1章 異世界に降り立ったロクデナシ
第3話 エルスローム王都エルス
目の前には、とても綺麗で広大な湖がある。湖の南側、マサキから見て左手に巨大な真っ白な城が見える。
今は、湖畔の木の根元で寄りかかって座っている状態だ。春だなぁと言う気持ちの良い気候なんだが、春眠暁を覚えずと言った感じで眠気が凄まじい。それでも、と立ち上がったものの虚脱感しかない。
これはアレか、時間の流れが無い所から、時間が流れている所へ出た後遺症かなぁ、時差ボケか!うん、そうだな時差ボケだな。
まずは、街へ行かなければと、足を進めていった。が、水すら持っていない事に気が付いた。ああ、魔法で出せば良いのかと、小さい【
なんか頭も回っていない様だ。やっぱり金がないのは辛いなぁ、宿で寝たいなぁと思って、革パンツのポケットに手を突っ込んだら、紙片が出て来た。
『マサキさんへ
スーツのジャケットの内ポケットに、当座のお金の入った革袋を入れておきました。ジジイにバレないように着替えてもらったのです。
エリセーヌ』
マサキは、慌てて異空間からスーツを引っ張り出すと、ジャケットの内ポケットに手を突っ込むと、革袋が出て来た。
しかし、感触的に革の感触しかないし、何かが入っているような気はしないんだけどなぁ、と取り敢えず袋の口から手を突っ込んでみた。
入っていた、ジャラジャラと。どうやら空間魔法で拡張してある袋のようで、金貨・銀貨・銅貨がそれぞれ100枚ずつ入っていた。爺ちゃんにバレない様に二重の隠蔽を謀ったわけだな。でもなぁ、バレてそうだなぁ。大丈夫か?エリセーヌ。
まあ、何にせよ、助かった事に変わりはないので、感謝しておこう。ちょっと多過ぎる気もしなくはないけどね。だって金貨100枚って、1000万円位だろ?
有って困る物でもないので、気にしない様にしよう。
スーツを仕舞うと、再び街に向かって、マサキは歩き出した。
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一方、その頃神界では、エリセーヌがしこたま怒られていた。
「ワシもな、銀貨の50枚とか100枚程度なら、見て見ぬフリをしようと思ったんじゃ。が、なんなのだ、金貨100枚とは。」
エリセーヌは、胸を張って「このクソジジイ!」とでも言いたげな表情で言い放った。
「マサキさんに何かあったら、どうするんですか!?良いじゃないですか、宿なんかより、家を買ってしまえる程度は有っても良いでしょう!?遊んで暮らせる様な額ではありません!!」
ガリル神は呆れた顔で、エリセーヌに拳骨を落とした。
「エリセーヌ。基準がおかしいじゃろ?マサキ君本人だって、2・3日宿に泊まれる程度の事を言っていた筈じゃ。それが何故、家を買える程度になってしまうんじゃ?」
エリセーヌは膨れっ面でボソボソ言った。
「だって、苦労させたくなかったんだもん……。」
「だもんて……、エリセーヌ、お主は主神なんじゃぞ?解っておるのか?」
「解っていますぅ~。でも、覗いてしまったんですよ、マサキさんの心を抑圧していた記憶を。あんな物を目の前で見せられて、正気を保っていられたマサキさんに、私は称賛を送りたいです。あの魂の強さに私はメロメロなんですぅ~。」
「確かにのぅ……。あれで他人を信用はせずとも遠ざける事もなく、誰かに迷惑を掛ける事もなく生きて来られた魂の強靭さには、ワシも驚かされたもんじゃ。
だからこそ、ワシの神力を注いで、肉体の再構築をしたんだと言う事を、忘れるでないぞ。
マサキ君が人生を全うした後、エリセーヌ、お主がマサキ君の傍におられるかどうかは、これからのマサキ君の生き方に掛かっておるのじゃぞ。
大丈夫だとは思っておるがの。
彼は2つに1つの選択を迫られた時、必ず苦しい方を選んでおる。より困難な道を選ぶと言うのが、信条のようじゃでな。」
「何故でしょうか?人間と言うのは楽な方へ行きたがりますよね?」
「彼は、そうする事で、自分が成長し続けられると、固く信じておるのじゃよ。
間違って神罰を落としてしまった時に、すぐ調べたんじゃ。ずっとそうやって生きておった。あの事件があった後もな。
