第58話 テスト飛行

 工場に着いて、船の所に行くと、職人衆が起きて来たので、帰るならゲート繋ぐぞ?と聞いたのだが。宿舎の住み心地が良く、まだ寝ている奴もいるので、後でお願いしますとの事だった。朝飯は、昨日の宴会の残りを、女性達がちゃんと取ってあるらしく、問題ないとの事だった。


 それを聞いたマサキは、じゃいいか。と思って船に上がった。台の上に乗った船で、喫水を考えて、しかも客室を贅沢に作っている為、高さが尋常ではない。10mの壁の上から板を甲板に渡して丁度いい位なのだ。これで、屋敷に飛んで行っても、乗れねーよなぁ……と考えていたのである。


 台がなくても、地面に降りられる様に、船底の両サイドに直進性を良くする為のフィンが付けてあるので、着地しても倒れない様にしてある。が、台無しでも甲板まで8mは高さがあるだろう。これは、格納式の階段を作らねば。梯子じゃなくて、階段をね。梯子だとうちの姫達のパンツが見えてしまうのだ。


 さて、どうやって作ろうかなぁ、と考えて胡坐を掻いて悩んでいると、女職人が声を掛けて来た。この娘は皐月さつきと言うそうだ。

「御屋形様?何を悩んでおられるのです?」


「ああ、格納式の階段が必要だと気が付いてな。どうやって作ろうか、悩んでいるんだ。」


「でも、水に浮かべるのなら、喫水で下がりますから、4、5段の踏み台でも良いのではないですか?」


「ああ、言ってなかったな。これ、空飛ぶ船なんだ。水の上でも動くけどな。」


「ええ!?それだと、船底から甲板までですよね。少し待って下さい。みんなで考えましょう。」

そう言って、皐月は走って行った。



 男衆の、勘治が急いで確認に来た。

「御屋形様、梯子は駄目なんですね?階段が良いんですね?」


「ああ、うちの姫達は梯子なんか昇れないだろうし、下着が見えちゃうからな。」


「あーそうですね。では、私達が考えますから、御屋形様は、自分のやる事をやっていて下さい。どうせ、今来て思い付いちゃったんでしょう?」


「お、鋭いな!まあ、そんなとこだ。じゃ、いいか?任せて。」


うけたまわってそうろう。」


「ぷっ!候と来たか!!」


「はい。御屋形様の御命ですから、なんとかして見せますよ。」


「助かる。じゃ、任せるよ。」


 マサキは職人達の言葉に甘えて、魔導回路の設計は入るのだった。職人達は甲板の上で車座になって話合いをしている様だ。マサキは、船長室の黒檀の机に向かうと、昨日ウンディーネと作った紙を出した。操船の一連の流れを書き込んでいった。


 全員乗った状態と仮定しての基本操作。

・上昇する。良いと思う高さで静止する。下降する。

 上昇下降レバーを手前に引いて上昇、奥に押して下降、中立で静止。


 レバーを引くと、【反重力アンチグラビティ】【浮遊フロート】の魔石が駆動する。


 中立にすると、【浮遊フロート】の魔石が停止して【反重力アンチグラビティ】だけの駆動になる。


 奥に押すと少し【反重力アンチグラビティ】の魔力を押えて弱くすると下降する。


 レバーの角度で掛かる魔力が変化する。


・前進する。停止する。

 アクセルレバーを奥に倒すと前進、手前に引くとブレーキ、中立で静止。


 レバーを奥に倒すと、後方の4本砲筒から、風と火の混合魔法の【爆風ウィンドブラスター】を駆動して、バックファイヤを噴射して前進する。レバーの角度で掛かる魔力が変わり、2発と4発を使い分ける。


 中立にすると噴射を停止し、惰性で前進を続ける。


 手前に引くと、船首の2本の砲筒から【爆風ウィンドブラスター】を噴射してブレーキを掛ける。


 レバーの角度で、掛かる魔力が変化する。


・右旋回、左旋回する。

 舵輪を右に回すと右旋回。左に回すと左旋回。


 舵輪を回す事によって、右舷、左舷の砲筒から【爆風ウィンドブラスター】を噴射して船の向きを変える。


 舵輪の角度によって掛かる魔力が変化して行き、1本の駆動から2本の駆動へ切り替わる。


 

 この理屈をフローチャートにして、論理式に書き直し制御魔石に魔法陣を刻んでいくのが、今日やりたい事なのだ。


 制御魔石は、死霊竜ゾンビドラゴンから獲った巨大な魔石を使う。この魔石から、魔力供給も各魔石に出来るので、この魔石の魔力量だけ気にしていれば良いのだ。減って来たら充填する。これで、利用する魔力は解決する筈だが……理論上は。


