第70話 情報屋の真似事

 カステール方面に向かって船を進めていたマサキ達一行は、カステール上空を横切って、山脈にぶつかろうと言う所まで来ていた。迷ったマサキは上昇を選んだ。上空3000m位迄上昇すると、気温は下がるわ、空気が薄くなるわで、大精霊達の手伝いを借りて、やっと船内であれば居られるようになった。


 イフリータに温めてもらい、シルフィードに風を調整してもらい、レオノールに空気を調整してもらった。そこから更に上昇させて5000m位迄上がっただろうか。やっと山脈を越えられると思ったのだが、そこは、真っ白で峻険な山並みが続く、およそ人が住めるような、或は、通れる様な場所ではなかった。例えるなら、RPGのゲームで飛行手段が手に入るまで、行く事が出来ず。また、飛行しても着陸出来ない山、の様な場所だった。


 しかし、マサキはこれが何処迄続いているのか、確認せずにはいられなかった。そのまま直進を選択すると、自分の体の周辺に【隔離アイソレーション】の魔法を掛けると、甲板に出て、外を見てみる事にした。


 万年雪だろうか、雪が厚すぎて何も見えず、動物はいるかどうかさえ分からなかった。降りてみようかとも思ったが、みんな軽装であり、自殺行為でしかないので、諦めて、前進を続けた。結局、終わりが見えた所で下を確認したが、断崖になっていて、すぐ海になっており、意味がなかった事が分かっただけだった。


 そのまま、南へと方向を転換して、断崖に沿って進む事にした。結局それもパルミナの南側に出るまで続いていた為、弥助の言った通り、もう1つ小国があっただけだった。この世界は全部で7か国でファイナルアンサーなのか?と思ったんだが、思い出したので、ノーミードに聞いてみた。


「ミー。そう言えば、この世界には、ドワーフが居るって神様に聞いてるんだが、どこにいるか知っているか?」


「えっとね、少ないけど、エルスロームとかエクルラートの鍛冶屋にもいるよ。だけど、大体は赤龍のいた山の、更に北にある山に穴掘って住んでいるよ。」


「マジか。勧誘したら来てくれるかな?」


「ん~、どうかなぁ。一部は移ってくれるかも?」


「話してみないとわからんか。そりゃそうか、また行って見る事にするよ。細かい工作は、ミーも得意だもんな。当分は良いか。」


「うん、主様の為なら何でも作るよ。」


「欲しい物は沢山あるから、城が出来たら手伝ってくれ。」


「うん~」




 ドワーフの居場所は分かったし、大した物もなかったし、帰るか。屋敷にいる嫁ズには、20日位会っていないのか。ん~、セレスティーナとか離れてくれなさそうが気がするなぁ。


 弥助と霧が船長席まで来た。

「上様?何を考えておられます?」


「うん。帰ろうかと思うんだ。思うんだが、ウザったそうな気がするもんだから、他に行くとこないかなぁと思ってさ。」


 霧が眉を吊り上げる。

「上様!それは、自業自得と言う物でしょう?ちゃんと、奥方様達のお相手をしなければなりませんよ。ちょくちょく帰れば良かったのです!こんなに放っておくなんて。」


「そう、怒るな霧。この気楽な面子メンツで居たかったんだよ。物の役に立たゃしねー王女がいても、邪魔だったしな。相手にするのも面倒だったし?」


「上様!!」


「はいはい。帰りますよ~。愛しの姫達の所へ。」


「もう少し、ちゃんと見てあげて下さい。」


「見てるさ。だから置いてきたし、帰らなかった。それだけだ。」


「どういう意味ですか?」


「んまぁ、帰るだろ?そうすると、セレスが何処へ行ってた、何して来た、何をしたいんだって聞くだろ?今は、ちょっと答えられんから、面倒だったんだよ。

 リリアーナの部屋付きメイド、あれどう思う?」


 弥助が答える。

「あー、あのメイドは、堅気にゃ見えませんね。」


 霧には分からなかった様だ。

「え?そんなに変な人?」


 弥助は、呆れた様に言う。

「霧。お前は、上様しか目に入っていないからそうなるんだ。随分前から、上様は彼女を警戒してたんだぞ。くノ一ならくノ一らしく、上様の身辺に気を配れ。」


「ごめんなさい。」

 おお、霧が謝ってるの初めて見たわ。


「まあ、精々、ステファンの回し者程度かなとは思っているが、奴らには、まだ情報は渡したくない。先に居座られて、領有権でも主張されてみろ。面倒臭い事この上ないだろ?それに、まだ奴の手の者と決まった訳でもない。」


