第29話 親父
再び、王城に戻ったマサキは、会議室に向かった。一旦は中座したものの気にはなっていたのだ。そして会議室に入った、酒の匂いをプンプンさせて。
シャルロットが笑いながら、
「飲んじゃいましたか。」
と言うので、
「ああ、ちょっと弥助に愚痴って来た。弥助がいて良かった……。」
と言っておいた。
シャルロットは、嬉しそうに、
「スッキリしたお顔をしていますよ。」
と言った。
「ああ、弥助のお陰で、悩みが1つ解決したんだよ。」
「それは良かったですね。」
「ずっと腹の中に有って、何か疲れの元の様な物の正体がやっと判ったんだ。シャルは、俺にずっと、ついて来てくれるか?」
「勿論です。」
と、爽やかな笑顔で言われた。可愛い奴だ。
メイリーナは何か不満そうだった。
「なんて顔してんだ、折角、若返っても、そんな顔してたら美人が台無しだぞ。」
「あら。お酒飲んでご機嫌ね。」
「ご機嫌なのは、酒の所為じゃないさ。」
「なんか良い事でもあったの?」
「良い事かどうかは分からんが、疲れの正体が判っただけだよ。」
「何だったの?」
「さぁな。」
戻っても、全然聞いていなかったんだが、そんな会話をしていたら、会議が終わった様だ。全部決まったんだろうか。
退出しようとしたサラビスを捕まえた。
「ちょっと、飲まないか?」
「ん?いいぞ。」
とサラビスが嬉しそうに言った。
王の私室に移動して、2人だけで飲む事にした。勿論支度はメイドさんがしてくれたのだが。
「俺も、マサキと腹を割って、酒でも飲みながら話をしたいと思っていたんだ。」
マサキは頭を掻きながら、申し訳なさそうにしていた。
「そういや、親父と飲んだ事なかったな……。」
「そうだな、俺よりマサキの方が忙しいからな。」
「俺はさ、今でこそ19歳なんだが、本当は39歳なんだ。」
「俺より年上かよ。」
「驚かないんだな。」
「まぁ、その明晰な頭脳や落ち着きを見ればな。」
「俺は落ち着いてなんかいないぜ?あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。もうね、時々、自分で自分が嫌になる。どこまで俺はロクデナシなのか…とね。」
「何がそんなに自分を忌避させるんだ?」
「まあ、向こうの世界での話なんだが……、25歳の時に熱烈な求愛をされて結婚した事があるんだ。向こうの世界では、一夫一妻制で、重婚は犯罪だからそういう価値観だと思って聞いてくれ。」
そこからマサキは、起こった事の全てを話し、14年間も世捨て人の様に生きていた事も話をした。
「そして何の因果か、神様に間違えて死なせちゃったから、生き返らせるねーとか言われちゃってさ。
人生の折り返しに来て、異世界で生きていけなんて、どんな罰ゲームかと思うじゃないか。そうしたら20引いて19でどうだ、とか言われてさ。
俺としちゃ、人生なんぞに未練はなかったから、このまま死なせてくれよって言ったんだが、神としてそれは認められんとか言うし。
で、仕方ないから生き返る事にしたんだけど、人を信じる事が出来ない人間が異世界で何が出来るんだ、クソ爺って話してたら、エリセーヌが私が癒すとか言い出してな。それで手籠めにしちゃったり色々あって、湖の畔に放り出されて、この城を目指して歩いていたら、弥助に会って、セレスを助け出して、この街に来たんだ。」
「なんと言うか、壮絶だな。だが、一夫一妻の世界でそれは、心に傷を持っていても仕方ないのかもしれんな。」
「それでも真面になった方なんだぜ?エリセーヌのお陰でな。あのままこっち来てたら、恐らくもう生きてはいないだろう。だが、裏切りと理不尽を見ると、どうしても未だに燻る何かが俺の中で燃え盛るんだ。」
「この前のアレは危なかったな。」
「この前のアレは……な……。」
「なぁ、マサキ。お前が、昔は39歳だった事は解ったが、もう良いじゃないか。19歳でこっちの世界に生き返ったのだから。
俺はお前の事を息子だと思っている。それで良いじゃないか。言い難い事があるんだろうが、聞いてやるから言ってみろ。」
「この前のあれは……、メイリーナが、俺の事を名君になるって言うから、そんな事はない、所詮俺はロクデナシなんだぜ。少なくとも、メイリーナが人妻である事が恨めしいと思う程度にはクズだぞ、俺は。って言ったんだ。
