異世界へ渡ったロクデナシ

くらのすけ

序章 死、そして異世界へ

第1話 神の庭園

 心地良い柔らかい風が頬を撫でる。辺りを見回すと、様々な色の花が咲き乱れ、凡そ人が暮らす場所とも思えない素敵な風景が広がっている。

 観光が目的で訪れた場所であれば、快適で心が安らぐ癒し空間であっただろう。


 だが…俺は通勤途中であった筈だ。それも車で。

 何故、俺はこんな所に立っているのだろう。車はどこ行った?

 そんな事を考えながら腕を組み、考え込んでいると背中から声が掛かった。


「おーい、すまんのう。ちょっとこっちへ来てくれんかのぅ?」


 振り向いてみると、喜劇で使う様な座敷のセットがあって、卓袱台の周りに老齢の男性と、20歳位と思しき美しい金髪女性が座っていた。

 そちらへ向かって歩いて行くと、畳敷きの座敷へと手招きされて、靴を脱いで上がり込み、卓袱台の前で正座した。


「えっと、何でしょうか?」

 訝し気に声を掛けると、老人が口を開いた。

「状況は理解しておるかのぅ?」


「いいえ、私は車に乗って会社へ通勤途中であった筈なんですが…、気が付いたらあそこに立ってました。何故こんな所にいるのかさえ理解しておりません。ここは何処なんでしょうか?」


 老人は、申し訳なさそうに卓袱台に両手を突いて、頭を下げた。

「此処は、ワシの住む家のような所じゃ。そして、大変申し訳ないんじゃがのぅ、立花雅樹君。ワシらの手違いで死なせてしまったんじゃ。神雷を君の車に落としてしまっての。」


 雅樹は、首を捻る。

「えっと、私は既に死んでいると?そもそも貴方は何者なんでしょう?」

 老人は顎髭を扱きながら、頷いた。

「怒ってはおらんのか…、ワシは神じゃよ。」


「ああ、神様ですか…、別に怒ってはいませんよ、失敗は誰にでもある物でしょ?それでは、死んでしまったと言うのも、事実なのでしょうね。しかし普通、車には雷は落ちないと思うのですけどねぇ。」


「自然現象であれば落ちないのぅ、神罰用の雷じゃから普通に落ちてしまうんじゃよ。ワシらのミスなんじゃ。」


「そうですか、仕方ありませんね。まぁ、39年生きて来ましたけど、特に人生に未練もありませんし、身寄りもないので問題ありません。痛みも感じませんでしたし、ありがとうございました。碌な人生ではなかったですけど、最後に神様に会えて良かったです。」

 雅樹は、スッキリした顔で頭を下げた。


 神様は、困った様な顔で言った。

「これこれ、1人でスッキリした顔になっておるが、それはイカンよ。雅樹君がどんな人生を歩んで来たかは知っておる。じゃが、諦めて達観するのは良くないぞよ。ましてワシらが死なせてしまった以上、責任は取らねばならん。

 よって、してしまった肉体も再構築したし、衣服も修復したので、生き返って欲しいのじゃ。地球でという訳にはいかないのじゃがな。」


 雅樹は、心底嫌そうな顔になった。

「折角死んだのに、また苦しい思いをしながら生きてゆけと?地球ではないと言う事は、別の世界と言う事ですよね?

 そう言うのは、小説等の創作物だけで結構ですよ。意外と好きでしたけどね、現実逃避するには最高ですね、異世界物は。

 ただ、現実の話となると、人生折り返しの年で異世界とか、全然魅力を感じませんし、このまま死なせて頂く訳にはいきませんか?」


「駄目…じゃな。死なせてしまったワシらが言える事ではないのじゃが、それは神として許可できないんじゃ。」


「どうしても?」


「どうしてもじゃ。それに、心に傷を負っているは解っておるからのぅ、ほれ、そこの女神が癒すと言っておるのでな、心配する事は何もないのだよ。」


「正直なところ、もう面倒臭いんですよねぇ、40になろうとしているのに、1から生活を作っていかなくてはならないし、培ってきた社会的立場を失った状態でのスタートですからねぇ…。生き返ると言う事は、本来とても有難い事なんでしょうけれども。生きるのには、当然お金も必要になるでしょうし、働きたくないんですよ、もうね。」


「社会的立場などは、どうにもならんとは思うが、肉体は再構築しておるので、年齢の心配はせんでも良いぞ。20引いて、19歳からでどうじゃ?」


「どうじゃって、そんな事して良いのです?」


「世界が違うのじゃ、誰も知っておる者がおらん。問題なかろう。体も少し強化してあるから、簡単には死なない筈じゃよ、今度はの。雅樹君なら魔法もすぐに使えるようになるじゃろ。」


「魔法があるんですか?」

 雅樹の中に、ムクムクと好奇心がもたげてきた。


「勿論あるよ、無いのは地球くらいじゃないかのぅ。」

 神様は、ニコニコしながら言った。


 雅樹は大きく息を吐いて、女神が淹れてくれたお茶を飲んだ。

(19歳か、やり直してみるのも有りなのかなぁ…。まぁ、それしか道は無さそうなんだけどな。嫌だけど……。)


