第2話 自分を愛せたのだろうか 3/3
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新士のクラスは文化祭のために演劇をやることになった。先生の力を借りず、クラスの生徒だけでこなすことになっていた。女子の委員長が教室の前に出てみんなに聞いた。
「えーっと。ではこの演劇のディレクターを決めたいと思います。」
すると突然何人かの手が上がった。
「はい、吉川さん。」
「あの……このクラスで人をまとめると言ったら委員長のあなた、松田さんしかいないと思います。」
そういった途端、ほかの手を挙げていた人たちは息を合わせて激しく頭を縦に振った。
「え?そ……そうなの?私でいいの?ほかのみんなはどう思う?」
すると一人も迷わずクラス全員手を挙げた。
「では、私と決定します。皆さん、あたしを選んでくれて、ありがとう!」
委員長はうれしそうだったが、実は誰もその役をやりたくなかっただけだった。
「では、演劇といえばストーリーを書かないといけません。この中で書きたいと思う人、手を挙げてください。」
そういった委員長は周りを見渡したが、誰も手を挙げなかった。
「え……えっと。では、あの、後藤さんはどうでしょうか?」
すると教室の隅っこに小さく体を丸めていた女子生徒が体をぴくっと動かし、顔を教科書で隠した。
「私……」
彼女の声は小さすぎて隣に座っていた新士にさえ聞こえなかった。彼女はクラスの女子の中で唯一のボッチで、人前では上手く喋れなかった。当然学校で誰とも接触を避けた彼女はボッチになる運命から逃れない。
だが、そのとたん、彼女の前の席に座っていた元気そうな女子生徒が叫びだした。
「後藤さんってこの間の作文、先生に褒められたじゃない!職員室でたまたま私が通りかかったとき、聞いてしまったの!だからちょうどいいと思うの、私。後藤さんなら絶対にできるって!」
するとほかの女子たちがブツブツ呟き、発言し始めた。
「そう言ってみればそうだね。後藤さんならできるよ、きっと!」
「いいね。後藤さん、頑張って!」
女子っていう生き物は意外と怖い存在だと新士はこの時知った。群で行動。群で食べる。群で勉強。そして群で意思を押しつける。
するといつの間にか男子たちまで押しかけ、クラス中の生徒たちが彼女に脚本家を進めた。しかし、これはいじめではなく、単純に後藤さん以外誰もうまくストーリーを書ける自信がなかったからだった。
「じゃあ……私、やってみます。」
後藤は小さな声で返事をした途端、一気にクラスの声が爆発した。
「いいよ!後藤さんの力なら絶対にいい劇になりそう!」
「手伝い必要なら私もアイディアを考えるよ!」
「頑張ってね!後藤さん!」
なぜか彼女はこのきっかけで一気にボッチを飛び級して卒業してしまった。
「皆さん、お静かに!」
委員長は全員の注目を集めた。
「では、後藤さん。本当によろしいですね?」
「はい。」
「わかりました。ではストーリー制作を後藤さんに任せます。」
新士はそっぽを向き、不機嫌そうな表情を見せた。
「では次、衣装づくり。」
「はい!それは田中君がやるべきだと思います。彼の実家でいつも親の手伝いでミシンや
それから演劇の役がどんどん決まり、残った生徒が3人だった。当然新士はその中の一人だった。
「では、残りの三人。何の役を担当したい?ほかの役を手伝ったりしてもいいよ。」
委員長は三人に向かって話しかけたが、三人とも手を上げなくて、もじもじしたまま黙った。
「あの、春野さん。私を手伝ってくれれば助かると思うのだけど……」
小道具の絵の担当を引き受けた女子が急に言い出した。
すると無職の三人のうち、春野っという女子がうなずいた。
「では、残り二人。」
委員長が二人をじっと見る。
「あ、高松は演劇を手伝ってくれ。お前、スポーツとかやっているから結構体力あるだろう?踊りとか上手そうじゃん。」
高松っという男子の役目はこれで決まった。
「では最後に
新士は立ったまま何も言い返さなかった。誰かが自分を呼び掛けてくれるかと期待していた。
しかし、いくら待っても誰も名前を呼んでくれなかった。新士には何の特技もなかった。誰からも必要とされるわけでもなかった。リーダーシップもストーリー書くのも、演技も、絵を描くのも、楽器を弾くのも、何にも得意ではなかった。
自分と比べてクラスのみんなは全員特技があった。高松はバスケ、伊藤はゲーム、木村は絵、田崎は数学……何かしら名前と特技が当てはまる感じだった。
なのに、新士ときたら何にも考えられなかった。
「僕は…………」
その時、ほかの人たちがこそこそ喋り始めた。
「ほら、君の班に入れてあげなよ。」
「えー?だったらそっちに入れたら?」
「別に悪さとかしないんだから、早く入れてあげなよ。かわいそうでしょ?」
教室は静かだったからすべて聞こえてしまった。新士は叫びたかった。何か言いたかった。心が震えていた。
けどそのままじっとして、こらえた。
『誰も僕を必要としない。』
それは最悪な気分だった。
「(でも考えてみれば、これは自分のせいなんだ。)」
自分はこう生きてきたから、こうなった。才能がないのも、何をやっても下手なのも、自分が自分だったからだ。
なら、この状況をひっくり返す条件は単純だった。
「(僕は自分を変えればいいんだ。)」
*******
結局、新士は演劇の中で黒子になった。
何の才能もいらず、努力さえすればやりこなせる役だった。
背景を動かす黒子は絶対にスポットライトを浴びさせてくれない。絶対に目立たない。認められない。永遠と闇に溶け込んで存在さえ忘れられてしまう。
新士はこの悔しさを飲み込み、心の中にしまった。みんな何か得意なことがあったのに、自分だけ何にもなかったことが気に食わなかった。
だけど、今からでも遅くない。まだ人生は長い。これから自分を変え始めればよい。
そう新士は思い込んでしまった。
******
新士は自分を嫌った。憎かった。どんなことをしてでも自分を変えたかった。努力して様々なことを試してみたが、どれもダメだった。本当はみんなみたいに特技を他人に見せびらかして、ほめられたかった。認められたかった。あこがれたかった。
でも、新士はその機会を一度も味わったことがなかったし、味わうことも未来になかった。
「(もし、僕が世間から認められれば、僕は自分を……愛せたのだろうか?)」
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