そうしたら、『私が欲しいの?』って聞かれたんだけど、その時、衝動的に抱き締めそうになってしまったんだ。そして気が付いてしまった。俺がメイリーナをどう思っているかをね。
だが、俺がそれを認める訳には、いかなかったんだ。自分が間男になってしまう位ならいっそ、と思って腹を切ろうかとも思ったんだけど、スコットとの約束を思い出して、思い留まった。
で、セベインが片付いたら旅に出ようと思ってさ。どこか、未開の地にでも行って、街を作ろうと思うんだ。弥助達と一緒に暮らせる程度の街をね。もう王都に戻らなくて良い様に。
だから、この件が終わったら旅に出るよ。
なんか、そんな事でずっと疲れていてね。何がそんなに疲れているのか分からなくて、苛々していたんだけど、さっき弥助と飲んだ時に言われてしまった。
俺がいつも言っているんだが、思うのは自由だと、そこから行動に移してしまうのが、犯罪者と善良な市民の分かれ道なんだと。
俺がメイリーナを好きだと思うのは自由なんだが、そう思う事すらを忌避していた事で、心が消耗していた様だ。セレスティーナの顔を見たくないと思う程度にはね。
だから、もう良いんだ。好きなんだと認めて、そして、お別れすれば良いんだと。そんな事に、弥助の助けをもらって、やっと気が付いてさ、気持ちが楽になったんだ。」
サラビスは、やっと本音が聞けたと、安心した。
「お前が、セベインに向かった次の日、家族会議を開いたんだ。余人を交えず、メイリーナとルチアとセレスティーナ、ソルティアーナ、シルティーヌそして、俺とな。
あの日の危うい、マサキを見て俺は思った。マサキを家族として迎え入れようと。
必要であれば、1番の理解者であるメイリーナをつけてやろうとも。メイリーナがそれを望めばだがな。
そして、メイリーナに聞いた。皆の前でな。女として、マサキが好きなのかと。
そうしたら、あっさり認めよった。女としてかも知れないし、ただの母性かもしれないが、マサキを愛していると。
セレスティーナとソルティアーナにも聞いてみた。思う所はあるか?とな。2人とも問題ないと言った。セレスティーナはこう言った。相談してくれれば私に否やはないんだけど、きっと相談してはもらえないと。
まあ、そういう訳だから、メイリーナは離縁する事にした。マサキが欲しいのなら、連れていけ。と言うか、連れて行かないと、あいつは路頭に迷う事になるんだがな。」
「何故だ?何故そんな事をするんだ!?」
「言っただろう?俺は、お前を息子だと思うし、家族として受け入れると。メイリーナを離縁したとしても、お前がメイリーナと一緒にいるのなら、縁が切れる訳ではないしな。体の関係だけが全てではないと俺は思う。お前と家族なら、またメイリーナとも家族のままだ。だから、離縁出来る。
そして、離縁さえしていれば、お前の懸念する間男にならずとも良い。」
マサキは、サラビスが大きな親父だと思った。さすが王だと。そして、サラビスの大きな親心に素直に涙した。だが、それを素直に受け入れるわけには、いかなかった。1つの家庭を壊してしまうのだから。
「親父よ。それでも、俺は受け入れる訳にはいかない。何故なら、1つの幸せな家庭を壊してしまうのだから。」
「お前はもっと頭がキレると思ったんだがな。俺の家庭は壊れはしない。なぜなら、お前が1人増えるだけだ。俺の家族は、お前とお前が連れて来る嫁が増えるだけで、誰も減りはしない。」
「あれ?」
「お前がメイリーナを嫁にするのであれば、誰も減らないだろう?」
「そういう問題?」
「そういう問題だ。」
「誰も困らないし、誰も不幸にならない。俺にはあと4人も嫁がいるんだしな。メイリーナが俺の嫁でなくなったとしても、家族に違いはないだろ?」
「何これ、一夫多妻文化の罠なの?」
「まあ、裏技かもな。」
「俺なんかの為に、そこまで考えてくれてたなんて、感謝しかないんだが、複雑だなぁ、だって、セレスの母ちゃんだぜ?」
「それだって、さっきお前が姉さんに変えていたじゃないか。」
「まあ、親父も兄貴になったけどな。そんな簡単に割り切れるかよ……。」
「もっと自由に生きろ。自由と女を愛する男なのだろう?」
「それ言われちゃうと、返す言葉がないんだけどな。そっかー、家族かぁ。そう言えば、両親も鬼籍に入っていたし、家族いなかったんだよねぇ。ずっと1人で生きて来たから、1人が楽だと思っていたんだが、こうやって親父と酒飲むのも良いな。」
