第76話 チュゴセン落城

 【ゲート】から出て来たマサキと弥助、くノ一一行は、裏路地でマサキが魔力感知を広げて、動いている者がいない事を確認するのを待っていた。まあ、夜明け前だし、起きているとしたら、娼館くらいだろう。


 マサキは、異空間から握り拳大の魔石を取り出し、魔力を流した。大規模な術が発動し、街中に広がった。思い付いた方法と言うのが、これだ。洗脳の解除するのに、魔法でやると最低2つ発動しなければならず、それが街中となると、消費魔力が半端ではない。


 これを日本語で書いた魔法陣を使うと、『対象半径10Km内にいる人間の洗脳状態を解除する』、発動条件を『微量の魔力を流し込む』として、魔石に描いた魔法陣の中に書き込んだのだ。こうすれば、魔石の魔力を使うので、魔力消費を気にする事なく、術を発動できるのだ。特筆すべきは、『洗脳解除』なんて魔法は存在しないのだ。自由度の高い魔法陣ならでは、だろう。


 マサキは、大小を異空間より取り出し、腰に落ち着けた。術を発動したままの魔石を、手に持ったまま、門に近付いていく。門衛が一応いるが、眠そうに欠伸をしている。大刀を抜いたマサキは、峰に返すと2人の門衛の首筋に撃ち込み、昏倒させた。


 皆を引き連れ玄関まで来ると、玄関番の2人も一瞬で昏倒させた。中に入り込んで玄関を閉めると、指でサインを送り、散開した。マサキは、上手くいったと思った。突然洗脳が解除されたとしても、寝ていれば問題ないのだ。そんな事を考えながら、1階へと降りて行った。


 そこはまぁ、何と言うか、イカ臭い。青臭い執務室は無人だった為、醜男ぶおとこ1の私室へ向かう事にした。やっぱり、下調べは重要だね。気配を消し、醜男ぶおとこ1の私室の扉をゆっくりと開けた。こいつは、宗主らしい。女4人と同衾しているんだが、どうしようか、起こすとパニックよなぁ。宗主を先に縛ってしまおう。


 異空間から1枚の紙を取り出した。魔法陣が描いてある。魔法陣の中には、日本語で『貼付対象の魔力を利用して魔法封印する』と書いてある。それを宗主に貼り付けようと近付いた瞬間、右側に殺気を感じて飛び退いた。


 そこには、目を爛々とギラつかせる、醜男ぶおとこ2がいた。その手にはロングソードが握られていた。薬でもやっているのか?この世界に麻薬があるのだろうか?そんな疑問を頭の隅にやり、醜男ぶおとこ2と対峙した。刀は抜いていないと言うか、紙と魔石で両手が塞がっているんだけどね。


「貴様は何者だ!?何故、こんな所にいる?」


「それを答える前に、聞きたいんだが、ここは、宗主の私室ではないのか?」


「そうだが?」


「では、お前が何故、ここに居る?」


「そんなの決まっておろう。親父のお古を頂いて、寝ていただけだが?」

正直な、醜男ぶおとこ2だった。


「あ、そうなんだ。俺は、あれよ、女達の救出さ。女の敵は俺の敵、なんでな。」

 マサキは、そう言いながら、魔石を異空間に仕舞った。そして、魔法陣を描いた紙を宗主に投げつけ、おでこに貼り付けた。後で貼り直そう、あそこじゃ自分で剥がせるし。


「身の程知らずが!」

 醜男ぶおとこ2は、親父を起こさない様、気を遣っているのか、小声で言った。上半身裸で、ロングソードも抜身のまま持っているところをみると、起きぬけなのは、本当らしい。ロングソードを肩に担ぐように構えた。


「ああ、出来れば殺したくないんだが、大人しくしてもらう訳にはいかないか?」

 マサキは、のんびりとした口調で言い、左手で大刀の鞘を握り、親指で鍔を弾いて、鯉口を切った。


「そんな訳にいくか!」


「だって、親父起きちゃうだろ?」

と、言いながら【睡眠スリープ】の魔法を放った。


 醜男ぶおとこ2は、目を回した様に、その場に崩れる様に寝てしまった。マサキは、パチンと切った鯉口を戻した。


 先に、宗主が目を覚ましたので縛り上げ、魔法陣を背中に貼り直して、魔法を使えない様にした。そうしておいて、醜男ぶおとこ2も縛り上げた。宗主の私室には、5つの小部屋が、まあ普通はメイド部屋なんだろうが、あるので1部屋ずつ確認していったが、その内の1つに、醜男ぶおとこ3がいた。まだ、寝ていたので、そのまま縛り上げて、転がした。