ワシらは、決して死なせてはならん人物を、死なせてしまったんじゃ。じゃから今回は目を瞑る。
じゃが、小さく纏まって欲しくはない。そこは理解しておくようにな。」
エリセーヌは、マサキを生き返らせたのは、最高神たるガリルの気まぐれだと思っていた。が、思わぬ高評価と期待していると、言外に伝えて来るガリルに返す言葉を失ってしまった。そして、ガリルの狙いにも気が付いてしまった。
「承知致しました。反省致します。」
「うむ、まさか凛として隙の無かったエリセーヌが、ポンコツになる程、惚れてしまうとも思わなんだがのぅ。吃驚したわい。」
「うぅ……、それは、言わないで下さい。初恋なのです。」
「でも、メロメロなんじゃろ?」
「メロメロです……ね。」
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相変わらず眠気と戦いながら、城を目指して3時間も歩いた頃、休憩しようかとも思ったが、休憩したら寝てしまう自信しかなかったので、マサキはそれでも足を動かしていたら、やっと街道に出たようだ。
腹が減ったなぁと考えながら、街道に出て右へと方向を変えて歩き始めた時、進行方向の街道から左に外れた所から、剣戟の音が響いてきた。
歩きながら気配を探っていると、どうやら人間同士の戦いのようだ。アホは放っておけば良いかと、そのまま歩き出したところ執事風のおっさんが飛び出して来た。
マサキは、刀の鞘を握り、親指を鍔に掛けて警戒したが、おっさん執事はその場で、膝を折り手を地面についた。
「お願いでございます、お助け下さい。」
マサキは面倒臭そうに、息を吐いた。
「誰を何から助けたいんだ?」
「姫様を兵士から守って頂きたいのです。」
「それは、内輪揉めなんじゃないのか?」
「そ、それは……、詳しくお話する時間はありませんので、後程お話すると言う事では、駄目でしょうか?」
あまりに悲壮感いっぱいに話をする執事に、マサキは言った。
「まあ、姫さんなら助けてやらん事もないが、俺は今、モーレツに眠いのと、滅茶苦茶腹が減っている。後で、飯と寝床を宜しくな。報酬はそれでいいや。」
「承知致しました。」
とは執事も答えたものの、そんなんで良いのか?と言う顔をしていた。
マサキは、剣戟の音を頼りに林の中を進んで行くと、1輌の馬車を発見した。馬車の周りで、兵士同士が切り合いをしていた。
マサキは刀の鯉口を切ったものの、同じ様なフルプレートメイルを着用した兵士なだけに、どっちが敵だか、よく分からなかった。
「おーい、どっちが敵だ?って聞いても答える訳はないな……。」
マサキは、そのまま馬車に向かって歩いて行き、中を確認した。
中では、JK位の女の子が、震えながら口を真一文字に結んで耐えていた。その隣にメイド服の侍女っぽい女性が女の子の肩を抱いていた。
マサキは馬車の外から侍女に話しかけた。
「おーい、執事っぽいおっさんに、助けてくれって頼まれたんだけど、どれが敵なんだ?見分けが付かんのだが、どこか見るところはあるか?」
その時、侍女が馬車の扉を少し開けた。
「いえ、同じ王国の兵士ですので、見分けは難しいかと。もしお助け頂けるのであれば、姫と私をここから連れ出して頂けませんか?」
マサキは、周りを見ながら確認をした。馬が殺されていて、馬車は役に立たないと思われる。兵士は少し前方で戦っていて、今の所、連れ出すのに障害にはなりそうもない。
「それが手っ取り早そうだな、歩けるか?」
「大丈夫です。少々お待ちを。姫様歩けますか?」
「だ、大丈夫です。」
侍女と姫が馬車から降りて来た。
「取り敢えず、急いで行こう。」
とマサキが声を掛けると、2人とも頷いた。
念の為、2人に【
マサキは、2人を左右に腰抱きにして、【
「あれは、敵か?」
「「解りません」」
「なんて面倒な……。街に戻る方向で良いのか?」
「「はい。」」
街道を街に向かって一気に駆け抜け、大門の前まで辿り着いた。
「あ。門衛は敵か?味方か?」
顔を赤くした侍女が、マサキの左脇の下で返事をした。
