第73話 愛ゆえに
「桜。昼飯クレクレ。」
「はーい。上様。」
そう言って、桜はすぐに飯の支度をしてくれた。うーん、美味い。毎日、こんなに美味い飯が食えるなんてなぁ。メシウマ嫁が1番だな。まあ、俺の場合は自分で作れば良い話なのだが。
食事をしながら、少し考えた。チュゴセン共和国、何をどう考えても、許せる要素が何処にもない。もう滅ぼしてしまおうか……。それは、短絡的過ぎるか。だが、リリアーナを慰み者にしたいだの、忍びは洗脳するし、人は攫うし、やっぱり戦争だな。宣戦布告してやれば良いだろう。問題ないはずだ。その前に、10m位の壁で、国ごと覆って出入り出来ない様にしてやろう。
何人、忍びが洗脳されて残っているか分からないが、弥助の里の人間も多い事だろう。もう、その時点で俺の中では、死刑決定なのだが、そこへ持って来て、リリアーナを欲しいだと!?駄目だ、抑えきれない。怒りが湧き出て来てしまう。
周囲に殺気を撒き散らしながら、飯を食っていたらしく、桜が泣きそうになっていた。きっと不味いと勘違いしている事だろう。
「あ、すまん。食事中にキレそうになってしまった。」
「お口に合いませんでしたか?」
「いや、相変わらず絶品だぞ。」
「でも、上様。凄く怖かったです。」
「うむ。すまんな、ちょっとブチ切れそうなんだ。学校組が帰って来たら、これまでの経緯を話すつもりだったんだが、お前達には、先に話した方が良いか?」
霧が未だ泣きながら、マサキに抱き着いてきた。
「上様の御心のままに。もう細かい事は言いません。皆が揃ってからでも良いですよ。」
「霧。それはいかん。駄目なものは、駄目だと言えない臣下は、忠臣とは言えないのだぞ。」
「私は、もう上様に返せる物がありません。」
「なぜ、返さなければならん?お前達は、俺の家族の様なものだろう。弥助と霧には、世話になっているんだ。気にするな。」
弥助も納得がいかない様だ。
「上様。この度の仕儀。霧も私も感謝の仕様がございません。万が一、静を切らねばならなかったとしたら、お1人で抱え込む御積りだったのでしょう?お1人で悪者になる御積りだったのでしょう?」
「まあ、細かい話は良いじゃないか。静も無事に帰って来たのだし。」
霧は言う。
「では、聞かせて下さい。どうしてお姉様が関わっていると思われたのですか?」
「それについては、弥助にも言った様に、可能性の1つと考えていた。
昨日、カステール屋敷での会話を聞いた時、シスカと言う女がいた。
最初は、フランシスカとかそんな名前かとも思ったんだが、弥助が描いた似顔絵は、執事長だったんだ。だが、間者は違った。つまり、執事長に変装してサーシャに接触していた。
じゃあ、あんなに精巧な変装は、誰がした?と言う話になる。で、マリアに確認したんだよ。シスカと言うメイドは黒髪黒目かと。答えは、その通りだと。
だとしたら、当然、くノ一の存在を考える。そして、シスカと言う名は当然偽名だとして、くノ一だったなら、シスカ→しずかかな?と言う疑問を持った。
そこで、椿と桜に聞いたんだ。里に、しずかと言う名のくノ一はいるか?とな。答えは、5、6年見ていないがいると、霧の姉さんだと。見ていない5、6年とシスカと言う名前。有り得るなと思った。何故なら、カステール屋敷に4年半前からいるからだ。くノ一が1人立ちする年齢もな。
そして、決定的だったのは、カステールでチュゴセンの間者を炙り出した時に尋問したんだが、報告は、定期的に忍びが取りに来ると。忍びは洗脳されているか?と言う問いには、されている、精神魔法だと言った。
これで、俺の中では、シスカ=静説が有力になった。だから、お前達を連れて行けなかったんだ。万が一を考えて。
これでいいか?霧。」
「困りました。」
「何がだ。」
「上様に何かして差し上げたいのですが、上様には欲がありません。性欲しかないので、困るのです。私を抱いて下さいと言っても相手にして頂けませんし。」
「当たり前だろう?忠義に厚い弥助の女房を寝取ってどうすんだ!」
弥助もはっちゃけやがった。
「上様。抱いたからと言って、私の女房じゃ無くなる訳じゃありませんや。」
「お前迄、何を言い出すんだ。大体な、今日だって、間者の炙り出しにカステールに行っただけなのに、マリアの姉ちゃんと侍女がついて来たんだぞ?」