 1ヶ所に3人纏めて、その上から更に3人纏めて縛っておいた。3人を【浮遊フロート】で浮かせると、2階に運んだ。2階の玄関前に行くと、既に8人の男が縛られていた。2人の忍びと3人のくノ一も一緒にいた。


「弥助。なんか少なくね?」


 弥助も首を捻る。

「上様。でも、これしかいなかったんですよ。結構探したんですがね。ですが、この5人に聞くと、まだいる筈だと。」


「まあ、11人で運営出来るとも思えないしな。うーん、地下か……?」


 マサキは、忍びとくノ一の5人に、順番に【精神鑑定メンタルアプレイズ】の魔法をぶつけていった。

(正常……だが……。)


 静に殺意を持っている奴がいるんだよ。忍びの1人に。これは、レオノールが念話みたいな形で教えてくれたんだ。


「弥助。忍び達の身元は?」


「全員、私らの集落の者です。」


「お前達、名前は?」

 と、聞いてみた。


 忍びは、それぞれ助成すけなり才賀さいがみどりあい紫乃しのと言った。全員19歳なんだそうだ。宗主は何故か、くノ一に手は出さなかった様で、女は無事だったんだそうだ。弥助はそれにも理由があると言っていたが、後で教えてくれると言っていた。この場では言えない様な事なのだろう。


 このままでは、動けないので、鞘を握った左手を少し捻り、鍔を弾いて鯉口を切ると一気に引き抜き、才賀の首に刃を当てた。才賀は、目を見開いて硬直した。


「で、才賀と言ったか。なぜ、お前は、静に殺意を向けている?」


 才賀は、ガタガタ震えながら言う。

「静は、許嫁なのに、一緒になってくれなかった。だから……。本当に殺すつもりはない。」


 マサキは、溜息を吐いた。そして、【審判ジャッジメント】を掛けた。

「俺に嘘が通じると思っているのなら、随分、俺も舐められたものだな。本当の事を言え。」


 弥助達は、黙ったまま何も言わずに見ていた。静は何の事を言っているのか、分からない様だった。


 才賀は、観念した様に言った。

「その女は、俺達を嵌めたんだ。そして、自分だけ抜け出したぁっぁあああああううううういてえええええええ・・・・・・」


「残念だが、嘘を言うと自分が苦しいだけだぞ。俺からの質問だ。お前、宗主の元で甘い汁を吸っていたな?」


 才賀は肩で息をしながら答える。

「はぁはぁ、そうだ。女と金をもらっていた。その女は、俺と一緒に来たくノ一だったが、やらせてくれなかったんだよ!」


「あ?それだけで、殺意を持ったのか?」


「ああ、静以上の女なんて、なかなかいないからな。やらせてくれない位なら殺してしまえば良いと思ったのさ。」

 と、不敵な笑みを浮かべながら言い放った。


「弥助!」

「はっ!」


「こいつの処分、任せて良いか!?」

「承知致しました、お任せを。」


「静!」

「はい。」


「ついて来い。俺から離れるな。」

「はい。」


 マサキは、静を伴い地下へと降りて行った。


 弥助は、才賀を見ると言った。

「良かったな。上様は裏切者には、それはそれは苛烈な事をなさる。俺に任されただけ、有難いと思え。」


「う、何を!」


「上様は、とてもお優しい方なのだ。そのお方を怒らせた、己の愚かさを呪うのだな。せめて静を諦めて、殺意など持たなければ、生きる道もあったものを。お前達兄弟は、とことん腐っているのだな。」

そうなのだ、この才賀と言う男、才也の弟なのだ。


 この後、弥助と助成、くノ一全員に囲まれた才賀は、抵抗出来る事もなく、屈した。殺しはしなかったが、足の腱、手首の腱と、男の命よりも大事な所を切られて、放逐された様だ。兄弟揃って、棒無しになってしまったのだ。南無南無。



 一方、静を伴って、1階から地下へと降りたマサキは、魔力感知を頼りに進んで行った。視界が殆どないのだ。静は、マサキの左肘に捕まっていた。地下牢には、女がすし詰めになっていて、それでもなんとか寝ている様だ。一応、魔石を出して洗脳解除を発動しておいた。


 しかし、男がいない。仕方がないので、【光球ライト】を20個バラまいて地下室全体を明るくした。そして、牢の鍵を叩き壊して回り、女性達に2階の玄関で待つ様に伝えた。絶対に、外には出ない様に言い含めて。およそ80名程女性がいた。


