第3話 黄金のミルクをもとめて

 きのう、プーカとうのよき隣人りんじんたちをさわがせたニュースについて、あなたにも話しておくことにしましょう。

「しっ! しずかに聞いとくれ。あしたの朝はやく、子牛がうまれるよ」

 ひなぎく牧場ぼくじょうのばあさんは朝ごはんのせきでじいさんにそう言ってから、まどべにスズメがいることに気づいたそうです。

「おしゃべりスズメ! やつらに話したらただじゃおかないよ!」

 ええ、もちろんスズメは話しました。そもそもスパイだったのですから。


 の森にせっした「ひなぎく牧場」には23頭の牛がいて、そのうちの1頭に子が生まれるのです。ひなぎくばあさんは、人や牛のおさんをピタリとてる才能さいのうぬしでした。


 さて、こんなことがニュース? とお思いでしょう。牛のお産は年中ねんじゅうあるものです。けれど、そのたびに「やつら」とひなぎくばあさんたちとのあいだにこるあらそいは、人間にんげんたちにあまりられていません。

 やつらがなんなのかですって? 『ミルクのみ』ですよ。



***



「わしらのからだをつくるミルク!

 わしらのかわきをいやすミルク!

 なかでも一等いっとうすんばらしい、ミルクの中のミルク!

 黄金おうごんのミルクをもとめて!」


「黄金のミルクをもとめて!」


 ブナのおおきなうろの中、スズメのしらせを聞いたミルクのみの緊急集会きんきゅうしゅうかいがひらかれています。かれらは人間の手のおやゆびほどのおおきさで、かわいたバターまめのような見た目です。足は6本で、いちばんうしろの足ががっており、それをバネのようにしてぴょんぴょんと、じぶんのからだの20ばいび上がります。

 ふだん森の木のうろにくらして、どうぶつたちの母親にこっそりりつき、その子どもたちがむべきミルクをちょっとぬすんではらをみたすのです。


 目はまんまるく顔から飛び出し、ストローのような口もき出ています。かれらはそのほそい口でふえくように話すのでした。

 いまも、イチイの赤いでつくったぼうしを頭にのせ、ひなぎくばあさんをいかに出しぬくかの算段さんだんをしています。


 かれらがもとめる「黄金のミルク」とは、母牛ははうしがわが子にはじめてあたえるおちちのことです。ふつうのミルクよりすこし黄みがかって、とろみがあります。あじではふつうのミルクがまさる、とミルクのみたちは言いますが、それでも黄金のミルクをもとめるのは、たっぷりとふくまれる栄養えいようがミルクのみのからだにすばらしい成長せいちょうをもたらすからです。まさに、かれらのからだをつくるミルク!


「さあ、夜のうちにしのびこむとしよう!」

 ミルクのみたちはぴょんぴょんとうろから飛び出し、ひなぎく牧場をめざします。



***



 夜ふけ、ひなぎくばあさんは牛舎ぎゅうしゃのまえにソファをき、ばっちりにらみをきかせていました。くびから手鏡てかがみをぶらさげ、月のひかりをキラキラあたりにふりまいています。

 母牛は落ちつかないようすですが、まだ時がかかりそうです。


 ひなぎくばあさんは、プーカ島のことばで「鼻がいい」人、つまり人間ではないものたちをよくかんじることができる人で、おさないころからミルクのみたちに気づいていました。かれらがきらうものもよく知っています。


 まずひとつはおのにおい。それから金属きんぞくやガラスなど、キラキラとひかるもの。けれどこれらは牛をいらだたせることもあるので、気をつけなくてはなりません。

 さらに、ひなぎくばあさんの左右には犬とおんどりがひかえています。犬の名はローキ、おんどりはチャボ。かれらもミルクのみがきらうものたちです。


 そしてじつは、チャボのそばにはその子どもである「赤いの子」もすわっているのでした。おんどりと、おすひきがえるの子どもであるりゅうの子は、プーカ島のまもがみと言われていますが、いまこのときもミルクをめぐるたたかいのことはよくわかっておりません。ただ、ひなぎくばあさんの手鏡がつくるひかりを目でいかけて、キャッキャと楽しそうにしています。


 さあ、そこに森からミルクのみの一団いちだんがぴょんぴょんとやってまいりました。ぎゅっとまとまってひとつのゴムまりのようになっていた群れが、ひなぎくばあさんを前にして、パッと散開さんかいします。


「ローキ! チャボ!」

 犬のローキは左へ、チャボは右、まんなかでばあさんがむかえうちます。


 ばれなかったりゅうの子は、ぱたぱた飛び上がると、森じゅうにひびく高い声でぴいいいと鳴きました。それを合図あいず観戦者かんせんしゃたちが森からエールをおくります。


 チャボはつばさをひろげ、ミルクのみたちをとおせんぼすると、まずは得意とくいりをはなちました。

 おどろいて止まったミルクのみに、うしろから来たやつらがぶつかってポップコーンのようにねます。

 チャボはすかさずくちばしでつつき、首をそらしてぱくぱくっと食べてしまいました。にわとりにとってはよく跳ねる豆に見えています。


 ばあさんはというと、エプロンのポケットからお酢のビンを出し、むかってくるミルクのみたちにびしゃっとあびせかけます。もろにかぶってしまったミルクのみは、ほそながい口からぴろろろろと声を上げて森へと敗走はいそうしていきます。うまくよけたやつらも、お酢のにおいで気もちがわるくなったようで牛舎の入り口でぱたぱたとたおれました。