「門衛は大丈夫な筈です。城まで戻れれば……。」
右脇に抱えた姫の方は、真っ赤な顔をしながら、何やら嬉しそうだ。
(なんだ?この女。この状況を楽しんでるとかじゃねーだろうな。)
大門に向かって、進んで行ったら門衛に止められた。
「貴様、何者だ?その両脇に抱えている女性はなんだ?」
マサキは、大きく溜息を吐くと、
「お宅らのよく解らん喧嘩に、巻き込まれていた、姫と侍女を助けて来たんだが?執事が先に戻って来ていないか?」
と、嫌そうに言ってやり、侍女と姫を降ろしてやった。
侍女が前に進み出て、門衛に声を掛けた。
「第二王女セレスティーナ様です。この方をすぐにお通しして下さい。」
「はっ!承知致しました。どうぞ。」
王都に入ってからが、これまた城までが遠い遠い。門から城までで、直線距離で10Km以上あった。結局2人共を両脇に抱えて、【加速】した。
馬車があった所から約1時間で、王城の門に到着した。
「此処迄で良いか?流石に空腹と眠気に耐えられん。」
侍女が頭を下げる。
「すぐに食事の用意を致しますので、城内までお願いします。」
「まあ、乗り掛かった船だし、行くか……。」
と、空腹でやつれた顔で、マサキは城内へと足を踏み入れた。
城に入って、姫を自室へ送り届けた後、侍女がそのまま食堂へ案内してくれた。
「すぐにご用意致しますので、座ってお待ちください。」
「ああ、ありがとう。」
程なくして、食事が運ばれてきた。パンとデカいステーキとスープだった。正に、空腹に勝る調味料なしとは言ったもので、ただでさえ美味いであろう、王城の食事を超絶空腹で食ったのだ。これまた超絶美味であった。
マサキの食べっぷりを、近くで見ていた侍女が、ニッコリと笑顔で食後の紅茶を淹れてくれた。
「気持ちの良い食べっぷりでしたね。」
「いや~、救出に行った時は、凄い眠気と空腹と戦っている最中だったからな。やっと少し落ち着いたよ、ありがとう。そう言えば、執事風のおっさんはどうした?」
「先程、城に戻って参りました。呼んで参りますか?」
「いや、生きてりゃいいさ。ところで、何が起きていたんだ?俺にはサッパリ理解出来ない状況だったわけだが……。」
侍女は申し訳なさそうに言った。
「王城内の権力争いではあるのですが、私がお話出来る事ではありませんので……。申し訳ございません。」
「いや、気にするな。政治的な話なら、俺も興味はないしね。猿山のボス争いなら好きにやってくれって感じだな。ところで寝床を確保したいのだけど、どこか良い宿は知らないか?」
侍女は少し考えて、答えた。
「宿も良いですが、王城にお泊りになれば、宿代も掛かりませんからどうぞお遣い下さい。」
「ん~、王城だと落ち着かないし、何かに巻き込まれそうだから遠慮して措く。冒険者ギルドにも行きたいのでね。」
「そうですか、残念です。それであれば、王城門から出て真っ直ぐ行きますと、左手に黒馬亭と言う宿が御座います。ここは食事も美味しいですし、お風呂も有りますよ。」
「おお、それは良い。風呂入りたいわ~。」
「王城の広いお風呂も良いですよ?お背中お流ししましょうか?」
マサキは半眼になって聞いた。
「何を企んでいる?何故、そんなに引き止めたがる?」
「いえ、そういう訳では……。」
マサキは、天井を見つめた。異空間からビジネスバッグを取り出すと、レポート用紙とボールペンを取り出して、何やら書き始めた。
「まあ、俺はもう用はないから、さっさとお暇するよ。」
「残念ですが、玄関までお送りします。」
そう言った侍女に、マサキは、小さく折り畳んだレポート用紙の紙片を、見えない様に握らせた。そのまま、何もなかった様に玄関に向かい、侍女に手を振って外に出た。
頭のキレそうな侍女だ、トイレ辺りの人目の無い所で読んでくれる事だろう。
実は、スキルのない世界で、言語と文字はどうしたのかと言うと、言葉は魔法で脳内にインストールする様な感じでエリセーヌが刷り込んでくれた。
文字に関しては、体感での約1年必死で勉強したさ!だって魔法書読めないんだもんよ!これで俺も、バイリンガルなんだぜ?もう日本語使わねーけどな!