 まあ、船の動きとしては、どっかの宇宙船みたいな感じだが、気にしたら負けだろう。どうせ考え付く事など、大体似た様な物なのだ。


 後は風圧対策が必要だなぁ、エリセーヌ像の額に、結界の魔石でも埋めておこうかなぁ。ああ、それが最善っぽいな。と、飛竜に乗せてもらった時の事を思い出していた。取り敢えず、適当な大きさ、それでも握り拳位の魔石に【障壁バリア】の魔法陣を刻んでいった。


 それを持って、船首に行ったが、エリセーヌの顔が無くなりそうなので、どうしようかと考えて、エリセーヌがネックレスをしている様に見える所に魔石を埋めた。なかななか上品に仕上がった様だ。


 ふと見ると、職人達は、取り敢えず細目の階段を、先に作ってしまう事にした様だ。高さを合わせて作った状態で、どう格納するか頭を悩ませる事を選択した様だ。兎に角作ってみる。と言うのは有りだろう、駄目だったら作り直せばいいのだ。


 昼まで、そんなに時間がないと思ったマサキは、先にトイレを作る事にした。茶色の便器は嫌だったので、山の方へ石を拾いに行った。スマホで写しながら見ていったが、イマイチ良いのがない。一気に山へ登って行ったら、あったあった、花崗岩。陶器の材料にもなった筈だ。所謂、御影石だね。色々使えそうなので、ちょっと多めに持って帰った。


 持って帰った、御影石を【融合フュージョン】で、一塊にして【形成フォーム】で成形した。日本の洋式便器をイメージしながら、そして表面を研磨するイメージで魔力を放出したら、ツルツルの便器が出来た。灰色なんだけど……。


 便座をどうするか考えたが、面倒なので、男も座って小便をすれば良いと割り切り、そのまま、便座の部分に【温度固定フィックステンプ】と言う魔法陣を描き、38℃で固定した。これは、魔法と言うより、魔法陣専用なので、付与魔法になるのかなぁ。魔法陣独特の条件設定が出来るのだ。これは、利用者のお尻から魔力を吸い取って使うので、魔力供給の必要がない。まあ、1カ月誰も使わないとかだと駄目だけど、うちには女がいっぱいいるので大丈夫だろう。


 次に、水洗機能だが……、便座の下側に螺旋状に流れる様に、【水噴射ウォータジェット】の魔法陣を2カ所に刻んでみた。うん、綺麗に流れる。問題は洗浄機能なんだよなぁ、ダイレクトに浄化しても良いんだけど、水が当たった方が気持ちいいかなぁ。人に寄って位置が微妙に違うから難しいんだよなぁ。屋敷のトイレならやれなくもないけどな。


 散々悩んだが、便座の奥の下に浄化の魔石を埋める事にした。流した汚物も尻も全部浄化してしまう事にした。水だけは張っておくけどね。臭くなるから。あ、消臭か、浄化で消臭は出来るが、している最中が臭いんだよなぁ、水がないと。

 世のトイレ屋さんは、色々考えていらっしゃる。


 そうして出来た便器をトイレに設置した。ミスリル線を作って各魔石まで這わせて、座った時に左側を触れば、水が流れて浄化まで出来る様にしてみた。まあ、浄化のお陰でスッキリするし、紙も要らないから良しとしよう。衛生的にも問題ないはずだ。


