第242話 グレイフナーに舞い降りし女神①
☆
グレイフナー王国謁見の間にやってきたセラー神国大使団は大司教一名、司教二名、司祭三名、助祭三名、宣教師一名、計十名で構成されていた。
セラー神国はかつてジュディス大帝国という名前であり、千年前に起こった災害をセラー神が鎮めたとされる伝説から生まれた宗教国家だ。
セラー神は東方の領地を安寧へと導き、信じるものに幸福をもたらすとされている。
また、セラー教の有名な戒律は『獣人は人にあらず。信ずるべからず』であり、その強固な思想から他国との摩擦が頻繁に起こっていた。割り切って付き合えば、静かな隣人、という言い方もできる。
しかし、セラー神国は獣人中心で構成されるパンタ国とは国交を断絶しており、海を治める沿海州連号国とは不和が続いて停戦条約が五十年前に結ばれたままとなっている。
各国との情勢は微妙なバランスの上に成り立っており、その証拠にグレイフナー王国、水の国メソッド、砂漠の国サンディ、東方諸国はセラー神国の動向に気を配っていた。
何を考えているか分からぬ不透明な国。
入国する場合は厳しい審査が必要であり、商路として使われる街道とその周辺にある町以外へは立ち入り禁止。
国力は高く、あやしげな魔道具を多数保有している。
グレイフナー王国は隣国ということもあり、有事に備えて国境付近に王国魔法騎士団を常設していた。
「今年も魔闘会の開催が無事に行われたことを我々セラー神国は祝福致します。グレイフナー王国とセラー神国、両国の安寧をセラー様も温かく見守っておられることでしょう」
純白の大きなローブに身を包んだセラー神国の大司教が、決まりきった挨拶を述べた。
それを合図に他の大使団員らが顔を上げる。
最後尾にいたクリフ・スチュワードも、その端正な顔を上げた。
柔らかい彼の金髪がさらりと肩へ乗る。
クリフは魔力を軽く循環させて心の中でつぶやいた。
(“
祭事の役職で同席しているクリフはゼノ・セラー枢機卿の指示通り、複合魔法のうちの一つ『天視魔法』を唱えた。
クリフの持つ金色の瞳が微細に輝くと、グレイフナー国王とその脇にいるグレイフナー王国筆頭魔法使いを捉える。
グレイフナー国王は決断力に富んだ顔つきをしており、紫の鎧、緑のマント、オレンジのブーツ、銀の魔法ズボン、黄色のシャツを着ていて、白い服装ばかりが目立つセラー神国から来たクリフには、国王が別世界の住人に見えた。
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フルネーム『バジル・グレイフナー』
使用可能魔法『下級、火・水・土・風・光・闇』
『上級、炎・氷・白』
身体強化『上の中』
魔力総量『大』
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国王の右後ろに控えている筆頭魔法使いは職業軍人らしい鋭い目つきと、はちきれんばかりに盛り上がった筋肉が特徴的だった。腕は婦女子の腰ほどの太さを有している。
どこまで鍛えればああなれるのか、クリフは感心するほかなかった。
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フルネーム『リンゴ・ジャララバード』
使用可能魔法『下級、火・水・土・風・光・闇』
『上級、炎・氷・木・空』
『オリジナル、木・炎』
身体強化『上の上』
魔力総量『☓☓☓』
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(魔力総量が見えない……“
