第2話 準備完了、転移

 エリセーヌの宮殿に来てから何日経っただろう。そもそも神界には時間の概念がないのだそうだ。神様は寿命がないので、年齢と言う考え方もなく、あるのは下級・中級・上級神の区分けと、創造神と言う最高神の絶対的神様がいると言う事実のみなのだそうだ。


 今は、日が昇って日が暮れると言う風に、俺に合わせる様にしてくれている、らしい。魔法の勉強と訓練は、出来なかった事が出来る様になるのが嬉しくて、思わず童心に返ってしまった。


 魔法と言うのは、やはり属性があるんだそうだが、あまり意識する必要はないようだ。大切なのは『イメージ』これに尽きるんだそうだ。

 とは言え、無・火・水・風・土・光・闇の各属性がある中で、1番難しく修得が大変だと言う、無属性魔法を徹底的に勉強して、他の属性は初級魔法程度にしておく事にした。


 無属性魔法は、魔力をそのまま扱う事が出来る他、空間系や時間系、重力系の魔法も無属性に含まれる為、難しいけど、1番便利なんだそうだ。

 例えば、異空間へ荷物を収納する『ボックス』と言う魔法。容量無制限・時間停止と言うか、時間の概念のない空間に荷物を収納出来る。


 この空間を上手くイメージして、そこを通るイメージまでキッチリ出来ると、転移魔法が使える様だ。ただ、中途半端なイメージをしてしまうと、異空間自体に、長さ、面積、体積や時間の概念がないので、異空間を彷徨う事になってしまうんだそうだ。イメージは出来る物の理屈はサッパリ理解出来なかった。


 あと、病気を治す『治療トリート』は無属性で、怪我を治す『治癒ヒール』は水属性と光属性の2種類があるようだ。ただ、無属性には『復元レストレーション』『回復リカバリー』と言う魔法もあるようで、使い分けが難しそうだ。


 そんな勉強と訓練を体感で1年位していただろうか。心の修復はうに終わっており、その間、エリセーヌとは何度も熱い夜は過ごしていたし、宮殿には、人間で言うと16~18歳位のJKみたいな、可愛らしい天使ちゃんがいっぱいいるんだぜ?ずっと此処に居たくなるわな。問題なのは、俺がエリセーヌに惚れてしまった事だろう。


 まあ、当然ながら、そんな事が許される訳もなく、そろそろ下界へと言われる頃だろうと思っていると、やはりエリセーヌが残念そうに声を掛けてきた。


「マサキさん。創造神様より、そろそろ下界へ行く様にとご指示がありました。」


「やっぱりか……、ダメか?行かないと。」


「ダメですよ。ちゃんと人間として生き抜いて下さい。」


「そうか……、そうだよなぁ。エリセーヌ、俺はお前に惚れてしまった。責任取ってくれよな。」


「大丈夫ですよ。私はずっと此処で待っていますから。そもそも私の初めてを奪ったんですから、マサキさんこそ責任取って下さいよ。」


「それは確かにそうだけども、50年位は会えないだろ?」


「それはそうですよ、その間にちゃんと人間として伴侶を見付けて、子孫を残すと言う事も大切な仕事ですよ。だから会えない方が良いのです。」


「そうかぁ、考えても仕方ないが、耐えられるかな。自信がねーヨ。」


「では、これをお持ちください。」

 そう言って、エリセーヌは指輪を一つ取り出した。白銀に輝く指輪に虹色の金属が嵌まっていた。

「これは?」


「これを左手の中指にでも、着けておいて下さい、魔法発動体です。杖の代わりですね。そして、これを着けていれば、私といつでも念話が出来ます。あと、これに着替えて下さい。」