 トイレに夢中になっていたら、エリセーヌ像に、ミスリル線が届いていない事に気が付いて、船首のミスリルの端からエリセーヌ像まで繋いだ。


 エリセーヌ像の障壁の魔石は、風圧に連動する様にしたので、自動制御とした。後は、フローを論理式に書き換えて、デカい魔石に複雑な魔法陣を刻むだけだな。

ここで、昼になったので、職人衆を連れて屋敷に戻った。


 職人達は、屋敷の豪華さに驚いていたが、食堂に誘ってやった。

「桜、昼飯を頼む。みんなの分もな。」


「承知しました。今日も作業があったのですか?」


「ああ、俺が向こうに行ってから、気が付いちゃった仕事があってな。まあ、お前達の為だから仕方ないだろう。俺には必要のない設備だけどな。」


「そうですか、承知しました。」


 用意してもらった昼飯を食いながら、職人達と話をしてみたが、階段は難なく出来たが、格納方法で、みんな頭を悩ませているとの事だった。まあ、難しいよねぇ。


 勘治が、済まなそうに言う。

「船の幅は、15m以上あるんで、充分に乗るとは思うんですよ。ただ、どうやって出して仕舞うか、なんですよねぇ。」


「ふむ、そうなんだよな。雨も考えると甲板を分割したくないしな。」


 ここで皐月が、うーんと唸りながら言う。

「御屋形様、船尾の辺りに屋根を作ってはいけませんか?」


「ん?どう言う事だ?」


「船の幅は充分なので、甲板の縁の手すりに蝶番の様な物で階段を固定して、ひっくり返して、反対側の手すりに乗せる感じ…ですかね。」


「ならば、階段の幅に手すりを切ってしまって、手すり自体を甲板に蝶番で留めたらどうだ。その方が乗り降りしやすくないか?屋根と言うか、覆いが出来るのは、構わないぞ?」


「あ、そうですね。勘治さんと話してみます。」


「ああ、頼む。」


 そうなると、階段を持ち上げて降ろす魔道具がいるな。ワイヤーなんてないもんなぁ……。あ、ないなら作ってしまえば良いか。確か、微量ではあったが、ニッケルとクロムがあったよな。鉄と混ぜれば、ステンレスが出来るか、糸状にして編み込んでしまえば、丈夫なワイヤーが出来ないかな。勿体ないから、鉄でまずはやってみよう。あ、魔法でいけんじゃね?いけそうだ。魔道具いらねーな。


「おーい、嫁どもよ。ちょっとトイレ作ってみたんだが、使って見る奴はいるか?」


 シリルが手を上げた。

「私、使ってみたいです。」


「じゃ、一緒に行こう。船に付けてあるから。」


「あ、はい。」


 食事を終えたマサキと職人衆は、ゲートで再び現場に戻った。マサキはシリルを連れて、船の横まで来たが、シリルでは上がれないので、シリルをお姫様抱っこして、【浮遊フロート】の魔法で甲板に上がった。船室に入り、トイレの扉を開けると、使い方を説明した。


 シリルは、固いだけあって頭も良いので、直ぐに理解してくれた。なので、早速使って見てくれと言って、船長室に戻った。


 船長室で、全ての条件付けを終えると、魔法陣を紙に書いてみた。1つ1つの条件と論理式を見比べて、フローチャートと相違がない事を確認して、操舵室に行き、巨大な魔石に魔法陣を刻み始めた。鬼気迫る真剣さで魔法陣を刻んでいた為、シリルは話し掛けられなかったらしい。感想を聞く前に真剣モードに入ってしまい、申し訳ない事をしてしまった。


「シリル、すまなかったな。本気マジモードになってしまった。」


「いいえ、旦那様の真剣な顔は滅多に見れないですけど、恰好良いから好きです。」


「どうだった?トイレ。」


「あれは良いですね。気持ちが良いですし、臭くないですし。」


「気持ち良いか?」


「ええ、とても。座る所も温かいし、綺麗になってスッキリ感があります。」


「ふむ、ちょっと量産してみるか。屋敷のも全部代えようかな。」


「良いと思います。あれは癖になると思いますね。私は、もうお屋敷のトイレは使いたくないですね。」


「うん、分かった。ありがとう。屋敷に戻るか?」


「見ていても良いですか?」


「構わないけど、面白くないだろ?」


「いえ、魔法陣も自在に操る所を見ていたら、やっぱり先生だなぁと思いました。恰好良いです。魔法陣も教わりたかったです。」


「そんなもん、いつでも教えてやるがな。シリルは俺の可愛い嫁さんなんだから。」


「そ、そうですか?嬉しいです。」



 後はテストだがと思ったが、忘れていた。風呂を作ったのは良いが、魔石でお湯を出せる様にしなければ。思い付いたら早速、と思ったが、少し大きめの魔石に【温度固定フィックステンプ】を40℃とだけ刻んだ。水は、ウンディーネもいるし、水を魔法で出せない奴はいないだろう。


 そこで、ふっと思ってしまった。これ、地下水脈から水を引っ張ってくれば、みんな温泉になってしまうんじゃないだろうかと。うん、気が付かなかった事にしておこう。天然温泉は沸かしちゃいけねー!


