第90話 引導

 暫く、ギルド長が来るのを待っていたのだが、何か事前の話合いでもしているのだろうか。だが、喧嘩を売りに来た素振りは見せていない。


 そんな事を考えていたら、チョビ髭男が階段を降りて来て、偉そうに応接セットに腰を下ろした。マサキは、パーテーションの様な、木製の間仕切りを除けて座り直した。

「私が、商業ギルド王都エルス支部ギルド長のヴィクターです。」


「タチバナ商会会頭でSランク冒険者主席のマサキ・タチバナだ。この命令書の件で来たんだが、総ギルド長が来ると思ったんだがな。」


「小さな商会の会頭に総ギルド長が会う事は滅多にありませんよ。」


 マサキは、みんなに聞こえる様に、出来るだけ大きな声で話した。

「ほほう、弱小商会には興味がないと。まあ、良いだろう。

 この命令書には、こう書いてある。

『技術保全の為及び技術を盗まれない為に詳細を提出しろ』とある。だが、言わせて頂こう。技術を盗んで小金を稼いで着服しているのは、お前達だろう。提出する意味が分からない。」


 商業ギルド内は、騒めきが起こった。一斉に注目が集まる。ギルド長を呼びに行った受付嬢は、納得の表情で頷いていた。


 マサキは更に続ける。

「今まで、技術資料を提出した職人や研究者は、何故売れないのかと疑問を持っていたはずだ。当たり前だよな、ギルドが先に技術資料を基に商品を作り上げ、需要がありそうな所に高額で先に販売してしまっていたのだから。他人の考えた技術で、勝手に商売するような奴らに、技術資料を提出するとでも思っているのか?馬鹿なのか?お前達は。」


 ヴィクターは、大慌てでマサキの口を塞ごうとするが、出来る訳もなく。

「タチバナ様。少しお待ち頂けませんか?」


「何を待てば良いのか?待つ必要などないだろう?事実なのだから。後は、自分達の罪を、認めるか認めないかだけだろう?」

 マサキは、そう言って立ち上がると、ギルド1階にいる受付嬢と事務員に告げた。

「商業ギルドに代わる組織の立ち上げを行っている。人材を募集しているから、来てくれる者は、屋敷の方へ足を運んで欲しい。以上だ。」

 マサキは、そう言うと受付嬢や事務員を勧誘し始めた。


 ヴィクターは、大慌てで階段を駆け上がった。総ギルド長に報告する為だ。

「総ギルド長!大変です!」

 と、今あった事を端的に話していった。タチバナ商会には、全て知られていると。更に、商業ギルドに代わる組織の立ち上げも行っていると。


 総ギルド長も慌てて、ヴィクターと一緒に階段を降りた。

 そして、マサキを見付けるとヴィクターが言った。

「マサキ殿。まずはお話を。」


 マサキは、心底面倒臭そうな顔をした。

「話?俺が来た時に、なぜ来なかった?同じ話を2度もさせるのか?」


「私は、商業ギルドの総ギルド長だ。訴えを聞いてやると言っているのだ。」


「ほほう、上から話すんだな。お前なんかに話す事はないな。商業ギルドは、もう終わりだ。」


「なんだと!?新しい組織など作って、上手くいくとでも思っているのか?」


「逆に聞こう。なぜ、上手くいかないと思うんだ?」


「今までだって、そうだった。商業ギルドの力の前では、みんな潰れていった。」


 マサキは、大きく溜息を吐いた。

「馬鹿かお前は。権威が好きな様だから、言ってやろう。この世界の各国王家は全員俺の身内だぞ?そして、冒険者ギルドの実質的トップは俺だ。タチバナ商会を大きくしなかったのは、商業ギルドが邪魔だったからだ。で、なんで上手くいかないんだって?」


「この世界の流通は、商業ギルドが握っているのだぞ?」


「それは、今までの話だろう。これからは、超高速大量輸送時代の幕が上がる。これから先の物流を握っているのは、俺だ。もう出来ているんだよ、ここからセベインまで5時間で輸送できる手段がな。」


「空飛ぶ船か!?」


「違うな。あんな戦争に使える物は、教えないし、売らない。それは変わらない。まあ、それが何かをお前に教えるつもりはない。この1階で仕事をしていて、新組織に協力してくれる者だけに教えてやるさ。もう1度言ってやろう。

 お前達は、もう終わりだ!」




 そう言うと、マサキは1番の美人受付嬢さんを連れて屋敷に戻るのだった。

「私は、連れて行かれてしまうのですね?」


「嫌か?」


「いえ、でもなぜですか?」


「君は、見目麗しく、聡明だし、頭の回転が速いからな。即戦力が欲しいんだ。物は出来ているが、人材が足りない。でも、変なのは要らないから、君が嫌でなければ、こちら側の立場で人員の選抜を手伝って欲しい。」


