第10話 上様

 5階の自室に入って、リビングへ向かうと、桜はお茶を淹れに行った。ソファに座って、弥助に目で促すと、向かい側に座った。

「弥助は、許嫁とか婚約者とかいないのか?」


「おりますよ、許嫁ですがね。今年18歳になる筈です。」


「ほほぅ、一緒になるのか?」


「私らは、桜達と違って、幼い頃からいつも一緒にいましたし、仲も良い方だと思いますんで、私は一緒になるつもりですよ。」

 と、弥助が照れながらも話してくれた。


「桜の方は仲が悪い、と?」


「ええ、才也と言うんですが、私も嫌いでしてね。蛇みたいな奴なんですわ。目付きも蛇みたいですが、性格が冷徹で陰険なんですよ。」

(サイヤ?サイヤ〇か!!な訳ないな。)


「そうか、親は何も言わないのか?」


「私らの許嫁と言うのは、血が濃くならない様に、頭領の家系が決めるんですわ。で、偶々桜があたったのが、それなんです。ですが、頭領の決めた許嫁は覆せないのですよ。嫌だと言ったところで、他の相手はみんな決まっていますから。」


「面倒なんだな。」


「ええ、私としては自由にしてやりたいんですが……。」


 桜がお茶を淹れてくれた。紅茶の葉は、キッチンにあった様だ。緑茶も飲みたいなぁ、確か茶葉は一緒だよな。

 桜に座れと目で合図をして座らせた。勿論、弥助の隣に。


「それで、蛇才也と一緒になりたくないが為に、俺に仕えたいと?」


 桜は大慌てで、否定した。

「違います。そうではありません。あの蛇の事は無視しておけば良いので、気にしていません。そうではなく、立花様がこれから成していく事を、お傍で見ていたいと言うか……。お手伝いしたいと言いますか……。」


 段々声が小さくなりながら、良く分からん事を言っている。

「弥助はどう思う?」


「私は、桜みたいに、難しい事は考えていませんが、ただ何て言うんでしょうね。男が男に惚れたと言うんでしょうかね。

 私達は農業もしますが、本質はどこまで行っても隠密ですから、どうせなら、そういうお方の元で、役に立ちたいとは、思いますね。まあ、隠密がしたい訳じゃなくて、一緒にいたいだけなんですけどね。楽しそうですし。無茶な要求もしないでしょうから、無駄に死ぬ必要もなさそうですしね。」


「ふむ……。桜は傍仕えがしたいのか?」

 

 桜は、顔を赤くしながらも、ハッキリと返事をした。

「はい。」


 マサキは、腕を組んで考えながら問いかける。

「そうなると、蛇とはどっかで決着つけないと、いかんのじゃないか?」


 嫌そうな顔で桜が答える。

「そう…かもしれません。」


「かもしれませんじゃねーよ、絶対なるよ。お前を傍に置いて、俺が手を出さん訳が無いだろう。もういいや、先に宣言をしておく、傍仕えをさせるのは、やぶさかではないが、俺は手を出すぞ?それでも良いならおいてやる。

 うん、この方がシンプルで分かりやすいな。」


 桜は、耳まで赤くして言った。

「お願いします。」と。


「知らねーぞ、セレスには桜が怒られてくれよ?」


 何故か自信満々に言う。

「お任せください。」


「ま、当面やる事はないけど、2人ともよろしくな。」

「「御意。」」


「弥助。許嫁、連れて来ちゃえば良いじゃないか。」


「宜しいので?」


「構わねーさ。桜と一緒に家の中の事してくれれば助かるし。そう言えば、お前達は苗字はないのか?」


「村垣です。昔は無かったみたいですが、日ノ本の人の中で婚姻を重ねるにつれ、付いていった様です。」


「なるほどなぁ。風魔の流れって言ってたが、風魔と言えば、北条だと思うんだが、武田なのか?」


 弥助は確かではないが、と前置きをして話してくれた。

「口伝ですので、確かめようはありませんが、武田と北条は山を挟んで隣であったとか。それで、風魔の中で争いがあって、割れていったのが、武田に行ったと言う話です。」


「確かに山挟んで隣ではあるな。ならばそういう事もあるのか?そもそも現代日本には風魔忍者は存在していないから、解らないんだけどね。忍びと言う言い方も色々あったみたいだし、武田だとなんて言ったかなぁ、透波すっぱだったかなぁ、三ツ者とか言ったかなぁ。くノ一だって、意味としては、女の隠語だからねぇ。武田だと、歩き巫女とか言わなかったかな?まあ、忍びは謎が多いね。」


