第5話 彼女はとにかく強い 2/3

紫藤しどうリンネと言います。皆さん、よろしくお願いします!」


リンネは黒板の前で頭を下げ、新しい学校の生徒たちに自己紹介をした。クラスのみんなは拍手をして、彼女は席に着いた。彼女は少しそわそわしながら教室の周りを見た。


雰囲気が前と比べて……普通すぎた。


それから三時間後、三つ授業を受けた後、昼休みが開始された。リンネはお弁当をカバンから出そうと思ったとき、周りの生徒たちが彼女の元へ駆けつけて話し始めた。


「紫藤さんってあのリープ・プログラムから来たのでしょ?なんか強い超能力を持っているの?」


「当たり前だろ!なぁ、なぁ、どんな超能力なんだ?」


「え!見せて、見せて!私、見てみたい!」


リンネは苦笑いしながら返事をした。


「あの、私リミッター付けているから見せられないの……」


生徒達は残念そうに頭を下げた。しかし、会話は違う話に変わって続いた。


「力より、紫藤さんの趣味は?あなたの事、もっと知りたい!」


「紫藤さんの得意な科目は?リープ学園にいた時、百点取りまくったの?」


「スポーツは?部活に入る興味ある?」


リンネは一人ひとりの言葉を聞き、順番に答えていった。


「趣味は別にない。友達たち……、いや、知り合いにいろいろ付き合ってゲームや絵描きや料理など試してみたけど、どれも簡単すぎて飽きてしまった。そして好きな科目はすべて。興味はないけど、何となくすべて簡単だから。そしてスポーツも同じく。興味はないが、私、アスレチックだから何でもできてしまうの。」


彼女のあまりにも自惚うぬぼれた答えにみんなは驚いてしまった。


「ま……まぁ、学園のトップだった紫藤さんには当然よね。」


「へー。すごいね……」


リンネの周りの空気が重くなった。


******


それから三か月後。リンネは新たな学校生活になじむために、いろんなことに挑戦してみた。まず、すべての中間テストであっさり100点を獲得した。さらに、放課後になってから毎日違うスポーツ部に入部体験させてもらい、学校の各スポーツの一位の選手たちを余裕で倒してしまった。昼休みではゲーム部、お料理部、チェス部、美術部に参加してみたが、彼女は簡単にすべて成しげてしまった。


しかし、力を見せれば見せるほどリンネは生徒たちから尊敬されるより、異常性が高い転校生と見下された。そして廊下を通るたび、周りの生徒たちはじろじろと彼女のことを見ながら噂を言いふらす。


「やりすぎなのよ、あの子。」


「本当。変人だから、あの子。」


「あいつと喋ると馬鹿扱いされるから、やめとけ。」


徐々に噂が学校中に広まり、廊下を歩くたび、リンネは他人からけられてしまった。しかし、リンネの心は頑丈だった。そんなことで自分の心が折れる女の子ではないと自分に言いつけていた。だが、なぜか胸の奥に痛みが少し感じた。


彼女は学園にいたころを思い出した。彼女はすべてのトップの座を取り、常に周りの人から褒められてばかりだった。なのに、ここに来てから彼女が強さを見せるたび、彼女は周りから嫌われた。リンネは自分の力こそ自分の武器だと思っていたが、この新たな学校に来てからその思いに疑問を持ち始めた。


******


高校一年目が始まった。


授業中、リンネは一切手をあげなくなった。それは他の生徒に嫌われないため。


部活をすべてやめた。それは先輩たちに迷惑をかけないため。


テストもほどほどの点数にしておいた。それは学園トップの生徒たちの奨学金を奪わないため。


しかし、何をやってもなじめなかったリンネはとうとう諦めてしまった。一人ぼっちの生活に慣れ、彼女は学校で人と喋る機会を完全になくなってしまった。


リープ・プログラムに参加していなくてもヒーローになれると証明したかったリンネは迷い始めた。いつかはっきりと見えていた目的が、今はぼんやりとして薄くなっていた。


******


夏が来て、暑い季節が始まった。


ある日の事、体育の先生が各クラスでドッチボール大会をおこなった。リンネは張り切って、『自分のクラスのために勝ちたい』と思いながらボールを取り、相手を次々と倒していった。


けれどそれは逆効果があり、クラスの皆はゲームに興味を持たなくなって、わざと相手のボールに当たって自ら外野へ行き始めた。皆、リンネがチームにいる限り、絶対勝利できると思っていたから、彼女に全て任せてしまった。結果、コート内で最後に残ったリンネは、敵20人と戦うことになってしまった。


「ねぇ、彼女が一人で勝てるか賭けてみない?ただ見ていてもしょうがないでしょう?」


その声は外野からリンネをからかっていた女子たちだった。まるで競馬を見るようにリンネを使って賭け始めた。リンネは彼女たちの会話を聞いた途端、少し力を失ってしまった。女子たちの方向に頭を振り向けた。けどリンネをからかっていたのは彼女たちだけではなかった。コートの周りから笑い声が聞こえた。まるでサーカスのピエロみたいに指を刺されて笑われていた気分だった。


