第8話 婚約

 サラビスは、マサキを手放さない様にどうするべきか、一生懸命考えていた。一方、マサキは、腹減ったなぁとしか考えていなかった。


「なぁ、タチバナ殿、何か欲しい物とかはないのか?」


「特にはないかなぁ、そもそもセレスの護衛を指名依頼にしたのだって、桜から護衛を頼まれた時に、王様は寝込んでたし、王族の主だった者が女性しかいない事に気が付いて、変に邪推されて、解決前に追い出されるのを警戒して、ギルドの依頼書を用意しただけなんだ。

 まあ、冒険者だからギルドにも貢献しなきゃいかんかったしね。もしあれなら、今回の件を纏めて指名依頼にしてくれても良いよ。事後になるけど、ギルドも実入りがあれば文句は言わないでしょ。」


「そうか、それが1番良いのかなぁ。金だけじゃなぁ……。しっかし良く回る頭だな。城内に入るだけで、そこまで計算して来るのか。」


「まあね。依頼の邪魔になりそうなリスクは、極力減らしてから、仕事に掛かった方が楽だし。今回は宰相が相手だと聞いたから、人となりを知らなかったのもあるけど、ちょっとデキル奴を想定していた。実際は、大した事なかったけどね。

 そう言えば、王位簒奪後の相談を、帝国にしていた節があるようだぞ。その辺も締め上げた方が良いんじゃない?騎士団長。」


 騎士団長はマジカ!と言う顔だった。

「承知した。」


「あ、じゃぁ、自由に城に出入り出来る権利とかくれればいいや。食堂を自由に使えれば。」


「そんなもんは、いくらでもやる。この徽章を持っておけ、これがあれば王城のどこでも出入りできる。」


「ほほぅ、メイドさんが全員妊娠しちゃっても良いんだな?」


「構わん構わん。」


「マジか!あ、そうだ図書室みたいな所ある?今度で良いけど、色々資料があれば見てみたい。」


「あるぞ。蔵書は結構あるから、読んでみると良い。」


「そっか、ありがとう。そんなもんかな。俺は基本的にギルドの5階に部屋くれるって言ってたから、そこでダラダラしてるんで、用があれば呼んでくれれば良いよ。国内はちょっと回ってみたい気もしているけどね。ローレルには迷宮があると聞いたから。」


「うんうん、遊びに来ると良い。歓迎するよ。」

 ローレル辺境伯がご満悦だ。


「あ、サラビス王。セレスに早く婚約者探してやれよ。男日照りみたいだぞ。」


 サラビスは目を大きく見開いた。

「セレスティーナ、そうなのか?」


 セレスティーナは真っ赤な顔になった。

「酷いですぅ~、そんな事ある訳ないじゃないですか!私は、マサキ様にお嫁さんにして下さいって言っただけです!2,3年経ったら、考えてくれるって言ったじゃないですか!」


「だからさ~、2・3年経つ前に嫁に行ってしまえ。」


「酷い!私の事がそんなにお嫌いですか?」


「だから言ってるだろ?ガキと王族には興味ねーんだってば。幸せになるがいいさ、俺は基本的に働きたくない人だからな、誰かを幸せになんて、出来はしないんだよ。出来ればヒモになりたい!!」


 桜からツッコミが入った。

「立花様。清々しい程のクズっぷりですが、それはちょっと無理ではないかと。」


「なんでだよ。」


「だって、直ぐ助けにいっちゃうじゃないですか!」


「下心が満載なんだよ、そういう時は。」


「そう言いながら、何もしてくれないじゃないですか。」


「お前は誰の話をしているんだ?」


「いえ、何でもないです……。」


 サラビスがニヤリとした。

「セレスティーナは、タチバナ殿が好きなのか?」

「はい!」

「即答か!!」

「当然です。お父様、なんとかして下さい。」


 マサキは、何でそこまでと思いながら言う。

「貴族には、貴族の責任ノブレスオブリージュがあるように、王族の婚姻には、王族の責任と言うのがあるだろう?それなのに、会って2日の男に言う事じゃないだろうが。言葉を交わしたのなんか、今日が初めてだろうに。」


 セレスティーナは、折れない。

「お父様。最強の冒険者の妻になると言う事は、王族の責任を果たせませんか?」

 サラビスは、ニコニコだ。何故だ!