 マサキは、解らない事を追究しようとしても仕方ないと、この話題に蓋をした。

「もう今日は、晩飯も食ったし、風呂入って寝ようぜ。部屋はそれぞれ好きな部屋を使ってくれ。」


「ありがとうございます。」


「お風呂の準備をしてきます。」

 桜が風呂を入れに行った。



 明日は、セレスと買い物だろ……。今更面倒とか言えないよね~。まあ、楽しみにしているみたいだから、付き合ってやるか。問題は俺が発情しないかだなぁ。

 17歳に見えないんだよ……。美少女じゃないんだ、スタイル抜群の美女なんだ。だから、出来るだけ突き放してたのに、折れないんだもんなぁ。


 18歳になってから知り合っていたら、寧ろ俺から口説いてるよな。僅か1歳の違いが恨めしいぜ。しかも、あれは多分、デキル女なんだよな。物は知らんが、頭の回転は早い。一緒にいたら多分、どっぷりと浸かってしまうんだろうなぁ。


 逆に桜は18歳と聞いていたから、傍にいても、心苦しさと言うのがなかったんだな。やっちゃったら、やっちゃった時だよね!みたいな気楽さが、あったんだよな。神様なんか、やっちゃえやっちゃえとか言いそうだけどな。


 ん?頭の中がヤル事で、いっぱいになってしまった。俺の脳味噌はピンク色か紫色なんだろう。もう、そういう事にしておこう。俺の精神衛生的に。


 相手がエルラーナなら、全然忌避感ないのよね。所詮320歳超えの美女だからな。明日の夜はエルラーナに貸しの回収に行こう。娼館なんか行ったら、すぐ噂になるか、セレスの耳に入ってしまいそうだし、ギルド内部で済まそう。



 と決めたところで、桜が風呂が準備出来たと言ったので、風呂に入る事にした。広い風呂と言うのは気持ちが良いなぁ。


 そう言えば、神々の保養所とか言ってたな。海沿いで温泉が出るところが良いよなぁ。主に俺がだけどな。モナコ公国とかバチカン市国みたいに極小の国でも作って、日本文化を謳歌するのも有りだよなぁ。寿司とか食いたいし。日本人の末裔を集めても良いな。


 体を洗おうと洗い場に出ると、タオルを体に巻いただけの桜が入ってきた。

「何してんだ、お前は。」


 桜が申し訳なさそうに、顔を赤くして言う。

「湯着がないもので。お背中をお流し致します。」


 マサキは、溜息を吐きながら言った。

「いやいや、そんな真っ赤な顔で何を言ってるんだ。そんな無理しろとは言ってないぞ?俺は。体くらい自分で洗えるしな。恥ずかしいのを、必死で我慢して来たんだろ?その気持ちだけで充分だぞ?」


 桜は、首を横に振った。

「くノ一の仕事は、こう言うお世話をする事ですので、私にさせて下さい。恥ずかしいのは、直ぐに慣れます。初めてするので、ちょっと恥ずかしいですが、どうせなら、立花様にさせて頂きたいです。」


「真面目なんだなぁ、俺みたいに、適当になっても良いと思うんだけどなぁ。」


「では、失礼します。」

 と言って、桜はマサキの背中を擦り始めた。

桜の価値観が、今一つ解らない。何か奥歯に挟まった様な感じがするんだよなぁ、何か言いたいんじゃないかと思うんだけど……。


「前は自分でやるからな。」

「はい。」


 桜は擦り上げたところにお湯を掛けて、洗い流してくれた。前は自分で洗って、お湯を流して、湯舟にもう1度浸かった。


 温まったところで、風呂から上がったら、桜がタオルを持って待っていた。

「背中をお拭きします。」

 呆れたマサキは「もう好きにして」状態で桜にしたいようにさせた。


 もしかしたら、桜は苦労性なのかもしれないな。男尊女卑の戦国の世から、こちらに渡って来た日本人の末裔で、こっちの世界の血が入っていないのだ。彼女達にはこれが当たり前なのかも知れない。