「上様は、どう見てるんです?ラーメリア国王でないとすると、他に可能性ありますかね?」


「確証はないし、根拠もないし、ただの勘だけど、ラーメリアに入り込んでいる何処かの間者が、俺達を探りに来た可能性は考えてはいる。」


「第三国の存在ですか?」


「うむ。ただ、帝国、カステール、パルミナは、可能性としては、低いと思うのよな。エクルラートは有り得ないし。帝国は兎も角、パルミナもカステールも王も側近も黒そうな奴はいなかったしな。まあ、普通ならステファンと考えるのが妥当だろうさ。ただ、ヘンリーが摂政になって尚、引き上げない事を考えると……。と思ってな。」


「あー、確かに。ヘンリーさんなら絶対に引き上げさせますね。さすがですね、そこまで読みますか。」


「うん、とは言え、弥助の一言で気付けたんだけどな。」


「何です?」


「俺達の関わり合いのない、俺が、有る事すら知らなかった国があるだろう?」


「あ!!」


「それで、あるかもなぁ、と言う可能性に気が付いた。まあ、何の根拠もないのだけどな。どんな国かも知らないし。」


「上様。それは可能性有りますよ。その国は、チュゴセン共和国と言うんですが、嘘つき国家と呼ばれています。パルミナでは、結構、人が攫われている、と言う話も聞きますし。勿論、共和国はそんな事は認めていませんがね。」


「共和国?共和制を取っているのか?」


「名ばかりの共和国で、実際は独裁者による独裁統治ですね。」


「そうだよなぁ、共和制を敷くほど、大きな国でもないもんな。まあ、そんな国なら出来るだけ関わらない様にしないとな。」


「ですが、あの侍女の存在は無視出来ないでしょう?」


「うーむ、そうなんだよなぁ。ちょっと調教してみるか。」


「調教…ですか?」


「うむ、教育的指導と言い換えても良いかもな。」


「なんか苛烈そうですね。」


「まあ、裏切者は許さんよ。生きている事を後悔する程度にはな。」

 と、言いながら、ニヤッと黒い笑いを浮かべるマサキに、弥助も霧も恐怖を覚えるのだった。




 王都エルス上空に差し掛かる前に、一旦船を静止させた。上空で待機する様に指示をして、【ゲート】で、王城のセレスティーナの部屋へと移動した。セレスティーナの部屋には当然、誰もいなかった。そこで、魔力感知を広範囲に広げて見た。王女、王妃の私室があるフロアには、異常はなかった。


 セレスティーナの部屋を出て、執事室の前を通って、階段をゆっくりと魔力感知を広範囲に広げたまま、降りて行った。階段を半ばまで降りたところで、反応があった。これは、執務室の天井か。不味いな、壁の情報が執務室に届いていたとすると、聞かれた恐れがあるな。あの2人なら、俺の仕業だから放っておけとか言いそうだし。


 さて、顔を出せば、捕まって色々聞かれるに違いない。俺も天井行くか…。と考えていたら、動く様だ。魔力を追っていると、城から出て行く様だ。ん?あ、リリアーナが帰って来る時間か。と言う事は、リリアーナの侍女か。残念ながら奴の黒は確定だな。面倒くせーなぁ、リリアーナに説明するのも、セレスティーナが大騒ぎするのも、目に見えているしなぁ。一応、魔力を外まで追ってみる事にした。


 王城の中を気配を消して、走っていたのだが、顔見尻、いや顔見知りのメイドさんに見付かってしまった。人差し指を口に当てて、片目を瞑ったら、理解してくれた様だ。いつも執務室に行くと、お茶を淹れてくれるメイドさんで、よくお礼にと言う名目で尻を撫でているのだ。心が通じるって良いよね!


 多分違うと思うが・・・。



 王城の外に出た所で、どっちへ向かうか、魔力を追っていたのだが……。仲間?誰かと接触している?そちらへ足を向けると、普段着の侍女が執事風の男と話し込んでいる。その場で、【ゲート】を開くと、弥助を引っ張り出した。


「弥助、どうもあの侍女、王の執務室の天井に通っていた様だ。で、あの執事と今、接触しているんだが、弥助は執事を付けてくれ。サンドル辺りから、壁の情報が執務室に入っていると、恐らく、王と公爵は俺だと断定しているだろう。」