 そんな事を考えていたが、階段の進捗が気になったので、シリルを伴って甲板に出てみた。こいつらすげーな。もう出来ていた。しかも精巧な彫刻までしてあった。


「出来てんじゃん。」


 勘治が胸を張った。

「ええ、飾り彫りまでバッチリですよ。」


「良い仕事するなぁ、お前達。ちょっと降ろしてみようか。」


「ここだと、2m位浮いてしまいますよ?一応、それでも折れない様には、してありますが。」


「それもそうか。じゃ、テスト飛行するから、みんな降りろよ~。」


「いえ、私らは御屋形様について行きますよ。」


「いやさ、落ちちゃっても、俺は、自分が飛べるから大丈夫なんだけど、お前達死んじゃうだろ?」


「大丈夫ですよ。御屋形様は失敗しないので。」


「どっかで聞いた様な台詞だが、俺は普通に失敗するからな。死んでも知らねーぞ?」


「大丈夫です!」


 まあ、良いと言うので、好きにさせる事にした。万が一の場合は、俺が船を持ち上げればいいのだ。全長50m全幅18m。なんとかなるか。


 操舵室に入ったマサキは、船の起動用魔石に魔力を流し込んだ。魔力パターンを記録してある人間、この場合はマサキしかいないが。要するにマサキの魔力がないと起動しない。起動してしまえば、誰でも操船出来る様にはしてある。


 メインになる巨大な魔石が起動したのを確認して、スマホを取り出し、方位磁針を開いた。羅針盤と言うか、磁石付けなきゃいかんかったな。シリルはキョロキョロしながら、マサキの左腕にくっついていた。


「シリル。ちょっと離してくれるか?背中にはくっ付いていても良いから。」


「あ、はい。」


 マサキは、ゆっくりとレバーを引き、船を上昇させた。

「え?先生!これ湖で使うんじゃないんですか?」


「ああ、吃驚したろ?これは空飛ぶ船なんだ。」


「ええーー!?」


 200m位迄上昇したところで、レバーを中立にした。静止している、問題ない。前進用レバーを少しずつ前に倒した。後ろから爆発音が聞こえた。ゆっくりと前進しているので、動かさない様に舵輪を握っている様に、シリルに言うと、マサキは甲板に出て、船尾へ行った。


 船尾の2発が噴射している状態だった。順調だな。勘治にこの砲筒がちゃんと機能するか見ていてもらう様にして、操舵室に戻った。シリルがドキドキしながら待っていた様で、安心した顔を見せた。


 前進用レバーを更に奥へ倒していくと、加速して行き、船尾から爆発音が聞こえた。4本しっかり機能している様だ。ブレーキを掛けてみたが、船首の砲筒から火が出ているのが見えた。そして、速度が落ちていくのが分かる。2本推進の状態で、左右の旋回をしてみたが、問題なかった。


 後は、降りてからの強度チェックと階段のチェックだと思って、王都に向かって船を進めた。湖の上を飛行したが、気持ち良いし、湖が綺麗だしで、マサキはとても満足だった。シリルも少し余裕が出て来た様で、甲板に出た様だ。


 順調に、王城に向かって飛行して行き、王都上空まで来て、屋敷の庭に船を降ろそうとしたら、騎士団が大騒ぎしているのが見えた。不味かったかなぁ、飛竜が来るくらいだから大丈夫だと思ってたんだが……。だが、今更だな。


 レバーをゆっくり奥へと倒し、少しずつ高度を下げていった。俺の屋敷の庭って凄いな。こんなデカい船で降りても、全然余裕の庭だった。ゆっくり地面に着地して魔力の動力を切ると、甲板に出て階段を降ろした。軽くて丈夫な階段だ、これなら問題ないだろう。


 シリルを伴い、職人衆と一緒に地上に降りると、嫁ズが走って来た。

「マサキ様?これは、空を飛ぶ船なのですか!?」

と、セレスティーナが怒っていた。


「ああ、そうだが?」


「聞いてませんよ?」


「言ってないからな。」


「そうではなくて、王都中大騒ぎです!」


「仕方ねーだろ。降りちゃったんだから。飛竜が来る位だから、大丈夫かなと思ったんだよ。どうせ、親父から呼び出しが来るだろうさ。」


「本当にもう……。」


「俺のいた世界じゃ、空飛ぶ乗り物なんか珍しくなかったからな。」


「そうですか……。」


「それに、俺が飛べるんだから、今更だろ?」


「それは、そうですが。」


「まあ、なんにせよ、テスト飛行は成功だ。これで、海水浴いけるぞ~。」


「え?その為だったのですか?」


「ああ、まあ、そればっかりでもないけどな。だが、主目的はお前達の水着姿を見る事だ。10日も20日も馬車で移動とか有り得ないだろう?」


「あぁ、そうですか……。」

セレスティーナの力が抜けてしまった様だ。



 これは、今日も宴会か~?と屋敷に入りながら、マサキは思うのである。職人衆も客間がある事だし問題ないだろう。帰るのは明日でも良いのだ。



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