「ところで神様。ここは、どうしてテレビのセットみたいに、こっち側だけ壁がないんです?」


「ほれ、この綺麗な庭園がいつも見える様にじゃよ。」


「庭園だったんですね、ここ。雨は降らないんですか?」


「降る訳なかろう、雲の上なんじゃから。」


「文字通り雲の上の人……なんですね。良いなぁ、ここ。ずっとここに居る訳には……いきませんよね?」


「駄目じゃな~、人生を全うしたら考えよう。」


 雅樹は、大きく溜息を吐いて、これまでの自分の人生で、最悪の場面を振り返ってみた。



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 立花雅樹、39歳独身(バツ1)。両親は既に鬼籍に入っており、現在は孤独な1人暮らし。仕事はデキル男なのだが・・・。


 25歳の時に、熱烈なラブコールを受けて結婚した。2つ年下のスタイルの良い美女だった。料理は下手だったが、よく尽くしてくれていた、様に見えた。


 出張が多い営業職だった為、家を空ける事も多く、出張帰りには必ずお土産を買って帰ったものだ。傍から見ても仲の良い夫婦だったと思う。


 当時、年齢のわりには多い、年収800万円程稼いでおり、余裕があった為4LDKの分譲マンションを買い、家事に専念したいと言う妻の要望に応え、専業主婦でいる事を容認していた。


 その日は、2泊3日で出張に出かける予定であった。一旦会社へ出社して、新幹線で移動する予定だったが、先方から連絡があり、自然災害の為、出張がキャンセルとなった。


 1日会社で仕事をして、折角だから突然家に帰って驚かしてやろうと。そして、一緒に晩飯でも食べに行こうと考えていた。


 出張用の大荷物を持って、マンションに辿り着き、静かに鍵を開けて中に入り、廊下を歩いてリビングのドアまで来ると、艶めかしい声が聞こえてきた。

 不審に思って、ゆっくりとドアを開けてリビングに入ると、寝室からギシギシアンアン聞こえてきた。


 猛烈な怒りと吐き気に襲われたが、静かに荷物を降ろし、デジカメの動画録画をオンにしてゆっくりと寝室のドアを開けた。


 そこには、あられもない姿で真っ最中の、妻と見知らぬ男がいた。男を裸のまま縛り上げ、妻は下着だけ着けさせて事情を聴くと、相手は大学時代の先輩だったらしい。結婚して僅か半年の出来事だった。


 そして、その関係は結婚前からだったそうだ。相手の男には妻子も有りと言う、もう何とも言い様のない爛れた関係、どこの昼ドラなんだよ…としか言えなかった。ならば何故結婚したんだと、それも向こうから告白されて。当然の疑問だった。


 専業主婦に拘った理由がそれだった訳で、嫌な予感がしたので、通帳をチェックしたら、300万円程無くなっていた。相手の男の新車やホテル代、貢ぐ金になっていた。


 取り敢えず、客として付き合いのある弁護士に通帳と動画を見せて、法的手続きを取ってもらい、慰謝料その他諸々を2人から毟り取り、離婚した。


 不思議だと思うのは、何故か女というのは、そう言う事が露見すると決まった様に「違うの!違うの!」と言うのだが、何が違うんだろうか。

 現場を押えられているのに?挙句の果てには、「違うの!愛しているのは貴方だけ!」だってさ。臍で茶が沸かせるかと思ったわ。


 結局、体の良いATMにされていただけと言う、なんとも情けない話であった。僅か半年で離婚と言う結果に、お祝いをしてくれた人達にお詫びに歩き回り、フラッシュバックに悩まされ、眠れない日々を過ごしていた為、体調を崩し、会社も休みがちになった。


 会社の部下の女の子が、一生懸命気にかけてくれて、色々と手伝いや看病をしてくれたりしてくれて、最後には好きだと告白してくれた。


 しかし、女性を全然信用出来なくなってしまった自分と、一緒にいても良い事等何もないと言い聞かせ、1人にさせてもらった。


 会社も住む場所も変えて、心機一転と考えたが結局上手く心をコントロール出来なかった。


 そんなこんなで、それから14年、女遊びはするが決して心は開かず、いつ死んでも良い様な、そんな荒んだロクでもない生き方をしてきたのだ。


 そう、14年の時間を無駄に使って、ただのロクデナシになってしまったのだ。



-------------



 雅樹は、昔を思い出して、何とも言い様のない苦い顔をしていた。そして、神様に顔を向けると、頭を下げて言った。


「神様。色々して頂きましたけれども、昔を思い出してしまうと、もう誰も信じられないんですよ。誰も知らない世界で、それでどうやって生きて行けば良いのか、生きて行けるのか…、ちょっと無理そうです。ごめんなさい。」