 エリセーヌは、革製のスボンと剣帯、ジャケットとブーツを取り出して、ソファに置いた。


「真っ黒なんだけど、何か痛い人に見えない?」


「大丈夫ですよ。眷属の古龍さんが、脱皮した時の皮を頂いていたので、マサキさん用に誂えました。サイズはピッタリな筈ですよ。」


「ありがとう。これで話はいつでも出来るんだな。頑張ってみるよ。態々俺の為に用意してくれたのか?指輪。」


「マサキさんは、いい加減女心を理解するべきです。寂しいのは貴方だけではありません。」


 雅樹は思わずニヤっとして、エリセーヌの唇を奪って照れ隠しをした。着替えが終わると元々着ていたスーツや革靴を異空間に収納した。

「じゃぁ、爺さん所へ行くんだろ?」


「ええ、私に捕まっていて下さい。」


「ああ」

 そう言うと、雅樹はエリセーヌの柔らかい体に、後ろから抱き着いた。




 もう良いですよ、と言うエリセーヌの言葉を聞いて、体を離すと見覚えのある庭園に降り立っていた。

 2人してお茶の間セットに入って行くと、創造神の爺ちゃんがニヤニヤしていた。

「マサキ君。最早2人は夫婦の様じゃな!」


 雅樹は卓袱台の前に腰を下ろすと、胡坐をかいて座った。

「ああ、爺ちゃん、俺はエリセーヌに惚れちまった様だ。」

 と臆面もなく言う雅樹を見て、創造神は笑顔になった。一方、エリセーヌは慌てて言った。

「マサキさん、創造神様に爺ちゃんはちょっと……。」


 創造神はおかしそうにエリセーヌを手で制した。

「良い良い。ワシには孫みたいなもんじゃ。さて、マサキ君がこれから行く事になる世界の話をしようかの・・・・・・・・・」


 創造神の爺ちゃんの話を総合すると、これから行くのは、アルザと言う世界で、知性のある生き物としては、人間、エルフ、ドワーフ、悪魔、一部の魔物、神獣がいるという事だった。


 地球と同じ様な環境の惑星で、月が2つある事を覗けば、太陽もあるし、天動説が信じられている様な事もないんだそうだ。それ故、暦とは言わないだろうが、天文学はそれなりに研究されているようだ。その為、カレンダーの様な物もあるらしい。その辺は教会が教えているんだと。


 1日は24時間、1週間は8日、1カ月は4週間32日、1年は12カ月384日。無・月・火・水・風・土・光・闇の日と言いう曜日と同じ様な区分けがあるらしい。一般的には、無の日をお休みにする事が多いようだが、飲食店などはあまり休まないようだ。


 嬉しい事に、味噌と醤油と米があるんだそうだ。約450年前に日本から大量に転移者が現れたんだそうだ。それを憂いた神様が、転移ゲートになってしまっていた次元の歪みを治してからは、誰も転移していないという事だった。

(450年前?戦国時代だなぁ……、歴史の大好きだった俺には、色々面白い事があるかもなぁ…)


 通貨は、金銀銅貨に白金貨と黒金貨と言うのがあるらしいが、黒金貨は殆ど流通していないんだそうだ。

 イメージとしては、銅貨1枚=10円、銀貨1枚=1000円、金貨1枚=10万円、白金貨1枚=1000万円の様な感覚のみたいだ。そうすると黒金貨は1枚で10億か、流通してても使いようがないね。


 送られる場所は、エルスローム王国と言う1番大きな国なんだそうだ。魔物がいるので、冒険者ギルドがあって、冒険者もいるんだと。ワクワクしてキター。


 そして、誰もが気になるチート能力であるが、残念な事にレベルやスキルといった解りやすい能力はないのだそうだ。魔法に関しては適正があって、使えない属性は存在するらしいが、俺の場合は、全属性に適正を神様がつけてくれているので、練習すれば全部使えるんだそうだよ。


 神様に与えられた適正は、才能と言えると思うので、チートではない筈だ。練習しないと使えないしね。本人の努力次第と言う事だろう。

 チートと言う奴は、いきなり最強の魔法が使えたりするんだもんな。だからチートではないのだ。違うったら違うのだ!


