第5話 彼女はとにかく強い 1/3

(3年前……)


「では、テスト開始!」


真っ白な教室の中で机が16個グリッド形式に並んであった。隣どうしの机はちょうど一メートルの間があり、前も後ろもその距離で離れていた。完璧な正方形を整った机の並び方だった。その一番手前の左側には中学1年生の紫藤しどうリンネが座っていた。


彼女は自分のパソコンに集中しながらどんどん問題を解いていった。周りの生徒たちは彼女ほどのペースではなかったが、集中して頑張っていた。


そして突然、教室中に教師の声が響く。


「テスト終了。ではこれから点数を発表します。満点の方、紫藤リンネの一名のみ。98点の方、――」


******


「うりゃあ!」


目の前から向かってきた男子はリンネより背が高かった。体はデカくて両腕に上腕二頭筋がはっきりと見えていた。しかし、彼が殴りかけた瞬間、リンネはその腕をつかみ、彼の体を引っ張りながら腹に膝蹴りを食らわせた。


彼の意識はその地点で飛ばされていたが、リンネはまだ止まる気はなかった。彼が地面に落ちる直前、リンネはひじで彼の背中を打った。すると彼の骨が折れた音がして、ようやく地面に追突した。


スムーズに相手を倒したリンネは一言も言わずに、彼の体から一歩下がってコーチに振り向いた。圧倒的な試合を見たコーチはリンネを勝者と認めた。


******


「紫藤さん、一緒に遊びに行きますか?」


同い年の女子二人がリンネを廊下で尋ねる。始めは無表情だったリンネは、表情を笑顔に作り直してから返事をした。


「いいの?では、ぜひ……」


けどその時、リンネは窓の外を見てしまった。そこから見えたのは中庭で小さな男の子が他の男子にいじめられている現場だった。リンネがそれを目撃してしまった以上、助けに行くことに確信してしまった。


「ごめん。私、ちょっと用事を思い出したの。また放課後、会いましょう!」


リンネは女子二人に手を振り、廊下を駆けて行った。


******


「君たち、その子から離れなさい!」


リンネはようやく中庭について、いじめている男子に向かって叫んだ。彼らはリンネを変な目で見て、小さな男の子をリンネの方向に蹴り飛ばした。彼は草の上を転がり、リンネの足元へ着いた。


「大丈夫?立てる?早く保健室に行きましょう。」


リンネは小さな男の子を持ち上げて、彼の腕を自分の肩に載せながら学校の中に戻ろうとした。


「おい、そいつこの間のテストで最下位だったから俺たちが勉強に付き合ってあげているんだよ。そしてまだ勉強が終わっていないからそいつをまだ返すわけにはいかない。」


四人のうち、前に出てきて一人の男子がデタラメなことを言い出した。リンネは彼をキリッとした目で彼をにらみついてから相手を無視して歩き続ける。


「ふざけるな!」


イラついた男子はリンネに向かって走る。するとリンネの目に火がつき、抱えていた男の子をそっと地面に置いて、近づいてきた男子に戦い体制をとった。リンネは腕を顔の前に出し、ボクシングのポーズをとった。


「かかってこい。」


そう彼女が言った途端、まず殴りかけてきた一人目の男子をよけながら自分の右足を出し、相手をつまづきさせ、地べたへ落とす。土を口いっぱい詰めた一人目の男子は気絶した。すると後ろから見ていた他の三人の男子が怒り出し、リンネを一気に襲いかかる。


彼女は目を動かしながら常に残りの三人の位置を把握した。すると初めに殴りかけてきた男子のパンチを交わし、次の男子の蹴りを腕で防御して、三人目のタックルを押し返した。


地面に落ちた男子たちはうなった。リンネは服についた泥を叩き落とし、三人に向かって言った。


「君たち、ほかの生徒のテスト点数が悪いからって、いじめてはいけないの。分かった?」


しかし、男子たちはあきらめなかった。一人が立ち上がり、四人目の男子を起こしてようやく全員復活した。四人とも立ち上がり、四方八方からリンネを囲んで捕まえようとした。そして一気に四人ともリンネを襲い掛かったが、彼女は空中に飛びあがり、彼ら全員に回し蹴りを食らわせた。


さすが四人同時に相手は、リンネは息切れだった。けど彼女は勝利を得て、力の差を男子たちに見せつけた。リンネは少し口角を上げて、自分の強さを誇り高く思った。


******


「君は一体何をしてくれるんだ!」


新井あらい先生はリンネを見下しながら怒鳴った。


「勝手にヒーローごっこを一人でするな!」


理不尽なことを言う先生に対し、リンネは拳をギュッと握り締めた。目の前にいた先生はスラッとした背の高い男の人で、長方形の長細い眼鏡をかけていた。リンネは先生の説教が終えた瞬間、勇気を出して訳を説明した。


「ヒーローごっことかそういう問題ではありません。あの四人はいじめていたのですよ!私はただ、自分が正しいと思った判断をくだしただけです。」


説明すれば先生は理解してくれるとリンネは思っていたが、それは大間違えだった。


「ふざけるな!いじめられていた男の子の傷など傷程度ではないか!それと比べて君がボコボコにした四人の男子は病院に運ばれるほどの怪我をしたんだ。いじめを目撃した直後、なぜ先に先生に連絡しなかったの?君のその脳みそはテスト以外、役に立たないのか?」


