第6話 エルスローム王

  セレスティーナの部屋のソファで、アホな会話を暫くした後、本題に入ろうと思ったが、桜が何か言いたそうにしていたのを思い出した。


「桜。そう言えば、さっき何か言いたそうだったが、何だったんだ?」


「いえ、立花様が後を付けられていたのを知りながら、何故放置していたのかが、気になったものですから。」


「ああ、そういう事か。今の状態ってのは、俺には情報が足りなすぎるからな、出来るだけ頭の中をフラットにしておきたかっただけさ。あんな有象無象が敵になるとも思えなかったしな。」


 桜が感心した様に言った。

「理解しました。勉強になります。」


「勉強になんざならんだろ?ただ、調査前に余計な固定観念は持たない方が、本質が見えると言うだけの話だぞ。」


「いえ、勉強になります。」


 マサキは、まあいいかと言う顔をした。そろそろ本題に入りたかった。

「それで、本題なんだが、俺はどこで何をしていれば良いんだ?」


 これには、セレスティーナが答えた。

「マサキ様は、此処に居て下されば結構です。この部屋で生活して下さい。」


 マサキは目が点だ。

「は?馬鹿なの?」


 セレスティーナは分からないと言う顔で首を捻る。

「どうしてでしょうか?」


「当たり前だろう?セレスティーナは女。俺は男。万が一、俺が襲っちゃったらどうするんだ?」


「私は構いません。もし、そうなったらお嫁さんにして下さい。」


 マサキは、嫌そうな顔をした。

「意味がワカリマセン。お前は王女。俺はただの冒険者のロクデナシ。釣り合わんし、王族なんて面倒な人種と結婚なんかするわけないだろ?貴族のお坊ちゃまでも探すが良いさ。」


 セレスティーナは泣いてしまった。

「そこまで言わなくても……。そんなに私がお嫌いですか?」


「泣かんでも良いだろ?セレスティーナが嫌いとかじゃなくて、王侯貴族なんて面倒な連中と付き合いたくないんだよ。」


「じゃぁ、私が王族じゃなくなれば良いですか?」


 マサキは女の涙に弱いので、秘儀、結論の先延ばしを使った。

「子供に興味はないのでな、2,3年経ったら考えても良いかな。」


 セレスティーナは、既に泣いていなかった。騙されたカモ?

「本当ですね!聞きましたよ?みんな聞きましたね?」

 メイドさん達が全員頷いた。


「考えるだけだぞ?」

 と、マサキは力なく答えるだけだった。



 マサキはそれでもと話を続ける事にした。

「ちょっと話を戻すぞ。俺がこの部屋で生活をすると、邪推する奴が出て来るんだよ。そうすると、この件が解決する前に、城から追い出される可能性もあるんだよ。それはちょっと上手くない。執事の部屋とかないのか?」