「承知しました。末永くよろしくお願いします。」


「ん?末永く??」


「あんな強引に攫われたのです。責任を取って下さいね。」

 と、ニコッとされてしまった。どうやら、お尻を触らなくても責任は取らねばならない様だ。桃金髪プラチナピンク美人だから文句はないのだが……。増えすぎだよねぇ……。


 そんな事を悩みながら屋敷に戻ったのだが、霧と桜とカズキが、玄関に面接セットを用意してくれていた。果たして、来てくれるだろうか……。


 カズキが、またナンパして来たのかと言うので、これから美人受付嬢が来てくれるはずだから、ナンパすれば良いだろうと言っておいた。カズキは大喜びだ。

 自分が銀髪になってしまった為、思う所はあった様だが、こちらの世界の女性には、桃金髪プラチナピンク青銀髪プラチナブルー、金ではなく黄色髪もいるのだ。当然、赤髪、黒髪、茶髪もね。

 もはやコスプレ天国と思うしかないだろうと自分の髪にも納得したのである。


 今頃は取り付け騒ぎで、身動きが取れないかもしれない。

 忘れていたのだ、預金業務があると言う事を。噂を聞いた住民が、お金を降ろしたくなっても仕方のない事だろう。これだけで、商業ギルドは終わりだったなと思うのであった。

 恐らく、運用に回しているお金もあると考えれば、預金総額に対して通貨が足りないと言う現象が起こる筈だ。必然的にギルド長や総ギルド長の私産も排出する事になるだろう。

 もう、逃げ道はないのだ。支払いに応じなければ、何が起こるか分からないのである。


 マサキは、メアリーに命じて騎士団を商業ギルドに向かわせた。秩序だけは守らせるように。でないと、従業員が大変だからだ。

 本来ならば、全部ギルド長と総ギルド長の2人でやれば良いのだ。

 従業員を巻き込むのは本意ではないのだが、お客様の為にと、やってくれる従業員に感謝しなければならないだろう。




 連れて来た美人受付嬢は、名前をエレンと言った。まだ、学校を出て1年なんだそうで、今年19歳の現在18歳なんだそうだ。髪の色の所為か、年齢が良く分からない。22、3だと思っていた。

 よく育っているなぁと、思わず胸を凝視してしまった。それを、カズキに見られてしまった。


「マサキ。ガン見は止めとけ?嫌われるぞ。」


「チラ見のつもりが、釘付けになってしまったんだ。」


「あ、わかる~。」


「な?この世界の女性は、よく育っていると思うだろ?」


「うむ、もはや漫画の世界だな!」


「そうそう、漫画だと中学生でもボインボインだしな!」


「有り得ないよな、あれ。」


 等と、他の誰にも分からない様な会話をしていたら、ついに1人目の女性が来てくれた。

 その女性は、事務方なんだそうで、計算が得意なんだと。経理の帳簿を担当していたらしい。エルフやドワーフに対する偏見も無い様で、エレンも推薦してくれたので、採用とした。

 聞いてみたら、やはりギルドでは取り付け騒ぎが起きているそうで、騎士団が来てくれて落ち着いたという事だった。なので、1度戻って希望者と交代して来ると言うので、お願いした。

 出来た女性である。


 その後、続々と面接に来てくれたが、受付嬢は全員採用。

 事務方の方で、日本人とドワーフに忌避感を持っている人が何名かいたので、残念ながら不採用とした。

 王都の呉服屋には、忌避感を持っていたみたい。そういう人は商売に携わってはいけないと思うのだけどなぁ。

 ちゃっかり、副ギルド長が混じっていたのだが、エレンが教えてくれたので、お前は向こう側、つまり、責任を取る方の人間だと言って帰した。


 エレンが、今日休みの人がいると言うので、呼びに行ってもらった。

 いなかったら、明日でも良いと言ったのだが、早い方が良いと言うので、好きにさせておいた。

 お休みだった受付嬢は、事前に俺が口説いていた娘達だったので、即採用としたのだ。美女を選抜などしないのだ。カズキが喜びそうだし。


 しかし、本当にこの世界は女性が多いのだなぁ。男性がまだ1人も面接に来ていない。男手が欲しいのだけども……。

 これは、あれだな。商業ギルドの建物さら買い取ってしまえば良さそうな気がする。そうすれば、各地のギルド施設をそのまま使えるしね。

 あとは、俺達の街に連れて行く娘を決めれば良いのかな。半分連れて行ったら、この街の組織が回らない気がするしなぁ。

 他の街のギルドからも少しずつ人材ももらって行くしかないか。




 最終的に、総ギルド長とギルド長は、面接に来なかった男性職員にタコ殴りにされて、裸で放り出された様だ。家財の差し押さえにも走っている模様。

 面接には来なかった訳ではなく、会員達の財産を守る為に、先に返還する会員の財産の原資を確保する為に走り回っていたらしい。

 デキル男が揃っている様だ。

 それはそうだろう。自分達の知らない所で、甘い汁を吸い、あまつさえギルドの主要顧客である会員を騙していたのだから、男性職員にして見れば、自分の信用で取引してくれていた顧客もいただろう。