静が言う。
「では、私が、ご奉仕させて頂く訳には参りませんか?」
「お姉様は黙ってて下さい。これは、私の上様への忠義の話なのです。」
「んじゃ、霧。お前は、どうしてやれば納得すんの?俺は充分に尽くしてくれていると思っているんだが?」
「じゃあ、夜這い5回で手を打ちましょう。」
「何?その訳の分からん手打ち。しかも5回とか。俺が夜這いするの?する訳ないだろ。」
「違います。私が夜這いをするので、許可を下さい。」
「アホか。許可なんかしねーよ。」
「そうですね、夜這いは勝手にするものですもんね。」
どうしても、霧に勝てる気がしない。弥助よ、なんとかしろよ。
「やめれ。俺が寝れなくなっちゃうだろ?」
「本当に、分からず屋ですね!」
「あれ?俺が悪いの!?なあ、静、姉として、なんか言う事ないのか?」
静は少し考えて言った。
「まあ、霧は小さい頃から頑固でしたから、言わせておけば良いのですよ。」
「おお、華麗にスルーすれば良い訳だな!?」
と、マサキは静にサムズアップした。
まあ、あれだ。霧のお陰で少し気が紛れた。実際、今すぐにでも、攻め込んでやりたいところだったからな。面倒だっただけで。
頭が多少クリアになったところで、今後の方針を考えねばならん。今、置かれている状況と、それにどう対応していくか。だな。
土地は見付けたから、基礎となる土木工事をやりたい。まあ、後回しでも良いと思うが、時間はそれ程余裕がある訳ではない。エルスロームは良いとしても、ラーメリアが入り込んで、占有されると面倒だからだ。1度、ヘンリーと話をしておいた方が良いかな。ただ、国土はイコール国益になってしまうから、ヘンリーとしても簡単には首を縦に振らない可能性もある。
次に、チュゴセンだが、洗脳されている忍びの開放をしたいが、当面、命の心配は要らないだろう。問題は、リリアーナだ。カステール屋敷にいたニールセンと言う男が、定期報告をしていたと思うが、それが届かなかった時、捕縛された事が露見するだろう。そして、それも近日中だと思われる。ニールセンが、女が碌な情報を寄越さないと、焦りを見せていたからだ。これは、静に確認すれば良い。
そして、やらなけばならない事を、挙げていくとすれば。
・ヘンリーに会いに行って、壁の話とリリアーナの件を、話しておかなければならんだろう。
・チュゴセンに潜入して、状況の把握は必要だろう。憶測だけで攻めても、落としどころに困るだけだろうし。
・エルスローム王家と話をしておくべきか……、街に入られているのは事実だし、大っぴらな戦いになった場合に、テロかなんかで巻き込んでしまう可能性もあるか?
あー、なんか急に面倒臭くなって来た。最優先事項はなんだ。
・忍びの開放。
・リリアーナの安全確保。
これだけ、だよな?忍びは、潜入して洗脳を解けば良いだけだから良いとして、問題は宗主と言う奴が、どこまでリリアーナに執着しているか、か。これ、馬鹿親王が婚約発表しないせいじゃね?なんか、ラーメリアに行くだけで、色々解決しそうな気がして来た。
腕組みをして考え込んでいたマサキは、ふと顔を上げた。
「なあ、静。チュゴセンで洗脳されている、お前達の同胞は、何人位いるんだ?」
「私は、5年と少し前に依頼で訪れて、1つ仕事を終えた頃に洗脳されたんですが、それからすぐ、このエルスに向けて旅立ちましたので、よく分からないのです。少なくとも、3人はいるはずですが。」
「ふーむ。弥助。里で行方不明になっている忍びは、何人いるか分かるか?」
「いえ、忍びはバラバラで仕事を受けていますから、正確にはなんとも。長期の仕事も少なからずありますし…。」
「分からんと言う事か……。静。洗脳をしている、精神魔法の術者は誰だ?」
「宗主ですね。」
「その、宗主ってのは何者なんだ?名前は?」
「名前は、私も知りません。ただ、高位の魔法使いではあると思います。」
「ほぅ。ところで、静。洗脳中は、宗主様ラブな感じだったが、今は平気なのか?『たかが冒険者など、宗主様に比べれば…』とか言っていたが。」
静は、顔を真っ赤にして俯いた。霧が怒る。
「上様!上様にはデリカシーと言う物はないのですか!?」