「充分だな。全く問題ないな。」


 こいつらは……。

「王様、簡単に言ってくれるなよ……。」

「セレスティーナの何が不満なんだ?」


 マサキは頭を掻きながら言った。

「貴族に貴族の義務ノブレスオブリージュがある様に、王族に王族の義務がある様に、力を持つ者にも、力を持つ者の義務がある。

 何時になるかは、分からんが、いずれ悪魔と戦う事になるだろう。良い女を傍に置く事は、それがそのまま弱点になるんだよ。

 一時の遊びで済む女なら、或は良いのかもしれんが、セレスにしろ、桜にしろ、俺が手放したくなくなるんだよ。そういう女は傍に置けないんだ。

 大罪系の悪魔と1対1でやって、五分。だからな。

 悪魔は狡猾だし、何をされるか分かったもんじゃない。だから、傍には置けないんだよ。理解出来たか?」


 サラビスは、なるほどと顎を撫でた。

「やっと本音が出たか。だが、何故そんな辛すぎる道を選ぶのだ。もう少し、気楽に考える訳にはいかないのか?世界を1人で背負う事などないだろう?」


「まあ、俺が背中を預けられる様な奴がいれば、或はそう考える事も出来るかもしれないが……。難しいだろうな。

 王様の命を繋ぎとめたのだって、セレスがいつまでも狙われるのを阻止する為もあったけど、名君だと聞いていたからだ。王様が居なくなれば、民衆が困るだろうしな。そんな大事な人間がいるのに、戦う力があるのに、逃げる訳にはいかないじゃないか。

 まあ、損な性格なのは理解している。俺は、より困難な道を選ぶのが正解だと思っているからな。」


 と、その時、スマホが鳴った。ガリルの爺ちゃんからだった。出て良いのか?

「はい。雅樹です。」

『面白い事になっとるのぅ!嫁なんかバンバンもらってしまえ!!』

「そうは言っても、エリセーヌとの約束もありますから、死ぬわけにもいかんでしょう?」

『大丈夫じゃ、そうやって自分を抑圧して、生きる事を期待して送り込んだ訳じゃないしの。難しく考えてはいかんぞい。悪魔の事なんか考える必要はない。それまでには、もっと強くなれる筈じゃ。欲しい女子はみんな嫁にしてしまえ。』

「そんなんで良いんですか?エリセーヌに怒られませんか?」

『気にしちゃいかん。万が一の時には、神界から送り込むしの。それより、神々が遊びに行ける、保養所みたいな所を作っておいてくれ!頼むぞい。じゃあの~。』


「あんのクソジジイ……。」

 マサキは頭を抱えた。


 桜が恐る恐る話しかけて来た。

「立花様。今は誰とお話をしていたのですか?エリセーヌとか聞こえましたけど、エリセーヌ様と言えば、慈愛の女神様ですよね?主神の。それに、立花様が敬語で話をしているところ、初めて見ました。」


「うーむ、聞きたいの?聞かなきゃ良かったとか思っちゃうぞ。多分。」


 サラビスも興味深々だ。

「是非、聞きたいな。」


「他言は無用だぞ?絶対に。今のは、神様だ。創造神ガリル爺ちゃん。俺はこの世界の人間ではなくてな。まぁ桜の先祖と同じ世界から来たんだが、地上に降りる前に、神界で修行してたんだよ。主に魔法だけどな。その時に、女神のエリセーヌを手籠めにしちゃったんだよねぇ。」


「「「「はあ???」」」」


「それで、人生を全うしたら、帰って来いと言われていてな。死んじゃいかんて言うし、まあ、頑張るよとは言って来たんだがなぁ、あいつのヤキモチ怖えんだよ。だけど、ガリルの爺ちゃんからは、子孫を残せと言うのも大命題にされていて、今の電話はさ、『バンバン嫁にしてしまえー』だってさ。」


 サラビスはニマニマしていた。

「しかし、女神を手籠めにするとか、想像の斜め上を行くんだな。」


「だってさ、毎日気が付くと、同じベッドで隣で素っ裸で寝てんだぜ?

