第4話 忍者とくノ一

 不覚にも晩飯を食い逃すと言う失態に、目が覚めたマサキは独りでキレそうになっていた。


(しかし、なんだ?あの余裕の無さは。いくら眠くたって、腹が減っていたって、美人侍女の名前くらい聞けるだろ!上手くいけば、一緒に風呂入って添い寝くらい出来たカモ知れないのに!!何をやっているんだ、俺はぁぁぁぁ!!!)


 なんかキレてる方向性がオカシイ様だ。ロクデナシはやはり左斜め上を行く様だ。爆熟睡して、気分がスッキリした瞬間、色々思い出して悔しがっているの図である。どうやら晩飯はどうでも良かった様だ。


 気を取り直して、朝食を摂りに食堂へ向かった。宿の人も起こそうとして、何度もドアを叩いたが、全然起きなかったそうだ。

 朝飯のメニューは、パンとスープとベーコン焼きとサラダだった。パンはいくつ食べても良いと言うシステムの様だ。


 ベーコンがなかなか美味かった。この世界、養鶏も行われているらしいので、ベーコンエッグもそのうち食べられるだろう。


 ガリルの爺ちゃんの話では、450年前に転移して来た日本人は、兵糧を大量に運んでいた兵や、鶏を追い掛け回していた百姓など多岐に渡り、1000人規模だったそうだ。が、幸い鉄砲は誰も持っていなかったらしい。


 醤油はあるような事は聞いているが、実はあまり期待はしていない。それと言うのも、味噌は歴史が長く、昔は各家庭で作っていた筈だが、醤油は今の様に、醤油麹と塩水を合わせた、諸味を圧搾して作る方式が確立したのは、確か、元禄の時代だったと思う。千葉のおヒゲの醤油屋さんが作った筈だ。忠臣蔵の時代だな。

 

 それまでは、農家の副業で作っていた溜醤油の筈なんだよな。ちなみに、おヒゲの醤油屋さんは、創業が大阪冬の陣の頃なんだぞ、凄いよな!

 そんな訳で、溜醤油しかないんじゃないかと、濃口醤油は難易度が高い気がする。溜醤油は味噌を作った時の上澄みだからね。


 まあ、溜醤油でも充分ではあるのだけど、使い分けはしたい所よね。刺身を生で食べる文化があれば、溜醤油ヒャッホイなんだけどね。

 肉じゃがは、濃口醤油で作りたいじゃないか!そうは思わないか?諸君!!


 とは言え、話が横に逸れた。


 朝食を食べ終わり満足したマサキは、もう1泊分の料金を支払って、冒険者ギルドへ向かう事にした。


 ギルドへ到着したマサキは、Dランクの掲示板を見ていた。今日中に片が付きそうな依頼を探すが、イマイチ良く分からない。今日は依頼は止めて、ギルドの資料室を見せてもらう事にした。


 受付のセリアに声を掛けた。

「セリアちゃん、資料室覗いても良い?」


「大丈夫ですよ、資料の持ち出しは厳禁ですので、御自分で写すなりして下さいね。」


「承知した。あー、後これカードに入金しておいてくれ。」

と言って、金貨を90枚預けた。


「承知しました。受取書を作っておきますので、後で取りに来て下さい。」


「あいよー。」

と言って、資料室へ入って行った。


 魔物の種類や特徴が判る資料を探してみたが、精一杯で絵なんだよなぁ、仕方ない事だけども。


 資料を見る限り、残念ながらファンタジー定番の、ゴブリンやオークは存在しないようだ。この世界の魔物は、普通の獣が、体内魔力を暴走させて魔物化するらしく、所謂魔素溜まりも関係しているようだが、原因はどうも1つでは無さそうだ。


 多いのは、猪の魔物とか鹿の魔物みたいな奴、この辺はあまり強くないみたいで、推奨ランクがE以上となっていた。

 他には、熊の魔物や、獅子の魔物などは相当に強いらしく、推奨ランクがAとなっていた。


 推奨Dはなんだと?それは、巨大な兎の魔物だったり、牛みたいな奴とかかな。

因みに、災害級とされている魔物の中にいやがりました、ワイバーン。


 あと滅多に領域から出て来ないが、天災級とされているのが、竜だそうだ。北の未開の森林の先に竜の聖域なる地域があるそうだけど、そこから出てくる事は殆どないんだそうだ。


