第71話 疑惑

 執事服に身を包んだ弥助が、屋敷に戻って来たので、早速話を聴いてみた。

「どうしたんだ?執事服?」


「ええ、後を付けられても良い様に。念の為ですよ。」


「そういう事か。じゃ、まずはリビングで話を聴かせてくれ。」

そう言って、2人揃って屋敷の中へ入って行った。




 桜が玄関を開けた所で仁王立ちして、目を吊り上げていた。

「上様!どうして私達を放ったらかしにして、お顔を見せてくれなかったんですか!?私達がどれほど心配したか……。」


 マサキは、目を逸らしながら言う。

「これが、かの有名な男女の営み、放置プレイだ!」


「上様!!」


「はいはい。悪かったよ、桜、愛してるぞ!」


「上様。私はそんな言葉に騙される程、チョロくないんですからね!!」

と言って、マサキに抱き着いた。

(騙されてんじゃねーか。桜は可愛いから良いんだけどな。もしや、これはツンデレでは!?いや、桜にはツンがないか。)


 弥助が助けてくれた。

「桜、上様は、まだお忙しい。後で可愛がってもらえ。」

桜は、納得したのか、体を放してくれた。


 弥助とリビングに移動して、ソファに腰を下ろすと、桜にお茶を頼んだ。何か収穫があったのか。早速、聴いてみる事にした


「弥助。取り敢えず、あの執事風の男が、チュゴセンの諜報員と言う事は分かっている。」


「え?あの侍女は何者だったんです?」


「カリグラの娘だ。ほら、セベインの。カリグラの奥方と次男、三男、長女だな。裏盗賊ギルドなんて言ってたから、うちに引き取って来たわ。」


 弥助は、笑いながら言った。

「上様らしいや。て事は、あの侍女は味方と思って良いんですかね?」


「大丈夫だよ、多分だがな。セベインの一件の時に、処刑しない様に言って措いたのを騎士団長から聞いて、恩義を感じてくれているらしい。丁度、男手も欲しいし、良いかと思ってな。」


「そうですね。ついに動き出しますもんね。とは言え、上様の事だ。命が危ないと思ったんじゃねーですか?」


「まあな。独裁者が、人を信用しないし、簡単に人を殺すのは、自明の理だしな。さて、奴らの動きはどうだった?」


 弥助は頷いた。

「後を付けてみた感じだと、何処かに連絡を取った節はないですね。口頭で話をしていただけですから、これから文にする可能性はありますが。」


「潜伏先は、分かっているか?」


「ええ、それがですねぇ、カステールの屋敷なんですよ。」


「……マジ?あーだから執事服なのか。」


「ええ、なんで屋敷の中には侵入していません。上様の意向を確認してからと思いまして。」


「さすが弥助、良い判断だ。しっかし、どうしてこうも面倒な展開になるのかね。土木工事に入りたいのに!!」


「仕方ないですよ、相手があの国じゃね。」


 潜入調査なり、何かする前に情報を整理しないと、分からない事が多すぎると考えたマサキは、サーシャを呼んで、チュゴセンに渡っている情報を確認する事にした。


 サーシャの話では、ラーメリア国王が娘に弱い事を把握していたが、娘は国王に見捨てられている様だと報告していた様だ。学校の担任がマサキだと、リリアーナに聞いていたからだそうだ。屋敷に帰ったリリアーナは、マサキの話を嬉しそうに、いつもしていたそうだ。


 少なくとも、サーシャの話では、大した情報は伝わっていない様だ。リリアーナの行動パターンにしても、学校へ行って帰るだけ。ラーメリア本国の情報としても、ヘンリーが摂政に就いた事などは、話していないそうだ。警備については、近衛が常に傍にいると言ってあるらしい。リリアーナの近衛は、学校の行き帰りは付いておらず、外出する時しか付いていない筈だけどね。


 しかし、そんな拙い嘘でも、弥助の言う様にカステールの屋敷に入り込んでいるとするのなら、バレてはいないだろう。マリアに見付かったらアウトだからだ。


 だが、とマサキは腕を組んで考える。

 カステールの屋敷に入り込んでいるとすると、こちらから手は出し難い。屋敷内に忍びを放つのも憚られると言う物だ。万が一、忍びの存在が露見した時に、言い訳に困ってしまう。サーシャの事を、表沙汰にしなくてはならないからだ。まあ、弥助に限ってそれはないと思うのだが、思い切るには安心材料が足りない。


