第4話 ヒーローの約束 3/3

新士しんじは再び同じ病室の天井を見ていた。さっき一ノ瀬いちのせ先生に別れの挨拶を言い、自分の部屋に戻っていった。それから新士は赤人あかとに事情を話し、沙美さみが生きていたことを伝えた。それから赤人も家に帰り、新士はベッドの上に寝っ転がった。


新士以外誰も病室にはいなかったから、勝手にリモコンを取ってテレビをつけても平気だった。しかし、どのチャンネルを見ても昨日の事件のニュースばかりだった。どうやらこの五年間、昨日の事件が一番ひどかったらしい。


力を暴走させた4人の強盗たちが事件の犯人だった。彼らは30代の男性たち。銀行の中で超能力を使って銀行委員を人質に取り、窓や扉を閉めて超能力の結界を張り、二時間ほど中に閉じこもっていた。


テレビを見ると、ニュース・リポーターがヘリコプターに乗って、地上を映していた。


「現場にはヒーローのブースター、マジカル・ナナ、そして嵐のシュウがつきましたが、何もできずに外から見張っています。お……おや、何か銀行から出てきたような……あ!見えますか?銀行の中から巨大な緑色の怪獣が出てきました。これは強盗犯人の超能力なのでしょうか?あ!……あ!巨大な怪獣が町を破壊し始めました!」


画面には崩された銀行の上に立つ怪獣が写っていた。外にいた人たちはパニック状態で、ありのように大慌てで銀行から遠ざかった。


「(昨日見たあの緑色の怪獣は超能力者だったんだ……)」


昨日新士はシルバーっと言うロボットに助けられて空を飛んでいるとき見た怪獣を思い出した。その怪獣の仕業でビルを何本も破壊されて、地面を足で踏むたびに波動を起こし、町中に被害をもたらした。


50人以上の死体が発見され、負傷者は300人以上いた。テレビで政治家たちは自分たちの意見を述べる。リポーターは被害者たちのインタビューを続ける。


しかし、そんなことなんか新士はどうでもよかった。政治家の言葉とか、アナウンサーの言葉とか、どうでもよかった。新士の頭は先生の娘さんの姿しか思い浮かばなかった。彼女があの場所で点滴やいろんな機械に繋がったまま夜を一人で過ごす姿を想像してしまった。


「(もし一ノ瀬先生の娘さんを救えたなら、今、僕は何をしていたのだろう?)」


そう考え始めた新士は、彼女が誕生会を今日やるはずだったことを思い出した。


「(僕も沙美の誕生会に呼ばれて準備の手伝いでもしていたのかな?)」


家中に虹色のパーティー飾りをぶら下げ、ピンク色のプレゼントに囲まれた大きなテーブルを想像してみた。沙美はテーブルの真ん中に置いてあった椅子にちょこんと座り、両手を膝に載せ、うきうきする。


沙美のお父さんは電気を消し、カメラを用意する。お母さんはキッチンから大きなショート・ケーキを持ってくる。真っ赤なイチゴがケーキ中に飾られて、沙美の名前が載った板チョコがケーキの天辺に載せてあった。最後にお母さんは沙美の年の数のろうそくをケーキにさして、火をつける。


沙美の友達たちはテーブルの周りに立ち、バースデイ・ソングを歌い始める。


歌の後、沙美は勢いよく空気を吸って目の前のろうそくの火を一斉に消す。お母さんは電気をつけ、お父さんはカメラで何枚も写真を撮る。沙美の友達たちは手を叩き、『沙美、お誕生日おめでとう!』と叫ぶ。


彼女は愛に囲まれて、もう笑いがとまらない。


でも、これはすべて新士の妄想でしかなかった。


沙美が目覚めるときは今から約10年後っと推測されていた。っていうことは、彼女は今年の誕生日だけでなく、来年、再来年、っとさらに誕生日を逃してしまう。中学校も、高校の一部も逃し、今の友達さえ彼女を過去に置いて忘れていく。


彼女の絶望的な運命に新士はやっぱりまだ責任を感じた。あの時、自分に力さえあれば助けられたと思いこんだ。新士は自分が願いがこんなことになるとは全く思っていなかった。


ただ、皆から認められたかった。


ただ、他人から褒められたかった。


ただ、自分を愛せる自分になりたかった。


「(単純な願いだったはずなのに、何故、こんなことになってしまったのだろう?)」


新士は涙を袖で拭き、窓の外を見た。今晩は新月。月の光も星の光もない、暗い夜だった。


それでも新士は外を見続け、一度ゆっくりと深呼吸をした。


「沙美、君との約束はまだ果たしていない。僕が君を瓦礫の下に置いて逃げた時、僕は『君を助ける』と約束した。そして今、君は生きているが、僕が望んだ結果とは違った。これでは君を『助けた』とは言えない。」


新士は拳をギュッと握った。


「実はさ、この世界でヒーローになれば権力を使っていろんな超能力者と出会えると赤人が教えてくれたんだ。っていうことは、沙美を一刻でも早く目を覚まさせる力もどこかで存在しているかもしれない。けど、そんな能力があったとしてもめった見つからないと思う。でも……それでも僕は絶対に探す。だから僕はヒーローになって見せる。そして必ず見つけ出し、君との約束を果たす。」


新士はすうっと小さく深呼吸した。


「僕は強くないかもしれないし、頭もそんなに良くないかもしれない。臆病者で才能が一切ない、ダメな奴かもしれない。でも、これ以上自分を責めても意味がない。僕は自分を嫌っている。でも、だからこそ僕はこれから変わる、いや、変えて見せる。」


「絶対に……絶対に変えて見せるから、少しの間この病院で待っていて、沙美。そして君が目を覚ました時、僕はただの菅原新士ではなく、立派なヒーローとして君を救ってみせる。」


独り言を終えた新士は、わずかな微笑みを見せた。そして拳を窓に当てて自信を持った表情でつぶやいた。


「これが僕から君への新たなヒーローの約束だ。」

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