第12話 メシウマトコウマ桜

 ギルドの自室に戻る前に、エルラーナの部屋を覗こうと思ったら鍵が掛かっていた。まだ、仕事中なのだろう。ギルドマスターが出張中だって言ってたから、忙しいのかもな。


 仕方ないので、自室に戻ったんだが……。エルラーナがいた。まあ、元々俺の方から訪ねようと思っていた訳だから良いのだが、向こうから来ると、嫌な予感しかしないのは何故だろう。

「来てたのか。何かあったか?ちょっと着替えて来るから、待っててくれ。」

 エルラーナは、頷いてソファに座りなおした。


 すっと桜が寄って来た。おお!腰元風の小袖姿がとても似合っている。

「上様、お帰りなさいませ。お着替えをお手伝いします。上様の荷物は、全て異空間ですか?」

「ああ、まあ、今まで着替えらしい着替えは、無かったからな。今日買ってきたんだよ。桜と弥助の分も少し買って来たぞ。」


 寝室に入って、灰色の着流しに着替え、帯の締め方が分からなかったが、桜が背中側で締めてくれた。後ろで締めちゃったら、覚えられないだろ?と言ったんだが「私がやりますから」と教えてくれなかった。

 異空間から、畳紙に包まれた小袖を2枚と浴衣を2枚取り出して、桜に渡してやった。顔を赤くしながら、凄く嬉しそうにしていた。


 小袖の着流し姿でリビングに戻ると、弥助から「さすが上様、着流しが似合いますな」と声を掛けられ照れ臭かったけれど、革パンツより全然リラックス出来て良い。

 エルラーナの向かい側に腰を下ろし、桜に酒を頼んだ。


「お待たせ。部屋に寄ったら留守だったから、忙しいのかと思ったぜ。」


 エルラーナは、意外そうに笑った。

「あら、貴方が寄ろうとしてくれたなんて、態々来なくて良かったかしら。」


「まあ、いいさ。で、どうしたんだ?」


「ええ、今日、Sランクの公示をしたのだけれど、注意をしておこうと思ったの。今までは、私が最強として周知されていたから忘れていたのだけど、各国王族から、嫁の押し付けが始まるわ。気を付けてね。」


「は?意味が分からんのだが?」


 エルラーナは、やっぱりねと言う風に人差し指を蟀谷に当てた。

「えっとね、最強と言うところは、良いとして。私より強いと公言してしまったから、貴方は国と戦争しても、1人で勝てる。と言う事になるの。

 最早、軍事力を持った1国と同じなのね。だから、各国家元首は、貴方との縁を結びたいのよ。年頃の娘や孫娘がいれば、パーティの誘いなんかが、ギルド宛に届くと思うわ。」


 マサキは、額を押えて遠い目をしていた。

「それで?どうしろと?

 直にセレスティーナとの婚約が発表になるから、それまでじゃないのか?」


「忘れてない?この世界は一夫多妻制なのよ?セレスティーナ嬢と婚約したとなれば、余計に、各国とも我も我もと言って来るに決まっているでしょう?」


「面倒だな。パーティなんか、招待されたって行かなきゃ良いんじゃない?」


「パーティだけじゃなくてね、王族や貴族は老獪だからね、どんな手を打って来るか分からないの。それこそ、偶然を装って裸を見せられて、責任とれ位は平気で言うわよ?だから、気を付けってねって言っているの。」


 桜が酒と銀製のタンブラーを2つ運んできた。つまみに豆も用意してくれた様だ。

マサキは、魔法で氷をタンブラーに落とすと、ウィスキーモドキ、麦の蒸留酒だからウィスキーでいいな。を指2本分くらい注いだ。

「なーるほどな~。エルラーナも飲むか?」

「頂くわ。」

 同じようにして、渡してやった。


「氷入れると、飲みやすくて美味しいわね。」


 チビチビとウィスキーを遣りながら、マサキは考え込んだ。

「ふむ、セレスティーナと婚約してしまった以上、防ぎ様がない訳か、逃げ道を自分で塞いでんのな。まあ、あそこ迄一途だと、いずれは折れるしか無かったと思うがな。絶対折れないもんなぁ、あいつ。

