第1話 僕の願 2/3

崩れたビルを脱出してから数分後、新士しんじを抱えていたロボットは町の広い公園に降ろしてくれた。足をそっと地面につけてロボットから離れた新士はあたりをぐるりと見回した。だが、妙に人が全く見当たらなかった。見えた景色は緑色の木と遊具だけだった。ロボットは完全にジェット・エンジンを切って、新士に指を指した。


「え?僕?」


そしてロボットは右の方向へ腕を動かし、指を指した。


「あっちに行けって?」


ロボットはうなずき、新士から五歩後ろに下がって距離を取り、ジェット・エンジンを再起動させた。銀色に輝くボディーはほこりと土で汚れていて、今にでもネジが外れて体を覆う金属がはがれそうだった。それでも自分の体に心配などせず、ロボットは空高く舞い上がり、再び現場の方向へ戻っていった。おそらく遭難者をさらに助け出すために。


「ありがとう!」


新士は地面から手を振った。


「(でも、ああ言う人間型ロボットを作れるほどの技術がいつ開発されたんだ?)」


考え事を始めた新士は急に眩暈がした。彼はそばにあった草の上に寝転がり、いったん休むことにした。空の雲が流れていく光景を見ながら考えを再開する。


「(いったい、ここは何処なんだ?なぜ僕は駐車場の中に居たんだ?なぜ、その前の記憶が一切思い出せないんだ?頭でも打ったのかな?まさか、これって記憶喪失?いやいや、そんな馬鹿な。地震は僕が気づいてから始まったから、そんなわけがない。まさか、転んで頭でも打ったのかな?いや、でも気づいたとき、僕は確か立っていた。うーん……?)」


考え事に夢中になり、声に出してうなり始める新士。すると彼はいきなり起き上がり、考え事を口にしてしまった。


「まさかあの緑の怪獣がこの地震を起こしているのか?!」


「ピンポーン。当たりだよ、新士。」


自分の独り言が答えられたことにびっくりして、新士は思わず後を振り向く。


そこにいたのは金髪な髪を後ろに流し、赤い襟がついたシャツを着ていた少年がいた。新士はさっきまで彼の気配を今まで感じなかったことを不思議に思った。よく見てみれば、彼も新士のように服が汚れてズボンのすそが破れていた。おそらく彼もこの地震に巻き込まれたと新士は推測した。


すると彼は笑顔で新士に近づいて喋り始めた。


「新士、無事でよかった。」


「すみません。けど、どちら様?」


「え?今さら冗談なんか言っても笑えねーよ。」


「いや、冗談ではなく、本当にあなたのことを知りません。」


「本当の本当に本当なのか?冗談は今なら許してあげる。ってか敬語やめろ。まじできもい。」


その金髪少年は新士を細めた目でじっと見つめながら、右手で自分の顎をなぞる。すると新士は彼に喋った。


「君とは初対面。僕は気がついたら駐車場にいて、急に地震が始まって、銀色のロボットに救われて、崩れた駐車場から脱出した後、ここに来たんだ。」


「そしてその銀色のロボットは俺が呼んだんだ。君を探しに。」


「え?本当に?」


「そうさ。全く世話がかかるぜ、お前は。シルバー・シリーズツウがたまたま通りかかって、本当に良かった。あ、そうそう。どうだった、シルバーツウ?かっこよかっただろう?シルバー・シリーズのなかで初めて空を飛べるモデルなんだ。喋る機能はついていないけど…………」


その少年はぺらぺらと新士にロボットのことを喋り続けた。彼は一切おしゃべりを止めなく、最終的に新士が彼の話の中に割り込むしかなかった。


「――それより、君は一体誰?なんで僕の事を知っているの?」


少年はポカーンとした顔で新士を30秒ほど見つめた。そして彼はゆっくり口を開けて答えようとしたがその時、再び地震が始まった。しかし、今回は十秒以内におさまったが、その少年は話を切り替えることにした。


「ここは危ない。いったん逃げよう。」


金髪の少年はそわそわしながら新士の腕をつかむ。しかし、新士は力強く自分の手を引っ張り返す。


「なんで、君について行かないといけないんだ?」


「まぁ、落ち着け。いや、まず、俺が落ち着かないと……新士がまた記憶を失うとは予想以外だった……しかもこのタイミングで……あ、いや、何でもない。ワリー、いきなり押しかけて。でも君に知って欲しいんだ。俺は君の親友……あ、いや。友達の赤人あかとだ。」