王城を出て、説明通りに黒馬亭に到着すると、取り敢えず部屋代を支払って、冒険者ギルドの場所を聞いた。
風呂付の部屋を頼んだら、大浴場なんだそうだ。それはそれで良いとダブルの部屋を取った。シングルの部屋が狭すぎたのだ。それでも2食付きで銀貨6枚なのだ、こんなもんだろう。
部屋の手配が済んだので、冒険者ギルドに向かった。登録だけは済ませておきたかったのだ。でも、早く帰って寝たい。
ギルドに到着すると、急いで窓口に向かい、綺麗なお姉さんに声を掛けた。
「冒険者登録をお願いしたいんだけど。」
「はい。いらっしゃいませ。本日のご案内は、冒険者ギルド王都エルス支部受付セリアが担当させて頂きます。では、まずこちらをご記入下さい。字は書けますか?代筆も可能ですよ。」
「いや、大丈夫だ。」
マサキは、名前と年齢を19歳、武器は剣、魔法の属性は無属性とだけ記入して用紙を渡した。
「綺麗な字ですね、大変読みやすいです。続いて、魔力測定を行いますので、この水晶に手を乗せて下さい。」
そう言われて、水晶に手を乗せた。水晶が虹色に激しく発光した。
(あ、やべー眠気で頭が回ってねーや、油断したなぁ…。今更か。)
セリアが蟀谷から汗を流して、水晶を見つめている。
「ちょっと測定出来ない程の、膨大な魔力ですね。でも最高ランクで良いと思います。属性もたくさん扱えそうですね。では、このカードに血を一滴垂らすか、直接魔力を流し込んで下さい。」
「承知した。」
と言ってカードに魔力を流し込んだ。
「はい。終了です。では、カードについてご説明しますね。このギルドカードは、身分証明書になるのと、ギルドへの預金に使えます。また再発行には、銀貨10枚が必要になりますので、無くさない様にお願いします。
次に、ギルドランクについてご説明致します。ランクとしては、S・A・B・C・D・E・Fの各ランクがあります。初期ランクは、年齢と保有魔力で決定されます。
12歳から登録は出来ますが、16歳の成人を迎えるまでは、Fランクとなります。
成人している方は、魔力保有量が重要になりますが、最高ランクの方でDランクスタートとなります。Cランクからは、しっかりと戦闘経験がないと上がれません。Bランクまではギルドポイントが溜まっていくと自動的に上がって行きます。
Aランクに上がるのには、試験がありますが、その辺の説明は、割愛します。
ここまででご質問はありますか?」
「大丈夫。理解している。」
「はい、ではこちらがギルドカードです。これから宜しくお願い致します。」
そう言って、銅板で出来たカードを渡してくれた。
「こちらこそ、宜しく頼む。じゃ、今日はここ迄で帰るね。ありがとう。」
マサキは、もう眠気が限界だった。
急いで宿に帰って、大浴場に駆け込んで体を洗うと、湯舟にゆっくりと浸かった。疲れが体中から、お湯に溶けだしていくような心地よさがあった。
充分に温まったところで、風呂を出て部屋に戻った。
晩飯まで寝ようと思ったが、ベッドに倒れ込むとそのまま爆睡状態となった。
翌日の朝まで気が付く事さえなく、眠ってしまったのは、言うまでもないだろう。
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