 マサキは、腕を解いて、シルフィードを呼んだ。

「シルフィ。カステールの屋敷の音声を拾えるか?」


「風が通りさえすれば、どこでも平気。」


「そうか、後は人物が特定出来れば良いのか?」


「さっきの執事っぽい男でしょ?わかるよ~。」

 何?この仕事出来ます美女精霊。使えるわぁ。


「じゃ、頼んで良いか?」


「任せて!精霊に行かせるから、少し待ってね。」


「おうよ。」


 弥助が、驚いた。

「大精霊ってのは、やっぱり凄いんですね。私らの仕事が、無くなってしまいますわ。」


「いや、実体があった方が良い時と、無い方が良い時がある。情報を取るだけなら、精霊だろうが、作戦行動はやはり、忍びに軍配だろう。」

 本当は、大精霊が居れば大抵の事はなんとでもなるのだ。が、忠臣弥助に、そんな事は口が裂けても言えないのだ。


「上様……。」


「カステール屋敷にいる奴に、サーシャの嘘がバレた時が、危険だなぁ。リリアもサーシャの家族もな。それでも、リリアに、これまで被害がなかったのは、サーシャのお陰だろう。」


「そうですね。あの王の娘狂いの情報が流れていたらと思うと、ちょっと笑えませんね。」


「だが、サーシャ一家を引き取った事で、どう変化が起こるか。だなぁ。」


「上様。また、先生をお遣りになっては?」


「なんでだよ。自分の嫁達に授業するとか、どんな羞恥プレイなんだ。

 衝撃!!名門魔法学校で繰り広げられる教師と王女達の痴態!!

とか、噂になったらどうすんだ!」

と、マサキは、拳をギュッと握りながら熱弁した。


「上様。欲望が丸見えですよ……。」


「だって、ただでさえ美女なのに、制服着たあいつら、スタイル抜群の美少女に変身するんだぜ?また、学校と言うのが独特のエロい雰囲気を持ってんだな。手を付ける前ならいざ知らず、手を付けた後となっては……おっさん我慢できなーい。