「あ、それを聞かれていたら、不味いですね。」


「ああ、あの執事が何処かに連絡なり、文書なり出す様なら、それを調べて欲しいんだ。通常なら、ラーメリアだとしても1カ月は掛かる筈だから、どこかで止めてしまえば良いからな。」


「承知しました。上様はどうされます?」


「残念ながら、あの侍女は黒確定なんでな、ちょっとお仕置きだ。」

 と言って、ニヤリとした。


「上様。とびっきり悪い顔してますよ……。」


「そうか?そんなつもりは、ないんだがな。じゃ、行動開始宜しく。」


「承知!」


 侍女と執事が別れて、侍女をマサキが、執事を弥助が、それぞれ後を付けていった。


 マサキは、気配を断ったまま、侍女の後を付けていた。そうすると、通行人とぶつかりそうになるので、左右に避けながら歩くと言う、面倒臭い事になっていた。仕方ないと割り切って、尾行に集中した。侍女は、マサキが行った事のない路地に入り、寂れた感じの建物へ入って行った。


 マサキは大小を取り出して、腰に落ち着けると、気配を消したまま、建物に侵入した。魔力を感知する限り、4人位の人間が居る様だ。ゆっくりと、人間が居る部屋の扉に近付くと、声を拾ってみた。


「サーシャ、どうだった?今回の依頼は、長くて楽そうだな。金にはなるし、良い仕事だな。」


「最初は楽だったわよ?リリアーナ様は、世間知らずの真面目な王女様だし、でもね、今は違うわよ?どこに住んでいるか、知ってて言っているのかしら?」


「いや?屋敷じゃないのか?」


「お屋敷なのは、お屋敷よ。マサキ・タチバナ様のね。」


「え?ちょ。マサキ様か?」


「ええ、Sランク冒険者主席のマサキ・タチバナ様よ。」


「すぐに手を引こう。恩を仇で返しちゃいけねー。俺達みたいな裏盗賊ギルドは、すぐに潰されてしまうだろうが、あの方に喧嘩を売ってはいけねーよ。」


「ううん、恩返しが出来るかと思って。奴らの欲しそうな情報を、ひっくり返して報告してあげてるの。だから、王城で情報は取ってるんだけど、反対にして報告してるのよ。リリアーナ嬢の事も嘘ばっかり教えてる。」


「だが、マサキ様に迷惑が掛からないか?」


「大丈夫だと思う。」


(うーん、全然、覚えがないのだがなぁ……。誰?)



 考えても思い当たらないので、入ってみる事にした。

「よう、悪巧みは終わったか?」


 サーシャは顔を真っ青にして、膝を床に付いた。

「申し訳……ございません。」

 男も呆然としていた。後の2人は、サーシャより少し若い男と30代後半の女性だった。


 そうそう、サーシャは19歳なんだぜ、それも美女と言って良いだろう。身のこなしも軽いし、引き締まった体をしているが、デカいのよ。おっぱいが。


「まあ、ちょっとだけ話は聞かせてもらったが、俺、お前達に何かしたっけ?」


 サーシャと話をしていた男が立ち上がり、こうべを垂れた。

「私は、ケネスと申します。カリグラの息子、と言えば、お分かり頂けますでしょうか?」


「あぁ、セベインの。」


「馬鹿な父が、悪魔を召喚した事によって、私達も身動きが取れない状態でした。母など本当に酷い扱いを受けておりまして、弟や妹も全く自由がない状態で暮らしておりました。

 そして、マサキ様が悪魔を討伐して下さった時、本来ならば、悪魔事件は当事者を全員処刑しないと危険だ、と言う事も知っておりました。それを、問題なければ家族は罪を問わない様、騎士団長に指示して頂いたと聞いております。

 貴方様のお陰で、こうして家族が揃って、生きていける事となりました。改めまして、御礼を申し上げます。有難う御座いました。」


「あー、そういう事か。で、何で盗賊ギルドなんかやってんだ?」


「お恥ずかしい話ですが、父は、こんなヤクザな技術と知識しか、与えてはくれませんでした。それでも生きて行かねばなりませんし、やっと家族で力を合わせて暮らせる様になりましたので、日々の糧を得る為にやっております。ですが、盗みや人攫い等の犯罪行為はしておりません。云わば、情報屋の真似事をしております。」