 そうして、1階に上がり、宗主の部屋と小部屋で寝ていた女達を起こし、2階の玄関に向かった。


 玄関に集まった100名程の女性に、出身地を聞いていったところ、驚いた事にチュゴセン出身者は1人もいなかった。8割がパルミナ、1割がカステール、1割がラーメリアだった。1人だけ、エルスロームの女の子がいた。学生だったが、友達の帰省に同行して、ラーメリアで攫われたそうだ。この、夏休みの出来事だった様だ。


 玄関のエントランスで、そんな話を聴いて回っていたのだが、マサキの魔力感知に、大勢の人間が玄関の外にいるのが、引っ掛かった。


「どうやら、足りなかった男達は、逃げて兵を連れて来た様だな。ちょっと遊んで来るわ。女の子達は、座って待っててくれ。すぐ終わるから。」


 そう声を掛けたマサキは、玄関に向かってのんびり歩くのだった。そんな、マサキを見た弥助が、声を掛ける、

「瀬奈、沙織、睦月、助成。上様の剣技を見ておけ。俺は、あの人のお人柄と剣技に惚れたんだ。一見の価値はあるぞ。」


「「はい。」」


 玄関を開けた、マサキの眼下には、100名程の兵士と、貴族の様な恰好をした恰幅の良いハゲを筆頭として、男達が10名ほどいた。


 マサキは、左手に鞘を握り、親指を鍔に掛け、ゆっくりと足を進めた。それを後ろから、瀬奈、沙織、睦月、助成、緑、藍、紫乃、そして、静が見ていた。


 マサキは、名乗りすら挙げなかった。救い様のない連中に、憐憫れんびんを掛ける必要などないのだ。階段を降り切る手前で、マサキは一言だけ言った。


「死にたい奴から掛かって来い!」


 そう言うと、鯉口を切り、一気に大刀を引き抜いて、正眼に構えを取った。春風駘蕩とした、ゆったりとした構えに、舐めて掛かった兵士が切り掛かる。マサキは後の先を取ると、運足と体捌きで剣を避けると、風の様に駆け、踊る様に剣を避け、華麗に神速で刀を振るい、城門まで駆け抜けて残心の構えを取った。


 残心の構えを解き、血振りをして納刀し、鯉口をパチンと鳴らすと、兵士達の首が一斉にゴロンと落ちた。そして、兵士の体がドタドタと倒れたのである。


 弥助が呟いた。

「上様……、また腕を上げておられる…。」


 静は、ポーっとマサキを赤い顔をしながら見ていた。


 そして、マサキは、貴族風のハゲ達の前へ行くと、

「諦めて投降していたなら、兵士の命までは取らなかった。が、お前達は無辜むこの娘達を誘拐し、あまつさえ弄んだ罪は万死に値する。だが、俺はお前達の様なクズを裁こうと思わない。大人しく投降しろ。」

と告げた。


 男達はガックリと膝をつくと、諦めた様に項垂れた。

「弥助!捕縛!」


「承知!!」


 10人を、弥助と助成と静と瀬奈が縛り上げて、玄関の中に連れて行った。


 城の中に戻ったマサキは、エルスロームの娘から送っていく事にした。【ゲート】をサラビスの執務室に繋いだマサキは、女の子の手を取って連れて行く前に聞いた。そう、宗主や男達にやられていないかだ。この娘は大丈夫だったので、そのまま、連れて行った。後の娘達には、くノ一に聞いてもらう事にした。


「よう、励んでるか~、親父ども。」


 サラビスとコンスタンは、やれやれと言う顔だ。

「今日は、どうしたんだ?」


「うん、今日さ、チュゴセンを、叩き潰しに行ったんだけどさ、友達の帰省に同行して、ラーメリアで攫われちゃったみたいなんだ。この娘を家まで送ってやってくれ。後さ、女性が100名程保護出来たんだけど、被害者の8割がパルミナなんだよ、だから裁きは、パルミナに任せて良い?」


「ああ、構わない。この娘を騎士に家まで送らせれば良いのだな?」


「うん、頼むよ。魔法学校の生徒みたいだし。」


「承知した。」


「じゃ、まだまだ他にも行かないとだから、後はよろしく。」

と、手を振って、マサキはチュゴセンに戻って行った。



 チュゴセンに戻ったマサキは、男達に慰み者にされてしまった女の子達に、1人1人【浄化ピュリフィケーション】【復元レストレーション】を掛けておいた。浄化は、妊娠していた場合の保険だな。これで、みんな生娘になった筈だと、言ったら喜んでくれた。