『もう、やめようかな……』


そう思った時、皆の笑い声を一気に突破して、はっきりと大きな声がリンネの耳元に届いた。


「フフフ……どうやら俺らの勝ちだ!」


敵の男子が一人前に出て、リンネに喋りかけた。彼は薄緑色の髪をして、自信たっぷりな表情を持つ人物だった。


「俺は決闘の前、常に名乗るタイプなので言わせてもらう。言っておくが、俺は絶対に勝つから、泣かな――」


「――おい、女子を攻めるなんて格好悪いぞ。」


金髪の男の子が急に割り込みながら、意地を張っていた少年の顔をぐいぐい退かす。そしてその金髪の男の子はリンネに笑いながら自己紹介を始めた。


「ワリ―な。俺、正我せいが赤人あかと。よろしくな。君のことは聞いている。噂では結構強いんだって?君のその力、楽しみにしているよ。ちなみにこいつは、森田もりた緑造えんぞう。気にしなくていい奴さ。」


すると薄緑色の髪をした少年がギャーギャー騒ぎ始めた。


「おい!赤人!勝手に俺を紹介するな!自分の名は自分が名乗らなければ意味がないじゃないか!」


「いいからさっさと試合をやれ!」


彼らのやりとりがあまりにもおかしくて、リンネはつい笑ってしまった。クスクス静かに笑いながら、手で口元を隠して心にあった不安が一瞬にして消えてしまった。


すると赤人はリンネに振り向いて、彼女に質問した。


「あ、ちなみに君は紫藤リンネさんだったっけ?」


リンネは赤人の言葉にうなずく。


「そうか。では、よろしくな!」


赤人はリンネに歯を見せながら笑顔で笑った。


「赤人、テメェ―、彼女の名は彼女が名乗るべきだ!俺の儀式ぎしきをよくも崩してくれたな!」


「うっせー。早くとっととボールを投げろ!」


舌を打った緑造は味方に合図を送り、ようやく試合が再開された。まず、緑造の指示に従って、後ろにいた男子五人は一斉にボールをリンネに目掛けて投げた。彼女は追い込まれたはずだったが、何の表情も見せず、汗の一滴も出さなかった。


リンネは手に持っていた唯一ゆいいつのボールを使い、向かってきたボールに投げ、はじき飛ばした。次、向かってきた二つのボールを両手で受け取り、一息した。さらに投げてきた残りの二つのボールは、体を回転させながら見事によけた。それはまるで、重力を違反する動きだった。


相手にボールがなくなった状況を把握したリンネは、さっき捕らえた二つのボールを投げ、敵二人に当てた。そのボールは二つとも外野へはじかれ、一つはリンネの味方が拾った。そしてもう一つのボールも仲間の元に転がって来たが、側にいた女子生徒は気づかずに間違ってボールをってしまい、敵のテリトリーに渡ってしまった。


「あ、ごめんリンネ!でも頑張って!」


その女子生徒は笑いふざけた声で謝る。リンネは彼女を気にしなく、敵に視界をロックした。四つ戻ってきたボールを集めた緑造は、もう一度攻撃を仕掛けてきた。


「行くぞ!皆、今回こそ彼女を――」


緑造がそう叫んだ途端、ボールが彼の体に当たった。


「へ!?」


緑造は驚きながら外野へ行かされた。すると赤人が前に出て、リンネに喋りかけた。


「そうか!さっきあの女子がボールを間違って蹴った時、こっそりもう一つのボールを外野から受け取ったのか。上手く事故を利用して、みんなの気がとられていたうちにボールを背中の後ろに隠したのか。ちょっと汚いプレイだけど、やるな、紫藤さん。」


「チックショー!あんなのズルだ!」


緑造は叫んだ。しかし、彼はそのことを一先ず置いて、チームに声をかけた。


「俺がアウトになってしまったが、まだこっちの人数のほうが多い。野郎ども、紫藤リンネを倒せ!」


緑造が叫びだした途端、リンネは動いた。今度は向かってくるボールを一個ずつつかみ、敵に投げ返した。ボールは一人ずつ敵の体に当たり、相手の人数はどんどん減っていった。だが、その時、リンネは挟み撃ちにされ、同時に二つボールが両側から向かってきた。


「決まった!」


緑造はテンション高く叫んだ。


しかし、それでも彼女は迷わず、状況を的確に判断し、空中に飛びあがってからバク転をしてボールを見事によけた。


「な!」


緑造は彼女の動きにショックを受けて体が凍り付いてしまった。赤人は歯を食いしばり、笑い顔を見せながらリンネに喋った。


「やるな、紫藤さん。いや、リンネっと呼ばしてもらおう。その身動きは確かに素晴らしい。だが、俺たちだって黙って負けるわけにはいかないのさ!」


そして赤人は歯を見せながら笑い、リンネに向かってボールを投げた。


******


それから三分後、リンネは圧勝した。彼女はたった一人で勝利を得た。


しかし、体育館にいた誰もがリンネに感謝や声をかけることがなかった。チームのみんなはさっさと体育館を去って、次の授業の準備を始めていた。その中、わざと事故を起こしたあの女子が彼女の友達たちと笑いながらリンネの横を通りかかった。


「まぁ、少しは面白い姿を見せてくれたね。本当、あなた猿みたいに動くのね。リンネの両親ってもしかして猿だったりして。」


彼女達はリンネの前を通り過ぎながらわざと声を大きくして喋っていた。リンネはそのコメントに対し、強く拳を握りしめた。けどすぐに手の力を緩め、何も彼女たちに言わずに体育館を出て行った。


「ヒデーなあいつら。」


赤人が急に顔を出してリンネの隣で呟いた。


「っていうか、俺ら人間だから皆元サルだぞ。サルでない方がおかしいと思うのだが。まぁ、気にするなリンネ。勝負楽しかったぜ。今後もよろしくな。緑造もお前との試合を期待しているぜ。」


赤人は手を差し出し、リンネと握手した。しかし、彼女は何も言い返さず、ただほかの生徒を見ながら不満そうな顔をしていた。

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