 戦前までの女性の行動は、戦国の世とあまり変わらないのではないだろうか。封建社会か中央集権かの違いだけだしな。どっちも男尊女卑だしね。


 そこは少しずつ変えていってあげれば良いだろう。基本、男に尽くすのが女の役目だと思っているとしたら、蛇は嫌だわな。


 まあ、セレスが良いと言えば、桜ももらってやろう。涎が垂れそうな程、良い女なのだ。まして尽くしてくれるなら、否やはないし、純日本人の子供を産んでもらうのも有りだろう。


 あれ?俺も桜の事が好きらしい。俺が、女を再び好きになるとはなぁ……。ちょっと考えられないな。エリセーヌは女神だからだと思っていたし。これも神様効果なんだろうか。いや、これは女神効果の方だろう。


 これで、桜とも、セレスとも、ちゃんと向き合って、結婚を考えられるかも知れない。不誠実な答えをしなくて済みそうだ。

 少し気持ちが楽になったなぁ。セレスとの結婚、流されるまま婚約をしてしまったが、真面目に考えてみよう。あのを泣かすのはちょっと有り得ないな。


 桜がもう良いと言うので、服を着て、リビングに戻った。弥助に聞いてみたら、やはり、女性は旦那や主君には、みんなあんな感じらしい。少しずつ考えていこう。

 あ、風呂上りの酒が欲しかったなぁ。エルラーナは持ってそうだが、酒場でボトルで買えるかなぁ。


 そう言えば、どんな酒があるのかも知らないじゃん、俺。日本酒とスコッチウィスキーが欲しいっす!

 ギルドの酒場に行ってみると、蒸留酒も少しはあった。麦の蒸留酒をボトルで買って、また5階まで上がった。エレベータを切に希望する。


 銀製のコップに魔法で氷を落とし、蒸留酒を少し入れて、ロックで飲んでみた。イケル。泥炭の香りのないウィスキーな感じだな。こうなるとグラスが欲しくなるな。とは言え、全然飲めるので、もう1つ作って、弥助に渡した。


「これは、美味いですね。氷があると全然違いますね。」

喜んでくれた様だ。

 一杯飲むと、風呂入って来ますと、弥助は風呂に向かった。桜はどこいった?

と思ったら、キッチンで、材料の確認をしている様だ。


 今は好きにさせておこう。酒を持ったまま、寝室に向かった。馬鹿デカいベッドなんだけど、大の字になっても全然あまるこの大きさ、ゆっくり寝られそうだ。


 酒を飲みながら、この世界に降りた所から、つらつらと考えてみたが、まだ、ギルドと王城しか行ってねー!明日は、色々な店を回ろうと、心に決めたのだが!明日は、セレスと一緒かぁ、女って買い物長いよね?まあ、出来るだけと言う目標にしておこう。


 と、考えていたら、『タオルを巻いた桜再び』とサブタイトルが浮かびそうな感じで、桜が寝室に入って来た。


「どうしたんだ、そんな恰好で。」


「上様……。」


「う、うえさま!?」


 桜が話し出す。

「兄と話をしまして、主君と仰ぐからには、呼び方を決めよう、と言う事になりまして、立花様は貴族にはならないとの事ですので、殿は変かなと言う事で、上様と言う事になりました。」


「あ、そう……。」


(俺の中の中二病さんが、うぇい様!と声を上げております。日本だったらアホ確定なんだろうが、世界が違うのだ、好きにさせておこう。変えるなら少しずつだ。)


「それで、その恰好と何か関係があるのか?」


 桜は思い切った感じで、真っ赤になった顔を上げて、床に正座した。

「上様、私を女にして下さい。お願いします。」


「ちょっと意味がワカリマセンネ。何故、そう事を急ごうとするんだ?」


「お傍に仕えると言う事は、身も心も捧げますと言う意味になるのです。」


「そ、そうか。だけど、今日の今日でなくても良くない?」


「ダメ……ですか?」


「いや、俺は据え膳は迷わず食っちゃうんだけどさ、桜の豹変ぶりに驚いている。」


「初めて会った、あの日から、お慕い申し上げておりました。念願かなってお傍に仕える事が出来ました。ですから……。はしたない女と思わないで下さい。上様だけに私を捧げたいと思います。」