「馬鹿野郎。大事な事なんだよ。それに、洗脳されて宗主ラブだった場合、犯られちゃってるかもしれないだろ?罪状が変わって来るんだよ。」
静は、顔を上げて恥ずかしそうに言った。
「初めても、身も心も上様に捧げます……。」
「えーと、生娘だし、宗主に恋愛感情もないと?」
「ええ、私が最後に宗主を見たのは、5年前。14の頃ですが、宗主は
「ふむ……。」
尚も、静は続ける。
「出先にいる私達にも、定期的に女を回せとか、誰々を攫って来いとか、そんな指示もありました。独裁者はなぜ、あんなにも女性を欲しがるのでしょう。10人も20人も。女を何だと思っているのでしょうか!最低です!」
マサキは、魂の抜けた顔で撃沈していた。もはや屍であった。霧が、マサキを揺り動かして慰める。
「上様?上様は、最低ではありませんよ。上様ぁ~~!上様は、醜男ではありませんし、洗脳なんかしないじゃないですか!」
マサキは、遠い目をしたまま、微動だにしない。
「お姉様!!上様を侮辱するのは、許しませんよ!」
「え?え?」
桜が助け船を出す。
「静姉さん。上様には、31人も女性がいるのです。まあ、上様はおモテになるので、殆どが押しかけ女房なのですけど。私も、お傍に置いて下さいと懇願して、ご一緒させて頂いていますし。
ただ、上様の常識では、一夫一妻なので、今の状況に御自分で忌避感を感じているんですよ。でも、お優しいので、誰にも要らないとは言えない人なのです。女でなくても、兄様の様に男でも惚れてしまう程の人ですから。」
静は慌てて、頭を下げた。
「あ!失言でした。申し訳ございません。」
今度は、静が落ち込んでしまった。
そこへ、カトリーヌとメイリーナが現れた。カトリーヌは、マサキを見て、
「あら。死人の様になってしまいましたわね。こんなものは、こうすれば生き返るのですよ。」
と言って、マサキの頭をおっぱいで挟んだ。
「俺様復活!!」
と、マサキは、だらしない顔をしていた。
「なんだ、カトリーヌか。部屋は片付いたのか?」
「ええ、お陰様で。」
「なあ、頭が重いんだが?」
「だって、好きでしょう?こういうの。」
「愚問だな!」
霧があっけに取られていた。
「本当に生き返りましたね……。今日、初対面なのでは?」
「まあ、マリアの姉ちゃんだしな。」
「「「「ああ。」」」」
と、みんなが納得していた。
メイリーナは腹を抱えて笑っていた。重荷にならなそうな、カトリーヌに安心もするのだった。
徐に、マサキは立ち上がると、
「ちょっと、ラーメリアに行って来る。供はそうだな、弥助と瀬奈に頼もうかな。」
「承知。」
「はい。」
瀬奈は、嬉しそうに返事をした。
その場で、【
「よう、馬鹿親父。元気そうで残念だ。」
「なんだと貴様!」
「マサキ殿、あんまり挑発しないでくれよ。今もそれで喧嘩してたんだ。」
「そうか、それは悪かったな。ちょっと相談と言うか、報告があって寄ったんだけど、忙しければ日を改めるけど?」
「いや、聴こう。それなりに重要な事なんだろ?」
「まあ、そうだな。」
そう言って、ヘンリーはソファを勧めてくれた。マサキは、ソファにドカッと腰を下ろし、ステファンとヘンリーが座るのを待った。
仏頂面のステファンと、笑顔のヘンリーが対照的だったが、これはこれで、兄弟って良いよなと思うマサキだった。
「今日来たのは、リリアーナが、今どういう状況にあるか、把握しているか確認しに来たのが、まず1つ。」
「と言うと?」
「やっぱ知らないよな。今、リリアーナは、チュゴセン共和国のクズ宗主に狙われている。」
「「なんだと!!」」
「原因が、自分にもある事を理解しろ、馬鹿親父。まあ、リリアーナに手を出させる様な真似は俺がさせないし、エルスに入り込んでいる、チュゴセンの諜報工作員は排除した。潜伏先がな、カステールの屋敷だったよ。」
ヘンリーは、理解した様だ。
「そんな事が起きているのは、チュゴセンの宗主が、マサキ殿の事を把握していないからだね?」
「そればっかりでもないが、少なくとも、俺の婚約者である事が分かっていれば、手出しは、しなかったかもしれないな。それに、ラーメリア本国の情報収集もしていたんだぜ?」
ステファンは相変わらずだ。
「だから、なんだと言うのだ。チュゴセン程度に何が出来るとも思えん。」