 あ……、嫌な可能性に気が付いてしまったんだが……?」


「言ってみて?」


「俺が全く話に応じなかった場合、エルスローム王国だけ狡いじゃないか、と考える輩がいないとは限らない。ならば、エルスロームの縁談も潰してしまえば良い。

かと言って、俺と敵対したくはない。ならば……セレスティーナを暗殺してしまえば良い……か。」


「何なの?貴方の頭。如何してそこまで考えが及ぶのよ。」


「ちょっと考えてみたんだよ。例えば、エルラーナが私の男に手を出すな、と宣言すれば、治まるんじゃね?と。だが、そこにセレスティーナとの婚約が公になれば、意味がなくなってしまう。そう、どんな手を打ったところで、セレスティーナと婚約した以上、意味がないと言う事にな。」


「さすが・・・・・・と言えば良いのかしら。私もそこまでは考えが及んでいなかったけれど、陰湿な手を打って来る国もありそうだから、忠告に来たのよ。」


「最高の要塞があるのを、忘れてた。」


「何処に?」


「エルラーナの部屋。」


「え?」


「不穏な兆候が見えたら、セレスティーナを預かってくれないか?」


「ああ、そういう事ね。構わないわよ。何だかんだ言って惚れているのね。」


「まあな、17歳と言うところに引っ掛かっているだけなんだよ。あれだけ一途に思われたら悪い気はしない、超絶美女だしな。

 エルラーナと同じ位、美人じゃないか?美しさで、ハイエルフの向こうを張れる人間なんて、なかなかいないんじゃないか?」


「あら、遠回しに私を褒めてくれるのね、女誑しめ!それとも口説いてくれているのかしら?」


「あん?お前はもう、俺のもんだ。口説く必要がない。」


「どういう事よ!」


「思い出してみろ、手合わせした時の会話を。

 『ほう、どうなっても文句はないって事なんだな?』

 『どうぞ、お好きなように。』

と言う会話があっただろ?

 誰もその場限りの事なんて言ってないし、貸しは貸したままにしてある筈だ。

そう、ここでエルラーナに、俺の女になれって言えば解決する話だ。」


「………、詐欺師だわ。狡猾どころの話じゃないわ……。」


「馬鹿野郎。強要する気はないんだよ。だから貸したままにしてあるじゃないか。それに、セレスティーナの件が片付いたら、じっくり口説こうかとも思っていたんだよ。嫌なら構わないけどな、人間の寿命なんてたかが知れているから、寂しい思いもさせるだろうしな。」


「い、嫌なんて言ってないじゃない。ただ、そう先回りされていたと思うと悔しくて……。

 もう手合わせの『始め』の声を聞いた瞬間に、貴方の女になっていたんだと思うと、嬉しいけれど、なんか悔しいじゃない。」


「なんだお前、俺にメロメロじゃないか。じゃあ、後でハッスルしようぜ!」

 エルラーナは、真っ赤な顔になってしまった。


「ま、今更、セレスティーナを泣かせる訳にもいかんし、警戒しておくとしよう。まあ、招待状が来るようになってからの、話だとは思うけどな。」


(一応、サラビスには報告しておいた方が良いか……。)




 風呂に入って、浴衣に着替え、一息吐いて、晩飯を桜に準備してもらい、ダイニングで晩酌しながら食事をした。エルラーナも食って行けと言ったんだが、部屋でやる事があると帰って行った。