 ワイバーンは、ちょくちょく出てくるらしい。ワイバーンは竜種では無い様だ。だから聖域には入れないんだと。要するに、ワイバーンはトカゲと言う事だね。


 他に天災級がいないか調べていたら、いたわ悪魔。下級悪魔でもCランクパーティーが最低条件なんだそうだ。7つの大罪系の名前を持つ奴らは、完全に天災級なんだそうだ。ルクセリア(色欲)と言うと、アスモデウスなのかなぁ?友達になれるカモ。


 この資料室だと分かるのはこんな物なので、取り敢えず良しとした。王城の図書室とかあるんだろうか?美侍女に今度聞いてみよう。


 セリアちゃんに受取書をもらってギルドを後にした。目抜き通りの馬車反転用のロータリーには、屋台がいっぱい出ていたので、昼飯代わりに買ってみたが、肉串が醤油味で美味かった。

 なので、纏めて20本程買いこみ、紙袋に入れて異空間に放り込んでおいた。

暫くフラフラしていたが、美侍女に渡したメモが気になったので、宿に戻ってゴロゴロする事にした。


 あのメモに何を書いたかって?それはアレだ。

『ここの天井にはネズミがいっぱいだ、言いたい事があるなら、明日以降に宿に来い。勝負パンツでな!』と書いたんだぜ?


 どうも、監視されている事にも気が付いていたりして、なかなか話が切り出せず困っていた様な気がしたんだよね、かなりデキル侍女と見た。

 それも第二王女に味方が少ないんじゃなかろうか?考えすぎなら、明日からは魔物狩りに出掛けて、素材でどの位稼げるか試してみたいんだよね。


 冒険者が儲からないのなら、魔道具屋でも開くかな。まあ、生活は何とでもなりそうだ。

 宿に戻って、鍵をもらって、部屋に入ろうとすると、予想通り侍女が現れた。


「勝負パンツは履いて来たか?」


「バッチリです!」


「そうか、先ずは、部屋に入ろうか。」


 マサキが侍女を招き入れると、天井に異変があった。部屋の天井に移った瞬間に天井板が抜けて、隠密さんいらっしゃ~い。そのまま、脇差の鯉口を切り、一気に引き抜いて、刀身を峰に返して首筋に当てた。


「さて、顔は見せてもらうぞ。」

 と言って、隠密の頭巾を取り去った。


「なんだ、細い割に男かよ。女ならエロエロ楽しめたのにな!」

 マサキが心底残念そうな顔をして、隠密野郎を縛り上げた。


(うーん、こいつ忍者の系譜だな、ちょっと用心しておくか。)


「おーい、口開けよ~。」

「・・・・・・・」


「やっぱり開かないよねぇ、口に何を仕込んでるかな?かな?」

「・・・・・・・」

 ムスッとした顔で口を真一文字に結んで、おっさん隠密が侍女を睨んでいる。

(俺じゃなくて、侍女を睨むのか?ハッハーン)


「面倒臭いから、っちゃって良いよね!?」

 マサキは、刀身を刃に返して首に押し込む仕草を見せた。

「お待ちください!!」

 侍女が叫んで、マサキの右腕にしがみ付いてきた。


 マサキは肩を竦めた。

「やっぱりか……。お前達、面倒臭いな。アホには興味ないから帰れ。」

 右腕に感じる侍女のフニフニを楽しみながらも、断腸の思いで言い放った。断腸の思いで。


 侍女は、その場で正座をしたと思えば、両手を床について頭を下げた。

見事な、DO・GE・ZAだった。

(この世界にも土下座ってあるのか……。以外と日本文化が浸透しているのか?)


「立花様、申し訳ございません。試す様な真似を致しました。

 立花様は、日ノ本のお方とお見受け致します。

 私は、武田風魔の流れを汲むしのび、桜と申します。そちらは、兄の弥助でございます。この度のご無礼、如何様にも罰はお受け致します故、何卒、お話を聞いて頂けませんでしょうか。」


(系譜どころか本物だったー!!つーか、日本語じゃねーか!だったら土下座は普通だわな。)


 マサキは、弥助の縛めを解いて、大小を剣帯から抜いて、ベッドに腰掛け、に大小を置いた。桜と弥助は床に正座して、そんなマサキを見つめて、一息吐いた。


 侍が、刀を右側に置くと言う事は、「抜かないよ」と言う意味になるのだ。異空間に仕舞っても良かったのだが、本物の忍者の系譜と言う事で、敢えてそうして見たのだ。


 マサキは、口を開いた。

「お前達、ちょっと杜撰だぞ。弥助、金魚の糞みたいについて来ても、視線に気を付けないと、すぐバレるんだぞ?あんなに凝視してたら気配がダダ洩れだ。それに天井に仕掛けをしておいたのに、気が付かないとは、油断だぞ。」