 はやくもたたかいはばあさんの勝利しょうりにかたむいたかと思われました。けれど、そうかんたんにはまいりません。

 ミルクのみの第二陣だいにじんが、草でんだボールをかついで、犬のローキへつっこんでいくではありませんか。


「ボールで気をそらそうってのかい。むだだね!」


 ばあさんの言うように、ローキはおちつきはらってボールをふみつぶし、ミルクのみたちはちりぢりになりました。ローキは得意げに前足をなめ、それからつぶれたボールのにおいをかぎ、おや、だんだんしっぽを左右に振りだします。

 そこをミルクのみの第三部隊だいさんぶたいがぴょんぴょんとぬけていってしまいました。なんとローキはすっかりボールに夢中むちゅうです。


 このボールの中には、ミルクのみたちがつくったバターがたっぷり入っていました。ローキにけつづけてきたミルクのみたちが、く泣く貴重きちょうなミルクを使つかってしこんだのです。

 ローキが毎朝夕まいあさゆう、牧場の見回みまわりをすることを知っていたミルクのみは、ときどきこのバター入りボールをころがしてあたえ、すっかり大好物だいこうぶつにさせてしまったというわけでした。


 ひなぎくばあさんはあわてて入り口に立ちふさがりました。中のようすをうかがうと、いよいよ母牛が産気さんけづいたようです。

 ばあさんのすきをついて、ミルクのみがきわらのなかへもぐりこみます。このうち何びきかは、気のたった牛にぺしゃんこにされてしまうでしょう。のこったものたちはお産がおわるのをじっとつのです。


 ひなぎくばあさんは牛舎へ入り、ミルクのみの気配けはいをさぐりました。数ひきですんだようで、ほっといきをつきます。

 よほどの難産なんざんでないかぎり、ばあさんは母牛にほとんど手をしません。


 ローキとチャボと、ちょっとねむたそうなりゅうの子は、無人むじんになったソファにすわっています。いつのまにかそこに、じいさんもやってきてこしかけました。りゅうの子はしっぽをつぶされて、ねぼけながらちいさく歯ぎしりをします。


 しずかに時がすぎ、しらじらと空も明るんできたころ。

 おんどりのチャボがいきなり立ち上がって、大声で朝をげました。

 ねむりかけていたみんながびっくり飛び起きます。ニワトリの声が苦手にがてなものたちは、さっさとねぐらへげていきました。


 そして牛舎の中では、きゅうくつに体を折りたたみ、ぺろりとベロを出した生まれたての子牛のからだを、母牛がていねいになめてやっていたのでした。

 あらゆる生きものに子どもが生まれたとき、子の最初さいしょ鼻息はないきからはたいてい半透明はんとうめいの花びら虫が生じます。

 おおくの人間には何も感じられないでしょうが、ばあさんの鼻にはこの虫が放つほのかなかおりがとどいているのです。ばあさんはこのにおいのことを「おめでとうのにおい」と言っていました。


 親子おやこの時間をしばらく見守ってから、ばあさんは子牛をべつの場所ばしょにうつし、母牛のバケツにはスープをいっぱいそそいでねぎらいました。

 そしていよいよ黄金のミルクをしぼり、ピカピカのバケツに入れて子牛のもとへはこびます。


 がまんしきれなくなったミルクのみがバケツに飛びこんでくるのを、ばあさんは冷静れいせいにつまんではほうりなげました。

 さいごにのこった1ぴきは、すんでのところでばあさんのエプロンのポケットにすべりこんでかくれます。


 生まれてから2時間ほどがち、立ち上がれるようになった子牛はバケツに顔を突っこむようにして、黄金のミルクを飲みはじめました。

 ミルクのみはポケットの中でもがき、えいやっと力をためると今度こそうまく飛んでバケツの中へっこちました。

 子牛に飲みこまれてしまわないように気をつけながら、ゆめにまで見た黄金のミルクにそのをひたし、ちゅうちゅうといます。


 一等すんばらしい、ミルクの中のミルク!


 するとミルクのみの背中せなかがみるみるふくらみ、タテにキレツが入ると、ぬれてしおれた豆のかわのようなものが生えてきました。

 それはだんだんひろがり、黄金のミルクのごとくなめらかにひかるうつくしいはねになります。

 ミルクのみは、こうしてミルクちょうになってひらりとバケツから飛び立ちました。そのはばたきからこぼれたひかりのこなが、黄金のミルクにまざり、子牛のへとながれていきます。


 ミルク蝶の羽の粉は、ミルクのみがこれまでにたくわえたミルクの栄養をふくんでいます。たくさんると酩酊めいていしてしまうのですが、ほんの1ぴきの羽ばたきなら、子牛の成長をおおいにたすけてくれるでしょう。ばあさんは経験則けいけんそくでなんとなくそのことを知っていたので、最後の1ぴきだけはいつも見逃みのがしてやりました。


 ミルク蝶はばあさんの顔の前をひらひら舞うと、やがて外へ飛んでいきます。観戦者たちは空へのぼっていく蝶のまいをうっとりと楽しみ、やがてあくびをしながらねぐらへとひきかえしていくのでした。


 ミルク蝶は雲の上にすみ、1年に1りゅうの森の真上に来たとき、雨のしずくに卵を産みつけて落とします。そしていつか森の中でまた、ちいさなミルクのみたちが先輩せんぱいミルクのみたちと集会をひらくのでしょう。黄金のミルクをもとめて。

 



  

 


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プーカ島のよき隣人たち たぬき よんろう @tanuki_yonro

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