「相変わらず、娘の事になると盲目になるんだな。王が娘を溺愛しているのは、各国周知の事実だ。事の真偽を確かめようとしていたから、それには、王は娘を見捨てていると情報を流してあるが、見抜かれるのも時間の問題だ。じゃ、ステファンに聞くが、リリアーナが誘拐されて、金銭を要求されたらどうする?」
「金で解決出来るのならば、払うに決まっているだろう。」
「そこが相手の狙いだと気付けない無能なのか?要は、リリアーナさえ誘拐してしまえば、王は何でも言う事を聞くという事だ。そして、ヘンリーが摂政に就いている事も奴らは知らん。もう、いい加減子離れしろよ、リリアーナですら鬱陶しいと言ってるくらいなんだぞ?でないと、この先に話が進められん。子離れするか、ヘンリーに譲位するか選べ。」
ステファンは、考え込んだ。
「リリアーナは、そんなに嫌がっておるか……。」
「城に穴を開けて飛び降りて来る位なんだぞ?」
「そうか…、そうだな。私が間違っていたのだな……。」
「そう、寂しがるな。子離れすれば、リリアーナの親父でいる事は、出来るんだから。それに、リリアーナのあの美貌だ、王妃は美しいのだろ?」
「ああ、あれの母は美しいが、体が丈夫でなくてな。それで、一粒種のリリアーナを溺愛してしまったんだ。」
「ステファンは、下半身はまだ現役か?」
「そりゃそうだ。まだまだ現役よ。だが、あれの母を愛しすぎておる故、側室を持たなんだ。」
「王妃に会う事は出来るか?その気があるなら、体を丈夫にしてやるし、若返らせて子を産む事も可能にしてやれるが?」
ステファンは、目を剥いた。
「本当か?本当にそんな事が可能なのか?今は、起きていられる時間も短くなってきておって、リリアーナもおらんとなると寂しくてな。出来るのならば、お願いしたい、彼女には、辛い思いしかさせてやれなんだ。幸せにしてやりたい。」
マサキは、ステファンの溺愛ぶりの原因が分かって納得もし、また、良い男なんだなと思い、力を込めて、
「
と、返事をした。
話を中断して、ステファンとヘンリーと共に、王妃の部屋へと足を運んだ。王妃は、やはり美しい女性だった。だが、病弱故の儚げな顔に影もまた、差していたのである。
マサキは、まず口頭で症状を確認していった。王妃が言うには、動機や息切れがよく起きて、呼吸が苦しくなる事も増えて来たとの事だった。
「心臓か……。」
と、マサキは呟いた。
「王妃。よくここまで頑張った。ステファンの愛情が王妃をここ迄、繋ぎとめていたのだろう。今から、魔力で診察をするから、胸を開いてもらっても良いか?乳房が見えない程度で良いから、体の中心やや左を見たい。」
王妃は素直に服の前を開けてくれた。
「こうですか?」
「うん、それで良い。」
マサキは胸に手を当てて、ゆっくり魔力を心臓に当てて見た。頭の中に心臓の中の状況がイメージとして流れ込んでくる。魔力感知の応用だ。
(あれ?左心房と右心房って繋がってたら駄目だよね?てか心臓って右と左繋がってたら駄目だよね?これかな。)
念の為、マサキは自分の胸に手を当てて、魔力をぶつけてみたが、やはり、右と左は繋がってはいない。繋がっていてはいけないのだ。患部を確認し終えたマサキは、慎重に魔力を練っていく。患部が塞がるイメージを固めて【
マサキは王妃の服の前を閉じると、両手を掴んで、魔力を循環させた。そして、【
王妃は7色の光に包まれ、また自ら発光している様だった。光が収束すると、リリアーナと瓜二つの若い超美人がそこにいた。
「気分は、どう?」
「何か、胸の辺りが凄く楽になって、力も湧いてくる様です。」
「もう、歩いても、走っても、大丈夫だから。また、ステファンに可愛がってもらうと良い。」
と言って、鏡を見せてやった。
「え?これ私??」
「そう、年齢は変わらないけど、肉体は20代前半位かな。」
「まあ!素敵。」
マサキは、ステファンの肩をポンと叩くと、ヘンリーを促して、部屋から出たのである。扉を閉めた向こう側から、ステファンの泣き叫ぶ声が聞こえたが、聞かなかった事にしてやろうと思う。1人の女を愛しすぎる男、マサキの理想であった。
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