 弥助が汗を垂らしながら、頭を下げた。

「未熟者にて大変申し訳なく。でも、いつ仕掛けを?私ずっと張り付いていたと思うのですが……。」

「朝。お前が、用を足しに行った時だ。」

「そんな短時間で……。」


 マサキは、魔力を薄く周囲に広げていった。他には変なのはいなさそうだ。

「桜。お前がくノ一だと言うのは分かった。で、話とは?と言うか、その前にお前達の主君は誰だ?」


「いえ、私達は王家に雇われているだけで、主君は持ちません。」


「あぁそうか、忍びは特定の主はあんまり持たないんだったな。だから忍びの家系だけで婚姻をするから、日ノ本人のままなんだな。」


「その通りです。立花様も日ノ本人に見えますが……?」


「俺か?俺は日本人だ。」


「ニッポンジン?」


「お前達の先祖が、この世界に渡ってから300年位経つと、日ノ本は日本と言う1つの国になるんだ。まぁ、俺がこっちに来たのは、450年後。最近だがな。」


「では、やはりご先祖様と同じ地より来られたのですね。他にもおられるのでしょうか……。」


「いない。前にも後にも俺だけだ。この先にもないと思えば良い。それ以上の詮索は無用に致せ。」


 時代劇みたいな口調になっちゃった。

 桜の所作が格好良いんだよなぁ、時代劇で見る腰元みたいな動きをするんだよ。和服着せてみたいな、さぞ美しい事だろうなぁ。


「承知致しました。では、お話をさせて頂いても?」


「聞こう。」


「実は・・・」

 桜の話を纏めるとこうだ。

 王家は、現王サラビスが名君である為、王の元に纏まっているのだが、サラビスが病に倒れ、王子が幼年である事もあって、王女を手籠めにして、王位簒奪を企む輩がいるのだと。


 それが、宰相であるカルバロ・フォン・サンドル侯爵。王派のローレル辺境伯と言うのが、王女や王妃を一生懸命守っているのだが、辺境の領主である為に、領地をずっと留守にする訳にもいかず、桜達が雇われたと言う事だった。


 城内の、領地を持たない文官貴族や武官貴族も宰相には逆らえず、なかなか助けに回れないようだ。


 桜は、マサキに頭を下げ、

「それで、立花様に王女の護衛をお願いできないかと思いまして……。」

 と話を締め括った。


 マサキはベッドの上で胡坐をかき、膝に肘をついて拳の上に頬を置いた。

「俺の名前を知っているのは、ギルドで書いた物を見た事で納得は出来るが……。

 返事をする前に、おかしな事が沢山あるわな。」

 桜が首を捻る。

「と、言いますと?」


「まず、お前の話を信じる前提で話をするぞ。だとすれば、お前達を雇い入れているのは、ローレル辺境伯と言う事になる。なのに、何故お前達が俺に頼みに来る?

王女の護衛を依頼するのであれば、王家からの筈だ。

 それに、忍びはお前達だけではないだろう?応援を頼む事だって出来る筈だ。」


「申し訳ありません、言葉が足りませんでした。この依頼は、第二王女セレスティーナ様ご本人たっての希望にございます。それに、立花様でしたら、私達日ノ本の言葉が通じると思いまして、私達にも都合が良かったものですから。

 それと、救出に来て下さった時の隙のない立ち居振る舞い、相当に腕の立つ剣術家とお見受けしました故。」


 弥助が顔を上げて口を開いた。

「立花様。この度は大変申し訳ございませんでした。私からも言葉を添えさせて頂いても宜しいですか?」


「構わないよ。」


「では。立花様は王城でも私の存在に気付いておられました。ずっと気付かれていましたけれども、1度も敵意を向けて来られませんでした。挙句の果てには、爆睡しておられましたよね。あんな事が出来る方を私は知りません。

 それに桜はくノ一ですから、メイドの恰好で王女様の傍にいますが、私達はあまり表に出られませんので、立花様程腕の立つお方が傍に居られれば、私も安心して諜報に出られますので。是非にもお願い致したく。」


 マサキは、思考の渦に身を任せた。

(お家騒動って訳でもないのか……。しっかし、なんでそんなのが宰相なんだ?