「己に厳しいのを悪い事とは言わん。が、もっと甘える事も覚えろ。」
「そう言われてもな。自分を律していないと、ただのロクデナシに成り下がってしまうんだ。働きたくないのも事実だし。そう、例えばよ?国を持ったとするだろ?俺は親父みたいに働かないぞ?君臨すれども統治せず。これ最高。」
「それが出来れば苦労はせんぞ。」
「そうかなぁ、案外簡単だと思うがなぁ。俺はそれをスコットにさせるんだ。可哀相なスコット君、俺の元に来たら白髪が増えるんだろうなぁ。ハゲたら復元してやろう。」
「はっはっは!それはいいな。それだけで食っていけそうだな。」
「なぁ、メイリーナの件、本気なのか?」
「ああ、そう決めたんだ。」
「返さねーぞ?」
「構わん!」
「俺も鬼畜の領域に入って来たなぁ、姉妹丼に親子丼……。折角若返ったんだ、親父も嫁増やそうぜ。俺の罪悪感も薄れるし。」
「それも良いやも知れんな。」
こうして、あっさりとマサキの悩みは解決したのだった?2人して痛飲したツケは翌朝にやって来た。
「うぅ……、飲み過ぎた……。」
「そうだな……、吐くなこれ。」
マサキはポンと手を叩き、【
サラビスにも同じ様にしてみたが、楽になった様だ。
「あー楽になった、ありがとう。」
「流石に飲み過ぎたね。たまには良いかな。これさ、不思議なんだけどさ、向こうの世界にいる時も、気持ち悪くて、2度と飲むか!って思うんだけど、翌日位には普通に飲んでるんだよね。」
「うむ、それは分かる。」
「王城って風呂はいつでも入れるんだっけ?」
「ああ、入れるぞ。一緒に行くか。」
「うい。」
サラビスと王城の大浴場と言うか、大きさは大浴場なんだけど、王族専用の風呂なんだそうだ。朝風呂をサラビスと浴びながら、昨日の事を聞いてみた。
「そういえば、西側の統治はどうするんだ?寝てたから聞いてなかったんだが。」
「適当な人材がいなくてな。当分は直轄にして、代官と政務官を送り込む事にした。」
「人材不足か。まぁ、貴族の再教育は必要だろう。国とはなんの為にあるか、領主の仕事とはなんなのか…。」
「マサキは、どう考える?」
「国とは、国民の生命と財産を護る物。領主とは、領民を富ませ、領民の生命を護り、領地を育てるのが仕事。」
「さらっと出て来るな。」
「まぁな。それ位は出て来ないと、領地経営のスタートラインにも、立てないと思うけどね。若手貴族で有能そうなのいないのか?」
「教育が行き届いていないな。学校の科目に入れるか。」
「政治学と経済学は必要だろうな。学生はそれでも良いが、現役領主や政務官、執政官は、定期的に王城に集めて勉強会とかした方が良いんじゃないか?
要は、王の方針が周知されていない事も問題だと思う訳だよ。後、領政監視官ているだろ?あれは廃止して、監察室なんかを設けて、これは王直轄にすべきだ。後は、政務官の定期的な異動な、癒着防止にはこれしかない。」
「やはり改革は必要か。」
「そりゃそうさ。」
朝風呂を浴びた、サラビスとマサキは、食堂で朝飯を食った。マサキは、学校の先生はもう良いだろうと思っていた。
「親父、もう学校は良いよな?」
「まぁ、そうだが……。学校の他の教師達が、マサキの講義を見学しているだろ?最近。」
「ああ、うん、そうだな。」
「見学している教師連中から、要望が出ていてな。勉強し直したいから、もう少し講義を聞かせて欲しいそうだ。」
「あーそうなのか。サービスし過ぎたかな?異世界の科学知識は、あんまり教えたくないんだけどなぁ。下手すると産業革命が起きるしなぁ。このちょっと不便な位が丁度良い。」
「そんな物か?」
「安易に便利な方向へ突き進むと碌な事にならない。例えば、各地に転移門を作る事は出来ても、やりたくない。なんでかって言うとね。仕事が増えるんだよ、人間の限界をも超えた量の仕事がね。」
「うーん、解らんな。」
「じゃあ、ちょっと勉強する?」
「あぁ、頼む。」
王の執務室に移動して、勉強会となった。サラビスとコンスタン、スコット、何故かメイリーナ。
「そうだな、例えば…、ローレルの特産として、人気の服があったとしよう。それが馬車1杯で金貨2枚と仮定するよ。王都から行商人がローレルまで片道16日掛かるとして、往復で32日、まあ1カ月だね。
王都で注文をして、行商が商品を持って帰るのが、32日後に馬車1杯分だよね?