 今日のつまみは、枝豆、茄子の煮浸し、おでんの様に出汁で色々煮込んである物、どれも酒に合うし、美味い。

 メシマズだった、昔の嫁だった生き物の作った物とは、大違いであった。これだけで、幸せなマサキであった。


 日本酒を出して飲んでみたんだが、これがもう大当たり!辛口で冷やすと滅茶苦茶美味い。大吟醸と言っても過言ではないだろう。


「弥助、この酒、美味いよなぁ。」


「美味いです。こんなに良い酒はしばらく飲んでないですね。どこの酒なんです?」


「酒屋で精米歩合だけ見て買ったから分からんが……、これだ。」

 と、大きい徳利を出した。


「こいつは、高かったんじゃないです?」


「知らねーよ、高いか安いかなんて、纏めて買ったしな。」


「いったい、どれだけ買って来たんです?」


 異空間から、今日買った酒を出して並べた。ついでに紅茶と緑茶の葉も出した。

「これは……、桜。上様の金銭感覚がおかしい。ちゃんと見て差し上げろ。上様、超一流物ばかりですよ。ちゃんと値段見て買ってます?」


「値段、書いてあるか?気が付かなかったけど。」


「あー、今日が初めての買い物でしたね。これは、御小遣制ですね!ギルド口座のお金の管理はセリア嬢にしてもらう事にして、家計の管理は桜がちゃんとしろ。」


「はい。兄様そうします。このお茶見て下さい、凄いですよ。どうも、上様は良い物が判るようですね。これ、どうやって選んだんです?」


「紅茶は、匂いだな。前の世界で俺が好きだった、アールグレイと言う種類の紅茶があったんだが、それに近い匂いだったんだ。緑茶は、深蒸し茶っていう製法のお茶があってな、これが濃くてほのかな甘みがあって美味いんだよ、それに色が似てたんだ。」


「上様。もしかして食道楽でした?」


「俺は、親父が職人でな、親父が食道楽だったな、安い酒は口に合わんし、美味い物に目がない親父だったから、良い物ばっかり食ってた気がする。

 母親が苦労してた記憶があるわ。口に合わない物は、文句は言わないんだが、手を付けないんだ。」


「お父様は職人だったのです?侍かと思ってました。」


「ああ、俺のいた時代は、もう身分制度がなくてな。140年位前に廃刀令って言うのが出て、武士はいなくなったんだ。剣術は僅かに残ったけどな。でもまあ、先祖は武士だったよ。

 今は、腰に刀差して街中を歩いていたら、銃砲刀剣類所持等取締法違反て言う犯罪になっちゃうんだ。150年前に武士の時代は終わったんだ、向こうの世界ではな。」


「そうだったのですね。では、上様も食道楽なんですね?」


「そんなつもりはないが、美味い方が良いよなぁ。桜の料理は最高に美味いんだし、酒も美味い方が良いだろう?」


 桜は溜息を吐いて、一言。

「仕方ないですね……。」

 と言っただけだった。



 リビングで畳紙を開いた桜が、困った様にマサキを見た。

「上様。こんなに良い着物を頂いてよろしいんでしょうか。良家の奥方様が着るような物ですけど。」


「家の中では普通の小袖で良いと思うが、外出する時は、綺麗な着物の方が良いだろ?桜は美人だからな、桜色の着物は似合うと思うぞ。」


「上様……。ありがとうございます。」

 これで、更にサービスが良くなる事だろう。弥助も浴衣に喜んでいた。


 なんのサービスだって?そんなの決まっているだろう?くノ一術だよ君!!




 その後、エルラーナを襲いに行った。嫌がる美女を、無理矢理何度も……とどっかのAVの様な展開を期待したんだが、ウェルカムだったぜ。意外な事に322年も生きていて、初めてなんだそうだ。


 魔法の研究を一生懸命やっていたら、最強になってしまい、何年経っても最強美女のままだった事から、昔はかなり口説かれたらしいが、いつしか魔女と呼ばれて、男が寄り付かなくなったんだと。もったいない!


 結局、エルラーナと3回戦して、部屋に帰ったら、桜が起きて待っていた。しまった、寝ていろと言わないとずっと待ってるんだよな、こういう娘は。

 もっと気に掛けてやらないとな。どうせもっと適当で良いと言っても、聞きはしないのだ。


「桜。俺が遅い時は、起きて待っていなくて良いんだぞ?」


「いえ、私が好きで待っているので、お構いなく。」

(な?こうなんだよ。)


 さーて、寝るか。浴衣だと楽で良い、寝るにもヤルにも。寝室に入って、ベッドに潜り込んだら、桜もついて来た。

「自分の部屋で寝れば良いだろ?」


「私の仕事は、お傍にお仕えする事ですから。」

(落ち着かないなぁ……)


「桜。来い。」

「はい。」


 桜を布団に入れて、腕枕をしてやり、

「もう、寝ろ。」

と言って寝かせた。


 筈だった。が、桜も浴衣で寝ているんだが、桜の女の良い匂いがするんだよ…。

俺の暴れん棒が元気になっちゃいやがったんだが、俺が何かする前に桜が反応した。桜、お前寝てたよね?寝てたよね?