そりゃやっちゃうって。」


「それは……やるな!」


「だろ?そう、俺は悪くない。エリセーヌに嵌められたんだよ。まあ、最高神が良いと言うのだから良いのだろう。悪魔の事は考えなくて良いって言ってたし。

ああ、王様、どっか土地くれ。神々が遊びに行ける保養地を作れと指令が来た。」


 サラビスは少し考えた。

「うむ、ちょっと探してみる。見繕ってみるよ。」


「保養地なんか作ったら、絶対あいつが来るなぁ、武神が。また喧嘩になっちゃうなぁ、面倒臭い……。」


 桜が首を捻る。

「そんなに面倒なんですか?」


「そりゃそうだよ。俺達五分五分だから、前は三日三晩戦って決着つかなかったもん。今なら勝てる気もするが、あいつも修行馬鹿だからなぁ。」


「それは面倒ですね。」


「基本神達は暇なんでな、修行ばっかしてんのよ。ガリルの爺ちゃんは最高神だから、この世界だけじゃないから忙しそうだけど、主神のエリセーヌが上級神で、その下の6柱の従神がいるんだけど、これが中級神、その中に武神、魔法神、豊穣神、鍛冶神、酒神、工芸神がいて、その下に下級神がいっぱいいて、その下にセレスくらいの天使がいっぱいいるんだよ。で、エリセーヌ以下、天使以外はみんな暇。」


「なんか凄まじいですね。」


「なんか考えてたら腹立ってきた。なんで俺だけ働いてんだ!」


 セレスが目をキラキラさせて言いやがった。

「さあ、マサキ様。障害は無くなりました!お嫁さんにして下さいね。」


「んまぁ、3年後位にな。」


「では、婚約を!」


「それは2年後位にな。」


「おかしいです!」


「どこが?」


「それでは、何も変わらないじゃないですか!」


「継続は力なりと言うんだぞ。変わらない事は良い事だ。うん。」


「むぅ……。」


「なぁ、なんで俺なんかが良いの?女神を手籠めにする様な鬼畜なんだぜ?」


「そんな事はありません。馬車から助け出してくれた時だって、強烈な眠気と空腹と戦っている真っ最中だったじゃないですか。そんな時に、2人も両脇に抱えて、風の様に疾走するなんて普通出来ません。」


「あの時は、神界から降りたばっかりでな、時差ボケで眠気が凄かったな。」


「え?じゃ、降りたばっかりじゃないですか。」


「うん、まだ3日かな?4日かな?そんなもんだ。だから言ってるだろ?それで好きはないだろう?」


「いいえ、大好きです!」


「ブレないのな。その頑固さは誰に似たんだ?」


「お父様ですね。」


「言われてるぞ~、王様。」


 サラビスが真顔になった。

「マサキ殿。そろそろ諦めんか。この娘は絶対に折れないぞ。」


 マサキは大きく息を吐いた。

「この国って一夫多妻なの?」


「養えるのであれば、何人でも可だよ。」


「そうねぇ、婚約程度にしてもらえる?」


「お、ついに折れたか。どうだ、セレスティーナ。」


 セレスは不満そうだ。

「どうして婚約なんですか?ちゃんと婚約して下さい。それなら良いです。」


「じゃ、それで。良いのか?王様。セレスもらっちゃって。」


「セレスティーナがそれを望んでいるんだ、問題ない。ここで反対してみろ、二度と口を聞いてもらえんぞ。父親的にちょっと無理。」


「セレス、母ちゃん誰?」


「母様は、2人目です。」


「なんだ、セレスより美人じゃないか!俺、お母さんと婚約しようかな!」

 

 サラビスが慌てた。

「待て待て待て!亭主がいるぞ!」


「あ、助けて失敗した。もっかい逝っとく?未亡人うぇい!」

 