金貨2枚の商売が32日掛かって成り立つんだ。
だけど。これを転移門を使ったらどうか、注文して1時間後には手に入る。便利だと思うだろ?ところが、店の開いている時間が8時間と仮定すると、1日に8回商売が成り立ってしまうんだ。」
「何が駄目なのだ?」
「1日に8回と言う事は、1カ月に直すと、8回×32日で256回商売が成り立ってしまう。金貨2枚で済んだ商売が金貨512枚の商売になってしまうんだ。
単純に考えて、王国で流通している金貨が100万枚あったとすると、256倍の2億5600万枚の金貨が必要になってしまう。貨幣が足りなくて商売が破綻してしまうんだ。資源は有限なわけで、金が足りなくなる恐れがあるし、そもそも、行商が転移門だけで商売するようになると、当然途中の宿場町は廃墟になってしまう。
商品を提供する側も、1人1着を1日で作っているとしたら、1人で256着を作らなければならない。人を256倍に増やせば良いんだろうが、それが全業種で起こるし、素材も256倍必要になってしまうが誰が用意するんだと言う話になってしまう。人間も資源も金も足りなくなってしまうんだ。
経済と言うのは常に成長していかないといけないのだけど、急激な成長は人間を疲弊させるだけなのさ。
情報の伝達が早いと言う事は、それだけ便利である反面、仕事が増えると言う事なんだ。理解出来てる?」
「うむ、準備不足という事だな?」
「全てが足りない。もしやるとするなら、馬車の代わりに、魔道具で車を作るとか鉄道を走らせるとかだけどね。それでも、教育、インフラ、紙幣、どれをとっても足りない。教育で言えば、国民全員が読み書き計算が出来る所からが、教育のスタートだからね?識字率云々言っているうちには出来ないな。」
「まず、どこから手を付ければよい?」
「そうだなぁ、もし俺がやるとするならば…、教育からかな。7歳~14歳までは、教育を義務化して無償にする。この程度は税金で賄わないといけない。
高等学校は、試験入学にすれば良いが、子供達の教育は義務化が必須だね、農作業に駆り出されちゃうから。
そこで、色々な体験や勉強をさせて見て、技術を修得するのも良いだろうし、研究者になるのも良いだろう。子供達の発想は凄いからな、そこから新しい何かが生まれる事もあるし、教える側が閃く事もある。
まぁ、農民の子供は農民になるっていう安易な発想はいけないね。才能と言うのはどこに埋もれているか、分からないからね。
で、高等教育になった時、専門分野を目指せるようにすれば良い。高等教育にしても、優秀な生徒には特待生とか作って、無償にしてやれば、やる気のある優秀な人材が金銭的な理由で諦める事もないだろうしね。」
「なるほどな。教育か、そこからなのだな、やはり。」
「まぁ、便利な魔道具は少しずつ、世に出して行くつもりだけどね。後ね、引退した商会の隠居とかいるじゃない。あれを教師として引っ張りだすのは良いよ思うよ。
商会の隠居だから、読み書き計算はお手の物だし、現場の声を生で聞けるのは子供達に勉強になると思うんだ。それに、子供が出来る様になると、大人が頑張っちゃうんだぜ?子供に負けたくないからね。」
「子供を使って大人を煽る、か。」
「競争原理の働かない所に成長はないんだぜ?」
「うむ、そうかも知れない。スコット君、少し考えてみてくれないか?」
「承知しました。」
「まぁ、教師続ける云々は置いておいて、サインだけくれよ。後さどっかに屋敷の空きないか?もうギルドじゃ部屋が足りない。」
と言って、マサキは依頼書を出した。
サラビスはサインしながら、言いやがった。
「もう用意してある。」
「は?」
「ソルティアーナにキレられた。屋敷くらい用意しろってな。」
「あら~、親父弱いな!」
「否定はしない。」
屋敷の問題も解決しそうだし、良い方向に進んで行くと良いなと思うマサキだった。だが、まだまだ波乱の予感はするんだけど、出来るだけ平穏だと良いなと密かに願うのだった。
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