 桜さんが色々してくれましたさ。豊満なバストで挟んでくれたり、挟んだままアレしてくれたり。もうね、桜がいないと生きていけないかも知れない、俺。

 これが、くノ一クオリティなんだろうか。ちゃんと寝ているんだろうか、それが1番心配なんだけどなぁ。


 桜は絶対に嫁にしよう。こんな事させて便利遣いしてたら、鬼畜になってしまう。

セレスティーナにお願いしてみよう。



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 一方、時間はマサキが王城から帰った頃に遡る。

 セレスティーナは、マサキに抱き寄せられて、キスをされた余韻に浸りながら、左手の指を眺める。ちゃんと愛してくれているんだと思うと、喜びが大爆発してしまったらしい。この後、城中を駆け巡るのだ。噂ではなく本人が。


 まず、母親の所へ報告に行った。

「お母様!見て下さい、マサキ様が婚約指輪だと言って買ってくれました!!」


 セレスティーナの産みの母親、メイリーナは、セレスティーナの指に嵌まっている指輪を見て、大きく目を見開いた。

「セレス、この指輪はマサキ様が選んだの?」


「そうですよ。この宝石自体1番良い物らしいんですが、この宝石を58面に切っている細工が見事だから、中々ないだろうって言っていました。ブリリアントカットと言うんだそうですよ。

 お店の主も驚いていました。お店で1番良い物を買われたと。職人が特別なんだそうですよ。マサキ様は目利きも出来るんでしょうか。他のお店でも色々買っていらっしゃいましたが、どれも良い物ばかり買っていたようです。

 お店の人の顔が引き攣っていましたから。」


「そうですか……。この指輪の価値を、貴女はしっかりと理解しなければなりません。恐らくこの指輪は、稀代の魔法使いで芸術家のサイモンの作だと思います。

かなり高価だと思いますが、金額以上の価値がありますよ。

 それに、貴女に最上の物を送ろうと言う、マサキ様のお心を理解しなくてはなりません。照れ屋、或は迷いがあるのでしょう、憎まれ口を叩かれる様ですが、しっかり愛されていますよ。この指輪の意味は、お前が1番だと言う事です。これ以上の物はないのでしょうから。

 彼程の人物になると、色々な女性と婚姻を結ぶ必要があるでしょう。ですが、いちいち悋気を起こしてはいけませんよ。」


 セレスティーナは、目をキラキラさせて、

「私が1番……。私が1番……。」

と、呟いていた。


 メイリーナはブチギレだ。

「セレス!!解っているのですか!?悋気は駄目ですよ!!」


 おーっと、セレスティーナがどっかから帰ってきた様だ。

「は、はい。お母様。」


「セレス、聞いていましたか?私がなんと言いましたか?」


「私が1番だと……。」


「聞いていませんでしたね?

 マサキ様程の人物になると、複数の女性と婚姻を結ぶ必要が出てきます。ですが、マサキ様がその指輪に込めた思いを、理解する気があるのなら、いちいち悋気は起こしてはいけません!

 それを理解出来ないのなら、結婚は認めません!!サラビスがなんと言おうとも許しません。マサキ様に余計な心労を掛けるだけです。

 彼はね、セレス。お前が思っている以上に思慮深い方なのです。ずっと先の事を考えて動かれているのです。母はそんなマサキ様を尊敬しています。

 この意味がわかりますか?」


「まさか、お母様も『セレス!!!』……。」


 母ちゃん夜叉が登場だぁ~、完全にキレまくっているぞー。

「セレス!いい加減にしなさい!!何故理解しようと思わないのですか!!!

 母は尊敬していると言いました。セレスを嫁にやるのに、彼以上の人物はいないと思いますし、全面的に信用しています。

 万が一、セレスが喧嘩して帰って来ても、母はマサキ様の味方をします。と言う事です。現実をしっかり見て、愛してもらいなさい。」


「はい。ごめんなさい。お母様。」


「あんまり訳の分からない事を言う様でしたら、セレスの代わりに、私が行きますからね!」


「おかあさまぁ~」

 最後は残念な、メイリーナであった。


 そして、懲りる事を知らないセレスティーナは、シルティーヌ、第三王女のソルティアーナに自慢して回り、王の執務室にも押しかけて、王と公爵に散々自慢したあとメイド達にも自慢して回った。

 完全にお馬鹿さんになってしまった様だ。


 もしかしたら、マサキはポンコツ製造機なのかも知れない。






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