知らない表情でそう言い放った。

 優しげにタレ下がっていた瞳は恐ろしげな輝きを放ち、柔和な笑みを浮かべていた唇は狂気的なのにどこか惹き付けられてしまう形をしている。

 人間とは環境次第でこうも変わってしまうのか。

 それとも変わらなければならない環境だったのか。

 私が苦しい思いをした時、シゼルはその十倍苦しい思いをしてきたのかもしれない。私達が身を寄せ合って暖をとっていた時、シゼルは一人で寂しく寒い夜を過ごしていたのかもしれない。


「一つだけ聞かせて」

「なんだ?」

「どうして私を撃ったの?他の人を殺したから?」

「いいや。さっきも言った通り、私はシゼルに恨まれていると思っていた。だから中途半端な情なんて見せずに真っ向から殺されるべきだと考えていたんだ」

「だから撃ったの?私に殺されるために?」

「ああ、まあそれも……?」


 まあそれもシゼルが優しいお陰でいらぬ心配になったがなと、口にしようとしたのに言葉が出なかった。

 やけに視線が低いな、膝を曲げたつもりはないのだが。……なんだ、そういうことか。曲げる曲げないの以前に首から下が砂になってるじゃないか。意外と痛くない、それどころか甘くてドロドロとした心地よい感覚が体全体をゆるく這い回っている。

 これがシゼルを置いていった罰なんだろう。

 皆が砂になってしまった時はとてつもなく悲しかった、けれど同時に安堵もした。殺されるのならシゼルにしようと、あの子には私達を処罰する権利があると話し合っていたから。


「なんで、どうして、どうして。皆、みんなみんなみんな、私を否定して攻撃する。お母さんも、守ってあげた人達も、味方な筈の軍人さんも、あの四人だって私の悪口ばかり言ってきた。スーちゃんだけは私を否定せず、優しくしてくれたのに。さっきだって、間違えたって言って欲しかった。それならしょうがないって思えたのに」


 シゼル?また泣いているのか?誰よりも強くなれたのに泣き虫は治っていないんだな。

 仕方がない、昔みたいに頭を撫でてやらないと。ああ、手足が砂になったからできないじゃないか。残念だ。

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