 問題は王の容態か…。来たばっかりで、国に倒れられるのもなぁ…。ん?まさかジジイ、こうなる事が解っていて、こんなところに飛ばしたんじゃあるまいな。あり得そうだなぁ、まあ、王女は兎も角、桜は可愛いし受けてやるか……。)


 色々考えた挙句、動機がアレなマサキであった。

「で、王の病状は?」


 桜は、申し訳なさそうに言った。

「詳しい話は王女様に聞かなければ判りませんが、言葉を発する事も出来ない程、悪いと聞いております。」


「なぁ桜、1つ聞いて良いか?」


「はい。」


「救出に行った時、執事に頼まれたと言う俺の言葉だけで、何故信じた?普通は信用しないだろ。と言うか出来ないだろ?」


 桜はニコニコしていた。

「立花様でも、解りませんでしたか。あの執事は兄です。」


「マジか!あー今なら解るわ。そうか、お前達も敵と味方の区別がつかなかったから、逃げる為の助力が欲しかった、あるいは、足止め要員が欲しかったわけだ。」


 弥助が笑いながら言った。

「そうです。その隙に逃がそうと思っていたら、立花様は2人も両脇に抱えて走って行ってしまいましたからね。私が追いつけない速度で。速かったなぁ。」


「まあ、魔法使ったしな。ところで、現王はいくつなんだ?あと、王家の血筋の公爵家とかはないのか?」


 桜が答える。

「王はまだ35歳でございます。王家の血縁はコーラル公爵家ですね。公爵様は現王の治世に満足しておられ、口出しはされませぬ。しかし、今回の出来事には胸を痛めておられるようです。王女様の馬車を護衛していた騎士達は、公爵様の命令で動いていました。」


「いずれにしても、王が回復しない事には治まりが付かない様だな。王家の子弟、子女は何人いるんだ?王子の年は?」


「王女様が第一から第三まで3名、王子は第一、第二の2名です。第一王子のカイン様はまだ3歳です。王妃様が5人おりますが、それぞれお一人ずつのお子様です。」


「これさ、俺が王城に出入りするのに問題ないか?王家の主立った者が全員女だよな?変な邪推とかされかねない。ならば……。昨日、冒険者登録して来たんだが、Dランクって指名依頼は受けられるか?受けられるのなら、依頼を出してもらえたら堂々と出入り出来るんだけどなぁ。」


 弥助が立ち上がった。

「確認しに行って参ります。」

と言って、早着替えをして執事に変身して出て行った。


「見事なもんだな・・・。」


「私も出来ますよ?やってみますね。」

 と、桜はニコッとして、忍び装束に変わった。一瞬下着が見えた。眼福眼福。

「勝負パンツは、黒なんだな。」

「え?見えました?」

「一瞬な。」

 桜は顔を真っ赤にしていた。


「なぁ、和服とかないのか?」

「ありますよ?」

「桜の和服姿が見てみたい。こう腰元みたいな。」

「今度用意してきますね。」


「忍びの里とか、あるのか?向こうの世界には忍者はもういないんだよなぁ。」

「里と言うか、忍びの家系は結構固まっていますね。農業をしながら忍びの修行も致しますので、田舎に住んでいます。」


「桜はいくつなんだ?」


「私は当年とって、19、こちらの年齢でいうと18歳です。」


「数えで19か、満年齢で18って事だな?なら今年19になると言う事か?」


「いえ、早生まれですので、今年18になりました。」


「でもさ、忍びの家系は家同士で婚姻を結んでいるんだろ?したら許嫁とか婚約者とかいるんだろ?18って言ったら、戦国の世であればもう結婚してるよな?」


「そうなんですけど……、許嫁はおりますが……、嫌いなんです。だからこうして逃げ回っていると言いますか……。」


「断っちゃえば良いじゃないか。断れないか、昔の奴らは頭が固いからな。」


 弥助が戻って来た。

「立花様。ギルドでは、指名依頼はCランク以上との事でしたが、ギルドマスターに話をしたところ、王家の依頼であれば仕方がないし、立花様の登録の時の魔力測定結果が測定不能であった事から、1度ギルドマスターが手合わせをして決めたいと。」


「なるほどな。じゃギルドに顔を出すとするか。で、大丈夫だったと仮定して話をするが、依頼は受けても良い。が条件を付ける。」


「なんなりと。」


「今回の護衛が終わるまで、お前達2人が俺の配下に入る事だ。それなら、受けてやっても良い。」


「「御意。」」


(御意って初めて聞いた!そのうち殿とか言われちゃうのかな……、中二病さんが顔を出しそうだぞ!!)


「じゃ、俺はギルドに行って来るけど、お前達に連絡を取りたい時は、どうすれば良い?」


 弥助が答える。

「ギルドで話がついたら、そのまま城へお越し下さい。立花様が、ギルドマスター如きに後れを取る事など有り得ませんので。」


「承知した。」


 2人は揃って城へ帰って行った。

 マサキは面倒臭そうにギルドへと向かって行った。


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