 創造神の爺ちゃんの名前は、ガリルと言うらしい。で、ガリルの爺ちゃんは、地球とアルザを含めて、色々な世界を見ているらしく、アルザの主神はエリセーヌなんだって。その主神に6柱の従神がいて、その従神にはさらに下級神が従っているのだとか……またその下に天使達がいると……。


 エリセーヌ!偉い奴だったぁぁぁ!エリセーヌは上級神で、爺ちゃんの次に力を持っているんだそうだ。部下がいっぱいいるぜ。

 本人は恋愛を司っていると言っていたが、恋愛も含むのだろうが、慈愛の女神なんだそうだ。


 そんなエリセーヌを、文字通り手籠めにしてしまった訳だが……、本人怒ってないから良いよね!大丈夫だよね……。我慢出来なかったんだもん、目の前に美しい体を晒されて、据え膳を食わない程の我慢強さはないっす。


 爺さんの話を一通り聞いた後、質問タイムを設けてくれたので、聞いてみた。

「当座というか、取り敢えず宿に泊まれる程度のお金って貰えるの?」


「いや、神界に金など無いからのぅ、それは行ってから頑張ってくれ。」


「そうか、魔物と戦うにしても装備も揃えないといけないし、如何した物かな。やる事は多そうだ。ま、季節が冬じゃなければ、野宿でもなんとかなるし、大丈夫かな。」


「装備と言うが、防具はそれ以上の物はなかなかないからのぅ。エリセーヌも心配性な事じゃな。ワシからはこれをやろう。」

そう言って、ガリル神は二振りの日本刀と、綺麗な銀色のナイフを3本出して雅樹に渡した。


「これは……。太刀と脇差?」


「使い慣れた武器の方が良いじゃろ?」


「そりゃまぁそうだけど……。」

 と呟きながら、太刀の鯉口を切って一気に引き抜くと、刀身を眺めた。材質が明らかに違うので、模造なのは分かるんだが、本物以上の出来だった。脇差も同じ様に確認したが、やはり物凄い物だった。


「こんな大業物を貰って良いの?」


「良い良い。マサキ君は、幼少時から大学を卒業するまでずっと剣道ではなく、剣術を習っておったじゃろ?じゃから、日本刀が手に馴染むと思っての。」


「日本刀って、切る事しか考えずに作られているから、魔物相手だと一般的じゃないんじゃない?」


「そこは、ほれ、450年前に転移して来た者達が伝えた物があるでな、似た様な剣はいっぱいあるよ。日本刀は本当によく切れるからのぅ、髭も剃れるでの。」

カッカと笑いながら、ガリル神はさらに説明する。


「今、マサキ君に渡した日本刀は、マサキ君にしか抜けない様になっておる。そして、破壊不能と自動浄化の機能がつけてあるから、切れ味が落ちる事もないじゃろ。血振り程度で油もとれるし、刃毀れもしないから安心して遣うが良い。」


「ありがとう。これなら、金が無くてもなんとかなりそうだ。」

 そう言って、剣帯に大小を手挟んだ。ナイフも剣帯の腰の部分に3本とも差す場所があった。


「そう言えば、マサキ君は自分の今の姿を見た事はあるかね?」


「いや、そう言えば気にしてなかったな。髭も剃ってくれていたしね。」


「一応確認しておきなさい。アルザの世界に馴染む様に少し弄っているのでのぅ。」

そう言って、ガリル神は姿見を出した。マサキはその前に立って、自分の姿を確認してみた。


「・・・・・・・・・・・・」

 鏡に映る自分の姿を見て、驚愕の表情で立ち尽くした。


「どうじゃ?格好良いじゃろ?」


「格好良いって言うか、確かに若返ってはいるけど……。銀髪に茶眼、面影はあるけど、俺こんなにイケメンじゃなかった筈だし、着ているものが真っ黒って、完全に中二病患者じゃないか!」


 ガリル神はカッカと笑いながら、問題ないと言う。

「アルザ世界はのぅ、冒険者はみんな中二病だから問題ないじゃろ。二つ名大好きじゃし、『この依頼が終わったら結婚申し込むんだ!』ってフラグおっ立てていっぱい死んでおるぞ?」


「爺ちゃん詳しいな!地球の本とか読んでるだろ。」


「当たり前じゃ!面白いからのぅ。」

衝撃の事実が発覚した。神様はラノベ好きだった!