 それを、知らない所で踏み躙られていたのだ。憤懣やる方ないと言ったところだろう。逆に、突然切り崩しに行った俺も、恨まれているかもしれないな。それならそれで致し方ないと思うのであった。


 採用とした女性達に、男性諸君の面接は明日でも良いから、思う存分やってくれと、伝言を託した。

 その女性の話だと、思いっきりやったあと、お世話になりに行きますと、興奮気味に話してくれたそうだ。正義感溢れる熱血漢が多いのかな?

 商業にも技術にも明るい男性がいると良いのだけどなぁ。協会を任せたいのだ。正直なところ、商業ギルドでやっている様な、登録だとか金銭授受なんかは、女性だけでも充分なのだ。

 ただ、別組織として同じ建物内に協会を置きたいので、男性が技術に明るいと嬉しいのだ。全てをカズキとマサキで見る訳にはいかないからだ。

 そんな事で、本日の面接は終了となったのである。


 総ギルド長とギルド長が追い出されたので、女性達にもギルドに戻って通常業務をしていてもらう事にした。

 みんなが揃ったところで、話をすると約束して。

 エレンだけは、プロミスの街へ連れて行き、新しい組織の建物に案内して、ここで働いてもらうと思うと説明した。

 しかし、彼女は新しい街と城を見て絶句していた様だ。こんな巨大で新しい街が出来ていたとは、考えもしなかったらしい。

 そして、水道とトイレに感動してくれていた。やはり、蛇口を捻れば水が出ると言うのは画期的だし、魅力的との事だ。

 商業ギルドに見せなかった理由が良く分かると言われた。こんな街が出来ていたら、食い物にされてしまうだろうとの事だった。これを考えて作ったのがマサキだと知って、尚の事ギルドに頭を下げる訳がないと思ったそうだ。


 この技術がね、タダではないけど他の街にも採用出来るとしたら、魅力的だろ?だから、知的財産を保護した上で、公開するんだと言う話をしっかり理解してくれた。

 この街には、人が集まるとエレンも確信したらしい。みんなに宣伝しておきますと言っていた。


 一旦、エレンをエルスに帰し、ギルドの業務に戻らせると、マサキは活版印刷機と紙の進捗状況を確認した。印刷機はあと一歩のところまで来ている様だ。

 紙に関しては、新たな課題として魔石の粉を混ぜる様に指示しておいた。あくまでも実験ではあるが、少し試してみたい事があるのだ。

 協会の従業員には、【描画ドローイング】の魔法も覚えてもらわないとな。特許技術申請書のコピーが大量に必要になるからだ。これも無属性なんだよな……。




 マサキは、紙幣を作る為の技術の1つ、偽紙幣防止の策を形にしようとしていた。木を大きな印鑑の様な形に形成し、印章の所に立花家の家紋を魔法的に彫ってみた。

 そして、印判のサイドに魔法陣を描いて魔力を流してみた。印判が光ったので、紙に印判を押し付けてみた。

 見た目、紙には何もない。しかし、紙を手に持って見ると、家紋が光って浮き出て来る。成功だ。これは、魔法的に押印した印鑑の紋様を、人の微弱な魔力を吸って発光させているのだ。

 これで、印刷した紙幣に、判子を打つ感覚で贋金防止策が出来る。こんなものは自動化するのも簡単なので、腱鞘炎になる事もないだろう。


 列車の方も、客車とロイヤルファミリー車の製造は順調な様だ。

 貨物車は後回しにしている。大量の物資を最初から運んでしまっては、混乱しか起こらないだろう。行商人も困ってしまうしね。

 ただ、ある程度の正直な商売の出来る行商人は、この街で店を持たせても良いと思っている。何故なら、彼らは旅をしている所為か差別意識を持たないからだ。

 そんな募集をしてみるのも、面白いだろう。ミリアがしっかり覚えているだろうから。




 これらが一段落したら、再び冒険者に戻りたいものである。そんな野望を持ってはいるのだが、1つ問題が出て来てしまう。

 住民の受け入れを始めないと、商売が成り立たないのだが、そうすると街では駄目なのだ。ここは、どこの国にも所属していない土地なので、建国しない訳にはいかないのだ。

 そう、俺が国に所属してしまうのが不味いので、エルスロームにしろ、ラーメリアにしろ、入れてもらって街とするという訳にはいかないし、俺が主君でないと納得しない連中もいるのだ。



 果たして、建国して王となった場合に、冒険に行く事が許されるだろうか。ここだけが、心配なのである。


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