 次に、ラーメリアの娘をラーマの城に送っていった。ヘンリーに100名程女の子が捕まってたよと言ったら、ブチギレしていた。経緯をステファンと王妃とヘンリーに説明して、被害者の8割がパルミナだから、パルミナに処分は任せると言っておいた。王妃は、あれからステファンにべったりな様だ。良い事だ。


 その次は、カステールに送って行って、やっぱり騎士に送ってもらう様に頼んだ。ここでも、ラーメリアと同じ話をし、パルミナに処分を任せると言い置いて、再びチュゴセンに戻るのだった。


 チュゴセンに戻ったマサキは、総勢80名の女性と、女性達を弄んだ21名の男を連れて、弥助達と一緒にパルミナの城のホールへと移動した。


 パルメ城の王の執務室に顔を出し、経緯を説明して、ホールまで足を運んでもらう事にした。アルジャーノとトマス、それに政務官も集まった。


「80名の女性を保護してきた。帰れる様に、出来れば、ずっと洗脳されて怖い思いをしてきたから、騎士にでも送ってもらえると嬉しい。」


 アルジャーノは、頷いた。

「承知した。間違いなく送り届けよう。」


「後ね、こいつら。女達を玩具の様に扱っていた。それにまだ、男性陣が、見付けられていない。抵抗した兵士100名は切り捨てたが、こいつらは、俺が処分するのも違うだろうと言う事で、パルミナ政府に任せる事にする。各国の同意は取り付けてある。」


 トマスが頭を下げた。

「何から何まで済まないね。本当は、国として動かないといけないのだけど。」


「そこは、気にしなくて良いさ。ヘカテリーナは良い女だからな!」


「ふっふ。有難う。」


「それに、まだ男性陣の捜索と女性陣は、まだいると見ているんだ。娼館あたりが臭いと思っている。それを今から、探りに行って来る。どうせ誰も出入り出来ない様にしてあるしね。だけど、今は少し休憩したいから、男性陣の居場所を吐かせてくれると有難い。」


 アルジャーノが笑いながら言った。

「じゃ、食堂で昼飯でも食べて、休憩していてくれ。尋問して措く。」


 マサキは、お言葉に甘えると言って、食堂にみんなで向かった。食堂で腹一杯昼飯を食べたマサキは、聞いてみた。

「助成、緑、藍、紫乃だったな。里に帰るなら送るぞ?まあ、男性陣の捜索と、残りの女性の捜索を、手伝ってくれたら助かるが。」


「御屋形様のお傍に置いて頂きたく。」


「みんな?」


「「「「はい。」」」」


「弥助の判断に任せる。」


 弥助が大仰に返事をする。

「御意。」



「お前達は、疲れていないか?」

と、霧や桜に聞いてみた。


「大丈夫ですよ。私達の仕事は楽な物でした。」


「そうか、じゃもう一仕事頼む。」


「「はい。」」


 静が、ずっと赤い顔をしてチラチラ見て来るんだよなぁ。俺、なんかしたっけ?

「なぁ、霧。静の様子が変なんだけどさ、俺、何かしたかな?」


「え?お姉様ですか?」

 と、霧が静を見て、はぁーと息を吐いた。

「上様。あれは、恋ですね。上様に恋しちゃった乙女です。」


「あん?なんで?俺、何もしてないと思うぞ?」


「上様には、恋してしまうのです。私もですけど。多分、あの剣技を見てしまったんでしょう。華麗で流麗、恰好良いんですよ。」


「お前には、弥助がいるだろう。」

「良いじゃないですか!恋くらいしたって。」


「だが、剣技に恋する女ってどうなんだ?」


「いえ、あれは、剣技に見えませんから。もはや芸術です。」


「いやあ、芸術は、人を殺さないと思うぞ?」


「至言ですね。芸術は人は殺しませんね。でも、人を生かす為に振るわれる刀もあると思います。」


「ああ、活人剣ね。常に後の先と言うだけで、人殺しの技には違いないのだぞ?

大切な人や自分を護る為に、切り掛かられたら、切るって事だからな。まあ、俺はそれで良いと思ってはいるが。」


「そうですね。でも、そんな上様が大好きですよ。」


「そうか、ありがとな。」


「じゃ、抱いて下さい。」


「なんで、そこへ行くのかなぁ?まあいいや。」


 マサキは、尋問はどうか聞きに行こうと思うのだった。腹も一杯になったし、今日中に片付けたいな。



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