「名字は?」


「へ?名字?正我せいがだけど?」


「で、僕は記憶喪失だから君のことを覚えていないとでも?」


「え?あ、いや。まぁ、そう……かな?」


赤人はあっちこっちに顔を向きながら、気まずそうに新士の言葉を納得する。


「どうして?どうしてこうなったの?頭をぶつけたとしても、こんなことになるとは思えない。」


「それは……正直言って俺にも解らない。君の記憶喪失のきっかけも解らない。けど、原因なら分かる。」


「では、どうぞ、説明を。」


「でもまず、この場を離れないか?いろいろ危ないし。」


「いや、僕は説明が欲しい。君を信用したわけでもないし、記憶喪失の理由を聞くまでこの場を離れる気はない。」


赤人は新士の頑固な態度にうなった。すると少しの間考え込んだ彼は、急にひらめいた顔をした。眉を両方上げ、ニヤニヤした気色悪い笑顔で新士を見た。


「わかった。では、教える。ただしその前に、一歩だけ動いてほしい。そのぐらい、いいでしょ?」


「一歩?」


「そうだ。一歩だけ前に。」


新士は考えてから答えを出した。


「わかった。一歩だな。じゃあ、行くよ。」


「おっと、ちょっと待った。」


赤人は新士を止める。そして彼は袖をめくり、黒い腕時計を見せる。そして新士の前で喋った。


「リミッター、解除!今、地震の最中なんだ。力を使わせてくれ。」


すると赤人が話しかけた腕時計は返事をした。


『アクセスが許可されました。今からあなたの位置は監視されます。近くの警察を検索中…………結果、0。直ちにその場から離れて、近くの避難所を求めてください。避難所を検索しますか?』


「いいえ。俺なら大丈夫。」


そう言った途端、赤人は新士を見た。


「よし、では3,2,1、で前に一歩進んでくれ。いいか?3……」


「え?何?何をしようとしているの?」


何が起きたのかさっぱりわからなかった新士は慌てた。頭を左右に回しながらキョロキョロ見渡し、新士は焦った。


「2」


「ま……待って!」


新士は慌てながら右足を上げる。


「1」


その途端、新士の身長を二倍以上の大きさの紫色の円が地面と平行に右足の真下に現れた。円の周りに謎の文字が描かれていて、白い煙みたいな光を放ち、まるで映画に出てくる魔法陣みたいだった。びっくりしてしまった新士はバランスを崩し、円に足を踏み込んだ。


しかし、円の中は底がなく、右足が完全に入ってしまった。草が生えていたはずの地面など、ちっとも感じなかった。続いて重心を前に出した新士は、円の中に全身スッと入っていった。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


右足、両足、胴体、そして頭を入れた新士は急に下へ加速した。何が何だか分からないまま、足は地面につき、円はいつの間にか頭の真上にあった。


「イテッ!」


辺りを見回した新士は、見知らぬ場所へたどり着いてしまったことに気づいた。地面はさっきと違って、固くてさらさらとした土だった。周りには木もあり、自転車置き場やグラウンドにサッカー・ゴールが置いてあった。


どうやらここは何処かの校舎だった。頭の上にあった紫色の円は徐々に消え始め、新士の後ろから赤人が走ってきて声をかけた。


「おおおい!どうだい?すごいだろう?あそこの公園から来たんだよ。」


新士は振り向き、赤人が指を刺した方向を見た。そこには確かにさっきいた公園があった。


「なっなっなっなんで!僕、今、瞬間移動でもしたの?」


「ブッブー!これは転送でした。」


「どうでもいいよ、そんなこと!それより、どうやって?いや、何で君はそんなことができるのさ?」


赤人はニヤリと笑いながら歯を見せて、右の口角を上げた。


「なぜって?それは決まっている。俺が超能力者だからだ。しかも俺だけではなく、この辺りに住むほとんどの人々が超能力を持っている。」


「え?は?じゃあ、ここは一体どこなんだ?」


新士がそう尋ねた瞬間、赤人はえらそうに笑い始めた。


「フッフッフゥー。現在、3番目に超能力者の人口密度の高い町……ようこそ、赤月あかつき市へ!」

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