だから、早く辞めたかったんだし。」


「はっはっは、上様らしいや。」


「学校へ行くとさ、シリルが真面目娘になるんだが、嫌がるシリルを訓練場に連れ込んで無理矢理とか、超萌えそう。」


「上様!」


「はっ!いかん欲望が丸出しになってしまった。まあ、そんな訳で、先生は危険なのだよ。やばい興奮してきてしまった。」


 とまぁ、こんなアホな会話をしていたら、シルフィードの準備が出来た様だ。怪しい会話だけ、マサキの脳内に送ってくれるそうだ。優秀だぜ。



 学校から帰った姫達が、自室で着替えて降りて来た様だ。

 リリアーナがリビングへ来ると、抱き着いてきた。

「何処に行っていたんですか?会いたかったです。」


「悪いな、忙しかったんだ。制服姿のリリアが見たかったなぁ。」


「もう1度、着替えて来ます!」

と言って、リリアーナは立ち上がった。


「冗談、冗談だ。」

と言って、マサキはリリアーナの腰を抱き、膝の上で横抱きにした。


「なぁ、リリア。サーシャをな、別に任務に就けたいんだ。屋敷からもう1人、リリア付きのメイドを連れて来れないか?」


「それは、構いませんけど。元々、サーシャさんは自薦でしたので。昔からの侍女がいますから、連れて来ますね。」


「ああ、そうしてくれ。じゃ、マリアを呼んでくれるか?」


「はい。」

と、言うので、リリアーナにチュッとキスをして送り出した。



 マリアがドタドタしながら走って来て、ソファにダイブして来た。避けようかとも思ったのだが、流石に可哀相かと抱き留めた。


「マリア、危ない事すんな。」


「だって~、20日も放置ですよ?そりゃ、体も擦り付けたくなると言う物です。」


「はしたない王女になってしまったんだな。マリア姫。」


「私の体を、はしたなくしたのは、先生ですからね!」


「いや?俺は、マリア姫に襲われたと記憶しているが?」


「そうだけど、離れられなくなっちゃったのは、先生の所為!あと、その姫って言うの、お願いだからヤメテ下さい。」


「はいはい。分かった分かった。マリア、カステールの屋敷にエルスに来てから雇い入れた執事とかメイドとかっているか?」


「いますよ。入学した時、執事1人とメイドを1人。後は、姉様が入学した時にカステールから連れて来たか、私が入学の時に連れて来た者ばかりですね。」


「マリア付きの侍女は?」


「ああ、セシルですか?彼女は、カステールのエクセター伯爵家の二女ですから、向こうから連れて来たんですよ。気に入っちゃいました?良いですよ。抱いちゃっても。」


「お前なぁ、そうやって侍女には、人格がないみたいな事を言うな。」


「違いますよぉ。セシルも先生が大好きなんです~。」


「なんだそりゃ。そうなると、執事でも最低4年半か。似顔絵とかあればなぁ。」


 弥助が言う。

「上様。描きましょうか?」


「描けるのか?じゃ、頼む。」

 マサキは、そう言うと、紙と鉛筆を渡した。弥助はサラサラと似顔絵を描いていたが、適当に描いたとは思えない、見事なデッサンだった。


「すげーな、弥助。こんなに絵が上手かったのか。」


「いやぁ、それ程でも。」

と言って、照れている様だった。


「マリア、こいつは、こっちで雇った執事か?」


「いいえ、姉様がカステールから連れて来た執事ですね。」


「あーん?マジで?そんな昔から入り込まれているのか……。」


「どういう事なんですか?」


「ちょっと待て、頭を整理する。」


 マサキは、腕を組んで思考の渦に身を任せていた。

(どういう事だ?ラーメリアに食らいついたのは、つい最近で、カステールには、昔から潜伏していたと言う事か?こうなると、パルミナ本国辺りは、ズブズブの可能性もある訳か。

 この3国は、本国にも、諜報員が入り込んでいると見るのが妥当だろう。エルスロームには、その手のネズミが入ってないな。チュゴセンの諜報員が、入り込んでいる目的はなんだろう。まさか、国の簒奪とかは有り得ないし……。金……か?)


『主様。繋ぎます。』


『あの女は役に立たん。碌な情報を持って来ん。』

『元々、没落した貴族の令嬢でしょう?無理なんじゃない?』

『だが、今はマリア嬢と一緒にいる事が多いから、私は動けぬのだ。』

『じゃ、私が動きましょうか?怖気づいたのでしょ?ニールセン。』

『其方とて、マリア嬢に見られでもしたら、バレてしまうのだぞ?分かっているいるのか、シスカ。』

『あんな女、イザとなったら殺してしまえば良いでしょ?』

『馬鹿を言うな、誰の屋敷に、今いると思っているのだ。』

『たかが冒険者じゃない。宗主様に比べたら、大した事はないでしょ?』

『兎に角、今はまだ待て!』

『分かったわよ。そんなにムキにならないで。』


『一旦、終了します。』



(キーワードは、ニールセン、シスカ、宗主……か。)


 マサキは、腕を解くと、マリアに聞いた。

「ニールセンと言う男と、シスカと言う女に覚えは有るか?」


 マリアは言う。

「ニールセンも、シスカも、私が入学する時に、こっちで雇い入れた執事とメイドですね。」

(どういう事だ?)

『主様。ニールセンと言う男。変装しておりました、古参の執事に。』

(ああ、なるほど。この世界の変装の技術は凄いもんな。でも、忍び絡みなのか?)


「宗主、と言う言葉に聞き覚えが有る者は居るか?」


 これには、弥助が答えた。

「宗主は、チュゴセンの独裁者の呼び名ですね。宗主様と呼ばれている筈です。」


「弥助、チョゴセンに忍びは居ると思うか?」


「雇われは、いるんじゃないですかね。」

(シスカと言う女、くノ一やも知れんな。宗主に心酔している、或は洗脳されている、か。)


