第3話 心をつぶす会話 2/3

図書館にたどり着いた新士しんじは扉を開けて入ってみたが、中は暗くて人の気配がしなかった。電気のスイッチを何回か試してみたがつかなかった。しょうがなく、目を暗闇にならしてから左手を壁に当てて、ゆっくりと奥へ進んだ。


割れかけた窓からの自然光は徐々に薄くなってゆき、前があまりうまく見えなくなった。それでも新士は進み、地下への階段を目指した。


運よく探していた階段の前にたどり着き、一歩踏み降りた。ところがその時、女の子の泣き声が遠くから聞こえた。新士は目を大きく開けて、うれしく思った。


「(よし、この図書館で間違えない。きっとこの声は探し求めていた女の子だ!)」


そして新士は地下に向かって叫んだ。


「待ってろ!今そっちに行く!」


新士は彼女を助けに来たことを一刻でも早く伝えたかった。一歩ずつ足を踏み下ろして、地面を確認する。階段のレールにしがみついて、慎重に新士は進んだ。


そしてようやく地下に降りたところ、先にある部屋の奥の方から彼女の鳴き声が聞こえた。新士は進みたかったが、問題は全く先が見えなかったことだった。外からの明かりは部屋の奥へ届かず、先は完全に暗闇だった。


あいにく、自分の持っていた携帯はシルバー・ツウに助けられた時、どこかで落としてしまった。さらに懐中電灯やほかに道具を持ってこなかった新士は光なしで暗闇に突入するしかなかった。


しかし、地震のせいで床は落ちた本や倒れた本棚にもれて、進みづらかった。新士は一度立ち止まり、彼女の居場所をはっきり突き止めるために声をかけた。


「お――い!どこにいるんだ?お兄さんが助けに来たぞ!」


新士は叫んだが、その女の子は泣き続けながらはっきりとした返事をしてくれなかった。


「どこにいるんだ?返事をして!でもそこから動かないで!危ないから待っていて!こっちから助けに行くから!」


だが、いくら待っても彼女は返事をしなかった。しょうがなく、新士は耳をすませて、彼女の鳴き声を聞き、方向を選んだ。


ゆっくりと右足を上げて、目の前に倒れていた棚の上に載せた。それから重心を前に出し、もう片方の足を載せた。だが、その棚はギシギシと音を立てて、今にでも崩れそうだった。新士は不安になり、棚の上から降りた。


何かもっと頑丈そうな物を探そうとしたところ、そばに置いてあった机が目に入った。新士は叩いて机の強さを確かめた後、両足をのせて一気に立ち上がった。


「(よし、この机は安定だ。次は……)」


まず机の向こう側の端に座り、右足を前に出して床の深さを確かめて見ようとしたが何にも感じなかった。いくら足を下に延ばしても、先の床は感じなかった。まるで目隠しをしながら遊具を潜るみたいだった。一か八か前に飛び降りる可能性もあったが、もしその先に床がなく、下の階へ落ちてしまったら彼女どころか自分までここから出れなくなってしまう。


「(一体どうすれば……?)」


新士はもう一度彼女の場所を確認したくて、大声で叫んでみた。


「お――い!大丈夫かい!怪我とかないか――い!?」


すると彼女は一瞬泣き止んで、初めてまともな返事をしてくれた。


「う……うん。」


やっと彼女は普通に喋ってくれた。声がはっきりと聞こえて、彼女がこの先にいたことが確認できた。しかし、先が見えなかったため、新士はこれ以上安全に奥へ進められなかった。