“
相手の魔力が多すぎる場合はリンゴ・ジャララバードのように記載がなくなってしまうのだが、そんな魔法使いはめったにいなかった。
クリフは筆頭魔法使いリンゴ・ジャララバードから視線を感じたような気がし、二度瞬きをして、すぐさま目を国王へと戻した。
(あの御仁は勘が鋭いと聞く……注意が必要だ)
天視魔法は魔力循環をさせているだけで発動が可能だ。
すなわち、クリフが魔法を使っているとは誰も思わない。
腕利きの魔法使いが見てもせいぜい、少し多めの魔力で循環させている、と思う程度であろう。
それでも、グレイフナー筆頭魔法使いは胡乱げな視線でクリフを見ていた。
よほど勘がいいらしい。
(国王と筆頭魔法使いは複合魔法使いではない……か)
クリフはグレイフナー国王と大司教の交わす言葉を耳にしながら、謁見の間にいる全員へと視線を飛ばしていく。
彼に与えられた任務は「複合魔法の使い手の捜索」ただ一つであった。
「単刀直入に聞こう。貴殿らセラー神国はミスリル強奪事件についてどう思っておる」
「わたくしの耳にも入っております……大変に嘆かわしい事件だと存じます」
グレイフナー国王が早口に言葉をつなぐと、大司教は悲痛そうな表情を浮かべた。
「セラー神国といたしましてもグレイフナー王国の悲劇を重く捉え、魔力結晶の無償提供を考えております。この処置は教皇様のありがたき慈悲の心によるものでございます……」
「そうか。貴殿らもそこまで考えていたのだな」
「これもひとえにセラー様のお導きがあればこそ。今回の事件は我らグレイフナー王国とセラー神国との絆を深める神託であるとわたくしは考えております」
「神託であると。そう申すのだな?」
「セラール。おっしゃる通りでございます」
「では、その神託とやらで犯人を見つけてはくれぬか」
「セラー神は人々を幸福へと導いてくださいますが、利や物に関しては感心を示されません。犯人探しの神託が下りたこともまたございません」
「不便なものだな」
「信仰とは信ずることにあります。便、不便は関係がございません」
「……魔力結晶の無償提供はありがたく受けよう。ミスリルの代替品とまではいかぬが、国民を思えば有用に使える道具は多くあって差し支えないだろう。感謝する」
クリフはグレイフナー国王と大司教のやり取りを聞きながら、主要人物らに視線を飛ばして行く。
(さすがは武の王国グレイフナー。文官ですら上級魔法使いの強者ばかりだ)
リンゴ・ジャララバードの視線に気を配りながら金色の瞳を動かしていく。
ただ天視魔法で見るだけの任務であったが、ここまでの緊張を強いられるとは思いもしなかった。
(謁見の間に複合魔法使いはいない)
そう判断して同列最後尾、隣にいる宣教師シャイルに指で合図を送る。
善人そうな表情をしたどことなく胡散臭い男、クリフのお目付け役である宣教師シャイルは横目で探るように見つめ、了承の合図を返した。
「国王様。我が聖都にいらしてはいかがでございましょうか。大神殿にて祈祷を行えばセラー神の教えが理解できるやもしれません」
「うむ、機会があればうかがおう」
「近日中に使者を送らせていただきます」
「朕は忙しい。使者を送るのはかまわぬが当分はグレイフナーから動かぬぞ」
クリフはなぜ大司教がグレイフナー国王へセラー神国訪問をうながしているのか理解できなかった。ただでさえミスリル事件の犯人として疑われているのだ。見方によってはグレイフナー国王を煽っているように見えてしまう。
(大司教は何をお考えに……? これもゼノ・セラー枢機卿のご指示なのだろうか?)