「マリア。シスカと行く女、黒髪黒目か?」


「はい。霧さんと似てますかね。」


「うっそー、あんな美女?」


「ええ。」


「やべー、虐める自信がない。寧ろ虐められそうな。虐められてみたい的な?」


「上様!」


「おっと、弥助悪い。また欲望が。」


「少し、休憩して頭を休めませんと、碌な思考になりませんよ。」


「そうだな。風呂でも入るか。」



 一旦、思考をリセットする為、シルフィードに監視を頼んで、風呂に入って晩飯にする事にした。湯舟に浸かると、久々の温泉が体に浸みる。気持ちが良い。うずうずしていた嫁ズが、みんな入って来た。両サイドに、シャルロットとシリルが来たので、両手におっぱい状態で寛いだ。今日は、みんなしないと、許してくれそうにないな。仕方ないか……。20日は、ちょっと長かったかな。


 風呂から上がって、久しぶりの桜の煮物を食べながら、晩酌をして、最後はお茶漬けで締めると言う、日本人の晩飯を楽しんだ。今日の酒肴は、桜の考えの様だ。満足満足。


 寝る時間が無くなってもいけないので、早速、夜のお勤めをする事にした。学生組7人を順番に制覇して、椿と桜を最後に抱いて、一緒に寝る事にした。リリアーナが、めっちゃエロくなってしまったのに、驚いた。思わず、お替りをしてしまう位に。リリアーナは勉強家なのだが、まさかこんな事まで、勉強してないよね?と祈るばかりなのである。


 カステールの執事とメイド。2人とも偽名だと考えるのが妥当だろう。シスカ、フランシスカ?いや、黒髪黒目ならば、日本人だろう。シスカ→しずか?ふむ。

「椿、桜。お前達の里に、と言う名のくノ一はいるか?」


「いますけど、この5、6年見ていませんね。」


「くノ一ってさ、いくつで1人立ちすんの?」


「大体、12歳~15歳の間ですよ。静さんは、霧さんのお姉様です。」

と、桜が言った。


「マジか!?」


 マリアは霧に似ていると言っていた。まさか、違ってくれよと祈る、マサキであった。そのまま意識を手放し、眠ってしまった。




 翌朝、起き出して、1人で風呂に入って考えた。もし、シスカが霧の姉ちゃんだった場合。そして、洗脳されている訳でなく、宗主とやらに、心酔してしまっている場合、切れるだろうかと。


 いや、俺には無理かもしれん。無力化くらいは出来ると思うが、命は取れないだろう。だが、心酔しているとなると、危険極まりない。マリアもリリアーナも狙われる事になってしまう。なんなんだ、この究極の選択みたいな奴は。


 四の五の考えても仕方がないので、今日は、カステール本国のマルキアスに、一筆書いてもらって、屋敷の手入れに行こうと決めたのである。問題は、マルキアスが素直に信じるかどうか、だが。


 同時に、本国に入り込んでいる間者の炙り出しが、カステール側で出来るかどうかも問題だろう。下手をすると工作だけされて、逃げられてしまう。或は、誰かが攫われる。と言った事件が、起こらないとも限らないのだ。結局、時間との勝負になってしまうのに、俺は1人しかいないのだ。そして、優先順位は決まっている。本国より、マリアなのだ。


 だが、チュゴセンの周辺国は、その危険性を充分に承知している筈で、警戒もしているのだろう。そんなに簡単に入り込めるだろうか。あ、だから学生狙いなのか?


 これは、マリアにもう少し話を聴く必要があるだろう。


 風呂から上がって、食堂に行くと、学生組が集まって来たので、マリアを呼んで聞いてみた。

「マリア、姉ちゃんが卒業した時、一緒に本国に帰った執事、或は貴族令嬢以外のメイドはいるか?」


「執事は、着いて行きました。後は、護衛と侍女がついて行きましたが、侍女は私と同じ様に、貴族家の子女です。」


「姉ちゃんは、本国でいつも何をしている?」


「どうでしょうか?政務の勉強はしていると思いますが。」


「弟が2人と言ってたな?いくつだ?」


「上が15歳で、下が12歳になるので、魔法学校の試験を受けに来ますよ。」


「そうか、分かった。ありがとう。」


「ねぇ、先生。何が起こっているのですか?」


「今は、まだ聞くな。俺にも正解が分かっていない。」


「分かりました。ちゃんと教えて下さいね。」


「ああ、約束だ。」



 引き続き、シルフィードに監視を頼み、マサキは朝飯を食べて、カステールに向かう準備を始めたのだった。




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