「ふーむ。サーシャ、あの執事風の男は、どこの国の者だ?」


「え?それも見られていましたか。あの男は、チュゴセンの諜報員です。」


「マジか!1番面倒くせー展開かぁ……。奴らの目的は何だ?」


「リリアーナ嬢の誘拐ではないかと考えていますが、確かな事は解りません。」


「サーシャが、ラーメリアの屋敷に入り込んだのは、いつ頃なんだ?」


「依頼があったのが、この王都へ来て、これをやろうと決めてすぐでしたので、3カ月前頃でしょうか。お屋敷に奉公に入ったのは、2カ月半前です。」


「依頼の内容は、聞いても良いか?」


「はい。内容としては、リリアーナ様から、ラーメリア本国の情報を聞き出す事と、リリアーナ様の行動パターンの情報。それから、警備の状況でしょうか。」


「ふーむ、クズ国家と言う噂は、本当みたいだな。だが、お前達も危険だと言う事は、理解しているか?」


「なぜ、でしょうか?私達は、情報を渡しているに過ぎませんよ?」


「独裁者と言うのは、疑心暗鬼の塊の様な奴なんだ。どうして、王都で商売を始めたばかりの、お前達に依頼が来たと思う?」


「そう言われてみれば、そうですね。なぜでしょう。」

 ケネスも首を捻っている。


「用が済んだら、簡単に消せるからだ。大規模組織を使うと、足が付く可能性がある。ならば、小規模な組織を使い捨てにした方が、自分達の情報が洩れなくて済むだろう?まあ、確証がある話ではないが、独裁者が人を信用しないと言うのは、覚えがあるんじゃないか?」


「あ!お父様がそうでした……。」


「そう、人を信用出来ないから、悪魔を召喚したんだぜ?」


「では、どうすれば……。」


「ケネス!お前達、俺んとこに来るか?俺の元で働いてみる気は有るか?

折角、家族が揃って生きていける様になった事を喜んでいるのに、また命の危険がやってくるぞ。」


「宜しいのですか?我らは、罪人の家族ですよ?王家の姫様を娶る様なお方が、我々を使って良いのですか?」


「アホか。お前が罪を犯した訳じゃないだろう?それに、王女だろうが、皇女だろうが、服屋のねーちゃんだろうが、エルフの女王であろうが、メイドであろうが、くノ一であろうが、全員身分は、『俺の女』それ以上でも以下でもない。俺の前に身分など、なんの意味も価値もない物と知れ。お前達の贖罪は終わった。と言うより、そもそも贖罪の必要がない。」


「では、お願いしてもよろしいでしょうか。」


「まだ、話せない事もあるが、色々考えている事もある。お前達家族の行く道は、必ず俺がつけてやる。安心して来ると良い。」


「よろしくお願い致します。」


「えーと、ケネスにサーシャに……。」


「マルカムです。こちらが母のポーラです。」

 マルカムがそう言って、ポーラが頭を下げた。


「よし、4人とも荷物はあるか?」


「大して有りません。ここにあるだけです。」


「じゃ、行こうか。」




 マサキは4人を連れて、屋敷へと戻るのだった。

「サーシャ。奴らに何処迄話してある?壁の話とかしたか?」


「いいえ、マサキ様に関わる事は何も。」


「そうか。リリアの誘拐か…、出来るつもりなんだろうか……?」


「そう言えば、城に穴を開けて逃げてしまう位でしたね。」


「そう、俺の教え子なんだぜ?普通な訳がない。あ、今は俺、屋敷に戻れないんだった。」

そう言って、ゲートを開き、4人とも押し込んだ。


 船に移動した4人はキョロキョロしていた。

「此処は、何処なんです?」


「ああ、空を飛んでいる船の中かな。」

 と、言って船長席にマサキは座った。3人は驚いた表情をしていた。サーシャは嬉しそうな顔をしていた。乗りたかったのか?乗ったじゃんなぁ。空を飛ぶのが好きなんだろうか。



「皐月、王都屋敷上空へ頼む。」


「承知しました。」

と、静止状態から王都上空へと移動を開始した。5分ほどで着陸態勢に入った。ゆくりと、降下して行き、屋敷の庭にそっと着陸した。船から降りて見回すと、勘治がいたので、呼び止めた。


「勘治。この4人の為に、別棟に部屋を用意してやってくれ。一家で住める部屋があったろ?そこで良いからさ。」


「承知!」

返事をした勘治は、急いで準備に走って行った。


 マサキは、サーシャに案内してやれと言い、リリアーナとはマサキが少し話をするから、サーシャは何も言うなと、言って措いた。ケネスには、部屋に入ったら、住みやすい様に、必要な物があれば、必ず言えと言って措いた。まずは、落ち着いて、明日以降に細かい話はしようと言う事にした。



 そして、弥助が戻って来たのだった。執事服を着て。











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