クリフが疑問に思っている間も謁見は進む。
グレイフナー国王が攻撃的に詰問してくるかと思いきや、終始穏やかな雰囲気で時間は過ぎ、セラー神国から魔力結晶を受け取る具体的な日程を後日決めることとなった。それ以外は特筆する情報交換はなく謁見は終了した。
「貴重なお時間をいただき感謝致します。セラーのお導きがあらんことを……セラール」
「うむ。魔闘会を存分に楽しまれよ」
グレイフナー国王はあっさり言うと、マントを翻して謁見の間から退出した。
筆頭魔法使いリンゴ・ジャララバードは退出せず、彫像のように睨みをきかせている。
クリフは彼の鋭い視線を避けるように反転し、退出する大司教らの後を追って謁見の間から出た。
☆
謁見の間、裏側にある『王族待機室』にリンゴ・ジャララバードが入室すると、第五十二代グレイフナー国王、バジル・グレイフナーは口を歪めた。
「あやつら、偽りの神ワシャシールよりも性根が腐っているようだな」
国王の憤慨した様子を見て、リンゴ・ジャララバードはむっつりとした顔つきでうなずいた。
「相も変わらずグレイフナーを愚者だと軽んじておる。武力にしか興味のない王を演じすぎたか?」
「いえ、まったく問題ございません」
「それならよいが」
グレイフナー国王はセラー神国大使団の大司教が浮かべていた薄気味悪い笑顔を思い出して眉間に皺を寄せた。
「ミスリル200トンを我らが黙って国外に持ち出させるわけがなかろう。セラー神国は余程武力に自信があるのか」
「あるいはそれ以上の何かがあの国にはあるのやもしれません」
「国境付近で見つけた大量の幌馬車。隠蔽魔法で姿を消して越えるとはなかなかにやりおる。大胆なところだけは評価してやろう」
超級・隠蔽魔法“
周囲百メートル、任意の物体を透明化、消音、消臭する禁魔法であり、グレイフナー王国では使った場合、問答無用で斬首となる危険な魔法である。
ただ、超級魔法ということで使い手はほとんどいない。
セラー神国は擬似アーティファクトを準備し、“
しかし、グレイフナー王国とセラー神国の国境付近を巡回していた一人の兵士が、やけに荷物の少ない不自然な商人集団を見つけて上層部に報告した。
王国第七騎士団の超級木魔法使いが魔眼シリーズ“
第七騎士団は大量のミスリルに驚くも、ことの真相を探るために商人集団へ二名の魔法使いを潜り込ませた。
一斉攻撃の声が団員から上がったが、常々セラー神国の不透明さを不気味に思っていた第七騎士団長が潜入を優先。グレイフナー国王はこの判断をセラー神国中枢部へ近づく絶好の機会とし、調査を継続させている。
すぐにミスリルを奪い返しにいかなかった背景にはゴールディッシュ・ヘアの存在も大きい。
ミスリルを奪われると短期的には防具作成が厳しくなるものの、ミスリルより安価で防御力の高いゴールディッシュ・ヘアの流通が円滑になれば王国に問題は起きない、というのが国王とリンゴ・ジャララバードの見解であった。
「擬似アーティファクトを少なくとも一本は持っていたとの報告であるが……あやつらは製造法を会得していると考えるほうがよいか」
「製造法を持っている。もしくは製造している場所を知っている、と思って間違いないでしょう」
「失われた技術であろう?」
「別からの報告によれば、セラー神国は『奈落』を越える何らかの手段を持っているとのことです。『奈落』の向こう側、『世界の果て』付近に失われし技術があったとしても、なんらおかしくはありません」
「ふむ。世界の果てと聞くと——胸が高鳴るな」
国王は少年のような瞳になり、窓の外へと視線を向けた。
リンゴ・ジャララバードは目をつぶって大胸筋を跳ねさせる。
「……セラー神国に潜入した二名から連絡は?」
「まだございません」
「第七騎士団副団長ボーイックは信頼しておるが、もう一人は……問題ないか?」
「少しばかりトボけた男でも、ボーイックならうまく補佐するでしょう。それに、“例の複合魔法”の力があれば潜入もたやすいかと」
「うむ………。二人目の複合魔法使い……か」
リンゴ・ジャララバードは国王のつぶやきを聞いて、おもむろにうなずいた。
国王が腕を組んでゆっくりと目を閉じ、リンゴ・ジャララバードが大腿筋をびくりと動かして口を開いた。
「魔闘会中、セラー神国の連中には監視をいやというほどつけておけ。潜入組は連絡があり次第、すぐに朕へ知らせろ」
「御意にございます」
グレイフナー国王はリンゴ・ジャララバードの力強い返答に満足し、素早い身のこなしで部屋を退出した。
さすがせっかちな国王らしい動きであった。
リンゴ・ジャララバードはしばらく国王の出ていった扉を見つめ、上腕二頭筋をミチミチと盛り上がらせて長く息を吐いた。
(セラー神国大使団にいた金髪の優男……奴の視線は何かを探しているようだった。奴は尋常ならざる者だ、と俺の筋肉が囁く)
(複合魔法の使い手が二人、このグレイフナーで発見された。果たして他の魔法は誰の手にあるのか……)
すべての筋肉に語りかけ己の鼓動を聞きながら、リンゴ・ジャララバードは静かに部屋を退室した。
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