第1話
立ち別れ
因幡の山の峰に生ふる 松とし聞かば 今帰りこむ
いま かえりこむ―――
「暫くは
「このひと月、波は全く静まる気配を見せません。所の漁師たちも、思うように船を出すこともできず、皆それぞれに頭を悩ませております」
「それは気の毒なこと……。
「まことに」
そう呟くと、住職は手元の茶を静かに口に運んだ。
慈雲がこの須磨に辿り着いたのは、自身の
初めのうちは好天に恵まれ、久しぶりに気持ちの良い道中であったが、程なく
本来ならば海岸線を辿ってのんびりと浦の景色を眺めようとしていたのだが、須磨に近くなるほどその天気は
そこで、かつての知人である福祥寺の住職を頼り、数日前からこの寺に
「このようなことは今まで一度もなかった。里の者どもは、もしや
「さようか……」
慈雲の呟きが、境内を吹く風にかき消された。
「
「お
そう言うと住職は、口元に悲しそうな笑みを貼り付けたまま、静かに茶を飲み干した。
「そう言えば」
暫くの沈黙の後、突如、慈雲は何かを思い出したように口を開いた。
「実はこちらに赴く途中、浜に並ぶ
「まさか、そのようなことは。ご覧になられた通り、海上は荒れるばかり。このような時分に、塩を焼く者など居りましょうぞ」
「はて……ならば
「左様でございましょう」
呟く住職。しかし慈雲は、どこか説明のつかぬ胸騒ぎを密かに感じていた。
「慈雲様。如何なされましたか」
「いや」
すると、本堂の隅にある
それを見た住職は、手元に置かれた茶を受け取ると、無言のままで慈雲の膝元に差し出した。
しかし慈雲は、そのもてなしを
「これはこれは。はや、お
「長らく世話になりました」
静かに
「道中、くれぐれもお気をつけて」
「御坊もお達者で」
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