 桜が助け船を出してくれた。

「ございます。この部屋の前の廊下を右手に行くと、ドアを開けた時にちょうど廊下を見渡せる位置に、執事部屋があります。」


「じゃ、そこで良いや。」

 セレスティーナはちょっと膨れていたが、無視だ、無視。


「セレスティーナ、長いからセレスで良いか?」

「はい。構いません。」


「親父、王の容態は分かるか?」

「はい。薬師の話では、意識が戻らず食事も摂れない為、早晩亡くなる可能性が高いとの事です。」


「セレス、何でそんなに平気そうなんだ?親父と仲が悪いのか?」

「そんな事はないですけど、正直なところ、お父様が倒れてから、考える暇もないと言うか、散々狙われてきましたので、多分、自分でも余裕が無いのだと思います。」


「なるほどな。姉妹はいくつなんだ?」

「お姉様は、18歳です。妹は16歳ですね。」


「全員狙われている感じか?」

「はい。妹に至っては、部屋から出て来ません。」


「ふーむ、王の所へは行けるか?」

「どうしてですか?話は出来ませんよ?」


「ちょっと確かめたい事があるんだ。」

「それは、構いませんが、お母様が入れて下さるかどうか……。」


「どの母親だ?」

「みんなです。毒物を疑っているようで、薬師以外は誰も近寄らせません。」


「まあ、行ってみようぜ。」

「はい。ご案内します。」


 セレスティーナと連れ立って、部屋を出ようとすると、メイドさんの一人がドアを開けて先導してくれるようだ。

 メイドさんについて行くと、廊下の1番奥が王の寝室の様だ。


 メイドさんがノックを3回した。

「どなた?」と声が中から聞こえて来た。

「セレスティーナです。」

 とセレスティーナが声を掛けると、中からドアが開いた。


 マサキが中を覗くと死臭が漂い始めていた。

「遅かったか!」

 と言うや否や、ドアを押し込んで部屋の中へ入り、王のベッドまで走った。

 ギャーギャー騒ぐ王妃どもを無視して、王の脈をとった。弱々しいが、まだ生きている。


「王に飲ませている薬を出せ!」

 と、マサキが叫んだ。


 セレスティーナが、訳が分からないまでも従ってくれた。

「お母様。お薬を。」

 そう言って、薬包を受け取って、マサキに渡した。


 マサキはスマホを取り出し、カメラを起動した。

 薬包を広げて、薬を床に置いた。そのままスマホを翳すと、成分が表示された。

「セレス。王が倒れたのはいつだ?」

「えっと、5日前だったと思います。」

「辺境伯が領地に帰ったのは?」

「2日前です。」

「じゃ、昨日のあれは辺境伯がいなくなってすぐって事か?」

「そうですね。」


「弥助!!」

 弥助が執事姿でドアから入って来た。

「はっ!」

「薬師を今すぐ拘束しろ、絶対に死なせるな。絶対にだ!」

「承知しました。」

 弥助は、走って部屋から出て行った。


「桜!天井にいるアホを捕まえろ。」

「承知しました。」


 薬の中に微量だが、スズランの根が混じっていた。中毒を起こしていたのだ。

スマホを異空間に仕舞うと、マサキは急いで魔法を行使した。

 王のベッドに近付き、布団を捲ると、【回復リカバリー】続いて【浄化ピュリフィケーション】、【復元レストレーション】最後に【治療トリート】を使った。念の為、【治癒ヒール】も使っておいた。

 王とマサキの周りは薄っすらとした光に包まれた。


「腹が減ったぞ……。」

と言って、王が起き上がった。

「貴方!」

と言いながら、王妃達が王の周りに集まった。マサキは邪魔はすまいと部屋の出口へ向かった。


 部屋を出たマサキは、ついて来たセレスティーナに、

「親父と話でもして来い。俺には仕事が出来た。」

と、言ってやった。


「でも…。」

 セレスティーナは俯いて、考えているようだった。

「嬉しくないのか?久しぶりに話が出来るんだぞ?俺から離れるのが不安か?」

「はい。怖いです。たった5日の間に何回襲われそうになったか……。」

 不安そうに、スカートを握り締めるセレスティーナにマサキは言った。

「セレス。大丈夫だ、何処にいても必ず守ってやる。心配せず親父に甘えて来い。」

 セレスティーナは顔を上げると、やっと笑顔になった。

「はい。お父様を治して頂いて、ありがとうございます。」

 そう言って、王の寝室に戻って行った。


 マサキは、執事室に向かった。教えられていた執事室に入ると、桜が隠密を1人拘束していた。

「桜、仕事が早いじゃないか。」

「大した相手ではありませんでした。忍びでもない様です。」


 マサキは隠密に向き直ると、優しく声を掛けた。

「さて、お前も大変だなぁ、変な主に扱き使われて。その変な主は誰なんだ?素直に話せば、生かしてやる。話さないのなら、命はいらんものだと判断する。駆け引きはしないぞ。1度きりの質問だと思え。」


 隠密の男は、びくびくしながら、話し出した。

「俺は、ティーダ男爵に雇われている。男爵が宰相の命令で探りを入れる様に言われていた。それで、俺が来たんだ。でも、俺は隠密じゃないから、こういうのは得意じゃないんだ。自分でもよくここまで入り込めたと思っているよ。」


