第2話 自分を愛せたのだろうか 1/3

他人にあこがれることは良いことなのか?


周囲に影響され、『あの人すごいな』『ああいう人みたいになりたい』と思ってしまう。


多くの場合、これは良い方向へ導いてくれる。スポーツ選手にあこがれて体を鍛え始める人もいれば、バンドにあこがれて楽器を習い始める人もいる。さらに、クラスで優秀な成績を持つ者を超えるために頑張って必死に勉強をする人だっている。


憧れを目指して、成功した人の話はたくさんある。


しかし、憧れの人がもし、努力しても届く範囲にいなかったらどうなる?


実力だけではかなわない才能に見惚みとれて、届かない夢を追ってしまう。永遠と続く道を走らされる。まるで永遠と続く道を走らされるみたいだ。人は自分を他人と比べてしまい、『あの人はできるのに、なぜ自分はできないんだ?』と思い、自分の無能さを憎む。


そしてまさにその暗闇に飲み込まれた被害者の中、菅原すがはら新士しんじはその一人だった。


******


菅原すがはら新士、当時小学四年生)


「おーい、今日はうちでゲームやろうぜ!」


そうつぶやいたのは短パン、半そでの服装を着た元気そうな男の子だった。学校の教室で彼が叫ぶと、いきなりほかの男子が手を挙げて『俺も行く!』と返事をした。男子たちはいっせいに集まり、ワイワイ騒ぎ始めた。


「全員集まったか?って、新士。お前も来いよ!」


体がビクッと震えて、教室の隅っこにいた新士は席からゆっくりと静かに立ち上がり、みんなのところへ歩いた。


普段金曜日の授業が終わると男子たちは集まって、誰かの家でゲームをすることが決まっていた。みんな仲が良く、いい友達だった。新士も仲間に誘われ、会話に参加させてくれた。だが、その雰囲気になじめなく、新士は気まずそうにもじもじして男子の後ろに立ちながら話を聞くことにした。それでも新士は仲間に入れてくれるだけで嬉しかった。


その日はクラスの一番人気者の家に行くことになった。彼は成績優秀で常にAを各科目でとっているからとりあえずA君と名付ける。さらにA君は女子にもてるタイプだった。スポーツも万能で、クラスのリーダーっぽい子だった。新士を一緒に誘ってくれたのもこのA君だった。


新士を含めて合計男子11人がA君の家に行き、リビングルームにドタバタ入り込んで、ゲームのコントローラーを奪い合った。数分後、菓子につられた5人の男子はソファーの後ろに椅子を持ってきて座り、ほかの5人はソファーの上でコントローラーを手に取り、画面をじっと見つめた。新士は残りわずかなお菓子を取り、ダイニングルームから椅子を持ってきてソファーの隣に座った。


「早く始めようぜ!」


「わかった、わかった。では、いつも通りに五人の中、最下位になった人がゲームから外れるっというルールで!」


「オッシャー!俺、負けないぞ!」


「こっちこそ、絶対にこのコントローラーを手放さないぞ!」


新士は大きなテレビの画面を見て、後ろからみんながゲームを楽しむ姿をうかがった。


「チックショー!3回連続一位だったのに今回はビリかよ!」


A君は残念がってそうに見えたが、本当はただ自分がずっと勝ち続けてもつまらなかったので他の人にコントローラーをゆずりたかっただけだった。


「ってか次の人は誰?あ、新士か。ほら、コントローラーだよ。」


みんなビリにならないように激しく争っていたのに、新士がコントローラーを手にした瞬間、あたりのテンションがゆるくなった。


そしてゲームは始まった。新士は集中して十字架のボタンを押してキャラクターを動かし、隅っこに隠れて攻撃をした。しかし、30秒もたたないまま、偶然友達の攻撃が新士のキャラクターに当たり、一回死んでしまった。続いて間違えて地形の穴に落ちて二回目死んだ。最後はアイテムの爆弾を投げたが、相手がそれをつかんで投げ返して見事に新士のキャラクターに当たり、三度目死んでしまった。


「はい、新士アウト。俺、次だからコントローラー貸して。」


新士は画面から目を離さず、右手をすっと差し出し、コントローラーを次の子に渡した。


「サンキュウ!」


彼は口角を上げて新士の手元からグイっとコントローラーをとる。


ふだん、みんなは最低2,3回ぐらい連続で勝ち続けて遊び続けることができたのに、新士は全く歯が立たなく、すぐに自分のターンを終わらせてしまった。


「あ、あと。ちょっとどいてくれない?新士が座っている場所、画面の目の前だから俺が座りたいのだけど……」


コントローラーをあげた子が新士の肩を軽く叩いて聞き出した。すると無言のまま、新士は立ち上がり、その場を去った。そしてゲームの画面に夢中だったほかの男子は、新士が部屋を出たことに気づかず、はしゃぎ続けて遊んだ。


一つひとつの試合は長く、最低十分はかかった。っていうことは、あと五試合待たないといけなかったので、50分ほどの時間があった。


新士はただ後ろからほかの子たちの遊ぶ姿をうかがうことしかできなかった。他に待っていた子たちはワイワイ叫びながらはしゃいで応援していたが、新士だけは一人でまらなさそうにしていた。


「(なんで?なんで?なんでみんなこんなに上手いのに、僕一人だけ下手なの?みんなは点数を稼いで一位を狙っているのに、僕はただゲームの終了時間まで生き残ろうとするのが精いっぱいなのに……)」


そう考え始めた新士は悔しく思い始めた。みんなは画面に集中してくれたおかげで新士は自分の姿を見られることがなかった。


悔しかったけど、新士は何もできなかった。


だがその時、A君が廊下に出てきて新士を見かけた。


「お、新士。どうしたんだ?つまらなかったか?やっぱ無理やりさそって悪かったか?」


「いや、別に。ただゲームで負けてまた順番が来るまで待っているだけ。」


「そうか?ならリビングに来いよ。こんな誰もいない場所で待っていても楽しくないだろう?」


A君はリビングの扉を開けて新士を誘う。


しょうがなく新士は戻る。するとゲームをやっていた男子たちが顔を新士の方向へ向けた。


「あ、やっと帰ってきた。」


自分のことだと思っていたけど、それはA君のことだった。


「(そうだよね。誰も下手なプレイヤーなんか必要ないよね。)」


そう思った新士は部屋の奥に置いてあった本棚に行って、適当な本を取り出して読むふりをした。


「(成績優秀、スポーツ万能、人気者で優しくて、何をやっても出来てしまうアイツと比べて、僕は必要ない存在だ。チックショー!なぜだ?僕だって頑張っているのに、なんでアイツはなんでもできてしまうんだ?どうやったらアイツみたいになれるんだ?どうやったらみんなを振り向かせられるんだ?どうやって…………)」


自分では気づいていなかったが、その日、新士は初めて他人みたいになりたいと思った。憧れというどころか、むしろ嫉妬に近かった。


それからゲームの順番が回ってきても新士は断った。残りの時間、手に持った本を読もうとしたが、気が散って読めなかった。ただみんなが楽しむ姿を遠くからうかがった。

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