一旦引き返して違うルートを探そうとしたが、どこから始めても同じだった。いくら体を伸ばしても、先には何故か床を感じ取ることが出来なかった。


「(しょうがない。なら懐中電灯でも取ってくるか。)」


新士はその場を引き返そうと思ったとたん、暗闇にいた少女は始めて質問してきた。


「きみ、だーれ?お名前は?」


少女はあっさりと尋ねる。すると新士は頭の後ろをかきながら弱弱しい返事をした。


「僕は……」


その時、新士は赤人が言った自分の名前を思い出した。


「――新士さ。よろしく」


「お母さんはどこ?」


新士はずっこけた。少女はこれっぽっちも新士に興味がなかった。


「君のお母さんなら外で待っているよ。お母さんは無事だから心配する必要ないよ。」


新士は喋りながら辺りをきょろきょろ見渡し、明りとなるものを探そうとした。


「お嬢ちゃん、君の名前は?」


返事を待っても来なかった。


「お嬢ちゃん……?」


「お母さんに『知らない人と話さない』って約束したの。」


またまた新士はずっこけた。


「(まったく、子供って面倒だ。)」


新士は少し考えてから話をらした。


「暗いところ怖くないの?」


「う……うん。」


「早くそこから出て、お母さんに会いたくないの?」


「うん。」


「なら、今から言うこと聞いてくれる?」


「……」


新士は目を回した。


「(こりゃ、ダメだ。まずこの子の心を開かないと何もできない。)」


だがその途端、新士はふと思った。この図書館の静かさにおかしく思った。


「ねぇ、他のみんなは?なぜ一人でここにいるの?」


するとその女の子は答える。


「私、知らない。本を読んでいたら電気が消えたの。そして、みんな『きゃあー』って言って逃げたの。でも私はお母さんと約束したからここを逃げなかったの。」


頭を縦に振る新士は彼女の理由に納得した。そして自分の心の中で思った。


「(そうかそうか。お母さんの言うことを聞いてえらいね。でもさ、お嬢ちゃん。そのお母さんとの『知らない人と話さない』約束はどうしちゃったの?もう忘れたの?――)」


「――それでなぜ、お母さんは君に『ここから離れないで』って言ったの?お母さん以外、誰か知っている人とかそばにいなかったの?お父さんとか?」


「いないよ。お父さん仕事だもん。」


「だったらお母さんは君を一人に置いていったの?無責任な親だな……」


「お母さんは悪くないよ!だって私が本を読んでいた時、お母さんは『行くよ』って私に言ったけど、私、行きたくなくて……そして……そして……」


彼女の声が泣き声と変わり、再び何言っていたのか解釈できなくなった。でも新士は大体の内容をつかめた。


「(はぁー……泣かないでくれれば楽なのにな……でも彼女を一般的の幼い子と比べてみれば、勇気があるほうか。暗闇の中を一人で何時間も過ごすなんて結構辛いよな。)」


少女は泣きながら新士に話し続けた。


「そして、お母さんが怒って……。でも私のせいなの。お母さん、お医者さんに行くはずだったんだけど……でも……お母さん怒って私を置いて行っちゃったの……わあああああああ!!!」


その後、彼女の声は完全に泣き声に乗っ取られて、一言葉も理解できなかった。何かしないとっと思った新士は少し考えたあと、手を叩き、ひらめいた表情を見せた。


「ならさ、お母さんにもう一度会いたい?」


彼女は泣きながら『うん』と答えた。


「会って、謝りたい?」


彼女は再び『うん』と答えた。


「よし。なら少しの間一人で我慢できる?お兄さん、もっとたくさんの助けを呼んでくるから――」


「――ダメ!!絶対にダメ!もう一人にしないで!」


「でも、僕は懐中電灯を持っていなくて、このまま進めないんだ。だから君を助けるためにちょっとの間だけ――」


「――ダメ!ダメ!ダメ!怖いの!いやなの!行かないで!」


その場から一旦離れないと新士は何もできなかった。しかし、彼女にトラウマを押し付けたくなかった。もちろん、どちらかを選ぶとしたら、彼女を一人ぼっちにしてでも彼女をその場所から救い出すことを優先するべきだったが、彼女の震えた声を聞いてしまった途端、新士は彼女のとりこにされてしまった。


「一階に懐中電灯あるか見に行くだけだから――」


「――お願い!お母さんみたいに私を置いて行かないで!」


その途端、新士は彼女の過去を想像してしまった。


母親が彼女を図書館に置いて行った直後、地震が起きた。混乱状態の中、何時間も一人で暗闇に閉じこもって助けを求めた。これ以上彼女を一人にしてしまうと、一生心の傷が消えなくなると新士は思ってしまった。


「わかったよ。僕はここに残る。決して置いて行ったりしないよ。」


「約束ね。」


「わかった。約束だ。」


「あ……ありがとう。」


「だけど君は一つ大きな勘違いをしている。君のお母さんは君を置いて行ったわけではない。今だって外で待ちながら君を心配しながら探している。だから心配するな。誰も君を置いて行ったりしないさ。」


新士はそう言いながら深呼吸をした。


「悪いけど、君が助かる方法は一つしか思いつかない。だから耳をふさいで。今から僕が大声で助けを呼ぶから。」


その場を離れずに助けを求める方法はただ一つ。新士は馬鹿みたいに大声で叫ぶしかなかった。


「だれかぁぁぁぁぁ!!!!!たすけてくださぁぁぁぁぁい!!!!!図書館の地下室にいまぁぁぁぁす!!!!!」


新士は叫び続けた。喉が痛くなるまで続けた。しかし、どれだけ叫んでも助けは来なかった。疲れ切った新士は床に座りこみ、呼吸を激しくした。


「ね、お兄さん。お兄さんはヒーローなの?」


彼女は突然質問した。新士は何と答えていいのか分からず、適当に納得してしまった。


「ああ、そうだよ。」


その時、一瞬にして彼女の調子が180度ひっくり返って声のトーンが変わった。


「わあー!かっこいい!私、ヒーローのマジカル・ナナが大好きなの!去年、お母さんとお父さんが連れて行ってくれてね、ナナを誕生日に見にいったの。そしてね、……あ!明日私の誕生日なの。お兄さん優しいし、よかったら来ていいよ。その代わりにプレゼント持ってきてね。でも明日の一番の楽しみはお父さんに頼んだこ――――んな大きなピンクの車なの。本物の車じゃないけどね、運転のいい練習になるってお父さんが言っていたの。そしてね、なっちゃんと一緒に乗るの。なっちゃんはね、私の親友で、……」


永遠に続くこの時間は、新士にとって辛かった。彼女を一刻でも早く助けてあげたかったけど、彼女を置いて行きたくなかった。彼女との約束を破りたくなかった。でもいくら考えても彼女を助け出す策を思いつけなかった。


「(赤人みたいな超能力さえあれば、僕だって何かできたのに……)」


自分の無能さを憎み、新士は自分をますます嫌いになってしまった。


「(超能力が存在する世界に来たのに、なんで僕はごく普通の一般人と変わらないんだ?なんでいつも僕ばっかり不公平なんだ?前世で呪われることでもしたのか?僕だって頑張って来たのに、何故……)」


その時、地面が急に揺れて彼女との会話はぴたりと止まった。彼女は叫びだし、新士は慎重に周りの注意をした。後ろから天井の瓦礫が落ちる音がして、新士は彼女の身を心配した。


「(何かできることは無いのか?僕は、どれだけ役に立たないのさ!)」


五分前、いや、一分前なら彼女を救い出せたかもしれない。彼女の約束をむしして懐中電灯を探しに行けば彼女はその場から出られたかもしれない。けど、今になって新士ができることはただ『この建物が潰れないように』と願うことしかなかった。

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