「なるほどなぁ、宰相以外に誰か繋がっている者はいるか?例えば他の貴族とか、国外の誰かとかさ。そうだ、あとお前の名前。」


 男は、少し考える様な素ぶりをしたが、首を横に振った。

「俺が知る限りでは、宰相の使いや、宰相本人から以外で、そういう話があったのかは知らないな。貴族とは言っても、所詮は領地を持たない男爵だから、そんなに交友関係がある訳でもないから、無いと思う。俺の名前は、マカレイだ。」


「なるほど……。マカレイは男爵家ではどんな立場なんだ?」


「俺は、男爵家抱えの冒険者だよ。Cランクだ。今回は依頼で来た。まあ、お抱えだから得意じゃなくても、断れないんだけどね。」


「そうか、このまま帰すと消されるなぁ、牢に入れても暗殺か……。桜、どっか隠しておける所ないか?」


 桜が少し考える。

「城内は難しいでしょう。宰相の息の掛からない所と言えば、王の寝所くらいですから……。冒険者ギルドはどうですか?確か牢もある筈ですけど。」


「その手があるか、冒険者なら入ってもおかしくないしな。ただ、どうやって連れて行くかだなぁ。」


「そこはお任せください。上手く変装させてみせます。」


「じゃ、頼むな。マカレイ、見付かったら、多分殺されるからな。変装してギルドまで見付からない様にしろよ?」


 マカレイが真っ青になって何度も頷いた。

「わかった。あんたの言う通りにするよ。確かに殺されると思う。」


 言うが早いか、桜がマカレイに化粧を始めた。みるみる顔付が変わっていく。

「上手いもんだなぁ、全然面影ないぞ。後は着る物か。」


「それも大丈夫です。城内の衣裳部屋は沢山着る物がありますから。」


「そっかそっか。」

 と言っているうちに、化粧が終わり、桜は衣裳部屋へと向かった。マサキは、待っているだけだった。


(桜は、手下に欲しいなぁ、でも許嫁の邪魔しちゃ悪い気もするな。嫌いって言ってたから良いのかな?この世界の事を知らない俺にとっては、アドバイザー兼情報屋みたいに使えたら、桜は優秀だと思うんだが……。決して1人が寂しいって訳じゃないんだからね!)


 と考えていたら、桜が戻って来た。執事服だった。

「さあ、これに着替えて下さい。これが1番バレ難いです。」

「確かになぁ。」

 言われたマカレイは、急いで着替え始めた。


「桜。俺はマカレイをギルドに連れて行くから、弥助に薬師もギルドに連れて来る様に伝えてくれ。」

「承知しました。」

「あ!」

「どうしました。」

「セレスの傍に誰も居なくなる。これは不味い。」


 マサキは考え込んだ。

「桜。先に弥助に伝えてくれ。俺が手紙を書くから、それを弥助に持たせてギルドへ連行させてくれ。それが済んだら、ここへ戻って、マカレイを連れて行ってくれ。この部屋は鍵を掛けておこう。俺はセレスの傍にいる様にするから、何かあったら来てくれ。」


「承知しました。」

 マサキは、執事室の机を使って、レポート用紙にエルラーナ宛の手紙を書いた。それを1度読み返して、折り畳み、桜に手渡した。

「すまんな。小間使いにして。」


「いえ、立花様のお陰で色々見えてきました。私等、なんなりとお使いください。では、行って参ります。」

 桜は颯爽と執事室を出て、一気にいなくなった。


「マカレイは、ここで桜が戻って来るまで、大人しくしてろよ。騒いだり、逃げようとしたら、多分殺される。絶対に甘言に乗るなよ。生きる道は、必ず俺が作ってやるから、此処にいるんだぞ。」