(完全に封建社会の文化だなぁ……。まあ、嫁にもらってやれば良いだろう。)


「桜。おいで。」

「はい。」


 桜の初めてを頂いてしまいました。すげー良い体してました。くノ一術やべーですよ。結局、初めてだったのに、【治癒ヒール】を使って、3回戦しちゃいました。もうメロメロです。そのまま、2人で寝ちゃいましたよ!



 朝、目が覚めると、桜がいなかった。これはあれだ、多分、朝飯作ってる筈だ。昨日3回戦もしたのに、早起きするとか、早死にする未来しか見えないな。

 でも、桜のお陰で、セレスに発情しなくて済みそうな予感がする。


 寝室から出て、顔を洗いに行って、リビングに行くと、弥助が何か言いたそうに、ニヤニヤしていたので、先制攻撃をしてやった。

「夕べはお楽しみでしたよ。」


 弥助が頭を下げた。

「上様。妹を宜しくお願いします。」


「心配するな、責任は取るさ。まあ、セレス次第だがな。」


「セレスティーナ嬢なら大丈夫でしょう。元々母親が5人もいますし、桜と何やら密約がありそうですよ?」


「マジか!もしかしたら、セレスに嵌められたかも知れん。まあ、どうやら俺も桜を気に入っていたようだ。問題ない。


 まあ、弥助を信じて話をするが、元の世界では39歳だったんだ。神様に間違えて神罰を落とされて死んだんだ、1度な。で、神様が間違えたゴメーンて生き返らせてくれたんだが、異世界に行くのに、39歳じゃ年齢行き過ぎだって言ったら、20年戻してくれたんだよ。」


 弥助は驚きの為か、大きく目を見開いていた。

「そんな事が……。」


「で、話の趣旨はそこじゃなくてな。元の39年の人生の中で、25歳の時に、綺麗な女の子に好きだと言われて結婚したんだ。


 ここからは、長くなるから端折るけど、ある日仕事から家に帰ったら、嫁さんが知らない男と真っ最中だったんだよ。


 それを目の前で見ちゃってさ、それが結婚して半年の頃だったんだけど、実はその男と言うのも妻子持ちでさ、俺と嫁さんが結婚する前から2人の関係は続いていたんだそうだ。


 じゃあ、何故結婚して欲しいと言ったんだって話になるわけじゃん?結構な金額の金を取られていたよ。金の為に俺と結婚したんだぜ?


 僅か半年で離婚して、金を返させて慰謝料とって、嫁だった生き物は娼館に沈めてやったし、男の家庭も崩壊させて、路頭に迷わせてやったんだが、女と言うか、人を信じる事が出来なくなっていてね。


 女を好きになる事なんて、2度とないと思っていた。それを癒してくれたのが、エリセーヌだったんだけど、それはあくまでも、女神だからなんだと思っていたんだ。


 だが、昨日ふっと思ったんだよ。ああ、俺も桜の事が好きじゃんてな。自分でも驚いたけど、これで桜とも、セレスとも、ちゃんと向き合って答えを出せるなと、不誠実な回答をせずとも、済みそうだと思ってな。


 そう、思えたから、桜を抱いたんだ。」


 弥助も悲しそうな顔をしていた。

「そんな事があったら、誰も信じられませんよ。」


「だから、桜の事は俺に任せろ。弥助もな、早く許嫁を連れて来て、お楽しみするんだぞ?」


「心配なんざ、していませんや。ええ、もう文は送りました。返事が来たら迎えに行きます。」


「うんうん。小さな国でも作って、日本人の末裔集めて、暮らすのも良いかと思ってさ。日本文化の地にする感じで。靴を脱いで家に上がるとか。畳の家とかさ。やっぱ温泉は外せないよな~とか。」


「じゃぁ、やっぱり上様じゃないですか。問題ないですね。」



等と、弥助と話をしていたら、桜が立ち尽くして泣いていた。

どうやら、途中から話を聞いていたようだ。

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