 神様の横に座っていた、女神が立ち上がり、雅樹の頭を自らの胸に抱え込んでそのまま正座をして、雅樹を横にならせた。胸の感触がとても気持ち良かった。

「マサキさん。しばらく私の元で、心を癒してから下界にお行きなさい。私が立ち直らせて差し上げます。今は、私の胸の中でお眠りなさい。」


「心が躍る程、胸の感触が気持ち良いんですが、私はただのロクデナシなんですよ。そんなに優しい言葉を掛けて頂ける様な者ではありません。」


「マサキさん。私は恋愛を司る女神、エリセーヌと申します。今は、心が壊れてしまっているだけです。創造神様が体を再構成してくれました様に、今度は私が、心を救って差し上げます。地球で起きた事、してきた事などはどうでも良いのです。

 大事な事は、これからどうするか、ですから。今は私に甘えて下さい、そもそも既に生き返っているのですよ?」


「はぁ…。この体は実体と言う事ですか?」


「その通りです。ですから、少しの間、私の所でお休みして、別の世界へ送り出すだけですよ。貴方の事は、私が責任を持ってサポート致しますから心配は無用です。」


「何か至れり尽くせりですね、逆に怖くもありますが……。本当に甘えても良いのですか?」


「どうぞ、ご存分に。そもそも貴方を死なせたのは、私達の責任ですから、引け目を感じる必要など、何もないのですよ。」


「そうですか……。じゃぁ、御言葉に甘えさせて頂きますね。」


「はい。言葉も畏まる必要はないです。普通に喋って頂ければ結構ですよ。私の事は、エリセーヌと呼び捨てにして下さい。」


 雅樹は、エリセーヌの膝枕に頭を乗せたまま話をしていたが、右手でエリセーヌの胸をモミモミしてみた、感触が素晴らしいのは元より、ちゃんと触れるんだと変な感動をしたまま、誘導されるように眠りに落ちた。




 柔らかい光が顔を差し、目を覚ますとベッドの上だった。不思議と心は平静になっていた。が、頭は絶賛混乱中だ。スタイル抜群の金髪美女が隣で寝ているのだ、一糸まとわぬ姿で。


「あら、マサキさん。目が覚めましたか?」

エリセーヌが微笑み掛ける。エリセーヌを凝視していた雅樹は、顔を真っ赤にして視線を逸らせた。

「こ、この状況はどう言う・・・」

「凄かったです♪」

(凄かったです・・・すごかったです・・・・スゴカッタデス・・・・)

雅樹の頭の中をエリセーヌの言葉がリフレインして行く。


 酔っぱらってお持ち帰りした女の子が、隣で寝ていた的なこの状況に、大混乱中の雅樹がエリセーヌを直視出来ないでいると、

「冗談ですよ?」

と、エリセーヌから声が掛かり、左腕に抱き着いてきた。


 雅樹は大きく息を吐いて、安堵の表情を浮かべた。

「で、なんで裸なの?酔っぱらって何かした、みたいな罪悪感があったんだけど。」


 エリセーヌは悪戯っぽい笑顔で言った。

「そうですねぇ、私に対しては何も遠慮はいらないですよ?と言う言葉をこういう形で表現してみました。」


「あんまり驚かさないでよ、眼福ではあるし、素晴らしい感触ではあるけどね。それにしても随分砕けた女神様なんだな。」


「誰にでもする訳ではありませんよ?私達は崇められる存在ですからね。

 ただ、マサキさんに関してだけは、私と対等でいて欲しいのです。

 何故なら、下界に降りてしまってからは、あまりしてあげられる事がありません。が、人生を全うなされた後は、私の所に帰って来て頂けたら嬉しい、と思っているからです。」


「死んだら帰って来られるの?」


「それは、マサキさん次第ですね。私はそう望んでいます。それに必ずしも死ななければならない訳でもないです。これ以上は言えません、ごめんなさい。」

エリセーヌは申し訳なさそうに雅樹の顔を見た。


「そうか、まあ言えない事もあるだろうさ。幾分心が軽くなった様な気もするし、気分は悪くない。気を遣わせたね。

 そしたら、言える範囲で構わないんだけど、これから行く世界の事や魔法の事を教えてもらえる?」


「ええ、それは構いませんし、ある程度の魔法は使えるように、練習してから下界に行きましょう。」


「ところで、此処はドコ?眠る前は座敷にいたよね?」


「此処は、私が住む宮殿です。下界に降りる前には、もう1度創造神様の所に行きますが、暫くは、此処で心の修復と魔法の練習をしましょう。」


「そっか、宜しく頼むね。」


 こうして、エリセーヌの元で壊れた心の修復に努める事となった。とは言え、まだ現状を把握しただけで、先の事は何も分かってはいない訳だ。

 この年になって、再び勉強する事になるとは思いもしなかったわけだが……。


 取り敢えず、解らない事を悩んでも仕方がないので、今はエリセーヌの心に甘える事にして、寝なおした。















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