 セレスがキレた。

「マサキ様!!いい加減に私を見て下さい。」


「セレス、背中に夜叉がいるぞ!ていうか、お前。エリセーヌにそっくりなのな。背中の夜叉とか。背中の夜叉とか。背中の夜叉が。」


(王女に冒険者の妻は無理だろう。婚約してもずっと会えないとかなら、諦めるかなぁ、連れて歩くなんてリスクしかないしなぁ。)


「じゃぁ、セレスとは婚約って事で良いのかな?」


「はい。宜しくお願いします。」


「嫌になったら、いつでも言ってくれよ。」


「なりません。」


「う、うん。よろしく。」


 マサキは、もう良いかなと思いながら聞いてみた。

「あとはどう?もう聞きたい事はない?」


 サラビスが、そうだ。と話し始めた。

「そうだ、俺が本当に聞きたかったのは、あれだけの事件を1日で解決したのは、どう言った経緯なのか。そこを知りたいんだ。」


「んとね、俺が王城に来た時は、直接セレスの部屋に向かったんだけど、セレスの部屋でした話ってのが、当初はセレスの護衛だったから、俺はどこで何をしていれば良いんだ?と言う話から始まったんだ。そうしたら、セレスが『この部屋で生活して下さい』なんて言っちゃう悪い娘だったのよ。

 そこで、桜から得ていた事前情報として、王子が上が3歳と言う事と、王様が寝込んでいると言う事。宰相が敵であると言う事だったんだが、前日にセレスを送って来た時に、城内に隠密がチョロチョロしてたのは掴んでいたから、ここからは組み立てだけだったよ。

 まあ、セレスを守り切った所で、王子が3歳では好き放題されるのは、解っていたし、セレス以外の王女の身も危ないと感じたんでな、王様の生還は必須事項だったんだよ。

 そこで、セレスの部屋でのアホ話を切り上げて、王様の部屋に向かったんだ。この時点で天井の状況も把握してたし、王様の容態を聞いた時点で俺の中で毒なのは確定してた。

 あとは王妃達が薬師以外を近づけていないって話だったから、薬の成分を調べて、弥助に薬師の身柄を押えに走らせた。

 その時同時に桜に天井のマカレイを押えに行かせて、こいつらから証言を取るのは難しくないと判断した俺は、そこから王様の治療をして、目が覚めたところで執事室に向かって、マカレイから色々聞き出して、薬師がいれば証言が揃うのは確定したんで、王様に仕事しろと言いに行ったわけだ。

 今回は犯人が判った上での調査だから楽だったよ。

 あと、有り得るとすれば、王の生還を宰相が知っていたとすると、襲撃は有るかも知れないとは思っていた。

 意外だったのは、あの暗殺者だけだな。もし、暗殺者が宰相の手の者であった場合、兵士が突っ込んだ混乱に乗じて暗殺すれば良いのだから、暗殺者は別口と言う事になる。

 あるとすれば、王位簒奪後の密約があったのならば、あの忍者は帝国の手の者だと判る。

 これで、セレスの部屋に泊まらなくて良くなった訳よ。」


 サラビスは、唖然としていた。

「じゃ、あの暗殺者は帝国の手の者と言う事か?」

「まぁ十中八九そうだろうね。そこまで教えてやらないと、調査が出来ない騎士団だったら、鍛え直しだと言う事だ。暗殺者があのタイミングで来た時点で、宰相の手の者ではないと推測していたけどね。」


「そこまで読み切った上での、謁見だったわけだ。」


「そうじゃなければ、俺が謁見の間なんか行く訳なかろ。予想していなかったのは、暗殺者だけだね。それに宰相が、帝国の命令で動いていたとするなら、暗殺者の標的は王でなく宰相であった筈だ。それ故、主犯は宰相で決まりなのさ。

 まぁ皇帝の寝所に、宰相の首くらい届けてやっても良いけどな。お前もこうなるぞってな。朝起きたら、生首抱いていたらどうなるだろうな。発狂するかもな。」


「なるほど……。そこまで読み切ったか、何と言うか、説明を聞けば納得は出来るが、思い付くかと言われれば、全然思い当たらんな。」


「そんなに難しい話ではないと思うんだけどなぁ。腹減ったから飯にしない?」


「そうだな。飯にしよう。」


マサキ達は、みんなで食堂に向かった。








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