眼鏡をクイッと上げる先生はリンネにつばを吐きながら怒鳴った。リンネは自分のやったことを反省して先生に謝った。


「すみませんでした。確かに私は少し暴力を振りすぎたと思っています。しかし、私の行動は正当防衛でして、けして相手に危害を加えたかったわけではなく……」


「でたらめを言わないでくれ。かといって、あなたが余計な行動を起こさなければこんなことにならなかったのです。」


「どういう意味ですか、先生?あのいじめられていた男の子を放っておけばよかったとでも言いたいのですか?」


「その通りです紫藤さん。」


リンネは目を大きくして、腕に力を入れた。拳を握り、先生を鋭い目つきで見上げた。


「そんなことを言いながら、よく教師と名乗れますね。」


「ええ。だがこの学園は他と違ってそう言う基礎があるのです。あなたはもう何年もこの学園にいながらよく気づかなかったですね。まさか、最近やっと気付き始めたわけではないのですか?だとしたら、今まで私たちと同じ立場にいた紫藤さんは、今になって私たちを責める権利はないでしょう。」


新井先生は鼻を鳴らして上から目線でリンネを見下した。


「でも誰があなたにこんな影響を……?まさか、この間退学させられた新入生?」


リンネは歯を食いしばり、先生をにらんだ。


「まったく。女子中学生のあなたが私に歯向かうのではない。身の立場を知りなさい。」


「もういいです、先生。私、校長先生に話してきます。彼なら事情を分かっていただけるでしょう。」


リンネは先生の弱った表情を期待していたが、思っていた通りにはいかなかった。先生は独りよがりな表情を見せてリンネに返事をした。


「よろしいでしょう。では今日はここまでにして、明日校長先生と話してきなさい。」


******


次の日、リンネは校長室へ呼び出された。


扉を開けたリンネは一人で歩き、校長先生の机の前に座った。彼は年をとったおじいさんだったが、声はするどく、性格も真っすぐなきびしいお方だった。


「紫藤さん、新井先生から聞きましたが、あなたは昨日四人の生徒に対し、暴力を振りましたね。あなたが立派な生徒だとご存じですが、これ以上私のリープ学園の名に泥を塗ることは許しません。なので――」


「――泥ですって?生徒がいじめられていたのに、学園の名誉など気にしている場合ですか?」


「紫藤さん、この学園はおえらい方々が寄付してくれるからこそ活動できていけるのです。彼らは強く、たくましい生徒たちを望んでいるので、弱弱しい生徒など必要ないのです。」


「校長先生、私はあなたを見損みそこなってしまいました。」


「わたくしはただ、この学園を生かているだけです。多少強引なやり方でも、わたくしは生徒たちをより強められる指名を果たさなければいけません。それで紫藤さん――」


その時、リンネは校長先生の机を叩いた。


「――校長先生!これ以上あなたの言うことなんて私は聞きたくありません。悪い成績や力の弱い生徒たちを他の生徒たちの見本にしてより頑張るようにさせるなんてひどすぎますよ。さらに、目の前でいじめが起きているのにあなたがたは無視するだけではなく、それを許すとは……とは……本当に反吐へどが出そうです!」


リンネは立ち上がり、上から校長先生を見て喋った。


「こんな腐った学園に残っても、いずれ、私もあなた方みたいになるでしょう。だが、私は立派なヒーローになりたいからこそ、この学園を止めさせていただきます。本当にお世話になりました。」


リンネは頭を下げてから校長室を出て行こうとした。しかし、校長先生は腕を机の上で組み、彼女に喋った。


「待ちなさい、紫藤さん。あなたは何も分かっていない。この学園を出て行ったら、あなたはヒーローになれる可能性が――」


しかし、校長先生が文章を言い終える前にリンネは答えを決めていた。


「――関係ないですよ。私は自分の力に自信がありますから、一人でヒーローになって見せます。そしてその日が来た時、あなたに証明してあげます、校長先生。こんな腐った学園に通わなくても立派なヒーローになれることを。そして私が得た権力でこの学園をつぶしに帰ってきます。だから覚悟してください。」


リンネは口角を上げ、自信満々でドンッと大きな音を立てながら扉を思いっきり閉めて校長室を出て行った。


******


昼休みになり、すでにリンネの退学の噂が学校中に広まっていた。廊下を歩くリンネはあっちこっちから目線を受けていたが、周りの人たちを気にせず最後の一日を一人で過ごしていた。


ところが彼女は昨日声をかけてくれた女子二人に出会ってしまった。


「紫藤さん、あなたが学園を出て行く噂を耳にしたのですが、本当ですか?」


リンネはうなずく。


「私、この学園を通い始めてから6年も過ぎたの。常にクラスのトップを狙っていたから、この学園のいじめに気が付かなかったの。いや、実際視界の隅っこに見えていたのかもしれない。けど、この学園は弱い者いじめを許していたから、私は今まで気づかなかったのかもしれない。本当、この学園は全く……」


リンネは拳を握った。そして彼女たちの目を直接見て最後の言葉をおくった。


「あなた達もくれぐれ気を付けて。この場所にいすぎると頭の中が真っ黒に染まってしまうから。」


そう言ったリンネは手を振り、その場を立ち去った。

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