 ガリル神は思い出した様に、スマホとビジネスバッグを取り出した。

「車は流石に消失したままにしておいたんじゃが、バッグとスマホは再構築しておいたから返しておくからの。」


 雅樹は、ビジネスバッグを受け取ると、中身の確認をした。ソーラー発電の電卓、ソーラー発電の腕時計、筆記用具、B5の手帳、レポート用紙、印鑑、朱肉、運転免許証、財布。なんかに使えるのか?まあ仕舞っておけば良いか。


「爺ちゃんありがとね。使う場面があるかどうかは、解らないけど、仕舞っておくよ。」


「紙は使えると思うのじゃ、この世界には碌な紙がないからのぅ。あと、スマホは魔力で充電出来る様にしておいた。まぁ使えるのは、方位磁針と地図、写真、動画くらいだろうか。電話はワシの所とエリセーヌの所、後は6従神の所には繋がる様に登録しておいたからの!」


「爺ちゃん電話持ってんの?」


「ほれ、そこにあるじゃろ。写真も送れるんじゃ!」

 ガリルが指差した方を見ると、1台の年代物のFAXが置いてあった。

「神様ってなんでも有りなんだな!」


「そうじゃよ。そうそう、ラノベって言うのに、よく鑑定と言うスキルがあるじゃろ?あれをちょっと真似してみようと思って、スマホのカメラで写真を撮らなくても画面に映すと、名前と年齢と種族くらいは表示できる様にしておいた。薬草探しなんかに役立つじゃろ。」


「スリーサイズは?」


「無論じゃ!」

 と言って、ガリル神はサムズアップした。


「GJ!」

 等と話をしていたら、後ろで冷めた目で見ていたエリセーヌの背後から、金色の何かが立ち上がった。夜叉だった!


「エ、エリセーヌ?落ち着こうね。」

「あら?何かしら?」

「後ろに何かが立ち上っているよ!」

「あらあら、失礼しました。」


 ガリル神はやれやれと言った雰囲気で、エリセーヌに釘を刺す。

「エリセーヌよ、マサキ君は、これから伴侶を探さねばならんのじゃ。この程度の事に目くじらを立てていては、指輪も取り上げねばならんぞ?」

「申し訳ございませんでした。浅慮でした。」

 エリセーヌは、見た事がない様な形相で必死に謝っていた。


 ガリル神は、エリセーヌを宥めると、雅樹に向き直った。

「マサキ君。エリセーヌが贈ったその指輪なんじゃがな、アーティファクトの中でも非常に貴重な物でのぅ、無くしたり盗まれたりは絶対にしてはならんので、指から外さない様にの。万が一悪魔の手に渡ってしまった場合、エリセーヌの居場所が捕捉されてしまうのでな。」


 不穏な台詞が出て来たが、エリセーヌが危ない事だけは解ったので、了承した。

「承知した。万が一の場合は左手ごと異空間に突っ込むよ。」


「頼むのじゃ。後はもう良いかの?」


「少しだけ待ってくれ。」

 雅樹はそう言って、スマホのカメラを立ち上げ、エリセーヌの写真を撮った。そして、それをスマホの待ち受けの壁紙にしておいた。


 それを見ていたエリセーヌは嬉しそうな、恥ずかしそうな微妙な顔をしていたが、怒ってはいなかったので、良いだろう。


 思い立った様に、腕時計を左手首に着けて刀を2,3回振ると、

「よし!」

と独りごちて頷いた。


「爺ちゃん、準備は大丈夫だ。エリセーヌ、元気でな、また会おう!」

 雅樹はエリセーヌに軽く手を振り、ガリル神に頷いた。


「では、送るでの。元気に人生を全うするように!」

「承知した!」


 エリセーヌが目に涙を溜めていたが、俺の事など時間が経てば、忘れてしまうんだろうと思うと、少し寂しかったが、先ずは生きる事だと自分に言い聞かせた。


 すぅーっと意識が抜けて、ブラックアウトした。








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