 マカレイは何度も何度も頷いた。

「わかった。宜しく頼みます。」

 マサキは頷いて、部屋に鍵を掛けて、王の寝所に向かった。

魔力感知を広げっ放しで。


 廊下を歩いていると、セレスと同じ年位の似ている様な、そうでもない様な、王女っぽい女の子が歩いていた。

「君は…、第一か?第三か?」


 女の子はニコッとして、

「1ですよ。そんな聞かれ方したのは初めてです。面白い方ですね。タチバナ様。

第一王女のシルティーヌ・フォン・フィーベルです。妹が大変お世話になっております。」


「今から親父さん所へ?」


「はい、そうですよ。」


「じゃ、一緒に行こうか。」


「じゃ、エスコートして下さいな。」


「あれ?1人なの?メイドさんは?」


「後から来ると思います。」


「待てなかったのか?」


「はい。やっと目が覚めたと聞いたので、待てませんでした。」


「そっかそっか。じゃ、俺で良ければ。」

 と左肘をそっと出してやった。すかさず右手で掴んで来たので、そのまま廊下を進んで行った。


 シルティーヌと腕を組んだまま、王の寝所に入ると、すごーく冷たい空気を感じた。セレスの背中に夜叉がいた。

「あら、セレスが怖いですわ。」

 と、シルティーヌが腕に抱き着いちゃったもんだから、セレスがキレていた。俺は腕がムニムニの間に挟まって最高だったんだがな!


「お姉様?どういう事ですか!?」


 面倒だったマサキは、話題を変えさせた。

「どうもこうも子供と王族には興味ねーって言ったろう。王女が廊下を1人寂しく歩いてたから、エスコートして来ただけだ。それより今は、王様だろ?」


 セレスは悔しそうに、

「そうですね…。お姉様行きましょう。」

と言った。


 マサキは、魔力感知を目一杯広げて、入口横の壁に寄りかかって、目を瞑っていた。1人近付いてきたのがわかる。

「タチバナ殿。先程は、サラビスの命を助けて下さって、有難うございます。」

 目を開けたら、美しい女性が立っていたが、どうやら王妃の様だった。


「いやー、王に死なれると、依頼をこなすのが大変になっちゃうんで、どうしても生きていてもらわねば、ならなかったんですよ。それだけです。」


「ふふっ、誇らないのですね。死ぬ寸前だった王の命を助けたのですよ?普通は、もっと傲慢になっても良いでしょう?」

 不思議そうに、王妃が言った。


「そうですねぇ、私は、最近こちらの国に来たばかりで、王の治世を知らないのですよ。ですから、助けた事が良い事なのかどうかは、わかりません。

 命を助けたのが、王だからと言うところには、特に何も感じません。人を1人助けるのに、王も平民もありませんから。」


「ほう、人は等しく平等であると?」


「いや、平等であるとは思ませんね。為政者の中には、死んだ方が良い奴もいるし、農民と盗賊だったら、農民の方が大事でしょう?」


「ああ、人間の中身の事を仰っているのですね。王であっても、遊んでばっかりいる様な王であれば助ける価値はないと、そういう事ですね?」


「ご明察です。そういう事です。」


 王妃は感心した様に、頷いた。

「タチバナ殿は聡明なのですね。」


 マサキは首を振った。

「俺は、ただのロクデナシですよ。」


「ご謙遜はそこまでにして頂いて、今はただ感謝させて下さい。」


「そうですか。では、感謝のお心は受け取りました。」

とマサキは王妃に笑いかけた。


 魔力感知を感じる限り問題はなさそうだ。桜が戻って来て、マカレイを連れ出した様だ。さて、宰相が黒幕ならこれで片付きそうだが……。

 しかしなぁ、依頼の内容はセレスの護衛だった筈なんだけどなぁ。まぁ元を絶たないと襲撃も終わらないから仕方ないか。

 弥助は聞きだして来てくれるだろうなぁ。尋問してないとなると、面倒だなぁ。今日中に宰相を追い詰めたい。


 と思っていたら、執事服を着た弥助が来た。

「立花様。全て解りました。今回の黒幕は宰相で間違いありません。ですが、王位簒奪後の相談を帝国にしていた節があります。」


「だが、宰相は帝国の指示で動いていた訳ではないんだな?」


「その通りです。如何いたしますか?」


「王に働いてもらうか。薬師とマカレイを宰相と男爵を呼び出した後に連れて来てくれ。これで幕引きをしよう。」


「御意。」

 弥助は再び、部屋から出て消えた。



 マサキはベッドに向かって歩き出した。

「サラビス王。休憩の時間は終わりだ。働いてもらうぞ~。」






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